Vol.259-2 山梨総研における地域課題解決への取組について
公益財団法人 山梨総合研究所
理事長 新藤久和
1.はじめに
山梨総合研究所(以下、山梨総研)では、昨年9月から、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)(http://www.nict.go.jp/)の課題「データ連携・利活用による地域課題解決のための実証型研究開発」に採択された「山梨におけるビッグデータ利活用基盤構築とその有効性に関する実証実験(令和元年度から令和2年度までの2年間)」に取り組んでいる。これは、情報通信関連企業のエリアポータル(本社東京、社長・晝間信治山梨大学客員教授)を研究代表者として、山梨大学、富士山科学研究所、山梨県情報通信業協会、日本電気株式会社などが共同で推進するプロジェクトである。
ここでは、山梨総研が担当する課題の中から「Webを利用した住民からの情報収集と解析による新たな地方自治活動に関する研究」に的を絞り、次の3つのトピックについて概要を紹介することとしたい。
- 問題の明確化――現状把握
- 因果関係の明確化
- 最適方策の決定
2.課題の背景
新製品開発における品質保証の方法として、2016年にISO16355として国際標準に採択された品質機能展開(QFD:Quality Function Deployment)は、赤尾により1960年代末から研究が始められた[1]。筆者[2]も40年以上にわたって研究してきたが、その過程でQFDの考えが問題解決に応用できることを思いつき、研究論文[3]にまとめて発表するとともに「設計的問題解決法」[4]を上梓した。
設計的問題解決法は、QC的問題解決法[5]に代表される解析的問題解決法に対比して名付けたものである。解析的問題解決法は、起こってしまった好ましくない事象の原因を「なぜなぜ問答」を繰り返し、時間を遡って原因を究明し、対策を講じて再発防止する方法である。これに対し、設計的問題解決法は、将来実現したいものを、どのようにして実現するか手段とスケジュールを検討し、PDCAのマネジメントサイクルを活用して実現する方法である。
解析的問題解決では、何が問題かを明らかにすることを現状把握という。これは、設計的問題解決においても同様であり、問題が何かを明らかにすることは共通の課題である。この際、もっとも難しいのは、解決したいことあるいは実現したいものをどのように記述するかである。工学の分野では、形のあるものは設計図を用いて記述している。しかし、形の無いものは設計図で表すことはできない。そのために、どのようなものかを言葉で記述するしかない。問題は、そうやって言葉で表されたものが、どのようなものかを、どうやって理解したらよいかということになる。これは、シンクタンクで取り扱う言葉で表されたデータの処理とも通底する問題である[3] [6] [7] [8] [9]。
シンクタンクにおいて、社会的な問題を解決しようとすると、もう一つの難しさがある。それは、問題自体があまりにも複雑なために、問題を構成している要素(事象)の因果関係が定かでないことである。これまでの検討では、結果から原因に影響がフィードバックされているように思われるケースさえもある。このような状況の中で対策案を抽出することは極めて困難である。このプロジェクトでは、複雑な国際問題を検討するためにバテル研究所により開発されたデマテル法[10]を用いて因果関係を分析することを考えている。
因果関係が明らかになれば、それを踏まえて有効と思われる対策案を導くことができる。その場合、複数の対策案の中から、最適と思われる案をいかにして決定したらよいかが問題となる。いくつかの案が考えられる場合に、それらの案をいろいろな観点から評価することにより最適案を決定する問題は意思決定の問題となる。ここでの取組では、意思決定支援手法として知られる階層分析法(AHP:Analytic Hierarchy Process)[11] [12]を利用する。
3.問題の明確化
シンクタンクとしては、住民からの意見や要望を収集するために、これまでもアンケート調査による自由回答、ヒアリング、インタビュー、ワークショップでの意見交換などいろいろな手段や方法を用いてきた。しかし、近頃では、インターネットを利用したウェブアンケートも行われるようになったことから、こうした方法も含めた情報収集について検討することも必要になってきている。
従来、収集した情報はできるだけそのまま分類、整理してクライアントに提供してきた。分類にあたっては、多くの場合、内容に関するキーワードを分類基準に設定して用いてきた。また、親和図法(KJ法)を用いることも行われてきたが、親和図法は使う人によって結果が異なることもあり、必ずしも積極的に利用するまでに至っていない。一方、クライアントの側では、単純に分類・整理しただけの結果には飽き足らず、調査で得られた自由回答などの情報を、もっと有効活用できないかという要望が高まってきている。
親和図法(KJ法)は、使う人によってグルーピングの結果が異なることから、それを手法の短所と受け止めている人が多いように思われる。しかし、アンケート調査などで収集された自由回答などは多種多様な情報が含まれていることを考えると、誰がやっても同じ結果が得られるほど単純でないことは言うまでもない。しかし、同じ入力に対して出力が異なることがあるとすれば、科学的な手法ということはできないであろう。このことは、手法自体ないし適用の段階に改良の余地があることを示していることになる。
品質機能展開に関する研究過程で、数量化3類(対応分析)[13]を用いて、品質表と呼ばれる要求品質と品質特性の2元表の内部構造を分析したことがある[6]。実は、この研究が設計的問題解決法に導いたといっても過言ではない。通常、数量化3類は、ここでの研究で行われたように、アイテム(アンケート調査では質問項目に対応する)とサンプル(回答者)の間の関係を分析する手法として用いられている。しかし、親和図法で取り扱うデータには,アイテムとサンプルの区別はないことに注意する。このことが項目間の関連性を分析するのに、対応分析を利用するという発想が生まれてこなかった原因ではないかと思われる。こうした発想の転換により、親和図法を定量的な手法として利用することを可能にするとともに、潜在的な情報を抽出することもできることを報告している[9]。
ここでは、数学的な取扱いは省略して、簡単な例題を示すことにする。表1のようなアイテム(項目)がテキストデータとしてあり、これらの項目の間には表2のような関連があるものとする。
表1 テキストデータ |
表2 関連データ |
例えば,表1の「1.AAA」は、アンケート調査で得られたフリーアンサーに対応していると考えればよい。重要なことは、品質機能展開において「原始情報」と呼ばれるような生の声そのままではなく、単一のポジティブな表現に変換した「言語情報」として取り扱う点である。また、表2においては,i=1の項目はj=2の項目に関連度v=1で関連していることを表している。この例では、関連度はすべて1としているが、関連度の強中弱に合わせて、3、2、1の数量を対応させることもできる。実際には、表2を項目間の関連を表す2元表に変換して数量化3類を適用し、各項目の数量(スコア)を求める。固有値の大きい順に得られたスコアを、便宜的に、x、y、zスコアとして表3に示す。
図1 バイプロット(y vs x)
(一部表示が重なっていることに注意)
図2 バイプロット(z vs x)
求められたスコアを2次元の散布図(バイプロット)や3次元の散布図(3D散布図)に表すと、どのようなグルーピングを行えばよいか検討できる。この場合には、図1に楕円で囲んだ3つのグループに分類するのが適当だと思われる。また、主成分分析と同様に、軸の解釈を行うことにより、項目の並びに注目して、潜在的な情報を抽出できる可能性のあることも報告されている[9]。
4.問題と因果関係
価値観が多様化するのにともなって、世の中がますます複雑になってきており、われわれが立ち向かわなければならない問題が何かを認識することが難しくなってきている。その結果、「消えた年金」とか「郵政民営化、賛成か反対か」というように、社会の重要な意思決定が、いわゆる「ワンフレーズ・ポリティックス」に左右されるようになってきてしまっている。一般の国民が、これらの問題に対して、必要な知識をもち、適切な判断ができるとは到底思えない。それにもかかわらず、最終的には是か非かを判断しなければならない。そのためにも、問題は何かを理解することが重要であり、親和図法を定量的に取り扱えるようになったことの意義は大きいといえる。
ところで、定量化された親和図法により問題が何かを明確にできたとしても、その問題を解決に導くことは容易ではない。その問題に潜んでいる要因の因果関係を明らかにする必要がある。四書五経の1つである大学に「ものに本末あり、ことに終始あり。先後するところを知ればすなわち道に近し」とあるように、何が原因で何が結果かを知ることが不可欠である。
ここで、典型的な因果関係をモデル化して図4のように図示することができる。問題を解決するということは、これらの図に即して言えば、要因を除去するか、要因から結果に至る経路(パス)を切断することである。その際、注意しなければならないことは、フィードバックがあるかどうかである。社会問題というのは、解決を先延ばしして放置していると、いろいろな要因と関係するようになり、問題自体が肥大化するとともに、結果から原因に向かってフィーバック・ループが形成されることがある。そのため、因果関係を明らかにすることが容易でなくなってしまい、効果的な対策を講じられなくなってしまうことが多い。
本研究では、バテル研究所で開発されたデマテル法[10]を用いて、因果関係を分析することを考えている。この方法によれば、各要因が他の要因に与えている影響と他の要因から受けている影響を評価することができる。これに基づき、最終的に「関連度」と「影響度」が算出されるので、これらの散布図を描くことにより、因果関係を明らかにすることができる。したがって、どのような対策を講じればよいかを検討することができる。
図4 因果関係の例
例えば、図4の右下の因果関係を表す図に対して、左から順にA、B、C、D、Eというイベントで、それぞれの間に矢印のような直接的な影響(すべて1とする)があるものとする。それを表4に示す。このデータにデマテル法を適用し、表5に示すように各イベントの関連度と影響度を求めることができる。これを散布図として表すと図5が得られる。図4右下の図では、概念的に左から右に原因から結果に至るように書かれているが、デマテル法を用いた結果、実は、逆に右から左に至るような因果構造になっていることがわかる。
5.最適案の決定
問題を明確にし、そこに潜む因果関係に基づいて、問題を解決するための解決策を検討する場合、いくつか考えられる案の中から、どれを選ぶかを決定する必要がある。そのために、階層分析法(AHP:Analytic Hierarchy Process)を用いる。この方法は、評価する項目の一対比較の値を用い、各評価項目のウェート(重み)を算出する。ついで、各項目ごとに選択肢(代替案)の一対比較をおこなって、選択肢ごとのウェート(重み)を求める。最終的に、これら2つのウェートを総合してもっともウェートの高い選択肢を最適案として決定する。
この方法は、対象の大きさや重要性を比較して、比を求めることに使うこともできる。例えば、富士五湖の面積について、山中湖は河口湖の「1.1倍大きい」、西湖の「5倍大きい」というように、一対比較を行い表に記入する(図6参照)。次に、その逆数を対応するセルに記入する。対角要素は自分自身との比較であるから「1」を記入する。こうして作成した表が一対比較行列と呼ばれるものである(表6参照)。この表の行について幾何平均を計算し規準化すると、富士五湖の面積比が得られる。実際の面積は表の右から2列目で、その比は右端の列の値となる。湖のような形状の複雑な対象でも、大まかに一対比較をしてかなり正確な比を求められることがわかる。
図6 富士五湖の地図
(https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E138.47.13.412N35.30.16.941/zoom/5/)
ここでは、幾何平均を用いる近似解を示したが、厳密解は固有ベクトル法により求めることができる。この問題では、最大固有値が5.08となり、一対比較の整合度C.I.=(5.08-5)/(5-1)=0.02<0.15となることより、一対比較の間には整合性が成り立っていると評価できる。このように、AHPでは一対比較の間の整合性を担保できることが特長である。
6.おわりに
本稿では、山梨総研がNICT214プロジェクトで分担して研究している内容の一端について、トピックを絞って概要を紹介した。今回は、解析的なアプローチにおける重要なトピックについて紹介したが、問題の明確化などは設計的問題解決でも同様に重要である。今後は、シンクタンクとして重要な制度設計や計画策定にフリーアンサーなどの情報を活用する研究を進め、手順の体系化を図る予定である。
本研究の一部は、(株)電通国際情報サービスから委託を受けたNPO法人山梨情報通信研究所から一部を委託された内容を含んでいる。記して謝意を表する次第である。
参考文献
[1] 水野滋,赤尾洋二 編(1978):「品質機能展開―全社的品質管理へのアプローチ」,日科技連出版社
[2] 赤尾洋二,吉澤正監修,新藤久和 編集(1998):「実践的QFDの活用」,日科技連出版社
[3] 新藤久和(1993):システム記述手法としての品質表概念の一般化とその準分解による構造化,「品質」,Vol.23,No.3,pp.299-308
[4] 新藤久和 編著(2001):「設計的問題解決法」,日科技連出版社
[5] 吉澤 正 編集委員長(2004):「クォリティマネジメント用語辞典」,日本規格協会
[6] 新藤久和,吉澤正,宮島正明(1983):サービス業における品質表と数量化第3類の適用,「品質」,Vol.13,No.3,pp.53-60
[7] 熊 偉,新藤久和(1995):システムの準分解によるソフトウェア構造分析,「情報処理学会論文誌」,Vol.36,No.3,pp.742-752
[8] Simon,H.A.(1981):”The Sciences of the Artificial”,2nd ed.,MIT Press
[9] Koike,T. and Shindo,H.(2019):”Mining the latent information by the Affinity Diagram Method Quantificated by QM3(Correspondence Analysis)”,ISQFD-2019, in Boisie,Idaho,USA
[10] 高須久,川田博史,新藤久和(1985):品質保証システムにおけるトラブル要因情報の解析,「品質」,Vol.15,No.3,pp.247-255
[11] 刀根薫(1986):「ゲーム感覚意思決定法―――AHP入門」,日科技連出版社
[12] 奥山一郎,杉原浩,川北浩行,国澤英雄,新藤久和(1995):AHPを活用した最適条件設定の試み,「品質管理」,pp.839-846
[13] 小林龍一(1981):「数量化理論入門」,日科技連出版社