Vol.244-1 「縮小均衡」社会における自治体間連携のあり方
山梨学院大学教授 外川 伸一
1 平成の大合併-自治体間連携前夜
わが国では、1990年代後半から2000年代前半にかけ、国策として平成の大合併が推進された。その理由を第27次地方制度調査会(以下、「地制調」と言う。)の『答申』(2003年)は、概ね次のように述べていた。すなわち、「今後の基礎自治体は、福祉・教育・まちづくりなど住民に身近な事務を自ら処理できる体制を構築し、総合的な行政主体として、これまで以上の高い自立性を持ち、これにふさわしい十分な権限・財政基盤と、高度化する行政事務に的確に対処できる専門的な職種を含む職員集団を有する必要がある。このため、一般的に、基礎自治体の規模・能力のさらなる充実強化が望ましい」と。こうした主張は、時に「市町村自己完結主義」、あるいは「市町村フルセット主義」と呼ばれる。その結果、3200余の市町村は、1700余にまで統合されたのである。
平成の大合併では、明治の大合併のように、小学校経営のために一つの自治体を300戸から500戸に集約するとか、昭和の大合併のように、新制中学校経営のために一つの自治体を概ね8000人以上にするといった明確な理由や目標が示された訳ではない。地方分権の受け皿、行財政能力の充実強化、行政改革の一環など、漠然とした理由が並べ立てられることはあったが、それが何故今なのかは全く不明であったし、目標に至っては旧自治官僚の発言で明確になっているように、与党行財政改革推進協議会の「市町村合併後の市町村数を1000を目標とする」という方針を踏まえた「行政改革大綱」を閣議決定(2000年12月)しただけであった。
しかし、その目的は、以前、自民党道州制推進本部が策定し、結果的には国会に上程されることがなかった「道州制推進基本法案(骨子案)」に明示されていたと言って良い。簡潔に言うと、合併は、「国全体の更なる活力と競争力を生み出していく」ための道州制導入の一過程であり、道州制を有効に機能させるために、ブロック型道州と「均整」のとれた大規模な基礎自治体を確立するために必要だったのである。
平成の大合併の過程では、合併できなかった市町村については、法律で義務付けられている事務を大幅に削り、それらを都道府県や近隣市町村が担う「事務配分特例方式」と、近隣市町村の内部団体へと移行する「内部団体移行方式」を提案した「西尾私案」の第27次地制調専門小委員会への提出(2002年11月)、地方交付税の12%カットなどを内容とする「地財ショック」(2004年度)等の鞭が功を奏し、それを怖れた市町村は堰を切ったように合併への道を進むことになった。それにも拘わらず、結果として残った市町村は1000を大きく超えたのである。
2 市町村合併から自治体間連携へ
一方、わが国の人口は、2008年に1億2808万人でピークに達し、その後は急速に減少傾向を辿ることがほぼ確実である。特に、地方圏の人口減少は著しく、地域経済の衰退等も懸念されている。これに対処するためにも、国にとって合併は大きな意義を持つものであったが、これ以上の合併推進には無理があると考えた国は、やむなく、「選択と集中」、「集約とネットワーク」の考え方に基づき、人口5万人程度(少なくとも4万人以上)の市が中心となって近隣市町村と連携し「地方圏からの人口流出を食い止め、地方圏への人の流れを創出」するための圏域構想である定住自立圏構想(いわゆる「人口のダム」構想)をスタートさせることになる。さらに、第29次地制調『答申』で合併から広域連携へと軸足を移すことを明確に宣言させた上で、第30次地制調に、政令市・中核市を中心とし、これと近隣市町村が連携協約を締結することによって「地域において一定の圏域人口を有し活力ある社会経済を維持するための拠点」となる地方中枢拠点都市圏構想(その後、連携中枢都市圏構想と改称)を提唱させる。当面、合併を諦めた国は、これらの構想における中心市や中枢都市が圏域内の市町村を「水平的」に補完・支援するとともに、圏域外の市町村(大多数は小規模市町村)については、都道府県が「垂直的」に補完・支援する戦略、すなわち、「圏域としての自己完結主義」、「機能的合併としての圏域主義」へと方向転換を図ったのである。
それだけではない。今まで、これらの構想はいずれも総務省の「要綱」によって進められていたが、総務省が設置した自治体戦略2040構想研究会は、その「第一次報告」(2018年4月)、「第二次報告」(2018年7月)で、圏域を行政主体として法制化し、圏域の中心都市が圏域内市町村を「水平的」に補完・支援できる制度の構築を提唱したのである。この議論は、現在、第32次地制調に引き継がれている。「選択と集中」の哲学によって構築されているこれらの圏域構想が法制化され、圏域の中心都市(中枢都市)による圏域内市町村の「水平補完」「水平支援」が実現すれば、第一に、法によって自治体間格差が固定化され、結果的に圏域外市町村の「消滅」を是認することになる。第二に、圏域外の小規模市町村を「垂直的」に補完・支援する都道府県は、圏域外市町村の「消滅」によって最終的に「消滅」することになる。第三に、「水平連携」には、住民統制を効果的に作動させる仕組みがないことから、そうした意味での「民主主義の赤字」が増幅されるなどの問題点が顕在化することになる。
もっとも、「水平連携」であっても、一部事務組合のように担当している事務の数が極めて少なければ、熟議の仕組み等を施すことによって、「民主主義の赤字」は極小化できる。さらに踏み込んで、一部事務組合を、特定目的の政府とし、組合の代表者等を直接公選で選べるようにすると、「民主主義の赤字」は解消する。また、広域連合については、現在でも、法律上、その長や議会議員を直接公選で選べるので、こうした取り組みがなされやすいように考える必要がある。基本的には、地方自治法等で既に定められている「水平連携」に、住民統制の仕組みを内蔵していくことを真剣に検討することが重要である。
3 近接型二層制を前提とした「垂直連携」へ
しかし、筆者は、わが国憲法が描く、都道府県と市町村による「近接型二層制」を有効に作動させ、都道府県による「垂直連携」によって、連携の制度を「重層化」することを提案したい。人口減少社会においては、特に、市町村の行政資源(財政資源、人的資源、物的資源などの有形資源と知識・技術・情報・ノウハウ等の非有形資源の総称)は縮小してしまう。そこで、相対的に豊富な行政資源を有する都道府県は、その資源を市町村の「現場知」と結びついた資源と結合することによって、市町村を補完・支援するのである。要するに、都道府県と市町村が実質的な協力を行うことによって、磯部力(行政法学者)のいう「自治の総量」の極大化を図るのである。
近接型二層制の「近接」とは、意思決定ポイントが近接しているという意味である。近接型二層制では、市町村優先の原則に基づき、住民に身近な事務は基本的に市町村が処理する。そして、市町村では担い切れない事務を都道府県が補完・支援する。市町村間の整合については、都道府県の連絡調整機能に期待する。さらに、都道府県固有の事務と言われる広域事務についても、実は、その事務の効果・影響は複数の市町村に及ぶため、関係市町村の調整等を都道府県が担う。その作動経路は異なっても、市町村住民は都道府県の意思決定主体でもあるので、これらによって「民主主義の赤字」問題は解消する。
近接型二層制を有効に用いる意義はほかにもある。それは、わが国が「融合型事務制度」をとるという事実と関係する。融合型事務制度とは、一つの事務の企画立案から執行までの一連の事務処理に国・都道府県・市町村のすべてが関わる制度のことである。こうした制度を前提に置くと、二層の自治体の意思決定ポイントが「近接」している方が、融合している事務の効率性・効果性を存分に発揮することができる。
以上のように、人口減少社会においては、相互に近接している、「成熟した政治的統治主体」(新藤宗幸)である都道府県の相対的に豊富な行政資源と市町村の現場段階の資源を結合し、それを都道府県民でもあり市町村民でもある住民の統制に服させる連携が最も理に適っている。こうした連携は、先に掲げた、「選択と集中」の哲学と結びついた圏域構想の法制化によって顕在化する三つの問題の解消にもつながるし、わが国の融合型事務制度にも適合的なのである。
4 「垂直連携」の具体的類型
次に、近接型二層制を前提とした「垂直連携」を類型化して述べることにしよう。第一は、基礎的自治体である市町村にできる限りの事務を移譲した上での「垂直補完」である。補完事務とは、本来、市町村の事務であるが、市町村の規模・能力が不足するために、現段階において市町村が実施し得ない事務のことである。従来から、都道府県側には、「補完事務は本来市町村の事務」といった認識が薄かった嫌いがある。今後は、試験・研究などの事務については、市町村の農業政策、商工業政策等の効果・効率の向上を第一に考え、取り組まれるべきである。また、専門性の高い事務や多職種の専門職を必要とする事務についても、市町村の福祉政策、医療政策、消費政策等を効果的に補完するようになされるべきである。
第二は、市町村が現に担任する事務をより一層効果的、効率的に行なえるようにする「垂直支援」である。相対的に豊富な行政資源を有する都道府県は、それらを用いて市町村事務を支援するのである。財政資源であれば、市町村事業への交付金等の拠出などが考えられる。人的資源であれば、市町村への都道府県職員の派遣や市町村職員の受け入れに留まることなく、市町村の事務に特化した都道府県出先機関の設置や市町村支援に特化した担当の設置などが考えられる。市町村事務に特化した職員集団である「県職員制度」(新藤宗幸)や高知県の企画支援員制度を超えた支援が求められているのである。また、物的資源による支援については、都道府県用地や施設等の無償提供などに留まらず、出先機関の共同設置やサービスの一元化に結びつく場の提供等を行う必要がある。なお、技術・知識・ノウハウ・情報等の非有形資源については、人的資源に「体現」されている場合が多いと思われる。市町村技術職員の都道府県での受け入れ、都道府県技術職員の市町村への派遣に留まらず、研修の企画実施や効果的な情報提供などを積極的に制度化すべきである。
第三は、都道府県による市町村連携の調整・支援である。これは、最終的には市町村の「水平連携」(地方自治法上の連携、事実上の連携)によって実施されるべき事務に関して、当該連携が効果的・効率的となるよう、事務・組織・区域の見直し等について、都道府県が主体となって企画立案・調整・支援を行うものである。一部事務組合や企業団などの設置・改編の企画立案・調整等(場合によっては、自らが当該組合・企業団等の構成員となる。)、市町村事務が効率的・効果的に進むように関係市町村と連携協約を締結した上でのこれら市町村間に対する調整や側面支援、機関等の共同設置を行う(行おうとする)関係市町村に対する企画立案・調整・支援、あるいは国が進める圏域構想ではなく市町村が独自につくる圏域への総合的支援などが例として挙げられる。
第四は、都道府県と市町村による事務の協働処理ないし同一事務内の役割分担である。例えば、所管はそれぞれ異なるが、事務の性質としては同一である橋梁・道路等の公物の協働点検や税の協働徴収、災害等防災・危機管理に関する事務の分担実施などが挙げられよう。
最後は、都道府県による市町村事務の受託である。本来的に市町村が担当している事務であるが、高度の専門性等の理由から、規模・能力の点で都道府県への委託が効果的と判断される事務については、当該市町村住民の意思決定に基づき、当該事務を都道府県が受託するのである。もっとも、これについては、小規模市町村を中心に限定的に行なわれるべきであろう。
注意すべきは、上に掲げた連携方策は、国が進める「選択と集中」に基づく圏域構想とその法制化に見られるような圏域の構成市町村になり得ない小規模市町村だけを対象としたものではなく、政令市の場合は限定的になるであろうが、中核市・一般市・町村といった全ての市町村を対象としているということである。また、既に述べたように、地方自治法等が定める既存の「水平連携」との「重層化」によって相乗効果を上げていくべきものであることにも留意が必要である。端的に言って、国が進める定住自立圏構想や連携中枢都市圏構想はこの際思い切って廃止すべきである。
5 最後に
都道府県による「垂直連携」は、既にいくつかの自治体で行われ、成果も出ているが、十分と言うには程遠い。今後、人口減少に拍車がかかると、行政資源の質・量はこれまで以上に縮小していくため、さらに積極的な展開を図っていくべきである。その際、重要となるのは、都道府県と市町村は対等・協力の関係にあることに十分に留意し、それを担保する「仕組み」を考案した上で、効果的に運用していくことである。行政資源の保有量等が両者の権限上の格差に結びつくようなことがあってはならない。
ただ、人口減少社会にあっては、都道府県も行政資源が縮小していく。このため、本稿では論じることができなかったが、最良の方法は、行政資源だけでなく、これに民間企業やNPO、ボランティア、地域住民等の有する民間資源も結合していくことである。ただし、その前提として必要なことは、各自治体が、これまでの成長・拡大路線から脱却し、「縮小均衡」を念頭に置きつつ、住民の福祉の質を持続的に維持・向上できる将来構想を本気で掲げることである。いずれにしても、人口減少社会こそ、「縮小均衡」の中での真のガバナンス(協治・共治)が試されると言えよう。