Vol.255-2 シェアリングエコノミー(共有経済)の推進における自治体の役割
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 小林 雄樹
1.はじめに
近年、世界中で「シェアリングエコノミー」が急速に進展しつつある。日本においても徐々に浸透しつつあり、人々のライフスタイルや消費行動にも影響を及ぼし始めている。
総務省の「平成30年住宅・土地統計調査」によると、日本全国の空き家は846万戸、総住宅数に占める空き家の割合(空き家率)は13.6%にのぼり、自動車については、5%程度しか稼働していないというデータもある。
シェアリングエコノミーは、こうした十分に活用されていないモノや空間、個人のスキル、隙間時間などの有効活用を促し、社会全体の生産性向上につながるものであり、私たちの生活における様々な課題に対する一つの有効な解決手段としても期待されている。
現時点では、モノや人などの絶対量が多い都市部において、シェア事業者が増え、シェアリングサービスも浸透し始めてきているが、本稿では、今後、普及が期待される地方における「シェアリングエコノミー」の推進に向けた取り組みに焦点をあて、その取り組みにおける自治体の役割について考察する。
2.シェアリングエコノミーとは
(1)シェアリングエコノミーの定義
シェアリングエコノミーについては、まだ普遍的に合意された定義はないが、モノや空間を不特定多数の個人と共有して利用する経済の形態であり、政府の「シェアリングエコノミー検討会議」では、「個人等が保有する活用可能な資産等(スキルや時間等の無形のものを含む。)をインターネット上のマッチングプラットフォームを介して他の個人等も利用可能とする経済活性化活動」と定義している。
また、一般社団法人シェアリングエコノミー協会では、「インターネット上のプラットフォームを介して個人間でシェア(賃借や売買や提供)をしていく新しい経済の動きで、おもに、場所・乗り物・モノ・人(スキル)・お金の5つに分類される」と定義している。
(2)シェアリングエコノミーの仕組み
シェアリングエコノミーは、モノや空間、スキルなどの遊休資産を「提供できる人」と、それを「利用したい人」を、シェア事業者(プラットフォーマー)が媒介するという仕組みである(図表1)。
この3者のマッチングには、インターネットを活用しているが、スマートフォンの普及など、時と場所を気にせず誰もが手軽にサービスを利用できる環境が整ってきたことや、シェア事業者等が、媒介(マッチング)機能に加え、決裁機能や提供者や利用者の評価機能、トラブルに対応した賠償責任保険等を提供していることも、シェアリングエコノミーが浸透した一因である。
(図表1)シェアリングエコノミーの仕組み
出典:「シェアリングエコノミー検討会議第2次報告書」シェアリングエコノミー検討会議
代表的なサービスの例としては、民泊やカーシェア(自動車のシェア)、衣服のシェアなどがある。
このほかにも、我が国では、「モノ」、「空間」、「移動」、「スキル」、「お金」の5つの分野でサービスが提供されている。
(3)シェアリングエコノミーの市場規模
①世界の市場規模
総務省の「平成28年版情報通信白書」によると、2013年時点での世界全体のシェアリングエコノミーサービスの売上を150億ドルと推定しており、2025年には、3,350億ドルにまで拡大すると予測されている。シェアリングエコノミー産業の世界市場規模拡大の背景として、消費者の意識が、「所有(モノ)」から「経験(コト)」へ変化してきていることも考えられる。
(図表2)シェアリングエコノミーの各国合計市場規模の予測
出典:「平成28年版情報通信白書」(総務省)
②国内の市場規模
国内のシェアリングエコノミー市場の規模も拡大傾向にある。「平成30年版情報通信白書」によると、市場規模は、シェア事業者(プラットフォーマー)の売上高ベースで、2015年度に約398億円であったが、2021年度には約1,071億円にまで拡大すると予測されている。また、内閣府経済社会総合研究所の調査では、2016年のシェアリングエコノミーの生産額規模は、約4,700億円~5,250億円程度と試算している。
(図表3)シェアリングエコノミーの国内市場規模
3.シェアリングエコノミーを推進するうえでの課題
市場の拡大が期待されるシェアリングエコノミーであるが、さらなる普及に向けた課題も見えてきている。
PwCコンサルティング合同会社が、2017年から毎年実施している「国内シェアリングエコノミーに関する意識調査」によると、サービスを利用する場合の懸念事項について聞いた質問では、全てのサービス分野において、「事故やトラブル時の対応」が、毎回2割~3割と最も高く、安全性・信頼性への不安が払しょくできていない状況が続いている。
「知らない人にモノを貸してトラブルが起きないか」、「家事代行で他人を家に入れて大丈夫か」、「育児代行で子ども預けるのは心配」といった不安から、利用をためらう人が多いのも現状である。
提供者と利用者の間で行う取引は、相互の信頼関係によって成り立つものであるが、シェアリングエコノミーは、不特定多数の知らない提供者と利用者の間で取引を行うことが多いため、健全なビジネス環境と利用者保護体制の整備が課題となっている。
4.政府の取り組み
(1)シェアリングエコノミー検討会議
こうした課題の解決とシェアリングエコノミーの推進に向けて、政府は様々な取り組みを行っている。
シェアリングエコノミーの健全な発展に向け、2016年7月、政府は、「シェアリングエコノミー検討会議」を立ち上げた。検討会議では、シェアリングエコノミー推進のために必要な措置を盛り込んだ「シェアリングエコノミー推進プログラム」が作成され、シェアリングエコノミーの健全な発展を通じた、一億総活躍社会の実現、経済成長、資源の有効活用、地方創生・地域共助、イノベーション創出、国際動向と調和した我が国の持続的発展への寄与を目指すこととしている。
(2)地域のシェアリングエコノミー推進に向けた取り組み
シェアリングエコノミー推進プログラムにおいては、政府として、自治体のシェアリングエコノミーの利用を促進するため、「自治体とシェア事業者の連携実証」や、「シェアリングエコノミー導入自治体の事例集の作成・共有」、「シェアリングエコノミー伝道師の派遣」などの取り組みを行っている。
(図表4)政府等による地域のシェアリングエコノミー推進に向けた主な取り組み
シェアリングエコノミー活用推進事業 |
総務省では、シェアリングエコノミーを活用して地域課題解決を行う自治体を支援する事業を実施。モデル事業の実施を通じて、地域の社会課題解決のためのシェアリングエコノミー活用スキームの検討・開発や、活用にあたっての課題の解決、活用を促進するための方策の検討など、成果を総合的に分析し、横展開することとしている。
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ベストプラクティス集
(「シェア・ニッポン100」)の作成
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内閣官房シェアリングエコノミー促進室は、自治体や民間事業者等が、地域における社会課題の解決や経済の活性化を行うためにシェアリングエコノミーを活用している事例を取りまとめ、シェアリングエコノミー活用事例集「シェア・ニッポン100 ~未来へつなぐ地域の活力~」を公開している。
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シェアリングエコノミー伝道師
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内閣官房では、豊富な知見や活用の実績等を備える者を「シェアリングエコノミー伝道師」として任命。シェアリングエコノミー伝道師は、地域内外の様々な関係者間の仲介役となり、その地域が克服すべき課題や魅力を明らかにし、その課題の解決や魅力の活用に向けて、シェアリングエコノミーを1つの主要な手段として推進している。
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シェアリングシティ
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(一社)シェアリングエコノミー協会は、シェアリングエコノミーを活用して地域課題解決に取り組む自治体を「シェアリングシティ」に認定。住まいやオフィスなどのスペースをはじめ、モノ・スキル・時間など様々なシェアを街のインフラとして浸透させることで街全体の経済効果と活性化を生み出す都市「シェアリングシティ」が増え始めている(図表5)。
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地域の指導者を主体としたスポーツエコシステム構築推進事業
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スポーツ庁は、シェアリングエコノミーを活用し、各地域が有するスポーツ指導者やスポーツ施設等を見える化し、利用者の利便性向上を通じたスポーツ指導者や施設等の収益の向上、スポーツ環境の充実、スポーツ人口の拡大につなげる自律的好循環の創出に向けて取り組んでいる。
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筆者作成
(図表5)シェアリングシティ認定都市
出典:一般社団法人シェアリングエコノミー協会ホームページより(2019年10月現在)
5.地域の取り組み
シェアリングエコノミーを活用して、地域の課題解決に取り組む自治体が増え始めてきている。
(1)移住世帯定住のための仕事とコミュニティの場づくり(山梨県小菅村)
<課題>
山梨県小菅村は、東京都に隣接する人口690人ほど(2019年10月現在)の自然豊かな農山村であるが、2014年、2015年の2年間で8家族35人(うち小中学校以下の子供20人)が移住した。
しかし、移住世帯の多くが、子どもが幼く育児が大変であるため、未就労の主婦が多いのが実情であった。そうした状況から、元々この地域に住んでいる世帯と移住世帯とでは、収入格差があり、移住世帯が定住できなくなることが懸念されていた。
<取り組み>
子育て世代の移住者が定住するには、安定した仕事(所得)が必要であるため、小菅村、ランサーズ㈱(クラウドソーシングサービス)、NPO法人多摩源流こすげは、三者連携協定を締結し、廃校となった小学校の一部をコワーキングスペース兼コミュニティースペースとして活用し、時間と場所に制約されず子育て中の人でも自由に働ける「クラウドソーシング」による働き方を導入した。さらに、収入を増やすため、スキルアップのためのオンライン講座も提供している。移住者と村民が、コワーキングに集まり、仕事をすることで、地域内コミュニケーションの活性化も実現している。
(図表6)クラウドソーシングによる仕事の様子
出典:NPO法人多摩源流こすげホームページ
(2)地域の観光資源の新たな価値の発見(長崎県島原市)
<課題>
長崎県島原市は、島原城や日本名水百選に選ばれた湧水、温泉など豊富な観光資源がある一方で、1990年の雲仙・普賢岳の噴火災害の以前と比べると、観光入込客数は3割程度減少していた。
そのため、観光DMOを設立し、観光振興に取り組んでいたが、観光施設の魅力向上、収益力強化、PR力の強化、行政頼みの観光振興からの脱却などが課題となっていた。
<取り組み>
スペースシェア事業者のサイト上に観光施設を掲載し、ユーザー目線の新たな価値の発見と多面的利用を促進。また、これまでの行政主導型観光振興にはなかった、市民の主体的な参加による多様で地域性豊かな観光コンテンツを体験型観光のマッチングサイトに掲載。地域最大のイベントである花火大会においても、来場者の利便性向上のため、駐車場シェアリングを活用。さらに、市職員のIT企業派遣研修制度を創設し、職員の意識改革、官民協働に向けた関係構築にも取り組んでいる。この取り組みからは、“島原城でグランピング”といったこれまでになかった斬新な観光企画も実現している。
(3)熊本地震における支援活動
2016年4月に発災した熊本地震において、シェアリングエコノミー各社は、被災者支援に貢献した。
ライド・シェアサービスを提供している株式会社nottecoは、被災地の車中泊、テント泊世帯や避難所で乳幼児や高齢者がいる世帯、障害者がいる世帯を対象に、キャンピングカーを無償で提供した。また、地震発生直後、Airbnb社は、いち早く支援に乗り出し、緊急宿泊場所の無償提供を行った。その他にも、クラウドファンディングによる支援金募集や無料で使える駐車場の紹介など、自治体による「公助」だけでなく、「共助」の一部をシェアリングエコノミーが担えることが証明された。
(図表7)熊本地震における支援活動
一般社団法人シェアリングエコノミー協会資料から筆者作成
6.シェアリングエコノミー推進における自治体の役割
自治体がシェアリングエコノミーに取り組む意義と取り組みの推進における役割について、以下に整理する。
(1)自治体がシェアリングエコノミーに取り組む意義
自治体がシェアリングエコノミーに取り組む意義として、主な意見を整理すると以下のことが挙げられる。
遊休資産等の有効活用
限られた予算の中で、維持管理に負担のかかる遊休資産等の有効活用を図ることにより(負債→稼げる資産)、新たな行政収入の確保や、新たな観光資源の開発など、自治体が抱える課題の解決につながる可能性がある。
公的サービスの量と質の確保
民間の「共助」を通じて、公的なサービスの総量を増やし、質の向上も期待できる。
地域コミュニティの創出
「市場」の創出だけでなく、「コミュニティ」を提供する側面もある。
持続可能な地域へ
人口減少、少子・高齢社会となった地方が、雇用や交通手段の創出などの効果によって、定住・移住も進み、持続可能な地域へ変わる可能性もある。
(2)自治体の役割
シェアリングエコノミーの推進における自治体の役割としては、主な意見を整理すると以下のことが挙げられる。
地域にとって有効なシェアリングサービスの明確化
地域のことをよく知っている自治体において、地域の課題や地理的条件、風土、文化、産業構造、就労状況、企業の集積状況等を明らかにし、地域にとって、どのようなシェアリングサービスが有効なのかを明確にする。
起業や進出の支援
地域産業の活性化や雇用促進、地域住民の生活の質の向上に向けた施策と位置づけ、起業・進出事業者に足りないリソースを確認し、地域の人や技術、情報、カネの面において、複合的に支援する。
規制緩和
障壁となっている規制や、規制を緩和した場合のリスクや効果を検討・検証し、必要に応じて規制緩和に向けて国に働きかける。
実証の場として地域を開放
シェアリングエコノミーの実証の場として地域を開放し、シェアリングエコノミーサービス提供者が事業を展開しやすい環境を整えるとともに、シェアリングエコノミーの普及に伴い発生する問題を早期に発見・分析し、利用者が安心して利用できる環境を整備する。
普及・啓発
地方においては、シェアリングエコノミーの認知度はまだ低いため、シェアリングエコノミーの内容や利便性、安全性を紹介し、シェアリングエコノミーの普及・啓発を図る。自治体が関わることで、利用者の安心感にもつながる。
7.おわりに
シェアリングエコノミーは、我が国において古くから存在していた慣習とも親和性がある。
岐阜県の白川郷で古くから行われている「結(ゆい)」は、労働のシェアリングである。茅葺き屋根の葺き替えや補修、田植えや稲の刈り取り等の様々な活動において、集落の人々が互いに労働力を提供し合っている。本県の各地域で行われている“無尽”も、本来の仕組みは、お金のシェアリングとも言える。
シェアリングエコノミーは、古くから、地域コミュニティの需要に対する資産や知識・スキル等の供給力不足を補うための工夫として存在していたのである。そして、そうした慣習の基盤には、地域のつながりがあった。近年、社会の変化とともに、地域のつながりの希薄化が懸念されているが、シャアリングエコノミーの推進により、地域のつながりを創出している事例も見られる。
一方で、若者、女性に向けた就業機会づくり、子育てしやすい環境づくり、過疎地域での交通手段の創出、低未利用施設の利活用など、自治体が抱える課題は山積しており、解決は容易ではないが、シェアリングエコノミーの活用により、自治体の財政・人材・ノウハウで足りない分を補完するだけでなく、民間の「共助」を通じた公的サービスの量や種類の確保、質の向上が期待でき、地域の課題の解決につながる可能性もある。
地域の活性化や、QOL(Quality of Life:生活の質)向上の可能性があるシェアリングエコノミーの推進に向けて、自治体の関与が期待される。
〈 参考・引用資料 〉
- シェアリングエコノミー検討会議:シェアリングエコノミー検討会議第2次報告書, 2019
- 内閣官房シェアリングエコノミー促進室:ベストプラクティス集(「シェア・ニッポン100」), 2019
- (一社)シェアリングエコノミー協会:シェアリングエコノミービジネスについて(第4回 産業構造審議会 商務流通情報分科会 情報経済小委員会 分散戦略ワーキンググループ), 2016