Vol.274-2 計画の行間に込められた想い


~介護保険事業計画を題材に~

 

公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 山本 直子

1.はじめに

 高齢者[1]の介護を社会全体で支え合う仕組みとして2000年に創設された介護保険制度は、4月から第8期介護保険事業計画(20212023年度)(以下、「第8期計画」という。)が各自治体でスタートした。介護保険制度は創設以降、社会情勢の変化やニーズの多様化等により様々な制度改正を繰り返しながら現在に至っている。
 昨年度は全国一律に第8期計画を策定する年度であり、当財団でも複数自治体の計画策定支援を行った。どの自治体担当者も多忙な通常業務の中、第8期計画期間の3年間はもちろんのこと、団塊の世代[2]75歳以上の後期高齢者となる2025年、団塊ジュニア世代[3]が高齢者となる2040年を見据え、住みやすい地域づくりを目指して奮闘する姿が印象的であった。
 一方で、きれいに整理され公表された計画書をみると、それまで試行錯誤してきた苦労や背後にある想いが見えづらくなっているようにも感じ、担当の方々の真剣な顔が思い浮かぶだけに少し残念に感じている。
 そこで、個別の事案を書くことはできないが、介護保険事業計画を題材にどの自治体でも共通して目指している大きな枠組みと、その実現のためには行政だけではなく、多様な主体が関わることが重要であること、また各個人のちょっとした意識や心掛けが必要であることを紹介していきたい。

 

2.「介護分野」という高いハードル

 介護保険事業計画の策定支援に関わり最初に感じたのは、制度理解のハードルが非常に高いということであった。このことが一般的にみて、介護サービスを利用するまで介護保険制度に馴染みが薄く、自分には無関係な分野と思わせてしまう原因の一つになっているように感じる。
 まず、1つ目のハードルは「名称の難しさ」である。例えば、サービス名称の一部を見ていただきたい。

特定施設入居者生活介護
定期巡回・随時対応型訪問介護看護
地域密着型特定施設入居者生活介護
地域密着型介護老人福祉施設入所者生活介護
看護小規模多機能型居宅介護(複合型サービス)

 これはごく一部であり、厚生労働省によると介護保険法に基づくサービスは全26種類54サービス[4]ある。日常生活でこれだけの漢字が並ぶ名称はそう見られない。そして2文字程度ごとに意味があり、おそらくどれも欠くことができず、このような長い名称となっているのだろう。
 2つ目のハードルは「制度改正の多さ」である。長く難しい名称にようやく慣れたとしても、「制度改正の多さ」が制度理解を難しくしている。2000年の制度創設から数年ごとに大きな制度改正を重ね、改正のたびに関連通知や丁寧なマニュアル・手引きが厚生労働省等から発出されている。したがって、最新の資料をきちんと入手しなければ正確な理解は難しい。また、そもそも最新の資料か否かを含め、膨大な情報を整理し、内容を理解するためには相当な労力が必要である。
 このような状況から、介護分野に従事する立場か否か等により、正確な情報の入手や制度理解という意味での隔たりは非常に大きく、介護分野が自分事になりにくい構造となっている。
 しかしながら、全体を理解することは立場によっては必要だが、社会全員に求められるわけではない。高齢化が進展する今日、介護分野は地域づくりと重なる部分が多く、それゆえ高齢者施策に関わる行政・事業者等だけに閉じられた世界ではなく、もっとオープンで多様な関わりが必要であり、重要ではないかと考えている。つまり、今、どのような社会が目指されているかを大づかみで理解した上で、分野を問わず、そのために自分は何ができるのかを考え、実行する方が増えていくことが、制度全体の正確な理解にこだわっているよりも、目指す社会への近道になるのではないだろうか。

 

3.社会の現在地(現状認識)

 そこで、現在の状況と目指している社会を確認していきたい。「令和2年版高齢社会白書」によると、65歳以上人口は、1950年には総人口の5%であったが、1970年に7%を超え、さらに、1994年には14%を超え、2019101日現在28.4%に達している。また、65歳以上人口と1564歳人口の比率を見ると、1950年には65歳以上人口1人に対して1564歳人口は12.1人であったが、2015年は2.3人になっている。今後、高齢化率が上昇し、1564歳の割合が低下することにより、2065年には、1.3人になるといわれている(図1)。

出典:令和2年版高齢社会白書

1 高齢化の推移と将来推計

 

 また、一人暮らし世帯の割合をみると、65 歳以上の男性では2015年の14.0%から 2040年の20.8%へ、75歳以上では12.8%から18.4%への上昇が見込まれている。女性については、2015年にすでに65 歳以上、75歳以上ともに20%を超えている(図2)。

出典:日本の世帯数の将来推計(全国推計)2018年推計 国立社会保障・人口問題研究所をもとに作成

2 一人暮らし世帯の割合 将来推計

 

 介護費用については年々増加し、65歳以上が支払う介護保険料も上昇している(図3)。令和3年5月14日厚生労働省の発表によると、令和34月からの介護保険料の月額が全国平均で6,014[5]となり、初めて6千円を超えたとのことである。制度が始まった2000年度は2,911円であったので、約20年間で3千円以上増え、2倍になったということになる。

出典:「介護保険制度をめぐる状況について」平成31年厚生労働省

3 介護費用と保険料の推移

 

 以上のように、介護保険制度開始からの20年間に制度を取り巻く環境は刻々と変化し、それに伴いニーズやシーズも変化してきている。例えば、65歳以上人口の増加(図1)に伴う「介護を必要とする方の増加」や、一人暮らし高齢者世帯の増加(図2)に伴う「必要とする支援内容の変化」などが挙げられる。また「増加する介護費用をいかにして社会で支えるか」という大きな課題も生じている。

  

4.目指す社会とは

 前述のような社会の変化をとらえ、厚生労働省では、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される「地域包括ケアシステム」の構築を推進している。イメージとしては、「サービス」に「人」を合わせるのではなく、「人」を起点にして様々なサービスをネットワーク化しているところに特徴がある(図4)。

出典:厚生労働省HP

4 地域包括ケアシステム

 

 地域包括ケアシステムは、保険者(市町村・都道府県)が、地域の自主性や主体性に基づき、地域特性に応じて作り上げていくこととされている。そのため、各自治体では地域資源を把握し、それらをいかにしてネットワーク化すれば、「地域の方々が自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができる地域づくり」に近づけるか非常に苦心している。
 複数の計画策定に関わり、上記のような自治体の苦労を間近でみて感じたことは、この大きな地域づくりの仕組みは、行政だけで作り上げられるものではないということである。つまり、行政はもちろんのこと、地域のあらゆる団体・グループの主体的な関わりが十分に必要であり、また個人についても誰かにお任せという姿勢だけではなく、ある程度の心掛けも非常に重要である。
 たとえば、生活支援や介護予防という暮らしを支える分野(図5)においては、多様な主体がどれだけ関わるかによって、地域の対応力や充実度に大きな差が生じる。言い換えれば、全国一律のルールに沿うという姿勢ではなく、誰かがやるのを待つということでもなく、それぞれが地域づくりの一環として、ニーズの掘り起こしときめ細かなサービスの提供に関して創意工夫を凝らして実施するということである。
 また、個人に関しても、肩に力を入れて「介護予防を推進する」と難しく考える必要はなく、人生100年時代にいつまでも元気でいられるように、若い頃からの健康づくりや社会とのつながりを意識し続けることが重要といえる。

 

出典:厚生労働省HP

5 生活支援・介護予防サービス

 

5.具体的事例の紹介

 では地域住民が主体的に関わる事例としてどのようなものがあるだろうか。厚生労働省が実施するスマート・ライフ・プロジェクト[6]から紹介していきたい。
 このプロジェクトは、「健康寿命をのばそう!」をスローガンに、国民全体が人生の最後まで元気に健康で楽しく毎日を送れることを目標とした運動であり、プロジェクトに参画する企業・団体・自治体と協力・連携しながら、運動・食生活・禁煙・健診について、具体的なアクションの呼び掛けを行い、更なる健康寿命の延伸を推進している。また、生活習慣病予防の啓発活動及び健康寿命をのばすことを目的とする優れた取り組みを行う企業・団体・自治体を表彰する制度を設け、直近では令和211月に「第9回健康寿命をのばそう!アワード」が開催され、厚生労働大臣最優秀賞をはじめ多数の取り組みが表彰されている。ここでは令和2年度受賞の中で、地域住民が主役になり、健康づくりを進めている事例を2つ紹介したい。

 

出典:「SMART LIFE PROJECT」厚生労働省
出典:「SMART LIFE PROJECT」厚生労働省

 

6.時代変化に応じた制度のあり方

 介護保険制度の理解の難しさは前述したとおりだが、その難解さは、当然意図して作り上げたものではなく、時代変化に応じて柔軟に制度改正をしてきた結果と前向きに捉えたい。そして、高齢化の進展は今後も予想されることから、時代変化に応じた制度改正はこれからも繰り返されていくだろう。
 このように制度改正は、今を生きる人やこれからを生きる人が「よりよく生きる」ための工夫とも言える。したがって、難しい理屈や理論に翻弄されては本末転倒であるし、何よりもったいない。私たちの望ましい姿勢としては、時代変化に応じて大きな方向性を共有し、前提さえ疑って考え続けるということではないだろうか。例えば「高齢者」の定義や、支える側・支えられる側という単純な構造も固定的なものではない。
 近年、厚生労働省では「地域共生社会」という考え方の検討[7]を進めている。地域共生社会とは、「制度・分野ごとの『縦割り』や支え手・受け手という関係を超えて、地域住民や地域の多様な主体が参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えてつながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会」ということである。つまり、福祉の領域に限って考えるのではなく、地方創生・まちづくり・住宅・地域自治・環境保全・教育など様々な領域まで含めて一人ひとりの多様な参加機会の創出や地域社会の持続性を考えていくということである。

 

出典 厚生労働省HP

6 地域共生社会のポータルサイト

 

7.おわりに

 社会が多様化・複雑化し、情報社会が進展するほど、あふれる多種多様な情報に惑わされるリスクが高まっていく。そのような社会では、「何が一番大切かをシンプルに考える」という姿勢と、複雑な縦割の仕組みを維持することが目的化しないように注意することが重要である。つまり、手段を目的化することなく、きちんと本来の目的を意識するということである。これらは特に行政側が意識することだろう。そして、住民側には、地域のことに関して自分ができることを実行し、ともに地域を作っていくという「協働の意識」の更なる醸成を期待したい。様々な背景を持つ一人ひとりが自分のできることを行動に移し、化学反応のように更なる動きに繋がっていくことができれば、きっと、今より住みよい地域に近づいていくはずである。


[1] 高齢者:定義と区分に関しては、日本老年学会・日本老年医学会「高齢者に関する定義検討ワーキンググループ報告書」(平成29年3月)において、近年の高齢者の心身の老化現象に関する種々のデータの経年的変化を検討した結果、特に65~74歳では心身の健康が保たれており、活発な社会活動が可能な人が大多数を占めていることや、各種の意識調査で従来の65歳以上を高齢者とすることに否定的な意見が強くなっていることから、75歳以上を高齢者の新たな定義とすることが提案されている。また、高齢社会対策大綱においても、「65歳以上を一律に『高齢者』と見る一般的な傾向は、現状に照らせばもはや現実的なものではなくなりつつある。」とされている。(令和2年度高齢社会白書)

[2] 団塊の世代:1947(昭和22)~1949(昭和24)年生まれ

[3] 団塊ジュニア世代:1971(昭和46)~1974(昭和49)年生まれ

[4] 介護事業所・生活関連情報検索(介護サービス情報公表システム) https://www.kaigokensaku.mhlw.go.jp/publish/

[5] 介護保険料(月額):山梨県は平均5,783円

[6] SMART LIFE PROJECT(厚生労働省) https://www.smartlife.mhlw.go.jp/

[7]「地域共生社会に向けた包括的支援と多様な参加・協働の推進に関する検討会」(地域共生社会推進検討会)最終とりまとめ(概要)令和元年12月  https://www.mhlw.go.jp/content/12602000/000582595.pdf