Vol.254-2 キャッシュレス決済の普及に向けた取り組みについて
公益財団法人 山梨総合研究所
研究員 小澤 陽介
1.はじめに
現在、日本では少子高齢化や生産年齢人口減少の時代を迎え、特に小売や飲食業を中心に「人手不足」が発生している。この状況に対し、政府はキャッシュレス決済を普及させることにより、生産性向上を図ることを進めている。店舗で現金を扱う機会を減少させ、レジ締め等にかかる負担を軽減しながら、最終的には店舗の無人化も視野に入れている。キャッシュレスサービスの事業者(以下プラットフォーマーという)も、政府の方針もさることながら、キャッシュレス決済が普及することにより生まれる手数料市場の獲得にむけ、莫大な広告宣伝費をかけ、サービスの普及に注力している。一方、消費者やキャッシュレスサービスの導入を検討している事業者にとっては、あまりに急速にキャッシュレスサービスが拡大しているため、戸惑っている方々も多いと思われる。
政府は2025年時点において、キャッシュレス決済比率を現在の約20%から40%へ引き上げることを目標としており、今後予定されている東京オリンピック・パラリンピックや大阪万博に向けて、キャッシュレス決済普及に向けた施策をさらに強力に行うと考えられることから、プラットフォーマーによるサービスの拡大は一段と広がりを見せる可能性がある。
本稿では、増加するキャッシュレスサービスを整理し、海外や日本、山梨県のキャッシュレス事情を調査する中、キャッシュレスサービスの今後の展望や可能性について考察する。
2.キャッシュレスとは
キャッシュレスとは、経済産業省の「キャッシュレス・ビジョン」によると、「物理的な現金(紙幣・硬貨)を使用しなくても活動できる状態」と定義されている。
一般的に普及しているポストペイ(後払い)のクレジットカード、チャージ等を行って使用するプリベイド(前払い)の電子マネー、リアルタイムペイ(即時払い)のデビットカードや昨今普及が進んでいるモバイルウオレットと、支払うタイミング別には3種類、またサービス例では4種類に大別されている。
本稿においても、主にこの4つの手段をキャッシュレス決済として、議論を進めていく。
表 キャッシュレス支払手段の例
(出典)経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」
また、ここでキャッシュレス決済比率についても触れておきたい。「キャッシュレス・ビジョン」ではキャッシュレス決済比率とは
キャッシュレス支払手段による年間支払金額 ÷ 国の家計最終消費支出 |
と定義されている。ただし、この計算式も様々な問題を抱えており、例えばキャッシュレス支払手段による年間支払金額にはコーポレートカード(法人のクレジットカード)による支払いも含まれているなど、今後見直しが行われる可能性があるが、本稿では上記の計算式のキャッシュレス決済比率を用い、議論を進めていく。
3.キャッシュレス決済が求められる背景
(1)国の動向
政府は、「『日本再興戦略』改定(2014)」において、キャッシュレス決済の普及により決済の利便性・効率性の向上を掲げたことを発端として、「日本再興戦略2016」では2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会開催等を視野に入れたキャッシュレス化推進を示している。また2017年5月に公表した「FinTechビジョン」において、FinTechが付加価値を生み出すために必要な決済記録の電子化の鍵はキャッシュレス化の推進であることを指摘し、キャッシュレス化比率を政策指標としながら、キャッシュレス化促進のための課題や方策を継続的に分析・検討していく必要性を示した。その後、同年6月に閣議決定された「未来投資戦略2017」においてKPIとして10年後(2027年)までにキャッシュレス決済比率を4割程度とすることを目指すとしていたが、2018年4月には経済産業省にて「キャッシュレス・ビジョン」を策定し、大阪・関西万博が開催される2025年にキャッシュレス決済比率を40%とすると目標を前倒しし、さらに将来的には世界最高水準の80%を目指すとした。あわせて2018年7月に一般社団法人キャッシュレス推進協議会を設立、2019年4月に「キャッシュレス・ロードマップ2019」を作成し、今後のキャッシュレス決済推進に向けた具体的な取り組みを下表のように示している。
図 キャッシュレス・ロードマップ
(出典)一般社団法人キャッシュレス推進協議会「キャッシュレス・ロードマップ2019」
(2)なぜキャッシュレスに取り組むのか
今日本は、少子高齢化や人口減少に伴う生産年齢人口の減少が進んでおり、国の活力を維持するためには生産性向上が喫緊の課題である。キャッシュレス推進は、実店舗等の無人化省力化、不透明な現金資産の見える化・流動性向上、不透明な現金流通の抑止による税収向上につながると共に、支払データの利活用による消費の利便性向上や消費の活性化等、国の活性化につながる様々なメリットが期待される。
加えてキャッシュレス化の実現方法に関しては、近年、従来型のプラスチックカードによらない媒体(スマートフォン等)、インターネットやAPI(ソフトウェア機能の共有)を活用した既存の業界スキームとは異なる形態等が登場し、多様化の様相を見せている。今後も様々な形態で、イノベーションを活用した新たなキャッシュレス化を実現するサービスの登場が予想される。
また、世界に視野を広げると、支払手数料やインフラコストを低く設定することで利用を増やし、その結果として集まる支払情報を蓄積・分析することで新たなサービスを創造するビジネスモデルも誕生している。このようなプラットフォーマーの中には、こうしたビジネスモデルを世界展開する事例も見受けられる。
上記のように、キャッシュレス化の推進は国の課題の解決に加えて、巨大なビジネスにもつながることが期待される。
4.各国のキャッシュレス動向
図 各国のキャッシュレス決済比率の状況(2015年)
(出典)経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」
図に基づき、世界のキャッシュレス決済比率を見ると、韓国は89.1%に達するなど、キャッシュレス化が進展している国では軒並み40%~60%台に到達する中、日本は18.4%にとどまる。ここでは近隣国のキャッシュレスの取り組みについて紹介し、その後日本および山梨県の現状について紹介する。
(1)韓国の取り組み
韓国におけるキャッシュレス化は、1997年の東南アジア通貨危機の影響を受け、その打開策として実店舗等の脱税防止や消費活性化を目的に、政府主導によるクレジットカード利用促進策として実施されてきた。
主な取り組みとしては
- 年間クレジットカード利用額の20%の所得控除(上限30万円)
- 宝くじの権利付与(千円以上利用で毎月行われる当選金1億8千万円の宝くじ参加権の付与)
- 店舗でのクレジットカード取扱義務付け(年商240万円以上の店舗が対象)
が挙げられる。特に所得控除の金額は大きく、韓国ではこの控除により還付されたお金が「13ヶ月目の給与」とも言われている。こうした政府主導の取り組みの結果、世界最高水準までキャッシュレス化を進めることができている。一方マイナス面での影響もあり、キャッシュレス決済におけるクレジット決済が急速に拡大したため、不良債務者が急増し、クレジットカード会社の経営悪化や銀行の不良債権比率が上昇する事態となった。
(2)中国の取り組み
2000年以降のインターネットを活用した、従来型とは異なる新しい仕組みの誕生、さらにはキャッシュレスを可能とする消費者の生活に深く浸透した「生活アプリ」の誕生がキャッシュレスを後押した要因と考えられる。近年では、アリペイ(中国語名:支付宝、英語名:Alipay)等の個人間ベースの支払サービスがオンラインとオフラインの両方で普及したことも、キャッシュレスを加速させたと考えられる。
主な取り組みとしては、
- 銀聯(共同のクレジットカード)の設立
- アリペイ(アリババが作成した生活アプリ)の登場
が挙げられる。当初は銀聯カードの浸透によるクレジット決済の拡大、またその後はアリペイの登場によりQRコード決済が拡大し、キャッシュレス決済比率を引き上げたと考えられる。
(3)日本の現状
図表の通り、日本のキャッシュレス決済比率は、他国に比べ低い状況にある。「キャッシュレス・ビジョン」では、キャッシュレス決済が普及しにくい背景として、
- 盗難の少なさや、現金を落としても返ってくると言われる「治安の良さ」
- きれいな紙幣と偽札の流通が少ない「現金に対する高い信頼」
- 店舗等の「POS(レジ)の処理が高速かつ正確」であり、店頭での現金取扱いの煩雑さが少ない
- ATMの利便性が高く「現金の入手が容易」
といった要因が挙げられている。
また実店舗においても、「決済導入初期コスト」、「現金と比較した場合のランニングコストの高さ」、「資金繰り」といった観点でキャッシュレス決済は普及しにくくなっていると指摘されており、消費者側にとっても、「キャッシュレス支払に対応していない店舗の存在」、「キャッシュレス支払にまつわる各種不安」といった観点が利用を躊躇させていると指摘されている。
ただ一方で、「3.キャッシュレス決済が求められる背景」でも述べた通り、キャッシュレス決済の普及は日本の生産性向上のためにも必要不可欠な状況となっており、産官学が連携してキャッシュレス社会の実現に向けた仕組みを構築していく必要がある。
(4)山梨県の現状
① 山梨県における事業者のキャッシュレス状況
山梨県のキャッシュレス決済の現状として、2019年3月に甲府商工会議所が事業所を対象に行った調査結果を参考とした。
図 キャッシュレス決済の導入状況について
(出典)甲府商工会議所「キャッシュレス決済の対応状況に関する調査」
図 導入事業者における各キャッシュレス決済の内訳
(出典)甲府商工会議所「キャッシュレス決済の対応状況に関する調査」
表の通り、約6割の事業所でキャッシュレス決済を導入しており、導入事業者の中で約9割はクレジットカードを導入している。しかし電子マネーについては約3割、QRコードについては2割と普及が進んでいないという結果となっている。
図 今後のキャッシュレス決済への対応予定
(出典)甲府商工会議所「キャッシュレス決済の対応状況に関する調査」
またキャッシュレス決済の未対応事業所において、今後の対応予定について聞いた設問では、約6割の企業が「対応の予定はない」と回答しており、消費税増税の還元事業による政府のキャッシュレス導入支援等ある中、非常に低調な状況となっている。
② 山梨県における外国人観光客の状況
日本への外国人観光客は増加傾向にあるが、山梨県においても同様な状況が続いている。山梨県の発表した「平成30年年間宿泊旅行統計調査」によると、2018年の外国人延べ宿泊者数は下表の通り、196万1千人と前年比+21.9%と大幅な増加となっている。
表 外国人延べ宿泊者数の比較
(出典)山梨県「平成30年年間宿泊旅行統計調査結果(確定値)について」
また国籍別に見ると、中国からの観光客の占める割合が大きく、全体の41.7%となっており、前年比20.9%と大きく増加している。
表 国籍(出身地)別外国人延べ宿泊者数の比較
(出典)山梨県「平成30年年間宿泊旅行統計調査結果(確定値)について」
前述した通り、中国ではキャッシュレス決済の利用率が高く、またアリペイの普及によりQRコード決済も広く普及している。中国からの観光客の増加が著しい山梨県にとって、より多くの消費を取り込むためにも、キャッシュレス決済の普及は欠かせない状況となっている。
①、②で紹介してきたような状況に加え、政府による消費税増税にあわせたキャッシュレス推進の各種施策が行われていることからも、今後早急にキャッシュレス決済の導入を進めることが有効と考えられる。
5.終わりに
本稿では、海外や日本、山梨県のキャッシュレスや観光の状況、増加するキャッシュレスサービスの整理を行ってきた。海外のキャッシュレス決済の普及状況を考えれば、外国人観光客の増加が著しい山梨県においては、さらなるキャッシュレス決済の普及が不可欠である。今後、日本においてキャッシュレス決済の普及を積極的に進めている地域について事例調査を行うほか、山梨県においてキャッシュレス決済普及のために各機関が行っている取り組み等について研究を進める予定である。こういった研究の紹介が、山梨県におけるキャッシュレス決済普及の一助になれば幸いである。
〈 参考・引用資料 〉
- キャッシュレス・ビジョン(2018年4月経済産業省)
- キャッシュレス・ロードマップ2019(2019年4月一般社団法人キャッシュレス推進協議会)
- キャッシュレス決済の対応状況に関する調査(2019年3月甲府商工会議所)
- 平成30年年間宿泊旅行統計調査結果(確定値)について(2019年6月山梨県)