Vol.262-1 日本の魅力をあらためて考える


日本電気株式会社 東京オリンピック・パラリンピック推進本部
事業創造推進エキスパート  田畑 香織

1.はじめに

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、東京オリンピック・パラリンピック20202021年に延期となりましたが、ワールドマスターズゲーム2021、さらには2025年の日本国際博覧会と、今後大規模な国際イベントの開催が予定されており、国外から大勢の来訪が期待されています。

 政府が推進するように、これらの機会を活用して訪日観光客をもっと取り込むことができれば、観光産業の経済的メリットが多く期待できます。

 2018年の訪日外国人は過去最高の3119万人超で、前年を8.7%上回り、6年連続で過去最高を更新しました。新型コロナウイルスの影響が出る以前には、2020年の訪日外国人は4,000万人、2030年は6,000万人が目標とされておりました。インバウンド増加はまさしく日本ブランドの接点創出の好機となるはずでした。本稿では、新型コロナウイルス感染が収束した未来を見据え、観光に関する数々のデータの有効性や、地域資源の活用方法などについて、前半では、地域の観光振興のあるべき姿、そして、後半では観光振興のための企画戦略の重要性をテーマに考えていきたいと思います。 

 

グラフ① 訪日外国人4000万人の時代へ(出典:日本政府観光局)

 

2.観光の定義と地域の観光振興のあり方

  日本全国の地域の観光振興において、訪日外国人旅行客狙いの取り組みは、はたして持続的な地域本来の観光振興という視点で、プラスになることなのでしょうか。

 ここ数年、日本全国の観光地に行くと、労力をかけて訪日外国人旅行客が好むものを取りそろえる姿が多く見受けられます。江戸時代にタイムスリップしたような風情ある石畳の町並みに、景観とマッチしない鮮やかな電光掲示板があったり、商店街の中の老舗店の並びに、突如蛍光色で彩られた人気キャラクターグッズの店舗が突然現れたりします。文化・歴史などの地域ならではの良さを感じたい観光客にとっては、意表をつかれることがあります。それらの地域が訪日外国人旅行客を獲得したとしても、本来の地域の魅力を楽しめないようなコンテンツになっていては、何のための観光戦略なのか分からなくなってしまいます。 

 旅行客のニーズを取り入れることは集客にとって大切なことですが、訪日外国人旅行客は地域の文化よりも日本の文化をまず求めてくる傾向があると言えます。

 もし、日本全国で同じように、訪日外国人旅行客が好むであろう、スシ、テンプラ、ラーメンを提供した場合、どの地域に行っても似たようなものが揃っている状況をつくり、日本全体の観光の未来は乏しいものになるものと考えます。

 広辞苑によると「観光」とは、他の土地を視察すること。また、その風光などを見物することを示しています。さらには、「観光資源」とは、多くの観光客を集め利益をもたらす名勝・遺跡、温泉を示し、「観光都市」とは、観光資源に恵まれ、多くの観光客を引き寄せる都市とあります。その定義の通り、来訪者は他の国や地方のよいものを求めて来ます。

 各地域の地元の人が、これはいいというものを意識し、地域自らがどのような観光が良いかを考え、そのあり方を定めること。そして、地域が観光振興を通じて残していきたいものをゴールとして設定した上で、戦略的に計画に落とし込み、推進していく形が望ましいと考えます。

 

3.地域が残したいものは何か

  筆者は昔、アメリカのオハイオ州で、数年間会社員として働いていました。週末になると、友人たちと車で近場のピッツバーグ、シカゴまでよく観光に行っていました。夏休みや冬休みの時には、インターチェンジ近くのモーテルに宿泊しながら、何日かかけて、アトランタやフロリダの観光地を訪問しました。アメリカの観光地は比較的大きな都市もあれば、小さな田舎町もあります。どこに行っても、日本人だから、外国人だからといった特別な扱いはなく、誰もが同じものを同じように楽しむことができました。そして、迎え入れる人々は、自分たちの誇れる歴史的な建築物や伝統的な食事、独特の風習などを、笑顔で楽しそうに紹介してくれました。

  観光客が感じる地域の魅力は、その地域の人々が長年にわたって育んできた歴史や文化に触れるところが大きいのではないかと思います。

 一昨年、日本のある地域の観光客動態データを分析し、利活用の有用性を検討する実証実験プロジェクトにアサイン(配属)され、地域が観光客を増やすための各種施策を考えるために、観光客のデータはどのようなものが必要で、そのデータをどう読み解けばいいのだろうと煮詰まっていた時がありました。その時ふと、観光とは何か、各国は、各地域は、何のために多くの人に来てもらいたいと思うのだろうと考えを巡らせました。一方で観光客はなぜ旅行をしたいのだろう、はたしてその両方の想いは適合しているだろうか、と思案しました。

 筆者なりに色々と調査を行い、鎌倉時代の随筆家吉田兼好が書いた「徒然草」の中に、旅とは何かについての記述を見つけました。

「いづくにもあれ、しばし旅だちたるこそ、目さむる心地すれ。――第15段」

 吉田兼好は旅について「日常を忘れて旅に出ているのは、目の覚めるような、清新な気分が得られるものです」と書いています。これは、現地に実際に行くことで、日常とは異なる地でのわくわくするような体験を得られると解釈できます。

 他の地域を体験して日常とは異なるワクワク感を得るには、まずは自分の住む地域が基準になります。つまり、自身の国、地域を軸に、他国や他地域を知り、その違いなどから地域の魅力を学ぶ、そして、観光とは他地域の良さを体験し、自分の地域の良さを再認識し、学び、残したい地域のものを世の中に繋いでいくことなのではないかと、筆者は兼好の言葉を通じて理解しました。

 地域に残したいものを世界に発信しながら継承していくことが、観光の軸となるものであり、そのために、第一ステップとして地域の魅力を知ることから始めるのが観光のあるべき姿なのではないかと考えます。

 

4.企画戦略の重要性

 日本全国にはすばらしい観光資源が多くあります。潜在的な資源も多々あると考えられます。観光客を増やしたい、お金を落としてほしいという場合、地域を事業として捉えるのが効果的でしょう。地域を事業として、地域資源の価値をどう高め、何を残したいか、そして、そのために誰と連携していくのか、目的と実行プラン、そしてどのような手段を使うか等を企画していくことが重要となります。

 事業は、今日やって明日すぐに目的を達成できるものではありません。観光振興も同じく、実践、マーケティング、フィードバックを行ってまわしていく仕組みを作り、トライアンドエラーで目標に向けて推進していくのが望ましいと考えます。

 また、地域によっては、地元の人も気づかない、まだ潜在的な地域資源・価値があるところが多いと思います。それらの潜在価値を表面化し、商品・サービス化する際に、アイデアを企画戦略に落とし込むことも重要と思われます。つまり、これだと思う地域資源の作り方、売り方に変化を生み出すことで、付加価値をつけ、商品化したものをプロモーションするような戦略的な企画が、観光にも同じく求められているのです。

 先日、ある居酒屋で、搾りたてニンジンジュースが売られていました。ニンジンを売るために一般品種を作っても儲からない中で、ジュースにすると甘味が一層感じられ、搾ると美味しくなるニンジンの品種を作れば、競争力が生まれます。他にはない、居酒屋にプラスとなる価値を提供し、どこでも見かけるニンジンの価値を上げるやり方は、地域の観光資源をいかにプロデュースするかと同じであり、観光振興のための観光戦略としても重要なものと思います。

 

5.手段の活用例

 地域が、その地域に残したい姿を設定したら、その姿を実現するために企画戦略を立案します。そして実行フェーズに移り、実施結果を振り返り、次のプロモーション等に繋げていくというサイクルが重要になります。実践手段については世の中には様々なものがあります。一つの例として、観光客動態データの利活用プロジェクトに取り組んでいた時の事例を紹介します。

 交通やキャリア事業者など、幅広い業種各社がインバウンド観光客の動態を計測するサービスを日本中で展開しています。このプロジェクトでは、スマートフォンのWi-Fi電波を活用したツールを使用し、インバウンド観光客の動態傾向を把握して、それらのデータ利活用による観光振興の有用性についての実験を行いました。データの収集時には、観測地点に立ち寄っている訪日外国人へのアンケート調査も行い、取集した結果を持って、地域自治体や有識者とその利活用についてディスカッションを行いました。 

 本実験の着目点でもあった、Wi-Fiへの個々の端末の接続情報を追跡し集約することによって、個々の移動情報が推定居住国とともに把握が可能となるという画期的な実証実験の結果が得られました。また、データが詳細であるほど、移動の要因について、なぜその場所に立ち寄ったか、なぜその場所に長く滞在したのか、なぜその経路を選んだのか、等の要因把握が可能となり、詳細な分析・検討ができることが分かりました。

 

6.調査結果とデータ利活用の有用性について

 グラフ②は、江戸時代からの城下町で小京都と呼ばれ、石畳や土塀が残る人気の観光スポットの九州のある市で計測したデータです。その町並みにある商店街を行き交う観光客のデータをグラフ化し、実験期間3カ月の平日と週末のそれぞれの時間帯別に1日平均カウント数を収集しました。このデータによると、朝9時から観光客が集まり始め、正午に減少し、午後1時にピークを迎え、夕方5時には人が少なくなっていることが分かります。

グラフ② 時間帯別の1日平均カウント数の推移(九州のある市、出典:NECインバウンド分析)

 

 一日の観光の中で、観光客が何時に来ているのかが分かると、誘客のためにどのような施策を打てば良いか、検討するのに有用となります。例えば、昼食や夕食を食べてもらうにはどうしたらよいか。観光スポットの後に、市内へも続けて立ち寄ってもらうための誘導にはどのような施策を打てばよいか。また商店街の営業時間外に人が多く行き交っている場合には、店舗の営業時間をどう工夫すればよいか等、様々な検討に有用との評価がありました。 

 グラフ③は、上記のグラフ②と同じ場所に実験期間中に立ち寄った外国人観光客の推定居住国・地域別の比率を表したものです。分析結果によると、韓国が圧倒的に多く、アメリカ、台湾、香港、中国と続いています。

 

グラフ③ 実験期間中に立ち寄った外国人観光客の推定居住国・地域別の比率(九州のある市、出典:NECインバウンド分析)

 

 全世界の言葉を網羅した多言語案内パンフレットや広告チラシを準備するのは大変であり、きりがありません。観光スポットに、どの国の人が来ているかを把握することで、その国に応じたおもてなし対応が効率的にできます。

 また、ターゲットとなる国に対する広告プロモーションの施策検討や、その施策の結果の効果測定に活用することができるとの意見もありました。

 インバウンドの傾向は、全般的に団体から個人旅行に変わってきていることもあり、1年前はアジア系が多かったのに対し、欧米や豪州系が来始めているという声も良く聞かれます。日々のインバウンドの傾向を把握することで、より効果的な施策に繋げることができると考えます。

 グラフ④は、実験期間中に大分県由布市インフォメーションセンターに立ち寄った外国人観光客が、その前後に、どこに立ち寄ったかをグラフにしたものです(※訪日外国人の数はカウント人数)。収集結果によると、由布市インフォメーションセンターへは、福岡空港、博多駅、大分駅から訪れる傾向が強く、その後は、博多駅、福岡空港、大分駅へ移動しているという傾向が出ました。

 

グラフ④ 実験期間中の各設定観測地点における訪日外国人の移動傾向
(出典:NECインバウンド分析) 

 

 例えば、観光客にいかに長く滞在してもらうかを検討する際に、AスポットとBスポット間の移動があるのに、その中間地点のCスポットには立ち寄っていない場合、ABの行き来をしている人に、Cスポットへの誘導施策を打つ等で、滞在時間延長の対策を打つことができます。また、地域の近隣以外にも、さらに広域に推定居住国別に観光客はどこからいつ観測地点に立ち寄って、その後どこに行っているのかが分かると、どこに広告プロモーションを置けば良いか、相関関係の強い観光スポット間の連携施策はどうすればよいかなど、様々な観光施策の検討ができます。

 欧米豪州人は、他の国の観光客がよく行くメジャーな観光スポットには行かない傾向があると言われています。彼らがどこをどのように回遊しているのか、行動分析から新たな観光ルートの開発を行えば、欧米豪州を模倣する傾向があるアジア人にも同様の施策が展開できるかもしれません。行動が分かったら次に移動手段を把握し、日本の観光スタイルにないものが新ルートとして発見される可能性があります。

 本実験においては、訪日外国人観光客の動態を、それぞれ回遊ルート、目的観光地、滞在時間などの視点から見える化することができました。今後の取り組みとして地域の回遊性向上を検討する場合、観光客の回遊行動の変化を把握し、シミュレートするモデルを構築することが可能と考えます。

 

7.まとめ:視線は世界に ~戦略的インバウンド誘致に向けて~

  外国人観光客の訪日目的は、日本製品の大量購入(モノ消費)から、日本ならではの体験(コト消費)に移行すると言われており、より地域ならではの魅力が求められています。

  LCCなどの航空路線拡大により、個人旅行客が増加傾向にあり、旅行客のニーズをとらえるには、外国人観光客の動向を把握し、インバウンド誘致に取り組むことが必要となります。

  一方、地域として世界に発信したい魅力的な資源を知り、地域自らがどのような観光にしたいか、そのあり方を設定し、戦略的に企画実行の推進をしていくことが、インバウンド誘致の成功のカギと考えます。 

 今、全世界は、世界のイベントである東京オリンピック・パラリンピック大会の前に、新型コロナウイルスパンデミックの収束という大きな課題を与えられています。海外渡航の自粛などの影響により、一時的ではありますが、人の流れが止まることで、観光のみならず日本経済に大きな影響を及ぼしています。日々に忙殺されていると気付かないこともありますが、長期的な視野で、今後の日本にとっての観光の在り方や地域にとってインバウンドの重要性とは何かを振り返る時期として考えていくことも良いのではないでしょうか。

 アフターコロナの観光は、新しい生活様式に沿った旅行スタイルが求められてくると想像します。例えば、よりプライベート感が高くなる車やキャンピングカーを使った旅行、テレワークを含む長期滞在スタイル、3密リスクが低めのアウトドアなどが伸びてくるのではないでしょうか。

 筆者は小さい頃、東京から車で祖母の実家がある櫛形町(現南アルプス市)を夏休みになると訪れて、キャンプやフルーツ狩り等で楽しく過ごした記憶があります。魅力的な観光資源がある山梨県で、より安全・清潔な受け入れ環境の整備と強みを明確にしておくことで、国内外からより多くの方々に山梨のファンになってもらえるような取り組みができると考えています。