歴史から学ぶ感染症対策
毎日新聞No.564 【令和2年5月17日発行】
新型コロナウイルスの脅威がいまだ収まらず、多くの人がこの事態に対処するために一丸となって取り組んでいる状況であるが、過去を振り返ると感染症による脅威は、幾度となく人々を苦しめてきた。今から約100年前にも全世界に被害を与えた「スペインかぜ」という感染症があった。これは、インフルエンザウイルスによる流行であり、全世界で約6億人の感染者が発生し、2千万人から4千万人が死亡したとされている。
日本においてもその被害は大きく当時内務省が発行した「流行性感冒」によると、1918年から1920年に3回にわたり流行が起こり、全国で約2380万人が感染し、約38万人の死者を出している。山梨県の感染状況は、3回の流行で27万7440人が感染し、5,135人が亡くなっており、当時の山梨県の人口約60万人からみると約半数が感染と、その被害の甚大さを見て取ることができる。
このスペインかぜは、当時の医療技術では、まだウイルスの発見がなされておらず、予防や治療について手探りの状態であった。そのような中で、「心身の疲労」や「栄養睡眠不足等による身体抵抗力の減退」などを避け、居室の容積を大きくしておのおのの寝床を隔離し、食器を消毒し、せきやくしゃみに注意し、患者及び看護人ともにマスクを使用し、換気を十分に行い、異常を感じた場合は、すぐに医者の診断を受けるよう促している。これらの予防法は、現代においても通用する内容であり、人と感染症との戦いの中で積み上げてきた経験と研究の結果であるといえるだろう。
現在、新型コロナウイルスにより多くの人が日常生活に不便が生じ、経済的にも大きなダメージを受けている状況である。この事態を乗り越えて、日常を取り戻すには大変な努力が必要となる。しかし、我々は、困難な状況を乗り越えて積み上げた経験とたゆまぬ努力による医療技術の進歩で病原体の特定やその対処法を獲得してきている。約100年前に人々が耐え抜いてきた経験を始め、過去の事例を今一度確認して新型コロナウイルス対策に生かし、さらにそれを経験として蓄積し、新たな感染症がいつ起こるとも分からないということを一人一人が自覚し、備えておくことが大切となるであろう。
(山梨総合研究所 主任研究員 河野 彰夫)