Vol.243-2 住宅ストック市場の活性化に向けての課題と対策


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 伊藤 賢造

1.はじめに

 「衣食住」は人間が生活していく上で必要不可欠な要素と言われている。そのひとつの「住」は住まいや住宅を意味している。住宅は私たちの生活の基盤となる健康で文化的な暮らしを支えるとともに、人が育ち、憩い、やすらぎ、明日への活力を養うかけがえのない生活空間である。さらに、地域におけるコミュニティ活動の場として、また、美しい街並みを構成する重要な要素としての社会的な性格も有している。また、住宅の購入は人生で一度の大きな買い物と言われるように、人生を送るうえで失敗したくない買い物である。
 このように、住宅は個人やその家族の生活だけではなく、地域コミュニティに対しても影響を与えているが、住宅を取り巻く環境は、人口・世帯数の減少や少子高齢化の進行などにより大きく変化しており、近年は住宅のストック市場の活性化が課題となっている。
 国では、20066月に「住生活基本法」を制定し、これまでの住宅の「量」の確保から、住宅を中心とした生活の「質」の向上へと住宅政策を大きく転換した。住宅ストック[1]数が世帯数を上回り、今後更なる人口減少が見込まれる中、「いいものを作って、きちんと手入れして、長く使う」社会への移行が目標となった。
 2016年6月には「日本再興戦略2016」を打ち出し、「官民戦略プロジェクト10」として「第4次産業革命(IoT・ビッグデータ・人工知能)」や「観光立国」と並んで「既存住宅[2]流通・リフォーム市場の活性化」を打ち出すなど、住宅のストック市場の活性化は、日本にとってそこまで大きなテーマとなっている。
 今般、筆者は、家族が増えたことを機に、中古住宅の購入と、それまで住んでいた住居の売却を経験するに至った。この経験を踏まえて、中古住宅の流通促進にかかる国、地方自治体、業界の取り組みについて考察する。

<住宅ストック数と世帯数の推移>

出典:国土交通省HP

2.中古住宅の流通状況

(1)中古住宅の流通の現状

 我が国の全住宅流通量(中古住宅+新築住宅)に占める中古住宅の流通シェアは約14.7%(2013年)であり、新築住宅と比べて低い。近年、シェアは大きくなりつつあるものの、欧米諸国と比べると1/6程度である。
 また、これまで行われてきた住宅投資額の累積と、住宅ストックの資産額を比較すると、投資額の累積を約540兆円下回る額のストックしか積み上がっておらず、物理的な住宅ストックがあるのにもかかわらず、住み替えの受け皿になっていないという指摘もされている。このため、良質な中古住宅を安心して売買できるよう、中古住宅の流通を活性化させることが重要となっている。

<既存住宅流通量の推移と国際比較>
出典:国土交通省HP

 

<日米の住宅投資額累計と住宅資産額>
出典:国土交通省HP

(2)空き家の状況

 住宅・土地統計調査(総務省)によれば、年々空き家率は上昇しており、2013年には13.5%となっている。空き家の総数は、この20年で1.8倍(448万戸→820万戸)に増加している。
 空き家の種類別の内訳では、「賃貸用又は売却用の住宅」等を除いた「その他の住宅」がこの20年で2.1倍(149万戸→318万戸)に増加している。「その他の住宅」とは、第三者がすぐに住める状態でないほど老朽化し、賃貸用としても売却用としても価値のなくなった住宅であり、治安の悪化などにつながることからその管理が問題となる。なお、「その他の住宅」(318万戸)では「一戸建(木造)」(220万戸)が最も多くなっている。

<空き家の種類別の空き家数の推移と内訳>
出典:国土交通省HP

 

3.中古住宅を巡る現状と対策

(1)国の計画

 国では、住生活の安定の確保及び向上の促進に関する施策について基本理念を明らかにするとともに、施策の基本となる事項を定めることで豊かな住生活を実現するため、2006年に「住生活基本法」を制定した。この法律に基づき、「住生活基本計画(全国計画)」を策定し、目標や基本的な施策などを定め、必要な措置を講ずるよう努めることとされている。
 その後、わが国の住宅政策は新築重視から既存ストック重視への転換期を迎え、2011年3月に「住生活基本計画(全国計画)」が改定され、2012年3月には「中古住宅・リフォームトータルプラン」が策定された。同プランには、リフォームによる住宅ストックの品質・性能向上、中古住宅流通によるストック型の住宅市場への転換が明記され、中古住宅流通・リフォーム市場規模の倍増が数値目標として掲げられた。
 「住生活基本計画(全国計画)」は10年単位でまとめられるが、おおむね5年ごとに見直されることになっており、2016年には20162025年度を計画期間とする新たな住生活基本計画が策定された。2025年時点で約500万戸に増えるとの試算がある「賃貸用又は売却用の住宅」等を除いた「その他の住宅(いわゆる「その他の空き家」)」について、400万戸程度に抑制する目標を盛り込んだ。空き家を増やさないため、良質な中古住宅を評価する仕組みを整えて、現状で4兆円規模の中古市場を8兆円に倍増させることを目標としている。

<「住生活基本計画(全国計画)」(2016年)における住宅ストックにかかる施策(抜粋)>

(計画の概要)
 ①居住者からの視点、②住宅ストックからの視点、③産業・地域からの視点の3つの視点から具体的な8つの目標を設定しており、『住宅ストックからの視点』における目標の一つとして「住宅すごろくを超える新たな住宅循環システムの構築」を掲げている。

(「住宅すごろくを超える新たな住宅循環システムの構築」の内容)
 「住宅購入でゴール」のいわゆる「住宅すごろく」を超えて、購入した住宅の維持管理やリフォームの適切な実施により、住宅の価値が低下せず、良質で魅力的な既存住宅として市場で評価され、流通することにより、資産として次の世代に承継されていく新たな流れ(新たな住宅循環システム)の創出などを目指す。

(基本的な施策)
(1)既存住宅が資産となる「新たな住宅循環システム」の構築。そのための施策を総合的に実施

  1. 建物状況調査(インスペクション[3])、住宅瑕疵保険等を活用した品質確保
  2. 建物状況調査(インスペクション)における人材育成や非破壊検査技術の活用等による検査の質の確保・向上
  3. 住宅性能表示、住宅履歴情報等を活用した消費者への情報提供の充実
  4. 内装・外装のリフォームやデザインなど、消費者が住みたい・買いたいと思う既存住宅の魅力の向上
  5. 既存住宅の価値向上を反映した評価方法の普及・定着

 

(2)中古住宅を巡る国の制度

1)「既存住宅売買瑕疵保険」制度の創設

 新築住宅では、200910月に施行された「住宅瑕疵担保履行法」により、新築住宅を消費者に供給する建設業者や宅建業者に対して、瑕疵の補修等が確実に行われるように、保険加入または供託が義務付けられている。
 一方、中古住宅はこの法律の対象ではなく、中古住宅の売買の場合、現行の民法上では、売主が個人のケースにおける瑕疵担保責任期間が引き渡し後1か月から3か月程度で、責任を負わないとする特約も有効とされている。
 そのため、中古住宅の購入者にとって瑕疵への対応が不安材料のひとつとなっていたが、20104月から「既存住宅売買瑕疵保険」の仕組みが創設された。あくまでも任意保険の位置付けだが、この保険に加入していれば、購入した中古住宅に一定の瑕疵があったときにその補修費用がカバーされる仕組みとなっている。
 既存住宅売買瑕疵保険は、住宅の基本的な性能について、専門の建築士による検査(インスペクション)に合格すれば、住宅専門の保険会社(住宅瑕疵担保責任保険法人)が引き受けを行う。また、瑕疵保険に加入すれば、建築年数の制限によって通常は受けられない住宅ローン控除や、不動産取得税の減免などの優遇措置も受けられるようになる。
 国では、「住生活基本計画(全国計画)」(2016年)の中で、中古住宅流通量に占める既存住宅売買瑕疵保険に加入した住宅の割合を、5%2014年)から20%2025年)に引き上げることを目指すとしている。

2)「建物状況調査」の創設

 国は、講習を受けた建築士によるインスペクションを普及促進することで、中古住宅の売主、買主が安心して取引できる市場環境の整備を図るために、宅地建物取引業法を改正した。20165月に成立した「宅地建物取引業法の一部を改正する法律」(改正宅建業法)により、20184月から仲介業者の「建物状況調査(インスペクション)」の斡旋が義務化されることとなった。
 改正宅建業法では、売る人も買う人も安心して住宅を売買できるように、不動産のプロである仲介業者が仲立ちすることでインスペクションを促す狙いがある。そのため、仲介業者に対して、媒介契約書に「建物状況調査の実施者を斡旋するかどうか」を記載することなどを義務付けている。

3)「住宅ストック維持・向上促進事業」の創設

 国は、2016年度に新たに「住宅ストック維持・向上促進事業」を創設した。複数の事業で構成され、うち「良質住宅ストック形成のための市場環境整備促進事業」では、維持管理やリフォームの実施などによって住宅の質の維持・向上が適正に評価されるような、住宅ストックの維持向上・評価・流通・金融等の一体的な仕組みの開発・普及等に対する支援を行うこととしている。
 また、「消費者の相談体制の整備事業」では、消費者の住生活に関するニーズは、リフォームの設計・施工のほか、点検、維持補修、賃貸、売買、資金調達、介護、移住、同居・近居に関するものなど多岐にわたるが、これらのニーズを一元的に受け付け適切に対応できる相談窓口はないことから、消費者相談窓口の機能充実のため、住宅に関するニーズを一元的に受け付け、複数の専門家が連携し、多様な消費者のニーズに対して的確に助言・提案を行うサポート体制の整備に対し支援を行い、住生活に関するニーズを満たすとともに、住生活に関する潜在需要を掘り起こし、市場の活性化を図っている。

 

    <「良質住宅ストック形成のための市場環境整備促進事業」イメージ図>


    出典:国土交通省作成

    4)「安心R住宅」認証制度の創設

     中古住宅の流通促進に向けて、「不安」「汚い」「わからない」といった従来のいわゆる「中古住宅」のマイナスイメージを払拭し、「住みたい」「買いたい」中古住宅を選択できる環境の整備を図るため、国土交通省は「安心R住宅」制度(特定既存住宅情報提供事業者団体登録制度)を創設した(2017121日施行、平成3041日標章使用開始)。
     耐震性があり、インスペクション(建物状況調査等)が行われた住宅であって、リフォーム等について情報提供が行われる中古住宅をいい、具体的には、①耐震性等の基礎的な品質を備えている、②リフォームを実施済み又はリフォーム提案が付いている、③点検記録等の保管状況について情報提供が行われる、の3つの要件を満たしている中古住宅に標章(「安心R住宅」)が付与される。

    <「安心R住宅」ロゴマーク>
    出典:国土交通省

    (3)山梨県の取り組み

     山梨県は、「山梨県住生活基本計画(2016年度~2025年度)」(20173月)を策定し、住生活産業の担い手を確保・育成し、良質で安全な住宅を供給できる環境の実現のため、中古住宅市場の構築を図り、建物状況調査の普及、リフォームや維持管理の記録、中古住宅の円滑な流通を促進する情報ネットワークの活用などを促進するとしている。
     また、「第五次 国土利用計画(山梨県計画)」(20173月)の中で、市街地における低・未利用地及び空き家等を含む既存住宅ストック等の有効利用を図るため、住宅の長寿命化や中古住宅の市場整備等を推進すること等により、既存住宅ストックの有効活用を進めることとしている。
     こうした計画に基づき、2018年度には「しらべて安心インスペクション普及促進事業」を行うこととしており、中古住宅の流通促進と空き家発生抑制を図るため、建物状況調査の普及促進等を図ることとしている。

     

    (4)市町村の取り組み

     市町村では、空き家が増えてしまうと、活気がなくなり消費活動が縮小するとともに、地方税収入が減ってしまうなどの影響がある。こうしたなかで空き家を活用した移住定住の促進による地域の活性化を図るなどを目的に「空き家バンク」の取り組みを行っている。
     空き家バンクは、自治体が住民から空き家の登録を募り、空き家の利用を希望する人に物件情報を提供する制度である。空き家バンクには、空き家の所有者、利用希望者、自治体の三者が関わっている。自治体の立場は、あくまでも空き家の所有者と利用希望者のマッチングで、当事者間の交渉や契約には一切関与せず、当事者を引き合わせ、後は当事者で交渉・契約してもらうスタイルである。売買でも賃貸でも、当事者の直接取引は不安が大きいことから、不動産会社を介在させる自治体も多いが、不動産会社は契約関係で関わってくるだけに過ぎず、主体的に営業活動を行うわけではない。
     また、市町村のなかには、空き家バンクに登録されている物件について、修繕に係る費用を補助する事業や、購入又は賃借した者に奨励金を交付する事業などを行っている団体もある。

     

    4.実体験に基づく中古住宅活性化の課題

     筆者は、2016年に、中古住宅を購入し、それまで住んでいた住居を売却するに至った。また、当初、空き家バンクに登録されている賃貸物件も候補として仲介業者に相談していた。この経験を踏まえて、中古住宅の流通促進にかかる課題として感じた点について述べる。
     なお、当該物件はインターネット上の大手不動産情報サイトに掲載されていたものであった。また、お世話になった仲介業者は、購入時、売却時、また空き家バンクでの賃貸相談時のいずれにおいても社長が一人で対応する個人経営の事務所であった。

    (1)売買契約において感じた仲介業者への不満

    1)新規住宅購入時

     瑕疵保険に入りたいと思い相談したが、瑕疵保険について知らなかった。
     住宅ローンや不動産登記についてアドバイスがほしかった。

    2)所有住宅売却時

     瑕疵保険にかかる説明は無かった。
     物件の情報サイトの内容の追加や修正をお願いしても、操作が分かっておらず修正に時間がかかる。
     どこまで営業活動を行ってくれたかわからない。

    3)共通

     仲介手数料[4]の金額がサービスと直接連動していない。

     売買契約時におけるこれらの不満は、仲介業者から得たかった情報を得られなかったということに起因しているものが多い。法定の仲介手数料を支払うわけであるから、売買契約に関連する情報については、仲介業者から教えてほしいという思いがある。特に、瑕疵保険の制度は国も普及を図っている制度であり、始まってからすでに6年程度が経過していたことを考えると、仲介業者が知らなかったということについては、普及啓発の方法に問題があるように思える。本来なら、こちらから聞かなくても仲介業者から「こんな制度もあります」というようなアドバイスをもらいたいところである。また専門外の情報であっても、売主、買主にとって有益になる情報については、仲介業者に備えておいてもらえれば安心して契約ができ、その情報の提供があれば手数料に納得できるのではないかと感じる。

    (2)空き家バンク(賃貸)の検討での不安

     空き家バンクに登録されている賃貸物件のなかには、定期借家契約に基づくものがある。今回、候補として検討していた登録物件は、たまたま定期借家契約に基づくものだった。
     定期借家契約の制度は、20003月より施行されたもので、それまでは普通借家契約しかなかった。普通借家契約は、借主に非常に手厚い内容になっており、例えば、一般的に2年の契約期間が終了しても、貸主側からは正当な事由がなければ解約できない制度となっている。したがって転勤などで一時的に自宅を貸したい場合や近々に売却したい場合などでは、貸したくても貸せない状況になっていた。そこで施行されたのが定期借家制度で、一定の期間を定めて契約できる。利用率はそれほど高くないが、貸主にとっては空き家、遊休資産の有効活用、借主にとっては比較的低廉な賃料で賃借できるなど、状況によっては利用価値の高い契約といえる。
     今回の登録物件については、筆者が長期の居住を想定しており定期借家契約における再契約に不安を感じたことなど、いくつか条件に合わなかったことから契約を断念した。
     しかし、定期借家契約を利用した空き家の活用については、借主、貸主の双方が正確に制度を理解して契約すれば、お互いにメリットのある利用価値の高い制度であり、空き家バンクの普及に伴って、定期借家契約の利用率も上昇していくものと思われる。こうしたことから、この契約締結の際に、内容の説明を行う仲介業者の役割は重要であり、制度について双方が正しく理解するまでわかりやすく説明していく努力が期待される。

    <通常の賃貸物件と候補となった空き家バンクにおける賃貸物件の比較>

    一般的な民間賃貸物件

    (普通借家契約による)

    空き家バンクによる賃貸物件(※)

    (定期借家契約による)

    契約期間・更新

    契約期間は1年以上。契約は基本的には自動更新となる。

    自由に定められ、1年未満も可能。契約の更新は無い。ただし、契約終了後に貸主・借主の双方が合意すれば再契約も可能。

    契約の解除

    貸主からは、中途解約や、契約更新の拒絶は原則できない。

    借主からは、特約で中途解約を定めることが可能。(解約の1~2か月前に申し出れば有効に解約できる特約が、ほぼ付いている。)

    貸主からは、契約期間内は契約を解約することはできない。

    借主からは、特約が無ければ原則として中途解約ができない。(特約が無い場合があり、その場合は残存期間の賃料を請求されることがある。)

    内装の状態

    劣化した壁紙などは新たに張替えの上、賃貸する。

    クリーニングは行われるが現状渡し。(壁紙の張替えなどは行われないのが一般的)

    調度品

    (一部設置されている物件もあるが)調度品は自分で用意する。

    ダイニングテーブル、食器棚、鍋など、貸主の残置物品があることがあり、使用可のものもある。

    使用不可の残置物品は、ある一室に保管される。(その部屋は使用不能となる。)

    ※今回筆者が候補とした賃貸物件による

    5.中古住宅のさらなる流通促進に向けて

     国が中古住宅の流通促進のため近年創設した様々な施策は、筆者が取引時に感じたいくつかの不満や不安の解消につながるものであると思われる。こうした事業を活用しながら、さらなる流通促進のためには以下のようなことが求められる。

    (1)インスペクション普及啓発の強化

     国では、瑕疵保険、「安心R住宅」認証制度、建物状況調査などにおいて、インスペクションを組み込み、普及を図っている。また山梨県などいくつかの自治体においては、宅地建物取引業協会と連携して、補助対象をインスペクション費用の助成及び普及啓発を行っていくこととしている。
     インスペクションで問題となるのが、買主がインスペクションを希望したとしても、その時点ではまだ自分の家ではないため、売主の協力が必要となる点である。調査費用は調査を依頼した人が負担するのが原則であるが、購入したい人が調査を依頼する場合には、売主に事前に許可を得る必要があり、売主も調査に立ち会うのが一般的である。売主が居住中の住宅では家具の移動が困難であり、また県外など遠方に在住している場合は立ち会いのためわざわざ遠くから来る必要があるなど、売主に手間や労力がかかり、売主が制度を正しく理解していなければ、協力を得ることは難しくなる。
     今回の宅建業法の改正により斡旋が義務となったの「建物状況調査(インスペクション)」においては、仲介業者が「既存住宅状況調査技術者」のリストを提供するだけでは斡旋したことにならないとしている。調査実施者と仲介の依頼者との間に立って、調査項目や見積額を伝達するなど調査実施に向けたやり取りが行われるよう、手配することが望まれており、具体的な手順まで規定されたことは評価できる。
     一方で、今回の改正宅建業法でも、売主の協力が必要という点はこれまでと変わりがない。インスペクションの実施や瑕疵保険の加入を促進する形になるが、仲介業者の斡旋を受けて実際に建物状況調査を行うかどうかは、売主や買主に判断が求められる。また、瑕疵保険については、加入が任意であることに加え、仲介業者からの斡旋もない。
     アメリカでは州によって異なるが、取引全体の7090%の割合でインスペクションが行われ、すでに常識となっているとのことである。アメリカでのインスペクションは買主側が行うケースが多く、3時間程度の現地調査後、物件のレポートを作成し、買主はその報告書を検討することで、最終的な購入の判断ができるような流れになっている。売主としてもインスペクションを行うことは、引渡し後のトラブルを防ぐ手段として有効ということで普及が進んでいる。
     このインスペクションを今後、普及促進させていくためには、国、県だけではなく、不動産業界や市町村の役割も大変重要なものになってくるのではないか。例えば、市町村の空き家バンクがあるが、ここに登録する物件の情報に、インスペクションが実施済みかどうかや、インスペクションに係る売主の協力の有無まで掲載してはどうだろうか。こうした取り組みにより、インスペクションが目に付く場面が増え、普及啓発につながり、中古住宅の契約自体も促進されるものと思われる。

    (2)仲介業者の仲介機能の強化

     中古住宅の売買取引は、家の新築と比べると経験する人数は少なく、出回っている情報も新築に比べると少ないのが実態だろう。この、仲介業者の存在は大きく、中古住宅の流通促進のためには、仲介業者にもう一段高い位置の役割を担ってもらう必要があると考える。
     中古住宅の売買において、仲介業者が買主と売主の両者からの仲介となる、いわゆる「両手の契約」では、買主と売主の両方をみながら中立的な立場として相談に乗ってくれるということになる。アメリカでは、この「両手の契約」は認められていないとのことであるが、両手仲介には、買主、売主のそれぞれに仲介業者が入るよりも一社で進めた方がスムーズにいくというメリットもある。仲介業者には、買主と売主による売買契約締結だけを目的とするのではなく、両者の満足度を最大限にするような形での契約締結を目的とするというスタンスが求められる。
     今回、宅建業法の改正により、仲介業者の中古住宅の取引における役割は大きくなったわけだが、この方向性をさらに高めていくことが必要であると思われる。特に瑕疵保険制度の周知については、仲介業者に義務付けすることはできないだろうか。
     瑕疵保険については契約時の見えなかった瑕疵へ対応するものであり、買主、売主の両者において安心につながるものであるので、仲介業者においては、中古住宅の流通促進のため、ぜひ周知に力を入れていただきたい部分である。

    (3)中古住宅の相談窓口普及の強化

     前述の「消費者の相談体制の整備事業」により、瑕疵保険や安心R住宅制度など、中古住宅にかかる制度についての一元的な相談窓口の設置が進んでいるが、筆者は利用時にこの窓口の存在を知らず利用できなかったため、この相談窓口についての普及啓発の取り組み強化をお願いしたい。
     普及啓発は、国、県、市町村のほか、仲介業者などが連携して担っていく必要があり、すでに中古住宅購入における留意点などをまとめたHPを作成している団体もあるが、制度が活用されていくためには更なる普及啓発の取り組みが求められる。
     その方法として、空き家バンクのHPに中古住宅の取引にかかる情報や相談窓口の情報を載せておくと、まさに情報を欲している者に情報が届くのではないだろうか。あるいは、新規に家を取得するタイミングとしては出産を契機にする場合が多いことから、多くの自治体で作成している育児支援のハンドブックの一部に、中古住宅の取引にかかる情報や相談窓口の情報を加えるという方法も考えられる。
     こうした団体内部の横の連携を図るほか、中古住宅の流通促進という同じ目的を持つ各関係団体において、連携を通じて、より効果的な普及啓発に取り組んでほしい。

     

    6.おわりに

     本レポートは中古住宅の流通促進に着目して、現在取り組まれている活動について述べた。しかし、中古住宅の中でも空き家の活用ということに焦点を当てれば、また違った多くの取り組みが行われている。こうした国、県、市町村、不動産業界などが行う、住宅ストックにかかる様々な取り組みにより、中古住宅の活用が促進されていくことを期待したい。


    [1] 国内に建築されている既存の住宅のこと。

    [2] 中古住宅と同義。国では「中古住宅」ではなく「既存住宅」という言葉を用いている。

    [3]住宅の設計・施工に詳しい建築士などの専門家が、住宅の劣化や不具合の状況について調査を行い、欠陥の有無や補修すべき箇所、その時期などを客観的に検査するもの。

    [4]法律で決められており、売買価格が400万円を超える場合で(売買価格×3%+6万円)+消費税などとなっている。