Vol.260-2 地域を支える活動の重要性


公益財団法人 山梨総合研究所
上席研究員 古屋 亮

 筆者が神奈川県から山梨県に移住してからまもなく12年になろうとしている。
 移住当初は、富士山の迫力と美しさ、豊かな自然、美味しい果物、きれいな水、優しい人達に感動する一方で、人の少なさ、休日にでかける場所の選択肢の少なさ、夏の暑さ、冬の寒さ、山梨ルールの運転、料理の濃い味付け、愛想のない店員さんに辟易していたことを思い出す。
 移住してきた平成20年を振り返ってみると、政治では福田康夫が「あなたとは違う」発言を残して首相を退陣し、麻生氏が首相となった。経済では、リーマンショックにより、東証の株価がバブル後の最安値である7,162円を記録した。そして北京オリンピックで、競泳の北島選手が金メダルを取り「何も言えねえ」とつぶやいていた時である。10年ひと昔とはよく言ったもので、少し遠くなりつつある記憶を引っ張り出してきても、かなりの時を重ねていることがわかる。
 この12年で、富士山の美しさにも慣れ、他県を含めどこから富士山を見ても大きな感動をしなくなった。美味しい果物も、あれば食べる程度となり、きれいな水も優しい人々も当たりまえとなっている。地域にすっかりなじんでいる自分がいて、たまに他県から本県に赴任をしてきて、「山梨県は可能性の宝庫だ」など話される方々には、どこから目線で話をしているのだろうと軽くイラっとしている。
 実は、この言葉、12年前の自分が良く言っていた言葉である。本県は、他県の方々からみると、とてもマイナーな県なのかもしれない。要は、山梨県を良く知らないのであろう。その方々がいざ本県に来てみると、実はすごいと感動する姿。おそらく今、組織での異動のシーズンでもあるので、そのような方々が街に多くいることが想定できる。
 月日は流れても、変わらない光景があるように思える。
 地域振興に関する組織に属してみて、着任当時と今とで、山梨県をみてみると、社会経済状況の内容は変われど、少子高齢化、先行き不透明な社会経済環境、そして災害や今回のウィルス騒ぎに関する想定外の災害等への対応等、問題点・課題の本質は大きく変わってはいない。変化をしていない。
 時代の変化に対応しながら、時代の転換点をいかに生き残るのか等の議論が多く聞かれるが、誰も正解がわからない中で進んでいるのが実情であろう。
 筆者は、12年ほど地域振興活動にかかわってきた。その中で、多くの魅力的な活動、人物に出会ってきた。それら活動、人物には、同じような特徴がある。魅力的な活動、人物は多岐にわたりここですべてを紹介しきれないが、いくつかの事例を紹介する中で、少しでも地域振興のためのヒントを得て役立ててもらいたい。

 

NPO法人こうふ元気エージェンシー

http://www7b.biglobe.ne.jp/~torimotsu/

 結成は平成20619日(法人登記:平成2341日)。甲府市役所の当時2030代前半の若手10人で結成された。「とりもつ隊」といった方がわかりやすいかもしれない。
 設立背景として初期のメンバーは、問題意識を共有していた。
 経済発展等が続き多様な市場が右肩上がりで増えていく時代では、平均的に全体の底上げを図る護送船団方式が確実で良かった。しかし、平成20年の段階で、すでに多様な市場が右肩下がりで減っていく時代となっており、彼らは、平均的ではなく、トップランナーを育てることが重要ではないかと考えた。一生懸命頑張る人だけを応援し、頑張らない人は放っておく。ただし、だれかが成功すれば、周辺の方々もそれを見習うのではないか。ただ、実は自らが行政職員として、3つのとおり(①従来どおり(前例主義)、②おっしゃるとおり(事なかれ主義)、③思惑どおり(最終的には行政職員のやりたいようにやる絶対主義))になっていないかを考えていた。
 行政の職員としての活動ではできないことを、有志としてできないであろうか。

  • 組織の壁の撤去
  • 自由な発想と活動のスピードを最重視
  • できること、必要なことは直ぐやる
  • 差別・区別及び悪いものやできないことをハッキリと言える

 そんな組織を目指していた。
 ちょうどその時期に、愛BリーグがB₋1グランプリを開催していた。B-1グランプリは、食べ物を売ることを目的としたイベントではない。B1グランプリの「B」は地域BRAND(ブランド)の「B」であり、まちを盛り上げ、地域ブランドを確立しようと日々活動するまちおこし団体の、年に一度の共同PRイベントである。自分たちのまちを愛する熱い仲間たちが集い、ご当地グルメをきっかけとして地元に来てもらいたいという思いで、地域ブランドを高めることにつなげるイベントであった。この「食を売る」ことが目的ではなく、「食を通じて街を売る」事を目的とした日常的なまちおこし活動のお披露目の場を最大限に活用したい。市役所の職員の有志集団は、郷土甲府市を元気にするため、「甲府市に潤いを!」「甲府市民に自信と誇りを!」をテーマに掲げ、60年以上の歴史を持ち、山梨県にしかない独自の食文化である「鳥もつ煮」に着目をして、B-1グランプリに参加し、グランプリを取ることを目標として、とりもつ隊を結成した。
 そして、グランプリを獲得するためには、郷土を自慢すること、おもてなしの心を考え続け、平成22年、来場者43.5万人が訪れた第5回厚木大会において、初出場・グランプリという快挙を達成した。この過程は、動画(http://www7b.biglobe.ne.jp/torimotsu/)として公開されている。甲府市民のみならず、山梨県民には一度見て欲しいものである。
 この快挙が、山梨県に大きな経済効果を生み出し、同時に県民・市民の誇りを取り戻させたのは言うまでもないであろう。
 とりもつ隊は、その後も『無理』という言葉を無くす集団、できない理由ではなく、どうすればできるのかを考え、県民、市民が気が付いていない、もしくは忘れている魅力の再認識を掲げる集団として活動を続けている。それが共感を呼び、今では行政職員のみならず、84人の会員を抱える「NPO法人こうふエージェンシー」へと成長し、活動の幅を広げ、「甲府鳥もつ煮」と「甲府の路地横丁文化」、さらには甲府の名産、伝統工芸品などを「自慢」しながら売り込んでいく活動など、13もの事業を展開するまでになっている。
 言うまでもなく、結成当時から行政の職員には手当・日当はない。ボランティアで活動している。現在NPO法人の会員になっている方々にも、手当・日当はない。皆、他に本職がありながらボランティア活動を展開している。思いは、「郷土、誇り、この素晴らしい場所・活動をもっと知ってもらいたい、活動を自分たちで楽しむ」に集約されるであろう。
 「知らないは存在しないのと一緒」との思いの中で、人が人を呼び、そしてそれぞれの人が得意分野を生かして活動が拡大していく。お金がなくても知恵を出し合い、それぞれの持つ資源を集めてやってしまうその推進力。まさにできない理由ではなく、やれる理由を考え続けて活動している団体である。

 

スリーピークス八ヶ岳トレイル

https://trail38.com/

 毎年6月に北杜市を舞台に開催され、今年8回目を迎えるトレイルランニングのレースである。
 過去に7回しか開催されていない大会ながら、トレイルランニング関係の専門雑誌の人気ランキング等では高い評価を得ている大会となっている。
 始まったきっかけであるが、北杜市出身の主婦の方の何気ないひと言「私、トレランの大会がしたいんです」に、「トレラン」という言葉すら知らなかった当地の人々が呼応し開催されることになった大会である。周囲の人たちの「山梨県を何もない県と思っていないか?」という雰囲気がとにかく納得ができず、「北杜市周辺には山(自然)しかないのではなく、山がある。山梨県には富士山しかないではなく、視点を変えて八ヶ岳から富士山を見て感動をすることを検討できないか」、と方法を検討していくことになる。
 運営に関しては素人集団であったが、八ヶ岳周辺で活動していた観光関係者、デザイナー、農業、行政、環境関連、トレランのランナーなどの各分野のプロ集団が専門的な部分で個々の力を集結し、強みを生かし、弱みを補完することにより開催している。その結果として、アットホームながら隅々まで気配りが行き届き、ポスター、パンフ、Tシャツなどのデザインを含めてとにかくセンス溢れる格好の良い大会運営がなされている。それぞれがもつ資源を活用し、それぞれの得意分野を活用し、どうせ開催するのなら全国に誇れる大会を開こうと準備を進め開催され続けている大会である。

大会主催グループの想いは、

≪地域には≫

  1. 地元の子供の目標となるような大会でありたい
  2. 地元の人の誇りになるような大会でありたい
  3. 優勝者が、町の英雄になるような大会にしたい
  4. 八ヶ岳の神様が喜ぶ大会でありたい
  5. 走ることに縁のない方々にも興味をもってもらえる大会にしたい
  6. 地域の声に近付ける大会でいたい

≪大会として≫

  1. よくなったね八ヶ岳、と言われる大会に育てたい
  2. ゴール後にもう来年のエントリーを考えたくなる大会でありたい
  3. 家族が応援したくなる大会でありたい
  4. 誰が主役なのかを常に考え続ける大会でありたい
  5. つぎはスタッフになりたい、と思ってくれる大会にしたい
  6. 生まれ育った八ヶ岳に、笑顔の花が咲き誇るような大会でありたい
  7. みんなの力を合わせてひとつになれる(独峰ではない)八ヶ岳を表現できる大会でありたい
  8. (トレランを主峰としながらも他にも魅力の沢山詰まった)裾野の広い大会でありたい

≪運営側、スタッフとして≫

  1. できるだけ多くの人とハイタッチしたい
  2. 威張った大会にはしたくない。えらそうな大会にはしたくない。おごらない姿勢でありたい
  3. 選手の声に寄り添える大会でいたい
  4. 悩んだら、「かっこいい方」を選ぶ大会でありたい
  5. 「どうぞ」と「ありがとう」を言える大会でありたい
  6. 誰かのために頑張り、新しい挑戦を続けたい
  7. 走る人だけが喜ぶ場所にはしたくない
  8. 大会後に抱き合って喜び合えるような関係でいたい
  9. それぞれの得意を生かして、チームワークを大切にしたいなぁ
  10. わんぱくでいたい
  11. どんな人が運営しているのか、顔が見える大会がいい
  12. 笑顔が原動力になる大会

などとなっている。
 この他にも多くの想いがあるが、これらの想いをスタッフが共有している。そして他に業務を抱えているスタッフが、限られた時間の中で準備し開催してきた大会である。
 大会にかける思いは、①制作物はかっこよく(Art)、②面倒なことこそ面白く、③他をしっかりと学ぶ、④山(資源)をかりる(環境を大切に)、⑤みんなの力をかりて(地域力)、をもって開催までにたどり着いた。

① 制作物はかっこよく:手間は増えるけど全部手作り

 

② 面倒なことこそ面白く:子どもと一緒に作成

 

③ 他をしっかりと学ぶ:他の大会にボランティアスタッフとして参加して、足りない部分を学ぶ、同時に仲間をつくる

 

④ 山(資源)をかりる(環境を大切に):草刈り、ごみ拾い、これからの山を守るのは誰かを考える

 

⑤ みんなの力をかりて(地域力):地元の方に参加してもらう(トロフィーの制作、マルシェ出店)

 

⑥ 食の面からサポート

 

⑥ 借りられるものは借りる

 

⑦ 協力を申し出てくれたスポンサー

 

⑧ 手作りの大会を盛り上げてくれた多くのボランティアスタッフ

 

 結果として、競技者、ボランティアスタッフを含め、大会に参加する全ての人は、「皆が温かい」、「参加できて良かった」、「また来たい」となり、大会の人気が高くなっている。
 これもきっかけは、地域に愛着と誇りを持っている集団が、地域の資源に目を向け、これをやりたいという思いを形にしてきた結果である。できない理由ではなく、やるための理由を追求してきた。そして、参加している皆が時に激しい意見を交わしながら、最終的なゴールを共有して皆で楽しみながら進んでいる。
 そして、この集団からさらに人脈が広がり、次の仕掛け、次の展開へと派生しており、大きな流れ(力)が生まれている。

 

まとめとして

 今回は、2つの事例を紹介した。この他にもひみね地域活性化協議会、HOKUTO SAKE GURUGURU等、紹介したい事例が多くある。そして、これらの活動に共通していえることであるが、地域に愛着、誇りを持つ集団が、地域の資源を最大限に活用し、不可能を可能に、想いを形にしながら実践してきている活動ということである。
 特に見返りがあるわけでもない。特別な報酬があるわけでもない。山梨県には魅力があふれている。知らないのは、存在しないことと一緒。これだけの県を他県の方々に知ってもらいたい。熱い想いを抱えて活動を進めるからこそ、人が人を呼び、活動が活動を呼んでいる。小さな力から派生して生まれる大きな力。
 目標に向かって、できないではなく、できる理由をひたすら考える。そして、参加している人が苦痛(当然過程では苦痛も多いが)ではなく、楽しみながら活動をしている。そして、その姿を若い世代の人材が見て、経験し、感じ、自らが動いてみる。これこそが地域活性化を探るプロセスではなかろうか。正解のない地域活性化への取り組みについて、これが正解だと、この12年の地域活動で学んだことかもしれない。
 最後に、この12年における弊財団の活動の中で出会えたすべての方に心からの感謝を申し上げたい。私が移住してきて得た一番の宝は、山梨県で出会えた多くの大切な仲間達である。

 「この人のために何かをしたい。できることを考えていきたい。」

 今後とも、人が人を呼び、そして新たな力を生み出す何かを実践してみる。とにかく格好のいい仲間達とともに、先行きが不透明と言われるこの世の中を進んでいきたい。