Vol.255-1 ICT事業から農業、そして他事業の展開
株式会社シー・シー・ダブル 代表取締役社長
YUIホールディングス株式会社 代表取締役
特定非営利活動法人山梨ICT&コンタクト支援センター 理事長 金成葉子
1. はじめに
私は山梨県山梨市に生まれ、大手ITベンダーに2年勤務した後、設立した株式会社シー・シー・ダブルは、昨年11月に40周年を迎えた。設立当初より、当時誕生したばかりのパソコン事業一筋に取り組み、現在は首都圏の大手企業に向けて顧客システム導入後の運用フェーズを中心に、マネージドサービス、テクニカルサービス等を展開している。
また、生まれ育った山梨県において、「人を育て、仕事を創り、雇用を生み出し、地域を豊かにすること」を目的に、山梨県認定NPO山梨ICT&コンタクト支援センターを設立し、現在理事長を務めている。このNPOは、山梨県における若手の優秀なICT人材の発掘・育成と地域資源を活用した企業向け健康経営支援事業を展開している。
さらに、本年1月、株式会社大塚商会、メルコホールディングス株式会社に出資いただき、事業推進において連携している株式会社富士通パーソナルズにご協力いただき、株式会社シー・シー・ダブルの関係会社として、山梨県にYUIホールディングス株式会社を設立した。この会社は、質の高いICT技術事業を基に、地域活性化に繋がるパッケージ・サービスを開発し、地域発展に貢献することを狙いとしてビジネスを展開している。併せて、ホールディングス企業として、まず山梨で事業を立ち上げ、その事業モデルを全国展開することを目指している。
この3つの企業からなるCCWグループが取り組む「農業、そして他事業の展開」について、以下に述べる。
図1.CCWグループ連携
2.農業を取り巻く環境
1)日本の農業
日本の農業を取り巻く環境の問題は数多くあり、その代表的なものを以下にあげる。
① 高齢化による農業従事者の減少
日本社会全体の高齢化により、2015年度では農業従事者の65%が65才以上の高齢者となっており、病気等健康を理由に農業経営をあきらめる人も多くなっている。また、農家の子供世代も、経営的にも肉体的にも厳しい農業を諦め他の職に就くなど、離農者が増加し、農家数も1990年の383万戸から2015年の216万戸(44%減)と大幅に減少している。
② 食料自給率の低下
食料自給率は国内の食料消費について、国産でどの程度賄えているかを示す指標であり、
生命・健康の維持に必要なカロリーに着目したカロリーベースの食料自給率は、1965年度には73%であったものが、51年後の2016年度では38%にまで長期的低下傾向が続いている。貴重な食料を輸入に頼っていることで、輸入先の事情から輸入が滞り、価格が急騰したり、安全面での心配があるなど、我々の生活に多大な影響を与える可能性がある。
③ 新規就農時の障害
健康志向や食の安全への高まりを受け、新たに就農を考える転職組や若者も多い。但し、就農に際し、農地の確保、販路の確定などに加え、農具や農業機械などの導入費用、定常的な種苗や肥料の購入など、費用面での負担が重く、また、指導者の高齢化なども新規就農の障壁となっている。地域コミュニティの形成など、地域ぐるみの助け合いが必要となる。
2)山梨の農業
山梨の農業の最大の特徴は、2017年度の農業産出額にみられるように、63%を桃、ぶどうに代表される「果実」が占めており、県別で和歌山県の66%に次ぐ、大きな割合となっていることである。逆に、全国平均では19%を占める「米」が7%、同様に「野菜」は、全国平均26%に対し山梨県14%と、低い水準となっている。
農業従事者は2015年度で71%が65才以上の高齢者であり、全国の65%を上回り、高齢化が一層進んでいる状況にある。また、農家数は全国ベースよりは減少ペースが遅いものの、1990年の5.2万戸から2015年の3.2万戸(39%減)となっている。農家における山梨県の特徴は、作物の販売を行わない自給農家が全体の48%を占め、全国の38%を大きく上回っていることである。
表1.農業データ 全国・山梨県比較CCWグループ連携
3)スマート農業(農業ICTなど)
以上述べてきた通り、農業を取り巻く環境は厳しく多くの課題を抱えているが、この農業分野に、最近は、ドローンやロボット、LPWAN、AIなどの最新のICT技術を活用した次世代農業「SmartAGRI(スマート農業)」が登場し、作業の効率化や高品質栽培を可能とするサービスとして注目を集めている。
スマート農業導入の目的は、
- 農作業の省力化と軽労化:新規就労時の障壁解消に繋がり、経営改善効果にもつながる。
- 農業匠の技の継承:農業プロの匠の技をAIなどICT活用で伝承可能にすることができ、結果として食料自給率の向上に繋がるものとして期待されている。
3.CCWグループの農業への取組み
山梨県の北杜の地は、冬は寒さの厳しい土地ではあるが、甲斐駒の麓で花崗岩質の砂質土壌と尾白川に代表される良質の水により、米や野菜作りに適している。私は、生まれ育った山梨県で、農業に適した環境を持ち、農業の師である菅原文子氏も近くに住む北杜市白州町にて、農業に取組み、地域貢献に繋げたいとの思いを強く持っていた。2019年、農業実施法人である、山梨NPO山梨ICT&コンタクト支援センターの「特定非営利活動の種類と活動に係わる事業」に「農業」を加える定款変更を行い、公的にも農業に取り組むこととなった。
1)自然と健康の会
2014年より、北杜市の農地「ぐーももファーム」をベースとした山梨NPOの会員組織として「福利厚生会員」制度の検討を始めた。翌2015年に、原案をよりブラッシュアップし、山梨の地域と都会企業のニーズをマッチングした「自然と健康の会」会員制度を立ち上げた。自然と健康の会では、北杜市白州の農地を借り受け、自然と土に触れあう農業体験をベースに、地域活性化、まちおこし、雇用確保、人材育成等の地域(山梨県)のニーズと健康経営、働き方改革、CSR・CSVなどの都会企業のニーズをマッチングした、質の高いサービスを提供している。サービス内容は、人材研修、心と身体の健康づくり、医療・健康セミナー、食育と食の体験、こどもお預かりサービスなど、幅広いメニューを用意している。医療・健康セミナーは、日本統合医療学会認定医でメンタルヘルスケアの板村論子氏やアンチエイジングの塩田清二氏などを「ぐーももドクターズ」として登録し、企業の人事・総務部門や健康経営担当部門を対象に、地域イベントに2時間程度のセミナーを組み込んでいる。これらのサービスメニューを組み合わせた「健康経営イベント」を2015年9月より12回ほど実施している。
図2.「自然と健康の会」の狙い
2)ぐーももファームによる農業本格参入
2014年より、スポット的に農地を借り受け、北杜市白州町鳥原にて農業を開始していたが、2016年4月に至り、「北杜市農業振興公社」より正式に農地を借り受け、本格的に農業と農業体験サービスを展開している。農地は、白州町鳥原に17アール、白州町白須に28アールの計45アールで、鳥原では野菜、ハーブを、白須では野菜を無農薬にて栽培している。収穫物としては、春夏野菜のきゅうり、なす、トマト、枝豆、インゲン、里芋や、秋冬野菜の白菜、サツマイモ、ホウレンソウ、カブ、ミニ大根など多岐にわたっており、6月から12月まで豊かに実っている。ここでの収穫物はJA系直売店での取り扱いのほか、関係企業内頒布会や地域の食のイベントなどで販売し、無農薬オーガニック野菜として品質の安全性と美味しさで好評をいただいている。
写真1.「ぐーももファーム」
3)グリーンツーリズム、農泊活動の推進
北杜市白州町、北杜市高根町清里などの活性化施設や自然豊かなイベント施設と連携し、各種体験と宿泊施設の組合せによるグリーンツーリズムや農泊活動を展開し、地域活性化やまちおこしに繋げている。白州町では、白州・尾白の森名水公園「べるが」にて、森林浴体験、食育セミナーやBBQでの食の体験など、また高根町清里地区では、「萌木の村」のナチュラルガーデンやオルゴール館でのヒーリング体験など自然豊かな環境の中、参加者の皆様に土や木、水に囲まれた非日常的な憩いの空間を提供している。こうした体験イベントと宿泊を組み合わせた「健康経営イベント」を継続実施することで、この地域の活性化に繋げていきたい。
写真2.萌木の村ガーデニング
4)農業ICTの取組み
現状の白州町における野菜、ハーブ中心の農業の発展形として、以下の二つの「農業ICTモデル」の取組みを推進している。
①「薬用機能性植物栽培事業」の取組みを開始
漢方薬などの生薬の原料となる薬用機能性植物の効率的かつ安定供給可能な栽培方法の確立を図るべく、2019年6月より、千葉大学環境健康フィールド科学センターと提携し、北杜市白州町白須の圃場にて、「よもぎ」の試験栽培を行い成育記録をとっている。今後、センサーにより環境データを収集し、成育データとの関連性を検証し、栽培方法の確立に繋げる予定である。農業ICTを実践し、栽培ノウハウを商品化し、横展開を図る取組みの第一段階として実践している。
写真3.よもぎ苗植後の圃場
②「ワインぶどう栽培システム」の商品化・横展開検討
山梨県某ワイナリーのセンサーデータ収集・分析型減農薬栽培システムをベースに、環境条件の異なる他地域での展開を可能とするため、標準モデル化及び横展開を検討している。
農業の匠ノウハウの継承モデルとして、環境データを収集・分析し、成育に必要な農薬散布時期などの対処時期を予知し、効率的かつ安定的な生産に繋げるシステムとする。現在、標準モデル化の参考となる他所データの入手について、某大学ワイン研究所と調整中である。
写真4. 環境データの収集
4.農業、そして他事業の取組み
企業の健康経営や働き方改革の取り組み方針を受け、農業体験を組み込んだ事業展開が始まっており、わが社でも実現可能な事業展開を検討している。
1)「復職支援プログラム」の取組み
近年、IT業界でプログラム開発に従事する従業員などのメンタルヘルス不調者の割合が、他業種に比べ高く、薬漬けによる悪循環に落ち入り、容易に復職できないケースが多いと言われている。メンタルヘルス不調者に対し、まず職場環境を変え、自然溢れる北杜市で土に触れ、朝の涼しい時間帯に農作業を行い、日差しのきつい時間帯は簡単なテレワーク作業を行うなど、徐々に職場環境に適合可能な状態にしていく「復職支援プログラム」を自然と健康の会のサービスメニューで展開する。期間は症状に応じて3~6か月を予定し、この期間の中で様子を見ながら、テレワークの作業内容と時間を高めるようなプログラムを用意する。併せて、参加者の費用面の負担を考慮し、長期滞在型の割安施設も用意する。
図3.「自然と健康の会」サービス復職支援プログラム
2)自然派志向の従業員向け「農業と組み合わせたデュアル・テレワーク」の取組み
働き方改革の流れを受け、働き方が多様化しており、比較的時間の縛りが少ないプログラム開発従事者などは、環境の良い地方に職住環境を置き、会社業務はテレワークで対応するなどの増加が今後見込まれる。北杜市で住環境にも恵まれ、実り豊かな農地を持ち、農地から20分程度の地にフリーワークスペースを提供し、こうした要請に応えていく。
写真5.フリーワークスペース
3)個人会員向け「観光組み合わせ型農園」の取り組み
住まいの近くの都会型市民農園に対し、都会から2時間離れ、農作業と観光を組み合わせてセットされた自然と健康の会個人会員向けの「観光組み合わせ型農園」を提供する。農地の管理責任を持つ仕組みは、農地のみ賃借する場合の「クラインガルテン」方式に近いが、農作業の人手が足りない場合やなかなか現地に足を運べない利用者に代わり、農作業応援や種蒔苗植代行、収穫代行などの有料の農作業支援や代行サービスを充実させ、手ぶらで農園まで来られるような装備の充実を図り、差別化を図る。これは、宿泊型や夏休み期間の長期滞在なども期待でき、地域活性化に貢献することが可能となる。
写真6.観光組み合わせ型農園における収穫指導
5.終わりに
本稿では、山梨県北杜市における農業への取り組みと農業の発展、その他のビジネスへの拡がりについて述べてきた。これまでの山梨県の農業は栽培単価の高い果樹栽培が中心であったが、果樹栽培に不向きで野菜、米などの栽培に適した北杜の地で、刈り取りのみの果樹栽培と異なり、春夏冬の季節に応じて種蒔苗請けや草取り、水やり、収穫作業、BBQ、食育など様々な農作業が楽しめる畑作農業は、他の体験や観光などとの組み合わせにより、グリーンツーリズムや農泊に発展する可能性が高く、有望な市場といえる。また、都会企業の健康経営の健康志向ニーズや働き方改革の働き方の多様性ニーズにも、地域の農作業とその他事業の組み合わせが合致しており、企業のCSR・CSVや地域の活性化・まちおこしに大いに貢献するものとして期待している。最後に、農業の発展形としての農業ICTの取り組みは、ICT事業を基盤とするCCWグループの最も得意とする分野であり、ぜひ積極的に取り組んでいきたい。