今できることがある


毎日新聞No.565 【令和2年5月31日発行】

 「コーヒー淹れようか?」。3月以前には想像できなかった小4の二男の言葉だ。
 せっかく家にいるのに、話しかけても「いま仕事中だから」とつれない私を振り向かせる“呪文”として身につけた技である。湯の沸かし方すら知らなかった子が、母親好みにコーヒーをドリップしてくれるようになった。

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、私の所属する山梨総合研究所でもテレワークによる在宅勤務が導入された。体制、環境といったハードルは「今は、とにかくやろう」と一気に乗り越えた。業務システムに手を加えながら、よりよい環境に近づけ、近く3度目の改修を行う。規模こそ違うが、トライ&エラーを繰り返しながら、進化していくGAFA(米IT大手のグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・コムの総称)と同じである。
 減収、休業、事業の停止といった厳しい話題が世間にあふれている。一方で、必要に迫られればできること、知恵と工夫で何とかなることが、世の中には割とある。コロナ禍で気づかされたことだ。
 全国での臨時休校を受け、教育関連業界や団体はいち早く家庭学習支援としてWEBでの無料の教材公開を始めた。エンタメ業界はコンテンツを無料配信し、高校世代で全国大会出場を失った学生たちに対して、スポーツ界はネットを介した個人アピールによるスカウトが始まっていると聞く。飲食業界はテイクアウトやデリバリーで急場をしのぎ、県内の酒造メーカーは品薄となった消毒液を生産した。市川三郷町の和紙メーカーは、和紙を原料とした高いマスクを作り上げた。皆が、今、できることをそれぞれに考え、工夫し、時に苦しみながらも前に進み続けている。
 社会のために、生きていくために、こんなにも素早く、工夫を凝らし、行動に移す力が私たちにはある。今まで気がつかなかったものも見えるようになった。「コロナ」という大きなうねりがあっても、私たちは立ち止まらず、新しい世界を創り始めている。

 会社経営者の知人は「元気だよ。カラゲンキだけどね。それでも元気な振りをしていれば必ずいつか『カラ』が取れるさ。今は、従業員を何としてでも守りたい」と気丈に言っていた。
 「カラゲンキ」の「カラ」が取れる日は確実に近づいている。

(山梨総合研究所 主任研究員 渡辺たま緒