Vol.271-1 山梨発! 地域活性化につながる発酵食品の数々
山梨大学 ワイン科学研究センター
生命環境学部地域食物科学科 教授・学長補佐 柳田 藤寿
筆者は、山梨県内各地の湖や川や水、雪などから有用な発酵微生物(酵母や乳酸菌など)を分離し、ワインや飲料をはじめ、新たな発酵食品開発を行っています。いずれも、高品質かつ独自性のある新たな地域ブランド食品です。発酵食品の基礎的な話から、開発予定も含め、地域活性化につながる発酵食品を紹介します。
1.発酵とは何か
発酵とは、酵母やカビ(麹菌)、細菌(乳酸菌、酢酸菌、納豆菌)などの微生物がエネルギーを得るために有機化合物を分解して、アルコール類・有機酸類・二酸化炭素などを生成していく過程であります。それを利用して、お酒(日本酒、ビール、ワイン、焼酎、ウイスキー)、ヨーグルト・チーズ・パン、味噌・醤油・魚醤・酢・みりん・納豆・漬物(ぬか漬け、麹漬け)・塩辛(いかの塩辛、このわた)などの発酵食品製造などに、古来から利用されてきました。
また腐敗は、発酵と同じ原理で起こりますが、人間にとって有益であれば「発酵」、人間にとって有害であれば「腐敗」になります。
2.主な発酵食品の種類
前述のように日本には、さまざまな発酵食品があります。
まず、お酒(日本酒)があります。米と水を原料とし、麹菌を加え、米を糖化して、できたブドウ糖を清酒酵母が発酵してアルコールができます。これを濾(こ)したものが日本酒です。
また、調味料として有名なのが、味噌と醤油です。味噌は、大豆に麹や塩を混ぜ合わせて発酵させ、大豆のたんぱく質をアミノ酸に分解し、旨みが増えた調味料です。また、醤油は、大豆と小麦に麹を混ぜ、発酵させます。麹菌や酵母菌や乳酸菌の発酵により、香りと旨みが増す調味料です。
3.発酵食品の持つ三つの力
1)食べ物がおいしくなる
微生物の力によって、食材の澱粉や糖、タンパク質を分解発酵させて独自の旨味成分や風味をつくりあげます。また、微生物そのものの旨味もあります。これらがミックスされて独特のおいしさがあります。
2)栄養価が高くて体にいい
薬がなかった時代には、発酵食品が体力をつけるために重宝されていたといわれています。いわゆる昔の人の健康食品だったのかもしれません。
発酵過程での酵素の働きにより、さまざまな栄養成分が生み出され、栄養価の高い食品に生まれ変わるからです。
3)食材の保存性が向上する
冷蔵庫や冷凍庫などがなかった時代には、食材を乾燥させたり塩蔵させたりして保存してきました。人間に有益な微生物がある一定以上に繁殖し、人間に有害となる腐敗菌を抑えて保存性を向上させる力を持っています。
4.発酵食品の効能
ヨーグルトや乳酸発酵飲料などは、整腸作用や骨粗しょう症の予防に効果があると言われています。納豆に含まれるビタミンK2は、骨粗しょう症の予防に効果があると言われ、また、血液をさらさらにする作用もあると言われています。
ワイン、特に赤ワインは、高い抗酸化作用があり、また、動脈硬化予防作用があると言われています。これ以外の発酵食品にも多くの効能があり、生活習慣病の予防や健康維持に関与していると言われています。
5.発酵食品のまとめ
長寿国の日本は、外国に比べて、日本特有の食材が多くなっています。日本食は、動物性の脂肪が少なく、穀物や魚、野菜が多いのが特徴です。「保存ができて、おいしい」という先人たちが生み出した発酵食品は、酵素や乳酸菌の働きを知って生み出された知恵の結晶とも言えます。このいろいろな発酵食品を開発した日本人は、世界的にみても素晴らしい国民だと思います。この日本独特の伝統文化を大切にして日本の発酵食品を味わうのもいかがでしょうか?
6.地域活性化につながる発酵食品について
〈開府500年スパークリングワイン(甲府市)〉
2019年は、武田信玄の父信虎が甲府に住んで500年の記念の年です。そこで、武田氏館跡にある武田神社のお堀の水などから発酵性酵母を403株分離し、その中から優良な酵母を探索し、選抜した発酵性酵母(AU14-22株)を用いて、甲州ブドウを使用した白の「甲府スパークリングワイン2019」を開発し、サドヤワイナリーから発売しました。
また、甲府ワインポート(株)では、武田神社のお堀の水から分離した発酵性酵母(16TJAU-29-42株)を用いて、「甲府スパークリングワイン マスカット・ベーリーA、ベリーアリカント2018」を発売しました。このスパークリングワインは5000本発売しましたが、瞬く間に完売しました。2021年は、武田信玄公生誕500年です。エチケットラベルを一新して2月1日に発売いたしました。
〈赤池幻酵母ワイン(富士河口湖町 赤池)〉
赤池は、富士五湖の一つ、精進湖の近くにある湖で、6~9年に一度、降雨量の多い時に現れる「幻の湖」で富士六湖とも呼ばれ、2011年9月に7年ぶりに出現しました。赤池の湖水から発酵性のSaccharomyces 属酵母の分離を試みました。赤池より採取した湖水18ℓをメンブランフィルターでろ過し、嫌気的に発酵性酵母の分離を行いました。その結果、酵母11株を分離し、これらの株を用いてワインの試験醸造を行った結果、YAK-1104, YAK-1107, YAK-1110株は、いずれもS. cerevisiaeと同定されました。また、小規模試験醸造において、旺盛な発酵を示し官能検査においても良好な酒質であることが認められました。これらの結果から、2014年に白百合醸造(株)において、甲州ブドウを用いた白ワイン「赤池幻酵母ワイン2013」を限定1000本発売し、瞬く間に売り切れとなりました。2015年は、白ワイン3000本、マスカット・ベーリーAを用いた赤ワインを2000本発売し、完売しました。2016年は、白ワイン1000本、樽熟成赤ワイン1000本を6月10日より発売しました。また、マツムラ酒販より、2015年にアルプスワイン(株)で醸造された「富士山 赤池幻酵母ブラン2014」と「富士山 赤池幻酵母ルージュ2014」をそれぞれ3000本発売し、完売しました。2016年も発売しました。
2020年7月に9年ぶりに「幻の湖」赤池が出現しました。今回は、新たな乳酸菌の探索のためにサンプリングを行い、現在研究中であります。新たな乳酸菌飲料を開発したいと考えています。
〈湧水育ちの乳酸菌で作ったとうもろこしドリンク(発酵飲料)(忍野村)〉
日中と夜間の寒暖差で甘く仕上がる忍野村産トウモロコシを村内の忍野八海の豊富な湧水から分離した植物性乳酸菌で発酵させた、新感覚のドリンクです。
忍野八海の湧水から122株の乳酸菌を分離し、優良乳酸菌の選抜を行い4株の乳酸菌が飲料開発に利用可能でした。その中の185k13-4株(Lactobacillus plantarum)を選抜しトウモロコシ乳酸菌飲料の試作品を作成し、2019年の東京のイベントで配布し、好評を得ました。そこで、2020年に新たにトウモロコシ乳酸菌飲料を開発し、発売しました。
さらに忍野村のブランド特産品の開発のために、パン製造に取り組みました。忍野八海の水から分離した発酵性酵母603株のうち十数株がパン製造に利用可能であることが分かったため、パン製造に有用な浸透圧ストレス耐性の185DG24-2株を選抜しました。2020年に忍野村のパン店で試作品を作り、商品化を目指しています。
〈乳酸菌発酵ワインパミス飲料(都留市)〉
ワイン搾汁工程のパミス(ワインの発酵搾りかす)から生まれた「ワインフード(食べるワイン)」を植物性乳酸菌で発酵させたポリフェノールたっぷりの新感覚ドリンクです(アルコールは含まれていません)。
中村商事(株)が開発したワインパミスに当研究室保存の優良乳酸菌を加えて発酵させ、条件の検討を行いました。さらに酵素を加えて飲みやすくするための条件検討を行いました。その結果、ワインパミスの発酵飲料の試作に成功しました。
10%のワインパミスに優良乳酸菌およびプロテアーゼ酵素を加え発酵を行い、さらに砂糖を加えることにより、たいへん飲みやすいワインパミスの発酵飲料が出来上がり、2020年秋に発売しました。
〈桃・トマト・大塚にんじん乳酸発酵ドリンク(市川三郷町)〉
全て山梨県産の桃、トマト、にんじんを植物性乳酸菌で発酵したドリンクです。トマトは日照時間日本一の北杜市産、にんじんは1mの長さに成長する市川三郷町産の大塚にんじんを使用しています。
大塚にんじんは、昔から山梨県市川三郷町の大塚地区で生産されてきた根野菜で長さが1mにもなり、一般のにんじんと比較して、カロチン、カリウム、ビタミンC、食物繊維等の栄養価も豊富であります。このにんじんを、古くから醤油、味噌、漬物などの発酵食品に利用されてきた植物性乳酸菌を用いて発酵させました。
その結果、にんじんの旨みと乳酸菌による爽やかな酸味と甜菜糖の甘さとがマッチし、たいへん飲みやすい飲料に仕上がりました。
〈大豆で作った飲むヨーグルト(北杜市)〉
2010年4月に「大豆で作った飲むヨーグルト」を開発し、販売しました。「食品の展示会」に参加した時、北杜市の「白州屋まめ吉」(大豆飲料を扱う会社)のブースに連れていかれ、試飲したのが始まりでありました。この時の印象は、とにかく酸っぱくて飲めない飲料でした。これが共同研究のきっかけとなりました。
製品開発を行った結果、以下の四つが大きな開発ポイントとなっています。
飲料用大豆(青臭みが少ない)「すずさやか」を使用しました(ポイント1)。「南アルプス天然水」で知られるミネラルウォーター生産日本一の北杜市の「尾白川の水」で仕込みました(ポイント2)。大豆を生のまま微粉砕して、仕込水に溶かし込む「大豆丸ごと製法」技術を採用しています(ポイント3)。おからの成分である食物繊維が豊富に含まれます。厳選された乳酸菌と山梨大学で開発された「山梨ワイン酵母W-3」で時間をかけて発酵しています(ポイント4)。ワイン酵母を入れることにより、大豆臭を少なくすることができました。こうして大豆臭の少ない大豆で作った飲むヨーグルト飲料を「白州屋まめ吉」と開発しました。
また、2011年には桃果汁を、2013年にはブドウ果汁を加えて発酵させた「大豆で作った飲むヨーグルト」も開発販売しています。
2020年には、生菌タイプの大豆ヨーグルトを発売しました。
〈北岳の雪の酵母でワイン開発(南アルプス市)〉
南アルプス市の北岳の雪から発酵性酵母の分離を行い、分離されたWickerhamomyces anomaliusを用いて、ワイン酵母Saccharomyces cerevisiaeとの混合培養法による新たなワイン醸造法の検討を行いました。その結果、小スケールで良好なワインができることが分かりました。
今後は、検討した醸造条件に基づいて小規模醸造試験を行い、新たなワインの開発を行います。また、雪から分離した発酵性酵母の新たな利用(パン製造や化粧品製造)を検討する必要性も浮上しています。
〈御勅使川の酵母でワイン醸造(韮崎市)〉
サンフーズ(株)との共同研究で、2018年に韮崎市内の御勅使川より204株の酵母を分離しました。発酵能力試験、亜硫酸耐性試験、硫化水素生成試験などを行いました。その結果、有用株 3 株を選抜し、いずれもS. cerevisiae と同定しました。成分分析、官能評価からmdi2018-11-08-142株は有用であり、ワイン醸造の可能性が示唆されました。この結果は2020年の日本ブドウ・ワイン学会で発表しました。
〈山梨県内の甲州ブドウを用いた化粧品の研究〉
化粧品については、商社のミヤコ化学(株)(東京)との共同研究で、甲州ブドウを酵母で発酵させた発酵液に効果がありました。本発明は、ブドウ果実の酵母(Saccharomyces cerevisiae)発酵物を有効成分とする皮膚外用剤であって、本発明によれば、有効成分である酵母発酵物が奏する紫外線によりダメージを受けた表皮細胞の回復効果を有し、これにより、肌荒れ改善用、保湿用、抗老化用、または美白用として有用な皮膚外用剤を提供できるという研究結果です。
これに使用した酵母は、前述の赤池幻酵母ワインで使用した赤池幻酵母です。本発明の酵母発酵物は、一般的な発酵物よりすぐれた表皮細胞UVダメージ回復効果を有することも確認されています。2020年4月に特許出願しました。今後は、この原料を用いた商品の開発を化粧品会社に提案していく予定です。
〈種も皮も使った食べるぶどうジュース〉
2016年に、ブドウを実だけでなく種も皮もまるごと使った「食べるぶどうジュース」の飲料を山梨Made(株)と開発しました。一般的なぶどうジュースではとれないビタミンEやオレイン酸やリノール酸が含まれていて、総プロアントシアニジンやレスベラトロールも多く含まれています。2020年には、マスカット・ベーリーAで作った食べるぶどうジュースのプロアントシアニジンに高めの血圧を下げる作用がある、として機能性表示食品に認定されました。
〈世界で初めて海洋酵母を使ったワインの醸造〉
よいワインには発酵に優れた酵母が必要なのですが、一般的に酵母は、糖を発酵してアルコールに変える働きをする微生物で、多くは果実や樹液などの糖分の多い場所に付着して生息しています。ですからこの海洋酵母は、海水中に生存していたという今までにない変わり種。もともと三共(株)(現在第一三共(株))が医薬品の開発のために海洋環境から分離・培養に成功した酵母でした。そしてこの海洋環境から分離された酵母を使った研究を重ね、ついに商品化まで行われました。海洋酵母はパンの発酵や焼酎の醸造やお菓子の材料として利用されることも分かりましたが、ワインは世界初です。
この酵母と山梨県産の甲州種のブドウを組み合わせて試験醸造したところ、バラの花を想わせる香り(2−フェネチルアルコール)と、酸味(リンゴ酸やコハク酸)の多いバランスのとれた新しい味わいのワインとなりました。この株を用いて2000年にサッポロワイン(株)から「海の酵母ワイン」が発売され、話題を集めました。その後は、山梨大学ワイン「山梨甲州2011海洋酵母仕込み」として発売され、大変好評を得ており、2015年からは大和葡萄酒(株)から「碧(AO)甲州2014」として辛口の白ワインが発売されています。
7.結びに
発酵食品は、微生物などによってもともと偶然にできた産物と言われています。先人らのいろいろな工夫によって乳製品、酒類、調味料などに生まれ変わっています。近年の科学技術の発達によって微生物の存在や働きが次々に明らかとなってきました。その結果、健康効果などが報告され、世界でも注目され食されるようになりました。
このような発酵食品の利用を目的として、県内の自然環境を中心に有用な発酵微生物を分離し、これらの分離菌を用いた新たな発酵食品、高品質かつ独自性のある新たな地域ブランド食品を開発し、地域活性化に寄与する研究開発を行っています。