Vol.265-1 食品ロス削減と貧困問題解決めざす~フードバンク山梨の歩み~
認定NPO法人フードバンク山梨
理事長 米山けい子
1.はじめに
皆さんは「フードバンク」と聞いてどのような印象をお持ちでしょうか。20年前に日本で始まったフードバンク活動ですが、当初は「フードバンク」と言っても名前も知らない方がほとんどでした。
しかし、最近では食品ロスやSDGs(国連が定める持続可能な開発目標)、子どもの貧困問題などと関連付けられ、メディアに取り上げられることが多くなり、認知度は格段に向上しました。本稿では読者の皆さんに、さらにフードバンク活動の概要を知っていただき、食品ロス削減と子どもの貧困問題への理解を深めていただく機会としていただければと思っています。
2.フードバンク活動とは
フードバンクとは、企業の包装の破損や過剰在庫、印字ミスなどの理由で流通に出すことができない食品や、フードドライブという活動を通して一般家庭から寄付された食品を、福祉施設や生活に困窮する世帯に無償で提供する活動です。さらに食品の寄贈は、企業や自治体からの防災品も多く、多様な主体から発生する食品ロスを削減することができます。フードバンク活動は、食品ロス削減と貧困問題を同時に解決できる活動と言えます。
3.フードバンク山梨の設立
2008年、私は退職を契機にフードバンク山梨を立ち上げました。当時、フードバンク団体は全国でも数団体しかありませんでした。団体の設立目的は、食品ロスを削減することが主なものでしたが、同年のリーマンショックを境に貧困が大きな社会問題となり、生活困窮者支援のためのフードバンク団体が増えてきました。当初は私も食品ロス削減が目的でしたが、活動を進める中で、明日の食べ物にも事欠く子どもの貧困を知り、現在では子どもの貧困対策はフードバンク山梨の大きなミッションの一つとなっています。
4.SDGsと「食品ロス削減推進法」
2015年の2015年の国連サミットで「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択され、「持続可能な開発目標」(以下、SDGs)において、食品ロスや食品廃棄の削減も目標に設定されました。日本においても食品ロス削減の数値目標があり、2030年度までに2000年度比で半減するとの目標が設定されています。日本国内で発生する食品ロスは612万トン(2017年推計)です。これは国際連合世界食糧計画(WFP)の世界の貧困国への食糧援助量390万トンの約1.6倍であり、国民一人当たりお茶碗一杯分を毎日廃棄している計算になります。
食品ロス問題は、日本国内においても関心が高まり、2019年5月24日には「食品ロスの削減の推進に関する法律」(以下、同法)が参議院の全会一致で可決・成立し、5月31日には同法が公布されました。同法は、国内のSDGs達成に向けた社会的な取り組みを推進するという観点からも、非常に大きな意義を持っています。
同法に基づく基本方針を策定するために内閣府や農林水産省、環境省、文部科学省、厚生労働省、経済産業省の6府省の大臣に加え、学識者や食品企業などさまざまなセクターの専門家20人で構成される食品ロス削減推進会議が開催され、2020年3月31日には策定された基本方針の閣議決定がなされました。会議には全国フードバンク推進協議会代表として私も参加しました。
5.コロナ禍の子どもの貧困
2019年年末から世界中に広まった新型コロナウイルス感染症は、日本社会にも大きな影響を及ぼしました。感染拡大と共に、経済の悪化が報じられ8月3日現在で倒産企業は400社に上りました。それに伴い、そこに働く人の生活も厳しい状況となっています。当法人が5月に利用者にアンケートを行った結果では、休校により食費の支出が増加し、休業や失業で収入が減少していることが明らかになりました。記述回答には、
「通常でも家計が大変な状況なのにコロナの影響で仕事がほぼない。」
「元々低所得の上にコロナで子どもを自宅で見る事になり食費が増加した。」
などがあり、生活基盤が脆弱(ぜいじゃく)であった世帯の生活状況がさらに悪化していることが分かりました。
2018年の子どもの貧困率は、13.5%(2019国民生活基礎調査)で実に約7人に1人が貧困ということになります。40人学級であれば、5~6人は貧困の子どもが存在することになります。この数字に関して驚きをもって捉えた方は少なくないと思います。この飽食の日本において貧困の子どもが存在する事実を素直に受け止められる方はそう多くはないでしょう。私自身もフードバンク活動を始めなければ、日本の子どもの貧困について、このような寄稿ができる機会はなかったと思います。なぜ日本の子どもの貧困は見えづらく、受け止めにくいのでしょうか。その要因は2点あると考えています。
まず1点目は、日本では「子どもの貧困」というと、海外の難民や戦後の子ども達を思い浮かべ「私の周りには貧困の子どもはいない」と考える方が多いことです。飽食の日本と言われ、戦後の経済発展から一億総中流の意識が生まれ、貧困は撲滅されたと社会に浸透してしまったことが原因と思います。
2点目は日本における恥の文化が貧困を見えにくくしていることが挙げられます。「恥の文化」とは思いやりがある、礼儀正しい、遠慮深いなど日本人の長所ともされてきた半面、自己表現が消極的、人目を気にし過ぎているなど貧困に陥った場合は「人に知られたくない」「人様の世話になりたくない」など、SOSを出しにくい短所でもあります。
これから紹介する返信はがきからそれをくみ取ることができます。
「この度は、食料支援をしていただき本当にありがとうございました。子どももとってもいい笑顔で喜んでいました。フードバンクの車でフードバンクのジャンパーを着た人が配達してくれるものと思っていたのですが、郵便配達でご近所に知られる事もなく、少しホっとしました。いろいろとご配慮していただき感謝いたします。なんとか今の苦境を乗り越え頑張っていこうと思います」
私たちは受け取る方々の心情に配慮して、支援食品は、スタッフやボランティアが届けるのではなく、宅配便で送っています。本来、明日の食べ物にも事欠く状態であれば、「私は困っています、助けて下さい」と手を挙げSOSを発信すれば、ご近所や親族、会社の同僚などが手を差し伸べてくれることでしょう。しかし、日本人特有の「恥の文化」で声を上げずに食費を削って我慢するなど、自分で何とかしようとさらに貧困を重篤にしてしまっています。そして最もその影響を受けやすいのが弱い立場の子ども達なのです。
フードバンク山梨で2016年に学校の先生約200人を対象に実施したアンケートでは、「部活の大会時、お弁当を持ってこなければならない日の連絡をしたところ、給料日前でお金がなく作れないので欠席させるという連絡があった」という回答が複数ありました。これは子どもの立場から考えてみると、部活をいくら頑張っていても、お金がなくお弁当を持っていけないので大会を休まなければならないという理不尽な状況です。また先生たちからの記述回答に以下のような内容が数多くありました。
- 運動靴がボロボロで何年も使っているようであった。体育祭も近いので他はあるかと聞いたら「これしかない」と答えた。
- かなりサイズが合わなくなった衣服が見うけられる。上履きなどもボロボロになっても使うしかない状態。
- 弟妹にご飯を食べさせる為に自分はあまり食べない。
- 給食時に食べることに必死な姿を見ることがある。
- お腹が空いて何もやる気にならない。
学校に行きクラブ活動や修学旅行に行くことは普通のことですが、その当たり前の生活ができない子どもたちがいます。このような子どもの貧困は、格差を生み出し、その後の子どもの人生に大きな悪影響を及ぼすことが分かってきています。元々脆弱な生活基盤であった子どものいる世帯が、コロナ禍でさらに悪化していることが予想され、緊急的かつ早急な支援が必要であると考えています。
6.フードバンクこども支援プロジェクトのはじまり
私は、活動から知った子どもの貧困問題を、フードバンク活動で解決するため2015年から全国初となる「フードバンクこども支援プロジェクト」を始めました。このプロジェクトは学校給食のない長期の休みに食料支援などを行うフードバンクの強みを活かした活動です。これまでに子どものいる延べ38,000世帯への支援となっています。また10自治体の約100の小中学校と連携ができています。山梨から始まった活動ですが、現在全国のNPOに広がりつつあります。この活動も食品の寄付、運営費の寄付、時間の寄付とフードバンクに関わる多くの善意から成り立っています。
7.おわりに
SDGsの認知度や関心が急速に広がりつつある日本において、食品ロス削減が国民運動として大きな取り組みとなることでしょう。それと同時に、フードバンク活動が、先進フードバンク国である米国並みに、貧困対策としても社会に大きな貢献を果せるよう力を尽くしていきたいと思います。
持続可能な社会をつくっていく上で、食品ロス削減など環境面の推進や、貧困対策で子ども達の未来を守ることが大切です。そして、それを両輪で推進できるフードバンクへの支援の広がりも期待しています。加えて、日本では子どもの貧困を語る時、「親がきちんと働いていないのではないか」「働けば何とかなる」といった空気があります。いわゆる自己責任論です。しかし、私たちがここ12年支援している母子世帯などでは、ダブルワークやトリプルワークで、親が必死で働いているにもかかわらず、平均の所得の半分以下で暮らす子ども達が多くいます。自己責任論的な社会の空気を払拭し、今支援を必要としている子ども達に社会が目を向け、早急な支援につながることを願っています。
私たちの活動を知って「いい活動だね」と言ってくださる方は多くいるように思います。しかしながら、賛同だけでは問題の解決につながりません。今を生きる私達大人ができることから行動に移していく社会にしていきたいと思っています。