Vol.262-2 創造的活動を生み出す市民協働と行政の役割


公益財団法人 山梨総合研究所
調査研究部長 佐藤 文昭

1.先行き不透明な時代における「市民協働」

(1)はじめに

 524()に、南アルプス市市民活動センターで開催された地元飲食店が出店する「テイクアウト南アルプス」[1]530()31()の本格開催に先立ち行われたプレイベントである。地域の情報発信を手掛ける市民活動団体「南アルプス!ロコ」が、新型コロナウイルスの影響を受けている地元店舗を取材し情報発信をする中で、自分たちにも何かできないかと考え始めたことがきっかけであった。笛吹市で先行して実施されていた「笛吹市ランチドライブスルー」に関心を持ち、南アルプスでの開催を検討していたのとちょうど同じ頃に、地元店舗の情報発信サイトの立ち上げを検討していた南アルプス市商工会青年部とつながり、南アルプス市やJAなどの支援を得ながら今回のイベントが実現した。
 新型コロナウイルスの影響を受ける事業者に対して、国や自治体などによる財政支援が進められているが、営業自粛により売り上げが激減している事業者にとって、それだけでは十分な支援が行き届いているとはいえないのが現実である。こうした中で、市民自らが中心となり、自分たちにできる様々な活動が動きだしている。この「テイクアウト南アルプス」も、こうした市民の内発的な取り組みのひとつといえるだろう。

 

(2)VUCAの時代

 今日、私たちは、先行きの不透明な社会に生きている。それは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)を表す“VUCA”という言葉にも象徴される。事実、半年前には、新型コロナウイルスにより「緊急事態宣言」が出され、一方でそれがテレワークやオンライン会議といった新たな働き方の普及につながることになるとは、ほとんどの人が想像すらできなかっただろう。
 私たちの社会が直面する多くの問題は、既存の知識や方法で解決を目指す「技術的問題」ではなく、複雑な関係性の中で生じている「適応課題」である[2]。新型コロナウイルスの治療薬の開発は前者であるのに対して、感染者の拡大を防ぐとともに地域の経済活動を維持していくことは後者に位置づけられる。この課題の解決は、もはや国や自治体だけでできるものではなく、私たち一人ひとりの行動変容なくしてその実現が不可能であることは、今、まさに私たち一人ひとりが経験していることでもある。
 自治体の様々な計画において、「協働」という言葉が用いられるようになって久しい。その背景には、住民ニーズが多様化する中で、人口減少や地域経済の衰退などによる税収の減少などにより、ニーズを十分に満たすことが難しくなったという現実がある。そのような中で、「市民協働」というスローガンの元、様々な分野において民間事業者や住民による行政サービスの補完的役割が期待されている。
 今、そして将来私たちが直面するであろう予測困難な問題に対して、行政は市民と協力しながらどのように対応していくことが可能か。その時に、行政と市民団体を取り巻く問題点や、それを乗り越えて、新たな協働のかたちを築いていくことができるかについて、組織やコミュニケーションの観点から考えてみたい。

 

2.「組織モデル」からみた行政と市民活動の違い

(1)4つの組織モデル

 人類は、長い歴史を通じてお互いに協力しながら物事を実行するためのしくみを創り上げてきた。そうしたこれまでの組織は、以下の4つのモデルに分類することができる。

  1. 衝動型組織:仕事の分業とトップダウンの権力構造
  2. 順応型(伝統型)組織:再生可能なプロセスのための安定した組織体系
  3. 達成型:イノベーション、説明責任、実力主義に基づく機械のような組織
  4. 多元型:ヒエラルキー構造をなくし価値観を重視した家族のような組織[3]

 国や自治体といった行政組織は、組織体制を見る限り②の順応型に最も近い。それは、国、都道府県、市町村とつながる縦割り組織の中で、業務を効率的・効果的に遂行するためのしくみであるといえる。一方で、省庁の独立性が担保され専門分化する国に対して、限られた組織規模で幅広い業務をこなさなければならない自治体は、組織の枠を超えた連携や組織全体を見渡す幅広い視野が求められることから、③の達成型との複合的なしくみであるともいえるだろう[4]
 自治体の場合、総合計画を最上位の計画とし、その下に子育てや高齢者・障がい者福祉、産業振興、都市計画などといった様々な分野別計画が策定されている。また、内閣府が推進する地方創生の取り組みでは、自治体ごとに総合戦略がつくられ、地域が直面する人口減少問題に対して、分野を超えた戦略的な取り組みが進められている。総合計画を中心としたトップダウンによるマネジメントが強くなれば順応型としての性格が強くなるのに対して、下位組織に権限が委譲されれば、分野ごとに設定された目標を重視した達成型の傾向が強くなるとみられる。しかしながら、我々を取り巻く社会問題が複雑化複合化する今日において、順応型では現場の声を十分に活かすことが難しく、また達成型では問題の全体像を的確に把握することが難しい。いずれにしても、その解決に向けて柔軟かつ新しい発想で取り組んでいくことは容易ではないだろう。
 一方で、市民活動団体はどの組織モデルに分類されるのか。それは、活動の規模や内容などによって様々であるが、「何かをしたい」という意志がその原動力となり、それに共感したメンバーにより組織が形成され、その意志や価値観に基づいてよりフラットな関係の中で意志決定を行うとするならば、それは④の多元型に近い特徴を持つ。
 冒頭で述べた南アルプス市では、市民が中心となり、棚田の保全活動や中山間地域の活性化の取り組みや耕作放棄地での農業を通じた子どもたちの学びの場づくり、またコミュニティバスを活用した新たなイベント企画など、従来の行政の取り組みには見られない新たなアイデアに富んだ活動が数多く行われている。これらは、地域の困りごとを解決しようという問題意識や、自分自身がやってみたいと思う個人の意志が原動力となって生まれた活動団体を中心に、多様な人々を巻き込みながら進められている。
 こうした行政と市民活動団体という2つの異なる組織について、佐宗邦威氏による2つの組織モデルを借りるとするならば、首長を頂点に階層化された組織体制により、総合計画をはじめとした各種計画による目標達成に向けて戦略的に取り組む行政組織に対して、メンバー間のフラットなつながりを通じて、具体的なニーズの実現を目指してメンバーの意志により行われる市民活動団体として表すことができるだろう。

 

参考:佐宗邦威『Vision Driven Innovation:ひとりの妄想で未来は変わる』
1 行政組織と市民活動団体の組織イメージ

 

(2)創造的活動がうまくいかない理由

 今日、地域の新たな問題を発見しその解決に向けた「ソーシャルイノベーション」が期待される中で、実は、こうした創造的活動を実現するのは容易なことではない。その理由は、以下の5つに集約される。

  1.  プロジェクトに主人公が誰もいない
  2. 新たに生んだものを育てていく場や仕組みがない
  3. 出てきたアイデアがまとまらない
  4. 自分たちの課題に合った創造の方法論がない
  5. 既存組織との擦り合わせができない[5]

     行政に限らず階層化された組織の中では、現場から出された新しいアイデアは、部署間の調整や組織が掲げる目標との擦り合わせなどを通じて総花的となり、また、プロジェクトの主人公という色彩も薄れていく。
     一方、市民活動の場合、何かをしたいという強い想いを持った主人公が存在するものの、そのアイデアを具体的なプロジェクトにしていくための方法論や場を持ち合わせているとは限らない。また、行政や自治会という既存組織、場合によっては関連する取り組みを行っている他の団体との間での調整や合意形成に苦慮する状況も見受けられる。こうした中で、多元型組織はお互いの意見を尊重するというメリットがある一方で、意見が対立したときに方向性をまとめていくことが難しく、その結果、本来フラットな組織の中に階層化が生じたり、内部での権力闘争を招くという矛盾を生じたりすることもある[6]

     

    (3)コミュニケーションの問題と「対話」の重要性

     組織内でアイデアがまとまらなかったり、活動の方向性を見いだしていくことが難しかったりする原因の一つとして、コミュニケーションの問題がある。リーダーシップの能力開発やイノベーションを起こすための思考プロセスを明らかにした理論として知られる「U理論」では、会話が形成されるいくつかの領域についてまとめている[7]
     まず、過去の習慣的なパターンに従って語られる場合(「ダウンローディング」と呼ばれる。)、「そういうもんだ」という言葉に代表されるように、これまでの経験や慣習が支配的となり行動に変化を起こすことは難しい。次に、異なる意見を表明し合う「討論(ディベート)」では、それぞれの思考に基づいて開かれた議論が行われるが、その違いによって対立を招くことにつながりやすい。意志決定が、これまでの慣習や制度を前提としたものや、相手を打ち負かす力によってもたらされるとするならば、そこから新たな創造的活動を生み出すことは難しいであろう。
     「討論」が、事実や直面する問題を「観る」ことであるのに対して、さらに深い領域となる「対話」の中心は、他者に共感しその声を「聴く」ことである。そうすることで、自分自身の視点だけではなく他者の視点との集合知として物事の全体像を捉えることができ、それによって得られる深い気づきから、新たなアイデアを導き出すことができるのである。近年注目を集める、人間中心による新たな思考法である「デザイン思考」においても、「共感」がプロセスの一つとして位置づけられていることからも分かるとおり、対話を通じて共感する力を育んでいくことは創造的活動を生み出していく上での重要な要素の一つとなる。

     

    3.「創造する組織」づくりを目指して

    (1)「創造する組織」とは何か?

     従来の順応型や達成型でなく、また多元型でもない「創造する組織」とはどういうものか。「ティール組織」や「自主経営組織」、また「創造する組織」と呼ばれるこの新しい組織モデルは、個人が「機械」や「歯車」に例えられる従来の組織イメージに対して、「生命体」がメタファー(隠喩)として用いられている。つまり、それぞれの想いや意志を持つ「個」が有機的につながることで、新たな方向へと組織を動かしていくイメージである。
     この中では、組織全体が進むべき方向性が予め「こうあるべき」と定められているのではなく、多様な個の集合知から組織の進むべき道を探していくプロセスであるといえる。そのためには、限られた分野の専門性や、自らの利害関係に縛られるのではなく、様々な視点から物事の全体像を共有していくことが重要となる。それにより、自分を中心に社会を捉えるのではなく、社会という全体の中にある自分の存在が見えてくる。
     例えば南アルプス市の場合は、市民活動支援センターが中心となり、月1回「南アルプスディレクターズサロン」という対話の場を設け、市民や行政など様々な立場の人たちが集まり、市民団体による新たなプロジェクトの立ち上げを応援するという取り組みを行ってきた。その中で、プロジェクト自体を評価したり助言したりするというよりも、「なぜ」そのプロジェクトをやりたいのか、それを通じてどのような社会を実現したいのかといったプロジェクトの根本に関わる議論を積み重ねてきた。時には参加者間で意見が対立することもあるが、そのような中でもお互いの意見を尊重し理解を深めながら対話を行うことで、プロジェクトが目指していることが何であるかが少しずつ明らかになってくる。
     こうしたプロセスは、一見、回り道のようだが、この対話の場の存在は、これまでプロジェクトの方向性に少なからず影響を及ぼしてきたことは確かである。それ以上に、こうした場づくりを続けてきたことで、市民の中に「なぜ」を問う市民活動の文化が創られてきたことは、地域における大きな成果の一つである。

     

     出所:南アルプス市市民活動センター「回覧板」373(せんたーみなみ)Facebookページ
    https://www.facebook.com/m.alps.center373/
    2 山梨県立大学フューチャーセンターで行われた南アルプスディレクターズサロンの様子

     

    (2)目的を共有しない市民協働

     「市民協働」とは、行政と市民が「対等な立場」に立ち、「共通の目的」の達成に向けてともに活動を行うことと定義されることが多い。しかしながら、実際のところ、目的や意志決定のプロセスが異なる組織同士が「共通の目的」を目指して「対等な立場」で行動することが、果たしてどれくらい実現できているのだろうか。
     平成29年に策定された「南アルプス市第2次協働のまちづくり基本方針」では、市民をメンバーとした「南アルプス市みんなでまちづくり推進会議」で議論を重ねる中で、多様な主体が共通の目的を持つのではなく、それぞれの目的を目指す中で、お互いに協力できる取り組みを目指すこととしている[8]。冒頭の「テイクアウト南アルプス」というイベントを例に取ると、事業者は営業自粛ムードの中でテイクアウトに新たな活路を見いだそうとする一方で、消費者は、自粛疲れの中で楽しみを見いだすことを求めていたり、なじみのお店を支援したいという気持ちを抱いたりしているのかもしれない。また行政は、市民活動を支援することを通じて、間接的に地域経済の活性化を推進するという役割を担っている。それぞれの置かれる状況、ニーズや目的は異なるものの、それらを紡いでいくことで一つのプロジェクトが創られていく。このように多様性を前提としつつお互いを尊重しながら緩やかにつながっていくことが、これからの「市民協働」の一つとして求められているのではないだろうか。そして、こうした協働を体験するその先に、きっと私たちが地域に求めているものが何であるかが見えてくる。実は、それこそが個々のニーズを超えた本当の意味での「共通の目的」なのかもしれない。

     

    (3)新たな市民協働のかたちとは?

     最後に、改めて先行きが不透明な時代における、これからの行政と市民との協働のかたちについて考えてみたい。
     新型コロナウイルスに限らず予測不可能な事態に対して、もはや行政組織だけの力ですべて対処することは難しい。そのような状況において行政が目指すべき一つの姿は、プラットフォームとしての役割を担うことにより、市民の主体的な活動を通じて行政が目指すべき目的を達成することが考えられる。それにより、「小さくて大きな自治体」を実現することが可能となる[9]
     下図に示すとおり、行政と市民活動の組織としての違いを前提とした上で、行政は市民活動団体が活動しやすい環境を提供していくことを通じて、行政としての目的を達成していく。しかしながらこうした市民活動は、必ずしも行政の施策や事業と一対一の対応関係にあるわけではない。その場合、行政が市民活動の方向性を施策に沿って誘導したり型にはめたりしようとするのではなく、市民の意思と責任において活動ができる場や機会を提供することが重要である。その上で、行政の視点から市民活動の意義を「読み解く」ことで、施策や事業と紐付けていくことも必要である。
     一方で、市民だけではアイデアをまとめ、地域ニーズに応えることのできるプロジェクトとして育てていくことが難しい場合もある。それに備えて、市民に的確な助言や支援ができるしくみを設けていくことが、この新たなプラットフォームに求められる重要な機能の一つとなると考えられる。その中で、お互いの想いや価値観に違いがあることを前提に、従来の思考パターンや特定の価値観やルールに固執したりそれを押しつけたりすることなく、対話を通じて今、ここにあることをみんなで共有し、そこから新たな答えを探していくことのできる場を育てていくことが求められるのではないだろうか。
     現在山梨県では、多様な主体の連携によるソーシャルイノベーションを通じて、新たな事業や価値を創出するための拠点として、「やまなし地域づくり交流センター(仮称)」の整備が進められている。こうした施設が、行政と県民や市民活動団体、民間事業者との新たな協働のプラットフォームとしての役割を担っていくことを期待したい。

     

    3 新たな市民協働のかたち(試案)

     


    [1] テイクアウト南アルプスWEBサイト(https://takeout-alps.com/

    [2] 宇田川元一『他者と働く:「わかりあえなさ」から始める組織論

    [3] フレデリック・ラルー『ティール組織

    [4] 曽我謙吾『日本の地方政府:1700自治体の実態と課題

    [5] 佐宗邦威『Vision Driven Innovation:ひとりの妄想で未来は変わる

    [6] フレデリック・ラルー『ティール組織

    [7] C・オットー・シャーマー『U理論(第二版):過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術

    [8] 南アルプス市HP(https://www.city.minami-alps.yamanashi.jp/docs/1617.html

    [9] 若林恵(編)『次世代ガバメント:小さくて大きな政府のつくり方