Vol.242-2 中山間地域の集落に迫る決断のとき
公益財団法人 山梨総合研究所
研究員 大多和 健人
・はじめに
少子高齢化、人口減少によって地方の活力が失われ、集落の限界集落化や消滅が現実味を帯びて語られるようになって久しい。しかし、それがいつ起こるのか、具体的に示したものは驚くほど少ない。筆者は、自身の地域活動や弊財団における業務に取り組む中で、「集落を維持する」という点において、2025年がターニングポイントとなる可能性に思い至ったので、その概要について述べることとした。
・過疎問題の変遷
総務省によると、過疎とは「人口の著しい減少に伴って地域社会における活力が低下し、生産機能及び生活環境の整備等が他の地域に比較して低位にある地域」と定義されている。「過疎」という単語が公式に登場したのは、1966年の経済審議会(地域部会中間報告)であったとされ、過疎地域対策緊急措置法の制定以降、40年以上に渡り取り組まれている課題である。
現在の過疎地域自立促進特別措置法において、対象地域は人口の減少率や年齢構成、財政力指数、公営競技収益などの要件によって区分され、全国の自治体1,718の47.6%にあたる817が該当し、山梨県においても15市町村(甲府市・山梨市・南アルプス市・北杜市・甲州市・笛吹市・富士川町・富士河口湖町の8市町の一部の区域、市川三郷町、早川町、身延町、南部町、道志村、小菅村、丹波山村の7町村の全域)が該当している(平成29年4月1日現在)。
具体的な支援策として、学校や保育園、消防施設建設に係る国の補助のかさ上げ、産業振興や交通通信などの事業財源としての地方債の発行、道路などのインフラ整備の都道府県による代行、金融・税制措置など多岐にわたる。
<図1>山梨県における過疎関係市町村(平成29年4月1日現在)
・中山間地域に位置する集落の現状
山梨県において過疎とされる地域は中山間地域に広く分布しており、養蚕を含めた農業を生業としてきた集落が多数を占める。このため、集落内の施設配置、道路、水路などにおいて農業に最適化した村づくりがされていることが多い。集落の行事や住民に課される役務も同様である。
しかし、近年では農事組合法人に代表される集落営農の増加や、非農家の増加によって変化が生じている。具体的には、農地や農業水利施設の維持管理に関する役務が、非農家も含めた集落の住民全員に等しく課されるものから、農業の法人化や農地の集約により、農業を営むものが法人から報酬を受け取り行う業務、または農家のみが行う役務と捉えられるようになってきた。言い換えれば、生活と農業が切り離され、「農業集落」から「農地と集落」に性格が変化し、農業に関する役務と、防災やゴミ処理など行政の末端としての役務に線引きがみられるようになってきた。
・2025年問題
2025年問題とは、約800万人いる団塊世代が2025年に後期高齢者(75歳以上)になることを指し、65歳以上の高齢者が日本の総人口の30%にあたる3,500万人に達すると見込まれ、様々な問題が表面化するとされている。
確実に訪れる社会保障費(介護、福祉、医療、年金)の増大への対応策として、国は高齢者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることを目指し、在宅医療、介護連携などを中心とした「地域包括ケアシステム」の構築や、一定以上の収入がある高齢者に対する医療費の自己負担割合の引き上げを行ってきた。また、年金についても支給開始年齢が60歳から65歳に引き上げられた。
他にも、高齢者のみの世帯の増加や、認知症患者の増加などが起きるとされている。特に認知症患者については、2025年には1,200万人を超えるとされており、高齢者の3人に1人、日本の総人口でみても10人に1人は認知症患者という計算になる。
・2025年に集落はどうなるか
2025年問題は、高度経済成長期に地方から都市部にむけて団塊世代の労働者が大量に供給された経緯から、都市部への影響に注目が集まる傾向にある。しかし、団塊の世代は地方都市や中山間地域においても最大の人口を占める世代となっている場合が多い。さらに、集落単位で考えた場合でも、1人2人の担い手の減少によって集落存続の明暗が分かれることもあるため、地方を軽視することはできない。
危機的集落や廃村集落など、共同体としての機能を喪失寸前、または既に喪失している集落を除いた多くの集落は、人口構成において最も多い世代は団塊世代であることが多い。現在、70歳前後である団塊世代は未だ健在であり、定年退職して比較的時間に余裕があることもあり、集落のとりまとめ役に止まらず、労働力としても活躍し、集落の屋台骨を担っている。現在、お祭りなど運営以外に多くの参加者が必要とされる行事を除き、集落機能の維持に必要な最低限の労働力は満たされていることが多い。
しかし、2025年には団塊世代が後期高齢者となることで、団塊世代が供給していた労働力は減少し、若い世代への負担の集中や、労働力の不足により集落の維持が困難になることが予想される。対策として、近隣集落との連携や統合も考えられるが、一時的な改善は期待できるものの、根本的な解決には至らないだろう。
団塊世代が定年退職をしてから2025年までの期間は、厳しい冬を前にした、ある種のボーナス期間とも言える。
・自治体の動き
国が主導する地方創生に向けた流れの中で、自治体には地域や集落の存続・活性化に向けた積極的な取り組みが求められるようになり、熾烈な移住者獲得競争を繰り広げている。
自治体としては、自然増にも取り組むが、既に出産が可能な女性が減ってしまっているうえに、生まれた子どもが地域活力の源泉となるまで時間がかかる。そこで、即効性が高い「移住者の獲得」に力を入れるのは当然と言える。
しかし、多くの自治体が「自然」を最大のアピールポイントとしていることに加え、相談窓口の設置・ワンストップ化、都市部で開催される移住イベントへの出展、プロモーションビデオ製作、移住体験、移住者への住宅斡旋や金銭補助など、似通った施策が並び、他の自治体との差別化に苦労している様子が窺える。
また、自治体の移住担当部署は、移住者の正確な数をはじめ、移住理由、移住者の定着率、完全移住や2地域居住の別、移住者の職業など、正確な数字や情報を把握できておらず、手探り状態で施策の立案や実施を行っている場合が多い。
なお、自治体の住民基本台帳と税台帳の組み合わせによって、相当量の情報を得ることが出来るが、目的外使用にあたるため法的に認められておらず、活用には法整備が必要となる。仮に実現すれば、移住者の家族構成、職業や収入、賃貸と持ち家の別、などの情報に加え、不動産登記情報と固定資産税における住宅用地の特例に関する申請情報を併用することで、住民票の移動を伴わない2地域居住者数に関しても把握が可能になる。
・最近の移住傾向
かつて「移住」といえば、定年退職後に都市の喧騒を離れて自然豊かな場所で過ごすというのが定番であった。統計データにより都市から地方への人の流れの傾向を全国的に読み取ることは難しいが、退職後に移住したいと考えていた団塊世代の移住が一段落し、60歳以上の移住ラッシュは落ち着きをみせはじめているという見方もある。
一方、若い世代の移住は増加しているとの指摘もあり、国土交通省の国民意識調査(2017年調査、約5000サンプル)において、東京・名古屋・大阪の三大都市圏に住む20代の約1/4が地方移住に関心があることや、移住・交流を支援する地方公共団体とのマッチングを行う「認定NPO法人ふるさと回帰支援センター」の利用者の推移においては、20代~40代の増加が目立つことなどを拠り所としている。
このような流れの中で重要度が高まっているのが「しごと」である。相応の貯蓄があり、年金の受給も可能な定年退職後の世代に比べ、若い世代は子育てなどで大きな支出が控えているため、将来への貯蓄も含めた生活に必要な金額を安定的に稼げる「しごと」が求められている。
<図2>NPOふるさと回帰支援センター利用者の年代の推移(東京)
・移住者による居住エリアの拡大
移住者が住む場所を確保するに当たり、中山間地域では、自治体が所有するものを除き、マンションなどの集合住宅は少ないため、空いている家を借りるか、新たに家を建てることが多い。新築に焦点を当てると、中山間地域の一部の集落では、集落の範囲拡大や、数件単位の小規模集落が新たに形成される例が見られる。
なお、「集落」の定義に決まりは無く、解釈は様々である。そのため、本稿では「数軒から数十軒の居宅が集積し、且つ、日常生活が営まれている場所」とする。
筆者が確認した事例は、およそ3つに分類することができる。
①集落境界の拡大
集落と山林の境界において、山林を切り開き新築する例がこれにあたる。集落内において、宅地は更地の状態で不動産市場に出回ることは少ない。多くの場合は、古い家屋が残存しており、新築をする場合には解体費用が発生する。さらに、宅地としての取引になるので売買価格や税金も割高になりやすい。また、農地に建てようとする場合には、農地法上の農地転用許可を得る必要があり、こちらも時間と費用が必要となる。
集落と山林の境界を選択する利点としては、コミュニティーに飛び込む抵抗感やプレッシャーの軽減に加え、上下水道管や電線の延伸が最小限で済むことや、家屋の背後に山林があることで、一定のプライバシーが確保される点などが挙げられる。
②小規模集落の新規形成
集落から集落へと繋がる道路に面した山林に新たな集落が形成される例がこれにあたる。地図上の線引きでは、どこかの行政区域に属することにはなるが、住民のコミュニティーとしては、どこにも属さないこともある。利点としては、集落境界の拡大する場合と大きくは変わらないが、既存コミュニティーとの距離が保たれる傾向がある。
③別荘地の集落化
別荘地として開発されたエリアに定住者が増えて集落の要件を満たす例がこれにあたる。移住者のみでコミュニティーが構成され、構成員同士の接点は必要最低限になることが多い。管理会社が管理費を徴収してゴミの回収や道路の維持管理などの一部行政機能を代行する場合や、売り切りで管理会社が存在しない場合があり、後者は②小規模集落の新規形成と近い性質を持つことが多い。
・移住者と集落の住人の不協和音
メディアには、移住を礼賛するもの、成功談、失敗談、なかには悪意を感じるようなものまで、情報が溢れている。
ネガティブな記事を見れば、集落の住民と上手くいかなかったというものが目に付くが、集落を維持するための労働に対する、移住者と集落の住民の価値観の違いが原因にあると思われるものが驚くほど多い。具体的には、集落を維持するための労働を、「義務」と捉えるか「奉仕」と捉えるかの違いで引き起こされる衝突である。
株式会社クロス・マーケティングが実施した調査によると、移住や二地域居住を検討する理由の上位として、「スローライフを実践したい」、「故郷で暮らしたい」、「美味しい水や食べもの、空気の中で暮らしたい」、「趣味を楽しみたい」などとなっており、これらは余暇や日常生活の充実と言い換えることが出来る。こうした考えに立てば、余暇や日常生活の時間を割いて行う奉仕活動としての労働との相性は悪く、優先順位が低くなるのも自然な流れと言える。
一方、集落の住民は集落を維持するための労働を義務として捉える傾向があり、出不足金の習慣などが最たるものと言える。
テレビで取り上げられるような、コミュニティーにどっぷりと浸かり、集落のために全力で働く移住者というのは、裏を返せばテレビで取り上げられるほどのレアケースであることを理解すべきであるし、何でも快く受け入れてくれる集落の住人というのも同様である。
・集落住民の課題
集落の住民が取り組むべきこととしては、まず自らの住む集落の将来について考え、そして、将来像を集落内で共有し、意思表明することではないだろうか。
集落を閉じるという選択をしても、集落を維持するという選択をしても、実行するにあたっては、間違いなく痛みを伴う。その痛みは、前者であれば文化やコミュニティーの喪失、不動産における資産価値の低下、後者であれば、集落を維持するための重い役務を次世代にまで強いることであろう。この痛みに耐えるには相応の覚悟が必要であり、自分たちで考え、自分たちで決めたということを、拠り所とするしかないのではないだろうか。
持続可能な集落になるための方策については、現段階で特効薬は見当たらない。目下のところ、集落の行う活動について棚卸しを行い、不必要なものは廃止するなど、集落の運営効率化と住民の負担軽減を図る他ない。また、移住者の受け入れについては、過度な期待を持つことは控えるべきであるし、移住者の考えを尊重し、上手に付き合っていくしかない。併せて、自治会の会員区分を増やし、地区行事には参加するが冠婚葬祭は参加しない準会員制度の創設など、集落の活動や自治会に、参加および加入しやすくする取組みも必要だろう。郷に入れば郷に従えの一辺倒で済む時代ではないことは確かである。
・移住者の課題
移住の失敗談として、古くからの住民と移住者の対立はよく聞く話であり、集落の閉鎖性が原因として語られることが多いのではないだろうか。しかし、裏には移住者の集落の歴史や活動に対する理解のなさが見え隠れしている。集落には逸話として、集落を開く際の苦労、災害での犠牲と復興、水をめぐる争いなどが残されていることが多い。文字通り、住民が命をかけて守ってきた集落なのである。そこから脈々と受け継がれ今の集落、自治会、もっと言えば移住者が気に入った風景が存在している。集落の歴史を学び、敬意を持って接することで埋まる溝もあるのではないだろうか。
・自治体の課題
中長期でみれば、人口減少・少子高齢化により、人口密度や集落の活力が低下することは明らかであり、中山間地域において現在と同じ収支で、現在と同じように地域を運営し、維持することは困難である。
自治体は、集落の活性化への取組みはもちろんながら、代替地の確保や土地の権利調整などの「集落の看取り方」や、インフラ維持コストの増加抑制を念頭に居住地域を過度に広げない方策についても、現実的な問題として検討を行う必要があるだろう。
移住の観点から言えば、前述のとおり、自治体の移住担当部署は、移住者の正確な数をはじめ、移住者の定着率、移住や2地域居住の別、移住者の職業など、正確な数字や情報を把握できていない場合が多い。そのため、移住の施策における、実施後の評価や、さらなる改善に繋がっていない状況がある。
住民票の転出入手続き時のアンケート調査や、移住者へのヒアリングなど、情報を得る手段を確立し、問題点を洗い出して各施策のブラッシュアップを図ることこそが、移住政策の成功のカギを握るのではないだろうか。
・おわりに
昔々、集落の人口が増え、生きるため山に分け入り新たな集落を作った。その集落は産業やライフスタイルの変化で人口が減り、役目を終えようとしている。居住域の拡大と縮小は、人類誕生以来、繰り返されてきたことであり、集落を閉じることは悪でもないし、集落を維持することが善でもない。将来に出来るだけ負の遺産を作らないという原則の中で、最大限、幸せに生きることが善ではないかと筆者は考えている。
集落の将来は、住民が自ら考え、決めればいい。集落を閉じてもいい。集落が役目を終えようとしているなら、新しい役目を与えてもいい。ただし、決めたのならば、そこに向かって住民は自ら歩き始めなければならない。
集落が機能不全に陥ってから立て直すことは難しい。集落の決断に残された時間はそう多くない。
<出典>
過疎の定義 総務省(http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/c-gyousei/2001/kaso/kasomain0.htm)
「過疎対策の沿革」 総務省(http://www.soumu.go.jp/main_content/000476760.pdf)
「過疎地域自立促進特別措置法の概要(平成12年度~平成32年度)」総務省(http://www.soumu.go.jp/main_content/000476787.pdf)
「国土交通白書」国土交通省(http://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h29/index.html)
「2017年の移住相談の傾向、ならびに移住希望地域ランキング公開」NPOふるさと回帰支援センター(http://www.furusatokaiki.net/wp/wp-content/uploads/2018/02/db6c900774985e6ae7e38177bfc27ccf.pdf)
「「ゆっくり暮らしたい」4人に1人が地方移住に関心検討」 ㈱クロス・マーケティング(https://www.cross-m.co.jp/cromegane/lc20171114/)