Vol.267-1 移住あれこれ~こうふコンシェルジュ奮戦記
甲府市 市長直轄組織 情報発信課 移住定住係
こうふコンシェルジュ 成澤 治子
1.はじめに
なぜ「あの人」はモテるのだろうかー。
私だってまあまあいい線いっている。見た目も中身も悪くない。そう自分では思っている。硬軟取り混ぜた面白い話題だって揃えてある。でも、こうも「あの人」のモテっぷりがすごいとその秘密が何なのか知りたくなる。もしかして、何か惚れ薬でも飲ませているのか?
「あの人」と仲良くしている友人に聞いてみた。「あいつはすごい。タダで住むところを提供してくれる。お金も配っている。君も少しは見習って努力したほうがいいかもね」
そうか、そんな秘密があったのか…。マネする? いや、それは、無理だ。私には配るお金なんてない。
移住や定住をめぐって、こんな例え話がそのまま当てはまりはしないだろうか。
かなり以前のことだが、ある移住情報誌の記者から甲府の子育てについて取材を受けたことがある。「子育て中のお母さん一人ひとりにかかりつけ保健師をつけるマイ保健師制度や、子ども相談センター、幼児教育センターなどを整備して、子育てに不安を抱えるお母さんをバックアップしています。子育て支援のスマホアプリもあります。保育園、認定こども園、そして放課後児童クラブの待機児童ゼロです。入学準備金の融資制度、県外の大学、専門学校へ通う子どもの通学遠距離定期券補助制度も整えています。首都圏に下宿するより、甲府から通学する方が年100万円近いお金が節約できるのですよ」と揚々説明した。すると「あー、それだと気を引けません。移住したら、〇〇円くれるとか、家賃タダとかないですか?」と一蹴された。
その情報誌に後日掲載された「子育てに強い自治体ランキング」は、お得感満載な金額カタログのようだった。
「モテるって、こういうこと?」。読者受けはいざ知らず、記者受けはしなかったから、モテないのか。「モテるって、難しい」とつくづく感じた。
自治体で移住に携わっている職員は、相談をしてくれた移住者が生き生きと生活している様子を見てうれしくなり、頑張っている姿をみて応援する気持ちになり、何よりも「ありがとう、移住してよかった」という言葉を聞くと喜びを感じるはずだ。
全国どこの地域も魅力的で、素晴らしい人々がいて、幸せがある。地域はそこに住む人の妥協と納得と満足の上で成り立っている。なのに「移住」という冠がつくと、途端にその魅力的な地域や、幸福な暮らしがおかしな評価基準でランク付けされ、競争のような感覚に陥っている。そして評価にげんなりして消耗している自治体職員もいると思う。
2.便利な言葉「ちょうどいい」
「移住相談って何やっているの?」と疑問を持つ人はいるだろう。住む場所を提供できる不動産業者でも、仕事のマッチングをお手伝いできる就職斡旋業でもない。私の場合はほぼカウンセラーと雑談係というところか。甲府の情報伝達係と言ってもいい。生活情報をセミナー形式や、個別対面、メール、電話、webで伝える。文字で読んでもらえるよう、それをパンフレットにし、ホームページ、Facebookに載せている。
パンフレットに始まって、チラシも作成する。その中で甲府を文章で紹介する。写真でも見せなくてはならない。甲府の目玉は、観光であれば御嶽昇仙峡や武田神社、善光寺、ワイナリーなどいくつも思いつくが、移住目線で紹介するにはどう表現すればよいのか、移住相談員になったばかりの頃は悩んだ。
他県、他市町村の移住PRを参考にするために、端からパンフレットを手に取ってみた。過疎化が進んでいる山村を除き、どの地域も「子育てに強く」「起業、まちづくり等新しいチャレンジができて」「地元の人と交流が盛んで」「伝統ある芸能に携わることができる」などを前面に出し、それを組み合わせてPRしている。あとは補助金、助成金の金額や自然環境に触れている。
あるセミナー会場で甲府の説明をしていた時、ふと会場に貼ってあった他県の移住PRポスターが目に留まった。「ちょうどいい〇〇県」「ちょうどいい暮らし〇〇県」と、まったく違う県なのに、同じような言葉が躍るポスターが並べて貼られていた。「甲府もちょうどいいまちです!」と喉まで出かかっていたが、言葉にはしなかった。
「便利」という単語も同じくらい人気だ。「そこを便利というのか?」と突っ込みたくなるようなことを高らかに謳う市町村も少なくない。大都市に住んで社会生活の便利な点をたくさん享受している人たちに向けて、県庁所在地である甲府でさえ安易に使えない言葉だと考えているのに。とは言え、便利の尺度も、ちょうどいい温度も人によって全く違うのだから、そう表現するのも仕方ないかもしれない。その言葉に頼るのは「ちょうどよく」「便利」であるから。
3.SNSで情報発信
移住したらどんな景色を見ながら生活できるのか、想像してもらいたくて2016年にKOFU500(甲府の写真)というアカウント名でInstagram(インスタグラム)を始めた。自分の視点を大切にしたいと思い、公式インスタグラムではなく個人で運営している。
何げない日常の写真を何年も投稿してみて、甲府は彩り豊かな場所とつくづく思う。盆地の底にあたる標高250㍍から金峰山山頂の2599㍍までの標高差がバラエティー豊かな生活環境をつくりだし、北は黒平から南の上九一色までの細長い市域に、商業地、工業地、住宅地、農地、山地があり、それぞれの場所での人の営み、息遣いが違う。撮影した住民の姿や、まちなみ、草花、山々、空などを撮影した投稿写真は色を添えた暦のように見える。
KOFU500の一年は初日の出の投稿から始まる。
元旦は舞鶴城公園天守台にぜひ行ってほしい。大学生らしい若者がたくさんいて、初日の出の写真を数多く撮っている。甲府駅前に何十年も住んでいるのに、普段の生活の延長線上にある舞鶴城が初日の出スポットということをインスタグラムを始めるまで知らなかった。
日の出の数分前には、赤く燃えるように染まる富士山や南アルプスの山々を見ることができる。これぞ甲府モルゲンロート(朝焼け)だ。甲府駅前で日本を代表する山の朝焼けを堪能して一年を始めることができるのは山の都甲府の価値の一つと思う。
甲府駅のすぐそばに愛宕山もあるし、白山、要害山も近く、都会の人にとってみれば山裾のまちだ。早朝の甲府駅には南アルプス広河原へ向かうバスを待つ人が列をなしているし、南アルプス登山の玄関口でもある。日常生活の延長線上に山の楽しみを加えられるのが甲府の魅力であるとPRしている。この価値は大都市圏では得難い。事実、山登りをきっかけに移住した人もいて、我々にとってそこにあって当たり前の山々が大きな魅力として心をつかむ。
キャッチアップするのが大変なくらいに、「二地域居住」「交流人口」「関係人口」と地方創生に関する言葉がたくさん出てくる。それぞれのカテゴリーの下に次から次へと新しいライフスタイルが提案され、雑誌やWebに取り上げられている。
最近のトレンドスタイルの一つが働き方改革の一環として出てきた「ワーケーション」。行きたい場所で観光のような、ついでに地域のことも少し携わりながら仕事をするというすてきな生活を送りたいという思いを持っている大都市圏に住む人たち向けのメニューだ。
新型コロナウイルス感染症の拡大予防という観点からいくと、地方と首都圏との交流促進は時期尚早との考えもあるが、コロナ禍でがぜんクローズアップされている。
過剰な人材が集中し、コスト高になっていることが社会問題となっている首都圏に住む方の、物足りない何かを補うための補完メニューを地方が一生懸命揃えて、場所もチャンスも提供している。
4.相談は「小さな宝物探し」
「コロナ禍になって、甲府に移住してきた人が増えたでしょう」とよく聞かれる。「コロナ禍の今は、地方のチャンス」と言う人もいる。コロナ禍における移住相談は二つのパターンに分かれている。罹患者(りかんしゃ)が多い首都圏から避難するディザスター(災害)回避的移住と地方という新たな魅力を知ってもらうことによる舞台転換型の移住だ。
友人が勤める首都圏の会社は緊急事態宣言を受けてリモートワークになり、月数百万円の家賃を払っていたオフィスを契約解除したという。Webライターという職業なので、Zoom(ズーム)を使って取材し、写真も相手から提供を受けているので移住をしても支障はないと言っていた。同様な移住相談はいくつかあり、首都圏の緊急事態宣言発令中に甲府まで移住相談にやってくる人もいた。
最近はコロナ禍を背景に、国内外で中古車市場が活況になってきているそうだ。緊急事態宣言解除後の販売台数は例年の2~3割増しになった。車生活がメインのアメリカ合衆国の中でも、地下鉄、バス等公共交通が発達していて利便性が売りだったニューヨークで起こっている現象だそうだ。
コロナ禍で公共交通機関を使うことが難しく、さらにはどこでも仕事が可能となれば、自動車社会主流の地方の暮らしにはアドバンテージがある。プライベート空間が保てる自動車移動、大都市圏より駐車場代が安く、スペースも大きく、日常を支えるスーパーなどの商業施設にも無料駐車場がほぼ完備されている。これまで自動車を持っていない移住希望者は公共交通機関がしっかりしているところへの移住を目指していたが、首都圏の公共交通の利用に支障が出て自動車保有が当たり前となったら、ここ山梨は最高な場所の一つだ。特に甲府は八ヶ岳山麓へも、富士山麓へも1時間以内。さらに都会へも海へもどこも等距離で行ける。仕事は甲府で、余暇はあちこちへ行き楽しむこともできる。
「坪売上が想像以上に悪い。東京でなければならない理由がない」
都内で飲食店の開業を目指して準備を進めてきたご夫妻からWeb移住相談を受けた。しっかりと国内外で経験を積んでいたご夫妻の夢実現の直前、コロナ禍になった。東京で開業することがどこまで意味のあることか、その答えは一瞬で分からなくなり、人が多いこと自体が逆に脅威になっているという。
夢だったお店を開業したとしても、キープディスタンスで、お客さま同士の距離を保つ必要があるから、店の収容人数は極端に少なくなる。利益を得るためにはそれなりの面積が必要で、広い店にすれば、それだけ家賃がかかる。結果、坪売上が極端に低くなる。
この甲府だって、首都圏と同じように経済の見通しがつかない状況かもしれない。飲食業も同じように新規開店を目指したら難しいかもしれない。でも、ここで夢をあきらめてほしくないのだ。甲府だったらどういうことができるだろうと思いを巡らす。
甲府はそれなりの人口があって、外食文化もある。
いっそのこと、フルオープンの店にしては? 移動形式にしてはどうだろう? 農家さんの畑に出向いてそこで作ったら? 何なら甲府は市民農園が山梨で一番多い場所だから、提供する野菜を作ってみたらどうだろうか?
「移住して何ができるか」を探る移住相談は、甲府の小さな宝物探しのようだ。それぞれのケースに合わせて小さな糸口を探る。たくさんの糸をたどってどこかの入り口に着いたらいい。それぞれの糸が束になる場所がここ甲府だった時、人生の舞台が甲府に変わる。
飲食店の開店を目指すご夫婦は甲府に移住した。中道地区の農家さん、新規就農者の集まりにも顔を出して準備を進めている。都内での開店準備の方向を甲府仕様に変えている真っ最中であり、コロナ禍であっても夢実現への歩みを止めていない。
5.新しい文化と生活様式
移住することは非常にパーソナルなことだ。夢をかなえることも、移住希望者とその家族の身の回りに起きている諸般の事情も個人の努力で解決しなければならない。人生をどう送るか、生活をどう変えるのか、変えないのか。人生を送る場所はどこなのかを必死に考えている。移住先で新しい人間関係を築いていくのは容易ではなく、相当な社交スキルが試される。
新しい文化と生活様式を受け入れることに戸惑いを持つ人もいるだろう。収入も変わり成功は保証されない。それでもチャレンジしようとする。移住希望者は不安を抱えながら何かしらの糸口を探しにセミナーやフェアに参加し、情報をかき集めて移住地を探す。
そんな移住希望者に安易に「ちょうどいいですよ」と言ってしまうのは、失礼に当たる。「便利ですよ」「大丈夫ですよ」とは軽々しく言えない。夢をかなえる最適な場所がいくつかあるはずだ。そのたどり着いた場所が甲府だったらいい、と思っている。
そんな思いを乗り越えて、補助金もないのに甲府というまちを選んで移住してきてくれた人が市役所にたびたび足を運んでくれる。「甲府で恋人ができた」「結婚できた」「子どもが生まれた」ことを報告してくれる人もいる。困り事のアフターフォローだけではなくて、喜びの共有もするお付き合いになっている。
6.過熱する“争奪戦”
6年前、初めて移住フェアに参加した時、他県他市町村のブースに圧倒された。目立つ設えにして、「どうぞ、どうぞ」と説明の席に座らせる。ノベルティも配る。物産展さながらの様相だった。他所をまねて、どの自治体ブースも年々どんどん派手になっていく。回りの市町村が法被やユニホームを揃えて、旗を掲げているのを見ると焦りもするが、甲府は逆に手づくり感満載なブースにしている。そのおかげでむしろ目立っている気さえする。
後で報道で知ったことだが、ある移住相談会の来場者の一部はサクラだったそうだ。移住を希望しているふりをして3カ所の自治体ブースで話を聞いたら報酬を得る。委託業者は来場を促す宣伝費をサクラの人件費に充てる。その方が確実に人を会場に送りこむことができるからだ。こうしたことは移住フェアや地方で開催されている移住ツアー、ワーケーションのイベントでもあったそうだ。
報道には「数字は喉から手が出るほど欲しい」「首長や議会などに来場者数を報告しなくてはならないので体裁を整えなくてはならない」という自治体職員の匿名コメントも載っていた。現在は人数が評価基準なのだから数を稼ぐことが目的となっているところも正直あると思う。このサクラの人件費の原資が税金でなければいいと願うが、そうはいかない。参加する職員の給料、会場までの交通費、配布するパンフレット作製、上映するPR動画制作も税金から支払われている。
これだけでなく、移住にまつわる営業活動に違和感を覚える時がある。
「潜在移住希望者何人にリーチできますから広告出しませんか?」「イベントやりませんか?」という営業を受けることが少なくない。いつも予算がないことを伝えて断るのだが、在京の営業担当者はあきらめず「国から交付金を取って、○○という名目でこれにあててください。申請期限は来週なので早く!」と“助言”までしてくれた。尊い志をもって移住事業に取り組んでいる営業担当者が大半なのだが、移住は自分たちの収益を上げる手段としか考えていないのではないかと思われる一部営業担当者の存在も事実で、何か違うと感じる。
7.地方創生の「移住」の本質
自治体は安心して子どもたちを歩かせることができる道路を整え、体を支える水を提供し、このまちに住む人々が安全に暮らせるために必要なものを揃え、維持する責務がある。その運営のために必要な税収が枯渇してはならない。仮に、それがなくなったらどうなるのか想像してほしい。
炭鉱業の衰退による人口流出を起因として北海道の夕張市は財政破綻した。人口が最盛期だった頃、市内に22校あった小学校は破綻後1校になり、図書館、美術館は閉鎖。市民税、軽自動車税は1.5倍、水道料金は1.7倍に引き上げられた。もちろん職員、議員数は大幅に削減、給料も減額。住民サービスは徹底的に切り下げられた。こうしたことは全国どこのまちにも今後起こらないとは言い切れない。
日本の総人口は毎年20万~30万人以上減っている。甲府市と甲斐市を合わせた同等の規模が消滅していると思えば人口減少の数字をリアルに感じるだろうか。これまで移住に係ることはどこかお祭り騒ぎだった。やれ移住動画の再生回数がすごいだの、人気ランキングが上がった、下がったと一喜一憂するなど、本質とはかけ離れたところが話題にされてきたのではないだろうか。
まちの賑わいが必要なのも、文化を継承し、産業を維持していくことも、めぐりめぐって、われわれが享受できる社会生活や当たり前の権利の確保につながっていくからだ。地方が都会に住む人の補完メニューを揃えるのも、結局は地域を維持するという最重要課題を抱えている地方にとって、地域を都会に住む人にPRできて、将来的な移住希望者の獲得にもつながるかもしれないという見込みがあっての填補(てんぽ)なのだ。
甲府は魅力的で、素晴らしい人々がいて、幸せがある。甲府に住む人の妥協と納得と満足の上で成り立っている。私が住むまち、甲府の未来がずっとそうあってほしい。
移住者の幸せと、甲府のまちの幸せのためにも、いま一度、甲府市民にも地方創生の移住というものがどういう本質を持っているのか知ってほしいと願っている。
参考:
東京新聞2020年9月25日:昨年度の移住相談会 動員問題 県、現金支給認める
東京新聞2019年12月16日:「いい話」裏にサクラ 移住相談会 外注企業動員
中日新聞2020年2月16日:県・浜松市主催でも動員 移住相談会 小山町ツアーは8割強
AFP2020年10月12日:米ニューヨーク市で新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)を受けて、公共交通機関の利用を避け、車を買う人が増えている
産経新聞2020年10月10日:霞が関もリサーチ コロナで中古車販売好調の裏側
夕張商工会議所HP:財政破綻と再生
統計局HP:人口推計