Vol.274-1 ヴァンフォーレ甲府の現在・未来…そしてSDGs宣言


ヴァンフォーレ山梨スポーツクラブ取締役顧問(前代表取締役社長)
藤原 弘

 

1.はじめに

 J2ヴァンフォーレ甲府(VF甲府)は2021シーズンの開幕を1週間後に控えた220日、オンラインによるキックオフイベントを開いた。シーズンインを前に、ファン・サポーターに対してシーズンを戦う決意を披露するイベントだ。新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて2020年は直前に中止となり、今季も開催が危ぶまれていたが、チームとファン・サポーターとの貴重な交流の機会が2年続けて失われることを憂慮したクラブ側が、オンラインという方法で、選手たちの登場時間も分散することで開催を決断した。選手たちは監督も含め全員が登場、サポーターも多くの人が参加登録し、約3時間、パソコンの画面上に笑顔が並んだ。
 コロナ禍の中で迎えた2021シーズン、VF甲府は初戦を引き分けの後、3連勝と最近になく好調なスタートダッシュをみせた。その後、連敗や引き分けなどで少し順位を下げたものの今季2度目の3連勝もあり、5月30日現在、16試合を消化して、8勝5分け3敗(勝ち点29)で5位につけ、J1昇格を視野に入れている。序盤の戦いを支える大きな力になっているのが若手選手たちの頑張りだ。

 

2021シーズンの新体制を発表した記者会見。大学卒の新人をはじめ新加入選手と伊藤彰監督らが取材陣やオンラインで視聴するサポーターに向けてJ1再昇格への決意を語った=甲府市内

 

2021シーズン開幕前の2月20日、オンラインで行われたキックオフイベント。選手やサポーターの笑顔が画面上に並んだ

 

 法政大学出身の新入団・関口正大選手は初戦から右アウトサイドの定位置を取り、チームの中軸の一人として奮闘。同じく法政大出身の新入団・長谷川元希選手はシャドウストライカーとしてチーム2番目の3得点、3アシストと攻撃陣を牽引している。2020シーズンよりもチームの平均年齢は1歳若返り、若手たちは「未来へ」と掲げた今季のチームスローガンを象徴する存在として、最大目標のJ1復帰に向け、明るい光をもたらしてくれている。
 ここ数年、VF甲府は5年間続けて維持したJ1からJ2への降格、また新型コロナによる影響でクラブ経営が打撃を受けている。成績、観客動員、収入…。2005年の歓喜のJ1初昇格以来、クラブは右肩上がりに順調な成長を続けてきたが、今は、この先、クラブをどう方向づけていくか、どんなクラブで在るべきかを考える岐路にさしかかっている。筆者は2021年3月末まで3年間、VF甲府の運営会社、ヴァンフォーレ山梨スポーツクラブの社長を務めた。その経験を踏まえ、クラブの現状と先行きについて考えてみる。

 

4月10日に行われた2021シーズン第7節のホームゲーム北九州戦。泉澤仁選手(左端)の先制点に喜ぶVF甲府の選手たち=甲府・JITリサイクルインクスタジアム

2.コロナ禍の苦闘

 2020年はクラブ創立以来、まれに見る苦闘のシーズンだった。新型コロナウイルスによる感染が広がり、リーグはシーズンイン直後から大きな影響を受けた。
 J2リーグに属するVF甲府は2月23日の開幕アウェー戦を町田ゼルビアと引き分けた後、約4カ月に及ぶ長い中断を強いられた。全国的な小中学校の一斉休校、イベントの相次ぐ休止、その後の緊急事態宣言と状況は日を追うごとに深刻になり、クラブはトップからアカデミーまで活動休止、事務所も一時閉鎖や2割出勤などを強いられた。クラブやその周辺だけでなく、国民生活、県民生活も暗い雲に覆われた。今まで普通に在った日常生活が失われ、先が見えない閉塞状態で過ごす日々。リーグはこの間、何度も実行委員会を開いて今後に向けた協議を行った。
 終わりの見えない日々が続いた末にやっと緊急事態宣言が明け、6月27日、2はリーグ戦再開にこぎつけた。それも、厳しい入場制限と感染防止のためのガイドラインを設定した上での再スタートだった。入場制限はまず無観客試合、そして超厳戒態勢試合(小瀬スタジアムにおいては上限3000人余)、厳戒態勢試合(上限を定員の50%以下)と、シーズン終了まで段階的に続いた。
 入場する観客、関係者全員を対象に検温、問診、マスク着用を義務づけ、応援も声出しや音出しは禁止とした。選手とファン、取材陣との接触も回避する中での試合開催となった。試合前後の選手たちの移動にはソーシャルディスタンス確保、感染防止のための練習非公開、また日常生活でも会食禁止、マスク着用、2週間に1度のPCR検査など、経験したことのない日々が続き、選手やスタッフ、クラブのスタッフにとっても大きな心理的負担がのしかかった。
  約4カ月の中断を経てリーグはシーズンの全日程を消化することを最優先とし、再開後の日程はシーズン前とは大幅に変更、中2日や中3日で5連戦、6連戦が何度も続く超過密日程となった。試合の中で、飲料ボトルを選手個々に使うため前後半1回ずつの飲水タイムを設け、交代枠も1チーム3人を5人とするなど大きな環境変化の中で試合を戦うことになった。選手たちは新型コロナとの闘いと対戦相手との戦いに同時に直面する一方で、クラブは試合運営面での労苦と、さらに経営的には入場制限による入場料収入とシーズンシート会員収入の減少(払い戻し措置による)との闘いと、いくつもの苦闘を強いられた。
 経営面では、入場制限により観客動員が抑えられたため、年間の入場料収入は4,200万円余りと2019年と比べれば半分以下、シーズンシート会員収入はサポーターからの払い戻し分の寄付も合わせても1億3,000万円余りと前年より約6,000万円落ち込んだ。
 もしもコロナ禍により2020シーズンが成立しない事態にでもなれば、クラブの収入の約6割を占めるスポンサー料の返還をせざるを得ないという最悪のシナリオも一時は想定した。その場合はクラブが債務超過、倒産の危機に陥る可能性もはらみながらシーズンを過ごすことになった。最終的には2020シーズンは成立し、債務超過という事態は免れたものの、収支は5,000万円を超す当期赤字を計上。累積債務は1億5,000万円を超した。

 

3.2017年(2降格)以降の変化

 2017シーズン、VF甲府は2012年以降、5シーズン連続で維持してきた1の座を明け渡した。7勝11分け16敗、勝ち点3216位に終わり、わずか勝ち点1の差で降格となった。翌2018年は1年での1復帰を目指したが2で9位にとどまり、監督はシーズン序盤で交代した。2019年はそれまでヘッドコーチだった伊藤彰監督が指揮を執り、FWピーター・ウタカを擁して2011分け11敗で5位。一部昇格チームを決めるプレーオフ(3~6位で争う)に進出したが、初戦で4位の徳島ヴォルティスと引き分け、昇格への道を断たれた。
 翌2020年は新型コロナ禍でレギュレーションが変わってプレーオフはなくなり、上位の2チームのみ自動昇格となった。VF甲府は終盤に連勝して追い上げるなど奮闘したものの1617分け9敗で勝ち点65の4位に終わり、昇格には届かなかった。
 J1復帰を目指して戦った年間で、VF甲府は収入減とホームゲームの観客動員減という〝二重苦〟に見舞われた。収入減は2018年、前年より2億1,000万円も落ち込んだ。内訳は入場料で5,000万円減、それに加えて前年は3億5,000万円あったリーグからの配分金が2降格により半減したことが大きい。以後、2019年は前年より総収入で5,000万円減って14億円台になり、さらにコロナ禍の影響を強く受けた2020年は12億2,800万円と前年より2億円余りの減収となった。入場料とシーズンシート会員収入を合わせ約1億円落ち込んだことが大きな要因で、年間5,000万円を超す赤字を計上した。
 これによりクラブ創立初期から抱えていた累積赤字は1億5,400万円となり、これまで長年経営努力を積み重ね、毎年のように単年度黒字を計上して負債を1億円余まで減らしてきたものの、再びクラブ経営の今後を考えざるを得ない状況を迎えている。

 

VF甲府の営業収入と損益の推移

 

 リーグはインターネット放送のDAZNによる巨額の放映権料を獲得したことで2017年以降、各クラブへの配分金が増えてきた。そんな流れに逆行するように、VF甲府の収入は今やJ2クラブの平均額をも下回っている。このところのVF甲府の収入減は、観客動員数の減少による入場料収入の低下とシーズンシート会員の減少に起因している。観客動員数はJ1に初昇格した2006年に1試合平均1万2,213人と、初めて1万人の大台を超えて以来、12年続けて1万人を超えてきたが、2017年のJ2降格によって客足が遠のき、2018年は一挙に3,500人落ち込み7,384人となった。
 2019年には8,273人と回復傾向をみせ、今後に向けて集客のためのさまざまな努力を重ねていた矢先、2020年はコロナ禍に見舞われた。無観客試合、厳しい入場制限付き試合がシーズンを通して続いたため、有観客試合の平均が2,609人と一挙に5,000人以上も落ち込む事態となった。
 2021年も、2020年よりは観客数は増えたものの厳戒態勢による入場制限が続き、まだホーム戦は4,000~5,000人とかつてに比べ、寂しい状態が続いている。

 

VF甲府のホームゲームでの1試合平均観客動員数の推移

 

4.新たな課題

 JリーグがDAZNとの間で2017年から10年間で結んだ放映権契約は計2,100億円に及ぶ。それ以前のスカパーとの契約の約3.5倍という大型契約で、リーグ各クラブへの配分金が1で3億5,000万円、2で1億5,000万円とそれぞれ約2倍に膨らみ、それ以外の賞金や成績に基づく「理念配分金」も大型化して一躍各クラブの収入も多くなり、いわばバブルの様相を呈している。
 Jリーグの経営情報開示資料によれば、1クラブの平均収入額は2019年度で49億5,100万円、2でも16億5,500万円に上昇した。一方でVF甲府は2降格によって配分金が大幅に減るなど収入の減少が始まった。2019年度の総収入は14億5,500万円と2の22クラブ中でも13番目に順位を下げている。
 VF甲府の収入は2006年のJ1初昇格を大きな契機に、スポンサー料や入場料、シーズンシート会員収入が右肩上がりに増加してきた。しかし、リーグの各クラブが飛躍的に収入を伸ばす中で現状は頭打ちに近い。山梨に拠点やルーツを持つなど何らかのかかわりのある県内外の企業に支援してもらえるようできる限りの働きかけを続けているが、思うようには支援、つまり資金を獲得するには至っていない。
 山梨という地域を拠点にしてスポンサーの数ではリーグでトップクラスの260社を超す企業や県民、サポーターに支えられ、地域密着を合言葉にして成長してきたものの、各クラブの急激な収入増加と比較すると、地域密着に頼るだけでは限界もみえている。加えて新型コロナによるクラブ経営への打撃も加わり、なお一層厳しい状況に置かれている。
 プロサッカークラブの成績は資金面に大きく左右される。必ずしも資金の多寡だけでチームの強弱や成績が決まらないのがサッカーというスポーツの面白いところではあるが、そうはいっても基本的には、クラブは財政規模に応じて選手を獲得し、補強し、強化し、ランクアップを図っていくのが通例だ。クラブを取り巻く厳しい環境下、これからVF甲府はどんな姿で生き残っていくのかを考える転換点に差し掛かっているといえる。
 「VF甲府はどんなクラブで在るべきか」というクラブの在り方、つまり近未来のクラブ像をどう描いていくのか。収入、経営、観客動員、選手育成・強化、そして地域との関係…。クラブの新しい価値をどこに自ら見いだし、創り出していくべきなのかー。

 

2021シーズンリーグ戦第7節の北九州戦。開幕からレギュラーポジションを確保して奮闘する大卒新人の関口正大選手(左)

 

5.持続への道

 2015年、国連は「SDGs」(=エスディージーズ、持続可能な開発目標)という新しい概念を打ち出した。SDGsとは、2015年9月の国連サミットで採択された、持続可能でよりよい社会を実現するため世界が各分野で取り組むべき行動計画のこと。国連加盟193カ国が2030年までに達成すべき目標だ。貧困や飢餓をなくす、すべての人に健康と福祉、質の高い教育、クリーンエネルギー、平等、住み続けられるまちづくり、気候変動対策など17の項目(ゴール)、169のターゲットで構成され、地球上の「誰一人取り残さない」ことを誓っている。
 VF甲府は202130日、「ヴァンフォーレ甲府SDGs宣言」を発表した。リーグクラブの先駆けとして長年取り組んできた社会貢献活動がSDGsの取り組みと多く重なることから、VF甲府というクラブが推進役となって、さまざまな企業・団体と一緒にSDGsの活動に取り組むことで、社会課題の解決に向け、歩を進めることができるとの考えからだ。趣旨に賛同した企業・団体にはSDGs活動の推進パートナーとして協賛してもらい、さまざまな社会課題について、VF甲府というフィルターを通すことでより身近に、より気軽に感じてもらい、大きなインパクトを与えることができると考えている。
 VF甲府は山梨県内唯一のプロサッカークラブとしてJリーグで活動している。その活動はスポンサー企業、サポーターをはじめサッカーを愛する多くの県民から支援、協力を得ることで成り立っている。Jリーグの公式戦だけでなく、病院や施設の訪問、大学との連携、サッカー教室、幼稚園・保育園への巡回、地域イベントへの参加、介護予防事業、エコ活動などさまざまな地域活動、交流活動に力を注ぎ、地域に根差したクラブづくりを進めてきた。今回の宣言ではVF甲府の「資産」ともいうべきこうした活動の中から「環境」「健康」「教育」「国際交流」の四つの重点項目を掲げている。

 

「VF甲府SDGs宣言」を発表する佐久間悟社長(右)と小柳達司選手(左)

 

 オンラインで行ったSDGs宣言発表会見では、スタジアムで長年継続しているリユース食器活動、クラブ運営で排出される二酸化炭素量の数値化など、各団体や大学と連携して取り組んでいる今までの活動内容を紹介し、月末に就任したばかりの佐久間悟社長はこれまでの地域貢献や社会連携を基盤に「SDGs実現のため事業の高度化にVF甲府が中継拠点としての役割を果たし、多くの力を結集して、より良い地域、世界にしていきたい」と決意を表明した。会見に選手会SDGs推進部長として同席した小柳達司選手は「選手が取り組むことで注目度が上がり、発信ができる」と強調し、練習で出るペットボトルをリサイクルしたグッズの製作など選手が発案した企画をクラブや協賛企業と一緒に実現していく考えを打ち出した。
 「協働」という言葉がある。複数の主体が、何らかの目標を共有し、ともに力を合わせて活動することを指す。米国の大学の政治学の教授が1970年代の後半に打ち出した概念だが、近年、企業や市民、行政も含めた各種団体が相互に連携し主体的にまちづくりに寄与していく点で、盛んに使われるようになってきた。SDGsは複数の主体、目標の共有、力を合わせて活動という意味で、協働するにふさわしい活動といえる。
 プロのサッカークラブは活動継続のための資金をどうやって確保するかを大きなテーマとしてきた。一方でSDGsは単に資金だけではない、活動することの意味そのものを重視する。サッカークラブや一人一人が健康的な生活を確保し、福祉を推進していくため、人間社会のこれからの在り方そのものを考えるSDGsの活動を、クラブの事業活動全般にわたって継続させていく。そのことによって、VF甲府が地域社会における信頼を新たに得ていく。いわゆる「VF甲府」というブランドとその活動に対して、さまざまな企業や団体が価値を見いだし、共に行動し、投資を行っていく。そうした協働の結果として資金も集まり、クラブが強化されていく。
 こんな形の循環ができ、広がりを持っていくことが、将来にわたってVF甲府というクラブを持続、発展させていくことにつながる可能性を秘めていると思う。