車窓から見るやまなし


毎日新聞No.575 【令和2年10月18日発行】

 私が現在の職場に来て1年半以上が経過した。通勤には中央線の各駅停車を利用し、東京の西部から甲府まで片道約2時間、電車に揺られている。最初のころは、慣れない長距離移動でいろいろと苦労したが、それも慣れてくると往路復路で人の乗り降りや車内での会話などさまざまな様相を見て、季節ごとの山梨への人の動きを感じることができた。
 東京からの乗客で登山客の軽装の人は、グループが多く郡内の駅で降りていき、本格的な装備の人は、少人数でより先に進み、若者グループや外国人は、楽しそうに大月駅で降りて富士急行線へ向かっていく。笹子峠を越え、甲府盆地が見えてくると観光客は皆一様に車窓からの景色を眺め、甲斐大和から乗車してきたおばあちゃんは、観光客の男性に話しかけ、自分の生い立ちや家族の状況、住んでいるところの良さなどを話している。車内での人の動き、会話や季節ごとに変化するその風景は、何とも言えない深みを持っている。

 こんな、ありふれた日常風景を一変させたのは、新型コロナウイルスの流行だった。最初に車内から外国人がいなくなり、学生、旅行者の姿も見当たらなくなった。通勤の面々も通勤時間を変えたか、テレワークをしているのかいつもの座席に座っていない。緊急事態宣言解除以降は、通勤通学の人の流れは戻っているが、3密を避けた分散通勤をしているのか以前ほどの車内の活気がない感じがする。
 ウィズコロナの時代は、人の価値観を大きく変容させる。それは行動として表面化してくるため、車内の様子は以前のようには戻らないかもしれない。それでも安全を確保しつつ人の往来を活発にしていく必要がある。JRでは2023年度末からは、大月駅までグリーン車の運行を予定しており、上野原市や大月市など郡内地域から都内への通勤の利便性が向上することが予想される。このような大都市圏と山梨をつなぐ、鉄道という大動脈を有効に活用し、人を呼び込むとともに、山梨に住みつつも都市圏で就業を可能とする施策、都市部の本社機能を環境の良い山梨に移転する施策など人の動きを高める取り組みが求められる。さらに新型コロナウイルスの流行は、都市部への人口の集中が災害や感染症の発生による被害リスクを高めることを再認識させ、地方部への安全な暮らしを求める人の流れを促した。この流れをしっかりと受け止めるため、交通施策と沿線のまちづくりを鉄道事業者と行政、民間が連携をより一層深化させ、実施していくことが必要となる。

 ウィズコロナという新たな時代を迎える中で、車窓から見る山梨が、活力にあふれ、人を惹きつける魅力的な場所となることを期待したい。

(山梨総合研究所 主任研究員 河野 彰夫