信州で甲州ワイン


毎日新聞No.578 【令和2年11月29日発行】

 11月初め、家族で信州旅行に出掛けた。実りの季節を迎えて、栗やリンゴ、山菜、キノコなどたくさんの山の幸を堪能したが、ちょっとうれしく感じたことを書かせていただく。

 夜の食事の時である。来春に就職を控える娘のお祝いを兼ねた旅行であったことから、テーブルマナーを知ってもらうことも期待し、ちょっと無理をしてホテルのコース料理を頂くことにした。ワインも添えて。
 「今日の料理に合う地元のワインを一本だけ頼むとしたらどれがいいですか」、と若き男性の担当者に尋ねたところ、「竜眼というワインがよく注文されます」と勧めてくれた。しかし、興味があるものがいくつかあり迷っていると、「地元のワインではないのですが、実はお勧めしたい日本ワインがあります。リストに一つだけ載せてある他県のワインなのですが、もし国内産のワインを飲まれるのであれば、これをお勧めします。私、山梨出身ですが、是非山梨のこのワインを試してみてください。少し高いですが、とてもおいしいです」と言うではないか。
 私は山梨から来たので、せっかくだから地元である信州のワインを飲もうと思ってどのワインがいいが尋ねたのだ、と話すと、若き担当者はとても驚き、「山梨から来たお客様を担当したのは初めてです」、と言い、それではと、信州のワインを用意してくれた。

 若者は、ここに来てまだ、二週間足らずだと言う。全国各地を歩き回って修行を積んでいるそうで、どこへ行っても山梨のワインを勧めているようだった。自分はといえば、その土地の味を楽しみたいと思ったのだが、この若者の、山梨の味を愛し、どこにいても周りの人にその良さを広げようとする姿勢に感動するとともに、ちょっぴり反省した。こんな、さりげない、でも、正直さ、一生懸命さが滲み出る行動が、山梨のファン、甲州ワインのファンを着実に増やすのではないか、そんな思いをした。
 オーダーを間違えたりして、まだ仕事がおぼつかない面も見られたが、「頑張ってほしい」とエールを送りたくなる出来事であった。

(山梨総合研究所 専務理事 村田 俊也