Vol.250-2 若者の将来の生活拠点を山梨県に向ける取り組みとして


公益財団法人 山梨総合研究所
上席研究員 古屋 亮

1.はじめに

 消滅可能性都市や地方創生という言葉が生まれ、全国の都道府県、市町村が「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定してから5年が経過しようとしている。この計画の見直し年度となる次年度に向かい、「第2期まち・ひと・しごと創生総合戦略」の施策等の検討をまとめた報告書がまち・ひと・しごと創生本部の有識者会議から出された。
 そこでは、「継続を力にする」という姿勢で、現行の「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン(長期ビジョン)」と「まち・ひと・しごと創生総合戦略(総合戦略)」の枠組を引き続き維持し、4つの基本目標「地方にしごとをつくり、安心して働けるようにする」、「地方への新しいひとの流れをつくる」、「若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる」、「時代にあった地域をつくり、安心なくらしを守るとともに、地域と地域を連携する」の枠組を基本的に維持するとしている。その中で、新たな視点として、「民間と協働する(地域の担い手、企業)」、「人材を育て活かす(人材の掘り起こし、育成等)」、「新しい時代の流れを力にする(Society 5.0の実現等)」、「地方へのひと・資金の流れを強化する(関係人口等)」、「誰もが活躍できる地域社会をつくる(女性、高齢者、外国人等)」、「地域経営の視点で取り組む(ストック活用、マネジメント等)」が加わった。
 特に中・長期の対策として、「人材を育て育成する」が挙げられており、高校生を中心とした若者に対して地域を理解する教育等の推進により、例え地域外の大学に進学しても、将来的にUターンが期待できるとされている。
 山梨県庁の調査によると、平成29年3月に首都圏の大学を卒業した山梨県出身の学生のUターン就職率は28.1%となっている。また、山梨県では、県内の大学、短大、専修学校を卒業し県内の企業等に内定した学生の割合はグラフに示すように推移しており、記録の残る2000年3月以降で最低の40.3%となっている。こうしたことからも分かるように、若者が山梨県に戻らない、残らない傾向が強まっているといえる。

新規大学等卒業生の県内就職内定率の推移

出所:山梨県労働局

 若者の関心を地域に向けて、地域の活性化をはかるような取組は、大学との協働により、産学官連携として1980年代から始まっている。山梨県でも2009年度に県外の燃料電池関連メーカーや県内機械部品企業、山梨大学および学識経験者、国で構成する「山梨燃料電池実用化推進会議」を設立し、燃料電池産業を推進した。また、2013年、2014年、2015年度と山梨県立大学や山梨大学が文部科学省「知(地)の拠点整備事業」の選定を受け、地域課題解決に向けた取組や、雇用の創出をすすめ、学卒者の県内への定着を進めている。
 また、若者の関心を地域に向けるために、産学官連携等に限らず、行政、民間企業による雇用の創出や学生と企業とのマッチング支援、出会い支援(結婚支援)、子育て支援等、可能な限りの策を用意して若者に対する支援を展開している。
 しかし、結果として、県内大学、短大、専修学校卒業者の地元就職内定率は、この20年で最低水準となっており、同時に、県外の大学を卒業したUターンの学生も3割ほどしか戻っていない。
 この数字は、大学等の教育機関、行政、民間企業等が各種支援策、各種取組を進めなかったらさらに悪化したかもしれない。しかし、他地域と同じような支援メニューを並べて、限られた若者を地域間で奪い合う競争を繰り返しても、財政的な体力がある地方自治体や若者の魅力に応えられる大企業だけが生き残り、結果として今より一層、東京都をはじめとする首都圏への人口集中を促すことにならないだろうか。

 今の若者が山梨県で生活する意味、いわゆる大義名分はどこにあるのであろうか。筆者は、地方創生、地域の維持・活性化に特効薬は無く、また継続して効き続ける施策も無いと考えている。その中で、高校生に限らず、地域に住む若者が地域に愛着を持てる状況を作り出し、地域に愛着を感じている大人が身近なお手本となり、若者が幼少期より地域で生活するイメージを持てる環境整備を進めることが大事だと考えている。若者が地域での生活を考えることから始めて、地域に定着する、そして結果として、地域に愛着を持つ地域住民がまとまり、主体性を持って地域の活性化のために活動を進められるような土壌の醸成こそ地方創生には大事ではなかろうか。

 高校生を中心とした若者を対象に、地域理解を深める教育を進めることで、選択肢に地域を見出す施策を展開することに依存はない。
 また、山梨県が進めてきている産学官連携、大学と地域との連携活動等を通じて、若者の視点を地域に向けるような仕組みも必要であろう。
 活動の先に地域で就職する学生が目立って増加しなくとも、地域に関心を持ち、愛着を持ち、そこでの生活に対して価値を想像できるような人材を生み出すことが出発点となろう。問題は、その方法である。

 若者が、その地域に関心を向け、愛着を持ち、そこでの生活に価値を見出し、移住・定住できる仕組みをどのようにして構築するのか、ということである。

 本稿では、大学と地域との連携活動を取上げ、若者がどのような視点を持ち活動を進めていたのかを明らかにしたい。このことが若者の目を地域に向けるヒントになるではなかろうか。この視点を活用して、大学と地域との連携活動を進めることで、若者が定住できる仕組みの構築にひとつの考察を加えられるものと考えている。

2.大学と地域連携

 大学と地域との連携活動には、地域側からすると、地域課題解決のために高等教育機関の専門的知見を活用して地域を活性化する、活動を通じて多様な主体が連携することによる新たな価値の創造、若者とのイベントを通じた交流活動等により地域に元気を届けるような活動まで多々ある。
 大学側からもフィールド研究の対象から、学生の将来につながる学びとしての実践教育の場、交流イベントを通じた思い出づくり等、これまた活動には幅がある。
 地域と大学とでお互いの活動目的にズレがあったり、連携疲れ等から活動が数回で終わってしまったり、活動の継続性が担保されない場合も多々あろう。
 こうした中で、拓殖大学国際学部と富士川町との交流事業は4年目を迎えている。
 この活動を進めた最初の卒業生となる10名ほどのゼミ生のなかで、山梨県出身者ではない学生2名が、山梨県での就職を選ぶこととなった。
 今回、この活動の中心メンバーで、山梨県内に就職した方に話を伺う機会を得た。

 彼が活動に加わった動機は、国際学部に在籍し他国のことを学ぶなかで、まず自分が日本の事を知らなければと感じたことがきっかけであった。拓殖大学国際学部では、2年次にゼミに入ることになるが、座学は授業で行うので、ゼミでは地域フィールドをもとに学んでいくことを希望し、地域での活動を特徴としていたゼミに入ることにした。
 このゼミでは、活動を本格化する前年からJTBの大学生観光まちづくりコンテストに富士川町をフィールドとして応募するなどして、大学と地域との交流の下地はあった。
 ゼミ活動をスタートするにあたり、コンテスト時にお世話になった地域住民の方の協力を得て、富士川町の歴史や特産品などを学んだ。また、富士川町の課題として、空き家について考えるきっかけを得た。
 ゼミ活動では、その空き家の活用を考えることとなった。それまでの大学生活で考えることもなかった空き家という非日常空間のなかで、自分たちが主体となって活用等を考えられる取組を進められるという喜び、ワクワク感が強くあったという。その後、イベント等の補助活動等の依頼を受け、地域の方々とのさらなる交流がうまれていったが、イベント交流事業はやはり一過性のものという意識が強くあったようだ。地域の人々がお金も時間も労力も使って交流してくれているなかで、自分たちの活動では、町民に対して何も形として残らない。自分たちに何ができるか、何をすればいいのかという思いから、富士川町に来る意味を考えるようになっていた。そして、町民の方々に話をきいたり、アンケートをとったりしながら、自分たちの目で確認をしながら地域での課題を抽出し、商店街の活性化や交通整備、郷土料理の活用等について行政や住民に提案をしていくことになる。
 結果としては、取組をまとめた論文が大学において賞を取り、自分たちの活動、提案を広く町民の方々に知っていただく機会としてシンポジウム等を開催していただいた。

郷土料理みみの試食会の様子:道の駅富士川

 活動の入り口においては、いつの間にかここ(特に目的意識もなく、富士川町)にいたが、活動を通じたワクワク感、楽しみが続く中で、何のための活動かという目的を考えられることができたことが活動の継続性へとつながっているようだ。特に、地域から与えられた課題ではなく、自分たちで見て、感じて、調べた地域課題について向き合い、考えて発表した論文が賞を取ったという主体性と成功体験。また、活動を通じて、プレゼンテーション、報告会等の場が多々あったようで、そこで自分たちが主体となり、聴衆にどのような言葉で活動を伝えるのかと考え、結果として狙い通りに実践できた時の達成感は非常に大きかったようである。
 こう考えると、ワクワク感、成功体験、達成感ということが、若者に地域への関心を持たせ、継続的なかかわりを誘導するポイントとして挙げる事ができる。

 この学生は、山梨県に縁もゆかりもなかったが、活動をきっかけに山梨県に興味、愛着をもち、今では山梨県において就職をしている。雇用先があったことが大きな要因とはいえ、活動を通じた興味、愛着がなければ、山梨県での就職を選択しなかったようだ。

 今年度、大学と地域活動連携の事例として、笛吹市御坂町ひみね地域に拠点を置くひみね地域活性化協議会と、山梨県立大学、拓殖大学との連携事業が本格的に始まる。
 このひみね地域は、古くは鎌倉時代から街道の要所として栄えていたが、他の地域と同様に、近年では人口は減少傾向にあり、地域における高齢化率は40%を超えている。また、人口1,200人ほどに対して、15歳以下の人口は100人に満たず、少子高齢化の影響が大きくなっているため、全国一位の生産量を誇る桃やぶどうの栽培農家が減少している。
 この地域では、地域コミュニティやひみねの景観を特徴づける桃源郷の花の風景の維持管理等が課題となっているが、近年、民間企業、農業法人、観光事業者、行政OB、教員、団体職員、ワイナリー等の関係者を中心に人材が集結して、地域住民が主体となって開催されるイベントや当地において埋もれた資源を掘り起こし、地域の誇りとして再生する取組等展開して地域を盛り上げている。

協議会の活動として:①桃の花祭りの様子
※地域住民らでつくる祭り

出所:農業法人 エコモス 

協議会の活動として:②黒駒の勝蔵の紙芝居会を地元小学校等にて開催
※地域資源を再認識し、地域に伝える活動

出所:金桜園ピーチランド

 このひみね地域は、住民主体の活動については、蓄積もあり、実績も有している。ここに学生が入った場合、どのような効果が生まれるのかを今後みていきたい。

3.まとめとして

 今回大学と地域との連携活動を進め、山梨県に就職をした方へのインタビューをお願いしたが、その方は、他県の出身で大学進学のために東京に出て来た。数年前には、山梨県で活動を推進するなど全く想像もせず、ましてや、結果として山梨県で就職して、山梨県に住むことになるなど、夢にも思わなかったようだ。活動を通じて、富士川町だけでなく、山梨県を考える契機となり、山梨県に愛着を感じながらの生活をスタートさせている。
 彼のゼミには、他にもう1名、他県出身ながら、山梨県の企業に就職をした方がいる。今回、直接お話をお聞きする機会はなかったが、活動を通じて山梨県に対して「何となく魅力があるから住んでみたい」と思い、就職先を探したようだ。
 彼らの活動の軌跡をみると、特別なスキルを有しているから活動をしているわけではない。確固たる特別な意志を持って活動に入って来たわけでもない。結果として、山梨県にて生活をしている。このような活動が、今、地域に住んでいる若者を対象にして展開できるのであれば、その効果はより大きいものとなるのではなかろうか。

 学生も大学側も、実は地域づくり、まちづくりのプロフェッショナルな専門職集団ではない場合もある。双方が過度な期待を持ち、要求水準を高く設定し活動を進めると必ず疲弊する時期が来ることになるのではなかろうか。
 取組を進める過程において、それぞれの持つ資源を最大限活用しながら、若者(自分たち)が主体となっているという意識を持てる環境を地域住民が学生と協働でつくりあげることが必要であろう。
 都市部の教育環境、娯楽環境、生活環境等の利便性を追求しても勝ち目は無い。地域に住む若者に、地域というもの、地域で生活することについて考えるきっかけを作る。こうした活動の中で、若者自らがその地域が持つ特性、良さ・優れた点、アピールポイント、誇り等を確認して、地域をみつめる視点を持つ。地方創生に向けた地域が取り組むべき施策への一つのヒントが隠れているのではなかろうか。