Vol.253-1 山梨県の医療介護現場から見たベトナム看護系大学生・短大生のポテンシャルについて


~ベトナム大学・短期大学協会 ベトナム看護教育協会 定期学術大会「ベトナム医療情報化4.0」への参加報告~

 

田中千絵[1]          中田健吾[2]

 

1.はじめに

 甲州市大藤診療所は、国民健康保険診療施設として甲州市が設置した公立診療所である。市北東部の中山間地域である大藤地区(診療エリアは、大藤地区、神金地区、玉宮地区、一之瀬高橋地区のおよそ1,600世帯をカバーする)にあり、届出診療科目は内科で、患者のほとんどが後期高齢者である。公立の診療所は、民間医療機関の進出が期待できない地域における医療の確保と健康づくり、介護、福祉サービスまでを統合的、一体的に提供する「地域包括ケアシステム」の拠点として活動することを目的としている。
 山梨県全体に目を向けると、大藤診療所の患者特性が特別ではないことがわかる。2015年の国勢調査によると、山梨県の高齢化率は28.4%、甲州市の高齢化率は30.5%で、この傾向は年々高くなっている。国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(平成30年)」の試算によると、2025年には山梨県の高齢化率は33.7%、甲州市の高齢化率は35.8%に達し、この数字は全国的に見ても非常に高率で、速いペースで高齢化が進むと推計されている。一般的に高齢者は、様々な慢性疾患と、加齢にともなう身体的機能の変化の出現により、徐々に生活に支障をきたすようになる。慢性疾患に対して行う医療は限定的であり、それでは解決のできない苦痛や不自由さについては、生活支援や介助によって生活の質(QOLQuality Of Life)を向上させることになる。実際、大藤診療所での診療も定期的な診察による疾病管理(薬剤処方)に加え、日常的な生活動作の指導や必要な介護サービスについて、患者を中心に家族、ケアマネージャー等と話し合う機会が多くなっている。
 2017(平成29)年度介護保険事業状況報告によると、山梨県全体では要介護、要支援者は合計38,633人に上っている。内訳は、要支援1が1,674人、要支援2が3,718人、要介護1が6,622人、要介護2が8,749人、要介護3が7,963人、要介護4が5,834人、要介護5が4,073人となっている。これらの要支援者、要介護者は介護保険を通じて介護サービスを受けることになるが、介護保険給付額は2017(平成29)年度には66,793(百万円)で、対前年比102.5%と増加している。このうち、居宅サービスには31,135(百万円)、地域密着型サービスには13,838(百万円)、施設サービスには21,820(百万円)が支払われている。介護サービスを提供する施設数は、介護老人福祉施設が57施設、介護老人保険施設が31施設、地域密着型通所介護が278施設となっている。全国よりも速いペースで高齢化が進み、それにともなって要介護(要支援)者、介護保険給付額が年々増加している山梨県において介護人財の確保・定着は喫緊の課題であり、介護人財の定着や新規採用に対してさまざま施策が実施されている。
 官民の介護人財獲得に向けた熱心な取り組みの成果の一つとして、介護現場での外国人財の活用があげられる。2017(平成29)年度の外国人介護福祉士候補者支援事業では県内の5施設に補助金が交付され、経済連携協定に基づいて入国する外国人介護福祉士候補者を受入れ、介護福祉士資格の取得に向けての指導と介護現場への定着の取り組みが行われている。大藤診療所の近隣の高齢者施設でも2014年より、4名のベトナム人介護スタッフが特別養護老人ホームに配属され活躍している。患者さんの中にもこうした施設で外国人から介護サービスを受ける方が、今後ますます増加していくことが予想できる。少子化の影響などで国内における介護人財のなり手が減る中で、日本人に代わって外国人が介護サービスを担うようになることには大きな期待が寄せられる。それと同時に、地域の高齢者医療に携わる者として介護現場における外国人財に大きな関心をもっている。
 今般、ベトナムの看護系大学・短期大学で介護人財の教育を行っている一般財団法人日本礼儀作法協会の交流事業としてベトナム大学・短期大学協会とベトナム看護協会が共催する学術大会「ベトナム医療情報化4.0」に参加し、最新の日本の医療情報についての基調発表を行った。同時に、本大会を通じて、ベトナム看護教育の最前線にいる各大学・短大学長や学部長、学科長、看護協会の幹部と議論や意見交換を行った。以下、学術大会の参加報告と意見交換に基づいて、ベトナムの看護師養成の実情について明らかにし、山梨県の地域医療・介護の現場の視点で、ベトナム看護系大学生や短大生が、今後山梨県の介護現場を担う人財となりうるのかについて、そのポテンシャルについて述べる。

 

2.「ベトナム医療情報化4.0」参加報告

 一般財団法人日本礼儀作法協会は、2016年より、ベトナムの看護系大学・短期大学と共同して、大学生や短大生に3つの特長をもった高度な日本型職業教育プログラムを提供している。このプログラムは日本の介護医療現場で短期間に即戦力として活躍できる人財を育成するもので、学生は日本語(N4以上)、日本の礼儀作法・ビジネスマナー(初級)、介護に関する専門基礎知識、の3分野の資格を取得する。現在、このプログラムを経て、多くのベトナム人看護学生が、在学中に日本の介護施設でインターンシップ(一部は大学の単位として)を行っている。インターン生は、この教育プログラムによって日本の文化や生活、職場でのしきたりにすぐに慣れ親しみ、いわゆる企業や職場とのミスマッチが少なく、多くのインターン先から高い評価をいただいている。また、インターンシップ終了後に大学や短大を卒業した学生で、希望する者は、日本の介護施設へ就労する者もいる。
 今般、日本礼儀作法協会が事業交流の一環として招待出席した学術大会「ベトナム医療情報化4.0」の開催概要は以下のとおりである。

 

【開催概要】

  • 日時:201967日午前8時~午後5
  • 場所:ハイフォン市海軍ゲストハウス(午前中)、ハイフォン医療短期大学(午後)
  • 主催:ベトナム大学・短期大学協会 ベトナム看護教育協会

 

会場風景

主賓あいさつ

 

 本学術大会は、ベトナム国内で看護教育の最前線を担っている看護系大学・短期大学の教員が国内の医療や医療教育について研究発表や情報収集、意見交換するために定期的に行われている。
 参加者は、ベトナム医療省や教育訓練省といった政府・行政分野と、全国の看護系大学・短大の学長や学部長、学科長、教員などの研究・教育分野に加え、今回はハイフォン市内の病院の代表クラスとその関係者など、看護や医療現場からも集まった。
 全体会と分科会が行われたが、全大会の聴衆は総勢150名程度。全体会聴衆席の最前列部には20名ほどの来賓席が設けられており、学長らに加えて政府や党の要人と見られる来賓が聴講していた。学術大会の全体会が行われた会場は軍の施設の中にあるレセプションホールであり、関係者以外の一般の市民や外国人は入構できない。ベトナム国内向けの学術大会であり、講演や発表、抄録などで使用される言語もベトナム語のみであり、参加者のうち外国人は日本礼儀作法協会からの参加者5名のみであった。協会からの参加者は、筆者ら以外には、理事長の雨宮紀雄、理事(IT教育担当)の岡部威房、准教授(エンジニア教育担当)の川本宏次で、開会式では他の来賓と同様に聴衆に紹介された。
 学術大会のメインテーマは医療の情報化であり、ベトナム国内の医療現場における情報化に向けた施策、現状と課題について議論が行われた。
 午後から行われた分科会は、場所をハイフォン医療短期大学に移して行われ、協会は事業交流の一環として、甲州市大藤診療所の田中千絵所長が「日本の電子カルテと医療情報システム」と題する基調発表を行った。
 聴衆は、本学術大会の大会長のハイフォン医療短期大学長をはじめ、ベトナム看護教育協会関係者、看護系大学・短大の教員など40名ほどで、みな熱心に聴講していた。発表に引き続いて行われた質疑応答では、ベッドサイドで看護師が使う医療情報や入力端末、地域医療(在宅医療)における患者情報の共有についての質問が集中していた。

 

【学術大会の概要】[3]

<午前中:全体会>

  1. 主催者による来賓紹介
  2. 主賓あいさつ:ニー氏(ベトナム大学・短期大学協会副理事長・元ベトナム教育相副理事長)
  3. 歓迎スピーチ:ロン氏(ハイフォン医療短期大学学長)
  4. 来賓あいさつ:ロイ氏(ベトナム医療省情報管理部副部長)
  5. 基調講演:トゥーン氏(ベトナム医療省情報管理部医系技官)『「医療省情報技術4.0」 ベトナム医療の情報化について、現状と課題』。重要性理解、だが資金不足。紙ベースの医療情報で医療の質、安全、効率が低下。日本や韓国の情報技術を取り入れたい。
  6. 講演:ルー氏 ベトナム看護教育協会 副理事長 『事例報告:ホーチミン市Thu Duc病院(小規模)でのペーパーレス化(アイパッドを活用した電子化)』
    ほか計12題。

<昼食:歓迎&懇親レセプション>

<午後:分科会>

  1. 記念講演:田中千絵(甲州市大藤診療所長)『日本の電子カルテと医療情報システム』
  2. 質疑応答
  3. ハイフォン医療短期大学 看護教育施設見学

講演する田中千絵所長

 

熱心に聞き入る参加者

 

3.ベトナムの看護人財について

 ここではベトナムの看護人財について、看護師養成制度に関する文献[4]とヒアリング[5]を元にして簡潔に整理する[6]
 ベトナムでは全ての医療専門職者の資格認定には、指定の教育機関の卒業証書(もしくは、医療に関する証明書)を所有していることを条件に発行される医療従事証明書の取得が必須である。このうち看護師が医療従事証明書を得て有資格者になるためには、指定の教育機関を卒業した後に、看護師として医療施設で9ヶ月の臨床研修(義務)を行う必要がある。臨床研修修了後、この研修修了証明書を保健省または保健省の保険局に届け出ると有資格者として医療従事証明書が発行され、看護師として認定されることになる。いわゆる国家試験はない。2018年で、ベトナム国内の看護師総数は128,000人あまり(人口1万人あたり13人で日本の約110)で、ベトナム政府はこれを2020年までに倍にする計画を発表している。
 ベトナムで看護師を目指す人財は、大学(4年制)もしくは短期大学(3年制)、または、中級医療学校(2年制)を卒業する必要がある。大学と短大を卒業すると看護師に、中級医療学校を卒業すると中級看護師になれる。2014年現在では、ベトナム国内に看護師を養成する公立の大学は26校、短期大学は74校あり、中級看護師を養成する中級医療学校は44校ある。ただし、大学と短期大学に入学するためには、全国入学試験(数学、化学、生物)を受ける必要があり、看護系学生の学力水準や向上心・向学心は非常に高くなっている。ベトナム国内の大学進学率が約20%であるという事実や関係者へのヒアリングでも、そのことが伺える。
 大学のカリキュラムは2001年に教育訓練省が定めており、大学は196単位、短期大学は154単位、中級医療学校が1260時間の単位数が設定されている。また、看護専門科目には講義・演習・実習があり、臨床実習は各病院との契約で、徒弟的な実習が行われているという報告もある。多くの中級医療学校は省病院に併設・隣接しており、その省病院では教員が看護師として兼務するほか、学生が実習を行っている。現在、ベトナムの看護専門職全体の質の統一と向上を目指して教育改革が行われており、その中心課題は看護人財の能力向上と地域間の能力格差、職種間のレベル格差の解消である。特に、中級看護師と看護師、さらには看護学士の格差解消は急務となっており、卒後教育の充実が図られている。

 

4.まとめ

 人口減少、高齢化が進む山梨県の中山間地域を診療エリアにする公立診療所で高齢者医療を担うものとして、今般、ベトナム看護系大学・短期大学による学術大会に参加して、ベトナム国内の看護師の質向上に向けた教育の充実が進んでいることが認識できた。
 現在、ベトナム国内でも高齢化による高齢者介護や慢性疾患への対応といった医療ニーズの多様化・高度化が進み、これに対応するために、看護教育の最前線では政府も巻き込んで看護師人財の質と量の両側面からの強化・増強を図っている。看護教育もかつては医師によって行われてきたが、現在は大学卒の看護師(ベトナムでは特に看護学士と呼ばれて区別されている)がその中心を担うようになってきている。ベトナム看護学士は向学心や向上心が強く、大学院への進学や海外への留学にも積極的な人財も多く、そういったベトナム看護学士は医療と介護の先進国である日本の看護技術や介護技術を学ぶ意欲を強く持っている。大学や短大の教育現場では、学生に対しても、日本への留学や実習・研修の機会を積極的に進めており、こういった学生が山梨県の介護人財として貴重な戦力になることが期待できる。
 協会では、日本国内の介護人財不足とベトナム看護師側の期待と希望に呼応する形で、2016年から、ベトナム看護学生が日本の医療・介護の現場でインターンシップや就労するための高度な教育プログラムを提供している。昨今のベトナム国内の汚職防止に向けた政治改革の流れもあり、大学への利益供与(賄賂)を目的にしない協会の教育プログラムは、多くの大学で導入されている(現在、13校)。協会の教育プログラムは、大学内で協会が派遣した講師が大学生・短大生に直接日本語・礼儀作法マナー・介護専門基礎知識の教育を行い、学生の希望や適性などを把握しながら、インターンシップの指導を行っている。また、協会は日本全国を網羅する計13本支部(山梨県も含む)を有し、各地域や施設の事情に応じたきめ細かいニーズの把握も可能となっている。
 山梨県は、高齢化率が全国的にも高く、慢性疾患を抱えた高齢者の生活を支える介護サービスの普及とそれを実現するための介護人財の確保、特に質の高い介護人財の採用と教育が喫緊の課題となっている。ベトナムの大学や短大で高度な看護教育を受け、協会の教育プログラムを通じて日本語だけでなく日本文化を理解し習慣を身につけたベトナム看護人財は、医療も介護も分かる質の高い介護人財として、山梨県はもとより国内の高齢者のQOL向上に寄与する人財としての期待が高いといえる。


[1] 甲州市大藤診療所 所長

[2] 一般財団法人 日本礼儀作法協会 中部教育本部・千葉教育支部、ホーチミン市オープン大学ベトナム日本教育文化交流センター 准教授

[3] 前述のとおり、講演や抄録はすべてベトナム語のため、その場での簡易通訳と事後的に発表スライド等を翻訳して把握できた内容のみ掲載。

[4] 「ベトナムにおける保健医療および看護の現状」,小林秋恵・岡西幸恵,香川県立保健医療大学雑誌 第₇巻,27−342016
「平成25年度外務省政府開発援助海外経済協力事業(本邦技術活用等途上国支援推進事業)委託費「案件化調査」ファイナルレポート ベトナム国 医療の質を高める地域医療情報ネットワークシステム案件化調査」,株式会社テクノプロジェクト・株式会社富士通総研共同企業体,平成26年,2019/7/20http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/kanmin/chusho_h25/pdfs/5a04-1.pdf.「平成30年度国際ヘルスケア拠点構築促進事業(国際展開体制整備支援事業)医療国際展開カントリーレポート新興国等のヘルスケア市場環境に関する基本情報ベトナム編」,経済産業省,20193月,2019/7/20https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/iryou/downloadfiles/pdf/countryreport_VietNam.pdf

[5]現地での有識者ヒアリング:67日午後2時~市内において、Tran Thuy Khan Linh先生(University of Medicine and Pharmacy at Ho Chi Min Cityホーチミン医薬大学看護学科長、准教授。ベトナム看護師として博士号(オーストラリアの大学)を取得した二人目。日本の筑波大学や病院・老人介護施設などで長期研修も行った経験を持つ。看護ベトナム看護教育協会の役員でもあり、ベトナム看護教育のリーダー的存在の一人といえる。)、PHAM NGOC THACH University of Medical(ファムゴックタック医科大学)の看護医療技術学部長、同学科長(この先生は、ベトナム人看護師として初めて博士号(タイのタマサート大学)を取得)、など、ベトナム看護協会の幹部クラスの合計4人と意見交換を交えて約1時間半にわたって実施。先生方は、午後の分科会の参加者でもあり、分科会終了後には、ハイフォン医療短期大学看護学科の施設見学に同行され、引き続きベトナム看護教育について多くの情報を提供してくださった。なお、ベトナムでは大学教員が名刺を持ち歩く習慣がないらしく、前述のLinh先生以外は、名刺ではなくLinh先生からの紹介や自己紹介などでの情報をもとにしている。

[6] 本稿での整理は全体像の理解と把握を優先するために、可能な限り客観的な出典に拠りつつも、ヒアリングやその他の二次情報・主観的情報を活用していることをご了承いただきたい。これは、ベトナムの保険医療については国情の関係で十分な情報が入手困難な上、また、ヒアリングからも現在、ベトナム国内の関係法・制度の整備が行われている最中との証言もあり不確定な情報が多いためである。