Vol.253-2 中山間地における農業後継者の育成について


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 伊藤賢造

1.はじめに

 農業の担い手不足が叫ばれて久しい。筆者の自宅周辺を散歩すると、いたるところに休耕地や耕作放棄地が目につく。
 農業は、5.4兆円の生産額を有し、他国と比較して低くなっている食料自給率の確保の観点からも、国民の生活において重要な産業であり、農業の担い手不足は我が国にとって大きな課題となっている。
 国は、農業を持続可能なものとするため、農地利用の最適化や担い手の育成・確保、効率的で生産性の高い農業経営等を図っており、近年では、農地の集積・集約化を通じた規模拡大や、経営の法人化等を推進している。平成262014)年、国は農地中間管理機構(農地バンク)を都道府県に設置することとし、地域内に分散する農地を借り受け、条件整備等を行い、再配分して担い手への集約化を実現する取組を行ってきたところである。
 しかしながら、中山間地では都市部と比べて高齢化が進んでおり、農業の大部分を担う70歳以上の高齢者が農業をリタイアした後の担い手不足が懸念される。また、小規模農家の廃業は農地の集約化に貢献するという見解もあるが、中山間地では形状が不利な農地が多く、廃業が集約化につながらずに耕作放棄地になってしまう恐れがあり、中山間地の耕作地が、水源のかん養、良好な景観形成等の多面的機能を有していることからも、耕作地として維持していくことが求められている。
 本報告では、こうした問題意識から、中山間地における農業の担い手不足解消について考察する。

2.農業の現状

(1)担い手の状況

① 農業従事者の年齢

 図1に示すように、男性、女性とも60歳以上79歳未満の年齢層で農業従事者が多くなっており、60歳の退職後に就農し、80歳を迎える頃に離農するという傾向がうかがえる。また、農業従事者の総数は年々減少傾向にあり、調査年ごとの最大値となる年齢層は、年々高くなる傾向にある。

図1:年齢階層別の基幹的農業従事者数(※)の推移

※自営農業に主として従事した15歳以上の世帯員のうち、普段の主な状態が「主に仕事(農業)」である者
出典:農林水産省「平成26年度農業白書」

 

② 担い手農家の分類別推移

 表1から分かるように、販売農家の総数は、平成30年では平成12年から約半減しており、そのほとんどが兼業農家の減少で、専業農家については、大きな減少とはなっていない。

表1:農家戸数の推移

資料:農林業センサス、農業構造動態調査(農林水産省統計部)

 

(注釈)

  1. 「農家」とは、経営耕地面積が10a以上又は農産物販売金額が15万円以上の世帯をいう。
  2. 「販売農家」とは、経営耕地面積が30a以上又は農産物販売金額が50万円以上の農家をいう。
  3. 「自給的農家」とは、経営耕地面積30a未満かつ農産物販売金額が年間50万円未満の農家をいう。
  4. 「主業農家」とは、農業所得が主で、調査期日前1年間に自営農業に60日以上従事している65歳未満の世帯員がいる農家をいう。
  5. 「準主業農家」とは、農外所得が主で、調査期日前1年間に自営農業に60日以上従事している65歳未満の世帯員がいる農家をいう。
  6. 「副業的農家」とは、調査期日前1年間に自営農業に60日以上従事している65歳未満の世帯員がいない農家をいう。
  7. 「専業農家」とは、世帯員の中に兼業従事者が1人もいない農家をいう。
  8. 「兼業農家」とは、世帯員の中に兼業従事者が1人以上いる農家をいう。
  9. 「第1種兼業農家」とは、農業所得を主とする兼業農家をいう。
  10.  「第2種兼業農家」とは、農業所得を従とする兼業農家をいう。

出典:農林水産省HP「農家に関する統計」 

 

(2)耕作地の状況

① 耕作放棄地の推移

 耕作放棄地は、「以前耕地であったもので、過去1年以上作物を栽培せず、この数年の間に再び耕作する考えのない土地」と農林業センサスにおいて定義づけられている。つまり、耕作放棄地とは、耕作が行われてなく、近いうちに耕作の予定もなく放置される農地と言える。なお、耕作の意思はあるが、何らかの理由で耕作を行っていない土地は、「休耕地」として分類される。
 耕作放棄地では、害虫の発生、ゴミの不法投棄など、さまざまな問題を招く可能性があり、一度荒廃地にまでなってしまうと、作物を収穫できる農地に戻すことは非常に困難となってしまう。さらに、耕作放棄地による悪影響は、隣の農地にまで及ぶことから、その管理が問題となる。
 図2に示すように、耕作放棄地面積は、昭和60年までは、およそ13haで横ばいであったが、平成2年以降増加に転じ、平成27年には、3倍以上の42.3haまで増加している。
 特に、土地持ち非農家(農家以外で耕地及び耕作放棄地を5a以上所有している世帯)の耕作放棄地は大きく増加傾向にあり、平成27年には約5割が土地持ち非農家の所有する農地で占められている。

 

図2:耕作放棄地面積の推移

出典:農林水産省作成資料「荒廃農地の現状と対策について」

 

② 耕作放棄の原因

 耕作放棄が進むと、荒廃地(現に耕作に供されておらず、耕作の放棄により荒廃し、通常の農作業では作物の栽培が客観的に不可能となっている農地)となってしまうわけだが、図3に示すように、平成26年に行われた荒廃地の原因にかかる調査では、すべての地域で「高齢化、労働力不足」が最も大きな原因として挙げられている。
 また、中山間農業地域においては、平地農業地域と比べて「傾斜地・湿田等自然的条件が悪い」が多くなっている一方で、「土地持ち非農家の増加」、「農産物価格の低迷」が少なくなっている。
 農業の主力を担ってきた世代の高齢化による離農が進み、農地を引き受ける担い手が不足するなか、基盤未整備の農地、あるいは土地条件が悪い農地を中心に、耕作放棄地が増大していると推測される。

 

図3:荒廃農地の発生原因(「耕作放棄地に関する意向及び実態把握調査(平成26年)」より)

出典:農林水産省作成資料「荒廃農地の現状と対策について」

 

③ 農地の集約化

 国では、「強い農業」の実現のため、農地バンクの取組を強化し、農地の集約化を進めており、農地面積の小さい農家の数が減少し、比較的、農地面積の大きい農家が増加していることから、農地の集積・集約化は順調に進んでいることが読み取れる(図4参照)。
 このように、農地の集約が進んでいる一方で、耕作放棄地は増加していることから、集約化に適さない農地において、耕作放棄地が増加していると推察される。

 

図4:経営耕地面積規模別カバー率(構成比)

出典:農林水産省「平成30年度 食料・農業・農村白書」

 

④ 中山間地の農地の集約化の状況

 図5に示すように、中山間地においては、平地地域と比べて経営耕地面積が小さい農家が多くなっている。中山間地においては、農地の形状や位置などの問題等により、集約化が容易ではないと推察される。
 また、中山間地は平地地域と比べ農業生産条件が不利な地域であり、担い手の高齢化も進んでいることから、今後、後継者不足による耕作放棄地の増加に拍車がかかり、中山間地の耕作地が持つ水源のかん養、良好な景観形成等の多面的機能が低下していくことが懸念される。

 

図5:経営耕地面積規模別の農家数割合(平成27年)

出典:農林水産省「平成28年度 食料・農業・農村白書」

 

3.中山間地の農業における担い手対策

(1)定年後就農者の意向

 今後も、地域農業における担い手の主力として期待される60歳以上の就農者の意向は、どのようになっているのだろうか。
 公益財団法人山梨県農業振興公社では、定年退職者などを対象とした「シニア向け農業技術研修コース」を開催している。この研修は「篤農家」の協力を得て行われており、篤農家のもとで、農作業を行いながら、農業の技術の習得やネットワークの構築を図ることを目的としている。
 将来的に農地の相続を控える筆者は、農業を退職後に始めようとする方が、どのような思いで農業を始めるかを知るため、またプロの農業従事者の農業へのスタンスを学ぶため、「シニア向け農業技術研修コース」に参加し、参加者に聞き取りを行った。
 参加者は、いずれもすでに退職している、あるいは退職間近な方であり、農地を親から譲り受けた方が多く、農業を始めるきっかけとしては、幼少期から農業に携わっており、農業をしたいと思っていた、農地を管理しなければならないと思っていた、などが多かった。

<参加者の状況及び聞き取り内容>

① 参加者の状況(前年度の受講者を含め10名程度)

    • いずれも、退職している、または退職まであと数年という方が参加していた。
    • いずれも、県内在住者であった。
    • プロの農業のやり方を学びたいという目的での参加が多かった。
    • 農地自体は、親から譲り受けたという方が大部分を占めていた。
    • 農地のある場所は中山間地域、平地地域、都市地域など参加者により分かれていた。

② 参加者が農業を始めることとしたきっかけ

    • 以前から農業をしたいと思っていた。
    • 幼少期の頃から親といっしょに農業に携わっており、退職後には当然、農業をするものと思っていた。
    • 義父が突然亡くなり、農地の管理をしなければならなくなった。
    • 退職後も何らか仕事を続けていたいと思い、生命の糧を作り出す農業をしたいと思った。

(2)中山間地における後継者の育成 

 中山間地において、農業の担い手として期待されるのは、まずはその農業経営者の子が有力となるだろう。中山間地においては、農地の集約化を進めるには適さない農地も数多くあり、また、農業生産条件が不利で、経営効率が良くない農地も多く、仮に買い手や借り手の募集をかけても、なかなか手が上がらないことと推察される。
 こうした状況のなか、担い手の有力な候補者としてその農業経営者の子が考えられるわけだが、子が農業を引き継ぐに当たっては多くのメリットがある。

<子が農業を引き継ぐメリット>

  • 農業について多少なりとも慣れ親しんでいる。
  • 農地を相続する際、税制優遇を受けられる。
  • 農地の取得や農業機械の購入などの初期投資が不要。
  • 地域における農業のネットワークを引き継ぐことができる。

 親から子に引き継いでいくためには、「シニア向け農業技術研修コース」参加者への聞き取り結果からもわかるように、子が農業になじんでいることが鍵となる。
 現在、核家族化や、都心への就職などにより、農業従事者である親と同居していないケースも多く、親が農業をしていても子は農業から疎遠になることが多いと思われる。よって、第一には、親元を離れるまでにできるかぎり農業に巻き込んで、農業のよさや責任感を伝えることが重要となる。
 つまり、農業の継承は、後継者の候補となる、子が生まれてきた時点で考えていかなければならない問題であり、親が70歳頃になって、いざ農業を引き継ごうと思っても遅すぎるのである。子が素直に言うことを聞く幼少期から農業を手伝わせておくことが必要であり、孫がいれば孫も巻き込んで、親子3代で農業を行っていくという心構えが必要ではないか。
 仮に、農業を行う親がどれだけ子のために農機具を揃えたり、農地を整えたりしたとしても、その子が農業を引き継ぐことについて魅力や責任を感じなければ、引き継がれることはなく、ややもすれば耕作放棄地となって放置されてしまうだろう。
 農業の技術についてはいくらでも支援機関から学ぶことができるので、まずは農作業の一部でもよいので子に手伝わせ、達成感を共有すべきであり、こうした機会をなるべく数多く設けるべきであると考える。

4.おわりに

 中山間地において農家が農業を引き継かずに耕作放棄地としてしまうことは、その地域全体にまで悪影響を及ぼす大きな問題であり、農地を管理する農家だけではなく、地域の農業は地域全体で守っていく必要がある。そのためには、農家の日々の営農のほか、地域のつながりや文化、学校での教育、自治体による基盤整備等の農業施策など、さまざまな要素が絡んでくる。
 農家、地域、学校、自治体などが一緒になって、地域の農業を盛り上げ、持続的に発展していくことを期待したい。