Vol.258-1 スマート農業実証プロジェクトの取り組みについて
フルーツ山梨農業協同組合 営農指導部参与
スマート農業担当 岩崎 政彦
1.はじめに
最近、「スマート農業」という言葉を新聞やテレビなどで目にすることが多くなっている。「スマート農業」というと、2018年に放送されたテレビドラマの『下町ロケット』に登場していた無人運転トラクターを思い浮かべる人が多いと思う。ただ、あのような自動運転の農機を使用することだけが「スマート農業」ではない。「スマート農業」とは、農林水産省の定義では「ロボット技術や情報通信技術(ICT)を活用して、省力化・精密化や高品質生産を実現する等を推進している新たな農業」とされている。そもそも「スマート」という言葉は、「賢い」「気が利く」などの意味から転じて、IT関係では「コンピュータ化された」「情報化された」「高度な情報処理機能が加わった」などの意味で用いられる(IT用語辞典e-words)。
つまり、これまでの農業技術に高度な情報処理技術を加えることで、省力化された高品質生産を推進しようということで、これは農業機器の自動運転にとどまるものではなく、農村の生活全体を変えていくような大きな動きなのである。
そうした農業のスマート化の試みが全国各地で始まっている。2019年度には、農水省の「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト」(事業主体:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)として全国69か所のプロジェクトが採択され、2年間の計画で実証事業を行っている。山梨県内では2つのプロジェクトが採択されているが、そのうちの1つ、フルーツ山梨農業協同組合(以下、JAフルーツ山梨)を実証代表としたコンソーシアムで推進している「IoT及びドローンを活用したブドウ栽培技術体系の実証」の取り組みをご紹介したい。
2.ブドウ栽培の課題解決に向けて
JAフルーツ山梨は、甲府盆地の東部、甲州市・山梨市・笛吹市(旧春日居町域)をエリアとする組合員約1万人の農業協同組合である。この地域は、全国的にも稀な果樹の一大産地で、山梨県下の果樹生産量の4割以上を占めており、ぶどう・ももを中心に、すもも・かき・さくらんぼ・りんご・キウイフルーツ等の生産が行われている。
こうした果樹栽培においても、近年、労働力不足と高齢化が進んでおり、自動機器による省力化や、農業技術やノウハウの伝承が急務となっている。ただ、従来は農業者の経験とカンによるものが多く、技術伝承に時間がかかっていた。そこでIoTによる「見える化」を行って、経験とカンをできるだけ数値化、データ化して、農業後継者や新規就農者などの若い農業の担い手に伝承できるようにしていくことが必要になっている。
また、近年、これまでに経験したことのない気象災害が頻発しており、施設栽培においては、こうした突発的な気象の変化に対応できる自動環境制御技術の導入が経営規模の拡大に不可欠となっている。また、露地栽培においても、地域的な気象の変化に対応するためには、圃場にもIoTセンサーを設置して気象データを計測し、農業者自身で解析し対処しなければならない場合も生じている。
最近、特に人気の高いブドウ品種「シャインマスカット」は、収益性が高く、栽培面積が急増しているが、ハウス栽培においては、高品質な果実生産を可能とする温度管理方法などが明らかとなっておらず、早急な技術の確立が求められている。
さらに、中山間地域の傾斜地においては、生産者の高齢化に伴い、動力噴霧器を使った防除や草刈り作業が年々負担になってきており、耕作放棄地化と農作業事故を防止する観点から、機械を使った安全で生産者に負担の少ない管理方法の確立が喫緊の課題となっている。
こうした現状を踏まえ、JAフルーツ山梨を中心とするコンソーシアムでは、平地や傾斜地で生産者の負担を軽減しながら収益性の高いスマート農業を実現するため、「シャインマスカット」を中心に、ハウス栽培と露地栽培における課題解決のため、IoTやドローンなどを活用した実証を行うプロジェクトを実施している。
実証圃場は、シャインマスカットを栽培するハウス栽培2か所と露地栽培2か所、甲州ブドウを栽培する露地栽培2か所(1か所は中山間の傾斜地)の6か所である。実証コンソーシアムは、JAフルーツ山梨を代表機関として、NTT東日本(株)、三井金属計測機工(株)、(有)クレセンドエルデザイン(富士山ドローンベース)、山梨大学、NPO法人山梨情報通信研究所が共同実証機関として参加している。
具体的な実証項目としては、次の6項目を挙げている。
- ハウス内複合環境制御による省力技術体系の実証
- 環境データとブドウの糖度データとの関連の検証
- リモコン式自走草刈機を使用した省力化の実証
- ドローンによる農薬散布技術の検証
- ドローンによる写真撮影と生育管理や剪定作業の効率化への利用検討
- アグリノートによる作業・生育記録管理データの蓄積
ここでは、このうち4、3、1、6を紹介する。
3.ドローンによる農薬散布技術の検証
果樹栽培において農薬による防除は重要だが、負荷の大きい作業となっている。平地のブドウ園では、農薬散布はスピードスプレイヤー(SS)という薬剤散布機が普及している。ところが、中山間の傾斜地のブドウ園ではSSを使用できないため、動力噴霧機からホースを引き、手散布を行っている。ブドウの場合には棚上散布といって、ブドウ棚の上から散布しなければならない時期があるが、中山間の圃場では斜面に低い脚立を立ててそれに昇って手を伸ばして棚上にノズルを伸ばして散布するという危険な状態で行っている。高齢になって、それができなくなると、傾斜地の圃場は耕作放棄地になってしまいかねない。こうした状況の解決策の一つとして、ドローンによる農薬散布を実証することになった。
ドローンによる農薬散布については、水田では実用段階に入り、自動運転も行われはじめていると聞くが、果樹において、しかも中山間の傾斜地における農薬散布の事例はまだ少ない。傾斜地においてはドローンの飛行が非常に難しく、対応した高濃度農薬の登録も少ないため、ミカン栽培などで実証実験が始まったばかりである。
このドローンによるブドウ畑への農薬散布は、2019年5月にテストし、6月から本格的に取り組み、防除暦に合わせて、9月まで7回の散布を行った。
最初は5リットルの農薬が搭載可能なヘリオスというドローンを使用したが、7月下旬からは実証実験用に購入したDJI社のMG-1S Advancedを使用している。MG-1Sは10リットルの農薬を搭載でき、約15分の飛行を行うことができる。10リットルの農薬は約7~8分で散布できるので、予備バッテリーを充電しておいて、散布を終え戻ってきたときに、薬剤の補充と同時にバッテリー交換を行うことにした。この交換時間は最初3~5分ぐらいかかっていたが、慣れてくると1~2分程度で可能となった。
そして動力噴霧機を使用した慣行散布では10a当たり77分かかっていたが、ドローン散布では61分と16分の時間短縮となっている。準備やあとかたづけ、農薬の補充時間なども加えた全作業時間では、動力噴霧器を使った慣行散布(10a当たり)では3時間34分かかるのに対して、ドローン散布では1時間53分と、1時間41分の時間短縮となっている。
また、当初心配していた葉裏への散布も、感水試験紙で確認したところ、ドローンのプロペラで葉がひらめくため、葉裏にも十分散布できていることが分かった。
2020年度には、JAの防除暦に合わせてドローンによる散布回数を増やして、実証データを蓄積していく予定である。
4.リモコン式自走草刈機を使用した省力化の実証
中山間地域の傾斜地のブドウ園では、草刈りも大きな課題である。平地では、乗用式の草刈機がかなり普及しているが、傾斜地では乗用式は使えないため、刈払機で草刈りをしている。斜面での作業は、足元が不安定で危険なうえに、疲労度が高く身体的な負担が大きい。こうした課題を解決するため、リモコン式自走草刈機を導入して実証実験を行った。
平地での実証例では、面積352平米の圃場で、刈払機では43分かかったが、リモコン式自走草刈機では35分で終了した。今年は機械の不調が多く、傾斜地ではテスト使用しただけで十分な実証ができなかったが、2台目としてより斜面の草刈りに強い機種を導入したため、来シーズンは斜面での草刈りにおいて、いろいろな条件の圃場で実証を行っていく予定である。
5.ハウス内複合環境制御による省力技術体系の実証
従来のブドウのハウス栽培では、ハウス内に設置している温度計を目視で計測し、窓の開閉も手動(または半自動)で行っているため、急な温度変化には対応できず、温度管理の失敗による高温障害が発生する恐れがあった。そこでハウス内にIoTセンサー(みどりボックスPRO)を設置して、温度変化に対応して、アラート通知を送り、受け取った人がスマートフォンやタブレットで遠隔地からハウスの窓の開閉システムをコントロールできるシステムを使って、より省力化を進めようという実証を行った。
2019年11月までにシャインマスカットのビニールハウスに、IoTセンサーとハウス内の複合環境制御機器を設置し、2020年1月の加温開始から、気象データと作業記録を取り、ハウス訪問回数を減らして省力化できるかという検討を開始している。
6.アグリノートによる作業・生育記録管理データの蓄積
果樹栽培において、それぞれの生育ステージにおける作業時間、農薬散布の量と回数、施肥の量と回数などの記録が、従来の紙の作業日誌では、経過確認や振り返りがすぐにはできないという問題があった。また、複数人で作業したり、離れた圃場で作業する場合などは、作業者同士の見える化ができないことも課題であった。
そこで、営農支援ツール「アグリノート」を使用して、スマートフォンやパソコンで日々の農作業の予定と実績を記録し、どこでも営農活動の経過確認と振り返りを可能にすることとした。
アグリノートの記録は、環境データとともに、専用タブレットで、いつでもどこでも必要なときに参照できるようにして、計画的な農業経営に積極的に活用していくことができる。
そしてこれらの各生産者の状況は、JAフルーツ山梨において集約システムで見ることができるので、JAの指導員の営農指導に活用することができ、地域全体の栽培技術の向上に大いに寄与することができる。
7.終わりに
スマート農業は、スマート農機を導入することが目的ではなく、それらを使ってどのように効率的な栽培体系を再編成できるかが重要だと思う。また、センサーや営農管理アプリなどでデータを集めて「見える化」するだけでなく、蓄積したデータをどのように分析して、次の世代の農業経営に生かしていけるかが今後の課題である。果樹栽培は基本的に1年に1作なので、各種データも1年に1回しか取れない。だから、性急に効果測定するのではなく、定性的効果も含めて、中長期的かつ総合的に見ていきたい。
ここでは、JAフルーツ山梨スマート農業実証コンソーシアムの2019年度の実証事業の一部を紹介させていただいた。2020年度は実証プロジェクトも2年目を迎えるので、前年の成果や課題を踏まえ、より実証研究を深化させていくとともに、見学会なども行って、いろいろな方々のご意見をいただきたいと思っている。