Vol.267-2 し尿等の処理における下水道施設の活用について
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 河野 彰夫
1.はじめに
人が生活していく上で、ごみや生活排水は必ず発生し、その処理は生活の質を維持・向上させ、さらに環境を守っていくためには、必要不可欠なものとなる。
日本の近世においては、し尿は肥料として利用する循環型の社会が構築されていたが、近代に入り社会構造の変化等により徐々に利用されなくなった。現在では市街地は下水道が張り巡らされ、下水道が未整備の郊外においても浄化槽が多く設置されるようになり、汲み取り方式による処理については減少し続けている。下水道整備区域外のし尿は、自治体単独や複数の自治体が設置するし尿処理場で浄化され、水質基準を満たした排水が河川などに放流されてきた。
しかしながら、家庭の台所などから出る生活雑排水とし尿を合わせて処理する合併浄化槽の普及により、そこから発生する油分などを含んだ汚泥の浄化処理を行うことによるし尿処理施設への負荷の増加や運用開始からの年数経過に伴う施設の更新費用が問題としてあがっている。
こうした問題解決への取り組みの一つとして、し尿や浄化槽からの汚泥(以下「し尿等」という。)の処理に下水道施設の活用が進んでいる。本稿では、下水道施設の活用について特に流域下水道施設の活用推進について考察していく。
2.し尿等処理の状況
一般廃棄物処理事業実態調査の結果(環境省 平成30年度)によると、全国の汲み取りし尿及び浄化槽汚泥の処理量は合計で2,036万kℓ(29年度2,054万kℓ)となっている。うち、し尿処理施設で処理された量は、1,895万kℓ、下水道投入によって処理された量は、122万kℓとなっている。
(図表1)

し尿等の処理の基本的な流れとしては、各家庭等で排出されたし尿等を収集運搬車で回収し、市町村や行政組合が設置・管理しているし尿処理施設へ運搬し、運び込まれたし尿等は、施設内で処理され無害化されたのちに公共用水域へ放流されている。また、汚泥は再資源化あるいは焼却処分されている。
(図表2)

3.山梨県のし尿処理施設の現状
山梨県内には、14カ所のし尿処理施設が設置されており、その多くが昭和から平成の前半に運転を開始した施設となっている。各処理施設に搬入されたし尿等は、河川等の公共用水域へ排水できる基準を満たすように施設内で処理を行っている。
(図表3)

し尿処理施設は、放流水質基準の強化、搬入物の量及び性状の大きな変化等への対応と設備装置の経年劣化を理由に、竣工から20~30年程度で施設全体の更新が行われるケースが多くなっている。山梨県のし尿処理施設は、運転開始から20年未満の施設数は2カ所、20年以上30年未満の施設数は4カ所、30年以上40年未満の施設数は4カ所、40年以上の施設数は4カ所で、更新時期とされる30年を上回る施設が全体の半数以上を占めている。このことから、今後施設の更新にかかる費用が発生することが懸念されている。
一方、し尿処理量は減少傾向にあり、近年は年間14万kℓ前後で推移している。今後も公共下水道の普及や公共下水道区域外である山間部等の人口減少が進むことを考えると減少傾向が続くと考えられる。
(図表5)
4.し尿処理施設の課題
以上から、今後、し尿処理施設を維持管理していく上での課題として、以下のことが想定される。
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- 運用開始からの経年年数に応じた施設の長寿命化・更新費の増大
- 人口減少により搬入量が低下することにともなう施設の稼働率、運営効率の悪化、使用料収入の減少による経営の悪化
- 施設を運営するための担当職員の削減による運営及び大規模災害、その他事故等発生時の危機管理体制の脆弱化
- 合併浄化槽汚泥への対応
これらの課題に対する取り組みとしては、単独の自治体での対応は財政上厳しいことから複数の自治体による広域化が有効な手段となる。
広域化においては、複数の自治体が共同でし尿処理施設を建設し運営していく方法もあるが、ここでは、流域下水道の有効的な活用を踏まえて流域下水道にし尿等を投入し、最終処理を流域下水道の処理施設で行うことについてまとめていく。
5.山梨県内の流域下水道事業の現状
山梨県内においては、各市町村が設置する単独公共下水道と山梨県といくつかの市町村が共同で運営にあたる以下の四つの流域下水道事業が運営されている。
- 富士吉田市、忍野村、山中湖村、富士河口湖町で構成する富士北麓流域下水道事業
- 甲府市、山梨市、笛吹市、甲州市で構成する峡東流域下水道事業
- 韮崎市、南アルプス市、甲斐市、中央市、市川三郷町、富士川町、昭和町で構成する釜無川流域下水道事業
- 富士吉田市、都留市、大月市、上野原市、西桂町で構成する桂川流域下水道事業
また、各流域下水道事業は、構成する市町村が排出する汚水の流入量等により分担する負担金等により運営されている。各処理場への流入下水量は、構成する市町村の下水道工事の進捗による下水道使用可能区域の増加や公共下水道接続の普及啓発により微増傾向にある。大雨の際に一時的に増加する不明水量など考慮する必要があるものの、今後の人口減少による影響などから処理水量は、大きく増加する可能性は低いと推測される。
このことから、余裕のある処理能力を有効に活用して新たに収入を確保し、維持管理費における固定費等に充てていくことが、流域下水道の持続的な運営に有効だと考えられる。
し尿処理施設については、老朽化等により更新時期を迎えている施設が多く、どのような方法で今後の施設整備を行うか検討していく必要があるが、流域下水道施設を有効に活用し、し尿等を投入して処理することにより、施設整備費用や効率的な施設運営による維持管理費等の削減が期待できる。
(図表6)

(図表7)山梨県における下水道事業実施市町村図(令和2年3月)

6.し尿等の流域下水道への投入
下水道整備区域外の家庭等から収集されたし尿等は、図表8のように市町村や行政組合ごとに管理しているし尿処理場で処理され公共用水域へ放流されている。これを下水道へ投入していくには、下水道の排除基準を満たすための処理をする施設(以下「し尿等投入施設」という。)が必要となってくる。
(図表8)【生活排水処理イメージ】
(図表9)【流域下水道を活用した生活排水処理イメージ】
図表9においては、既存のし尿処理施設をし尿等投入施設へ改修するA市の方法と個別に運用していたし尿処理施設を廃止し、共同でし尿等投入施設を設置していくB市とC町の方法を示している。いずれの市町においても投入されたし尿等は、下水道排除基準を満たすよう希釈等の処理をした後、下水道管へ排出して最終的な浄化処理を流域下水道終末処理場が行うことなる。このため、設置する施設は、従来のし尿処理施設と比較すると処理の工程数が削減されることから施設整備費の削減や維持管理費の低減が期待できる。また、B市とC町が個別に運用していたし尿処理施設を廃止したことにより施設の集約を図るものとなる。
整備費用削減等が期待できる流域下水道へのし尿等の投入を検討していく際には、将来人口を基にして、投入予定のし尿等の量を推計し、施設規模や整備運営にかかわる費用の検討をしていく必要がある。また、流域下水道処理施設を管理運営している管理者と各流域下水道を構成している市町村との協議を行い、投入に関する合意形成を図ると共に住民説明を丁寧に行っていくことが重要となる。
さらに、新設や共同化・広域化により施設が移動した際、収集から施設までの搬送距離が長くなる場合は、し尿等を搬入する事業者に対しての説明も重要になる。
次にし尿等の下水道への投入においては、以下のような排除基準を満たす必要があるため、水による希釈や前処理等の方法について検討してくことが求められる。
(図表10)
し尿等については、収集したものをそのまま下水道に投入することは、下水道排除基準を満たすことができず不可能であるため、し尿等投入施設において下水道へ流し込む排除基準を満たす状態の水質まで処理する設備や水による希釈が必要となってくる。
処理等の方法については、搬入されたし尿等から布・紙・ビニール等(し渣)を取り除く処理のみ行い、基準を満たすように希釈して下水道へ放流する方式と処理後に脱水処理等を行う方式の2通りが多く検討されている。
前者は、設備・機器数が少なく維持管理性に優れているが、生物化学的酸素要求量(BOD)、浮遊物質量(SS)、ノルマルヘキサン抽出物質(動植物油脂類)の除去はせず、希釈のみを行い下水道排除基準以内とするため、希釈倍率が最大で40~50倍前後になることが想定され、希釈水の確保が必要となるほか、下水道管渠、ポンプ施設、処理施設への負荷や投入により生じる下水道使用料の増大が考えられる。
後者については、脱水処理等が入るため設備・機器数の増加、脱水後の発生汚泥の処理が必要となるが、希釈倍率を大幅に抑えられる可能性があり、前者の課題部分の多くを解決できる。
いずれの方式を選択するかは、現在稼働しているし尿処理施設において投入されている、し尿等の水質検査を実施して現況のし尿等の性状を把握するとともに、投入先の下水道管渠の流下可能な水量、流域下水道処理施設までにポンプ設備がある場合はその揚水量など受け入れ施設の容量や設備設置と維持管理にかかる費用を勘案する必要がある。
また、ひっ迫する自治体の財政状況を勘案し近年項目が拡充された下水道広域化推進総合事業を始めとした活用が可能な国からの交付金についての検討を併せて行うことも必要である。
7.し尿等投入施設の法的位置づけ
し尿処理施設は、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」では一般廃棄物処理施設、「水質汚濁防止法」においては特定施設、「都市計画法」においては汚物処理場にあたるとされているが、し尿等投入施設の法的な位置付けは、前処理等の方式により各都道府県により扱いが異なることも想定されるため、事前の確認が必要となる。
8.し尿等の下水道投入における災害時の連携
地震等による大規模災害時は、下水道終末処理場、中継ポンプ場、マンホール及び管渠等が被災する可能性があり、下水道が一定期間利用できなくなることが想定される。この場合、し尿等投入施設においては、搬入されたし尿等を下水道に投入できなくなるため、し尿等の受け入れを制限することも視野に入れた事業継続計画を策定しておく必要がある。そのため、市町村の下水道、流域下水道の災害時における連携を密にしておくことが重要となる。
9.おわりに
地方に活気があり、成長していた時代に建設された各種の生活インフラの維持・更新や長寿命化は、現代の自治体運営においては、財政面や人の確保などで大きな課題となっている。下水道の普及と人口減少によりその役割が縮小傾向にある、し尿処理施設においても下水道整備区域以外に住民が居住している限りその役割がなくなることがないため、その維持について検討していく必要がある。
流域下水道へのし尿等の投入は、生活排水の広域化・共同化に向けた取り組みとして、今後想定される人口減少に伴う施設稼働効率等の悪化や処理施設の老朽化を課題として抱える自治体には、有効な処理方式であり、山梨県内でも実現に向けて取り組んでいる自治体もあるようである。また、広域化・共同化にあたっては、各市町村からの広域化に関する協議において、流域下水道を管轄する県が各市町村間の調整等に関わることにより、より円滑な事業の推進が期待できると考えられる。
我々が住み慣れた地域で、快適に暮らしていくためには、必ずし尿等を始めとした多くの廃棄物を排出する。これを適切に処理し、時代に合わせた形で環境の中において循環させていくことが、持続可能な社会を形成していくうえで取り組むべき課題となる。
【参考・引用資料等】
- 「一般廃棄物の排出及び処理状況等(平成30年度)について」(環境省)
- 「日本におけるし尿処理・分散型生活排水処理システム」(環境省)
- 「やまなしの環境2019(令和元年度版)」(山梨県)
- 「山梨県の下水道」(山梨県県土整備部 都市計画課 下水道室)
- 「廃棄物処理施設長寿命化総合計画作成の手引き(し尿処理施設・汚泥再生処理センター編)」(環境省大臣官房 廃棄物・リサイクル対策部 廃棄物対策課 平成27年3月改訂)
- 「伊豆の国市し尿処理施設整備基本構想」(伊豆の国市 平成27年3月)
- 「下水道事業の広域化・共同化について」(国土交通省 水管理・国土保全局下水道部 平成27年3月)