地方創生のレガシーとは
毎日新聞No.527 【平成30年11月9日発行】
「ゆるキャン△ですか?」。
身延町常葉地区の薬局に入った途端、笑顔で話しかけられた。
10月26日付の本コーナーを読まれた方は既に御存知のことだろうが、人気アニメの舞台となったこの地域では、地域の若手有志が中心となってアニメファンを積極的に迎えようとする取り組みが進められている。
アニメで描かれたスポットを説明する案内看板の設置や地域散策マップの作製、「山を登る」とか「買い物をする」といった体験を促すスタンプラリーなど、ファンの満足感を高めるメニューがある中で、特に注力しているのが、地域住民との交流機会の創出である。
この地域には、冒頭の薬局や若手有志の代表が住職を務める寺院など、ファンたちが地域散策の途中に気軽に立ち寄り、一休みできるスポットが幾つか用意されており、ファン同士や地域住民との交流が生まれているという。
また、このような取り組みで必ず課題となるアニメから縁遠い住民に対しては、簡単な質問を事前に用意することで積極的な交流を促しており、「ゆるキャン△ですか?」「どこから来たの?」「どこへ行くの?」という三つの質問だけで、見知らぬ人と話すことへの心理的なハードルが下がることは実際に冒頭のように体験したことである。
いわゆるアニメブームは、放送終了から時間がたてばたつほど沈静化に向かうものである。しかし、実際に訪れ、さまざまな体験をし、地域住民と言葉を交わしたという経験は、訪問者にとってその地域を「アニメの舞台」から「特別な地域」に変える。そして、訪問者が帰宅したら「懐かしい地域」に変わり、そのとき言葉を交わした住民や場所は「懐かしい存在」になり、数ある旅行先の中から継続的にその地域を再訪問する「理由」として残っていく。
地方創生が叫ばれて久しい。これまで全国各地で住民や観光客の数を増やすためのさまざまな行政施策が取り組まれているが、その事業ブームが過ぎ去った後、どれだけの成果がその地域に残っていくだろうか。
来年にはラグビー・ワールドカップ、再来年には東京五輪・パラリンピックの開催が予定されており、出場選手の活躍とともに、そのレガシー(長期にわたる、特にポジティブな影響)についても大いに注目されている。
地方創生の取り組みがスタートしてはや4年。こちらのレガシーについても、もう一度地域で共有してみてはいかがだろうか。
(山梨総合研究所 主任研究員 森屋直樹)