Vol.275-1 「教職の魅力発信」と「教師の人材確保」について
山梨県知事政策補佐官
前山梨県教育委員会教育長 斉木 邦彦
1.はじめに
私は高校の世界史教員を今年3月退職し、4月から専修学校山梨予備校に校長として勤務しています。入学式のあいさつの中で、「43年前、私は〇〇予備校に入学しましたが、自分の人生の出発点はその予備校時代にあると思っています」と申し上げました。予備校で過ごす時間は、人生における、かけがえのない時間に必ずなります。自分を信じて一歩ずつ、ただひたすら一歩ずつ歩み続ける覚悟、この覚悟が大人への道に通じているのだと思います。私は、予備校生諸君を励ますために、予備校で自分に何ができるかを考えながら過ごしているところです。
2.子供を励まし、励まされるやりがいのある仕事
学校の教員は、子供たちと一緒に過ごす学校生活の中で、子供たちを励まし、同時に子供たちに励まされ、とてもやりがいのある仕事である、私はそう思いながら勤務してまいりました。しかし、全国的に教員志願者数の伸び悩みということが大きな課題となっています。山梨県の状況も全く同様であります。
今年1月に出された中央教育審議会答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」においては、実現すべき教職員の姿として「学校における働き方改革の実現や教職の魅力発信などにより教師が創造的で魅力ある仕事であることが再認識され、教職を目指そうとする者が増加し、教師自身も士気を高め、誇りを持って働くことができている」とあります。
3月の終わりに、県教育長を退任する私に対して、知事は「これまでの教職経験を生かして県教育行政を支援してほしい」とおっしゃって、特別職非常勤の職員として知事政策補佐官なる肩書をくださいました。私は、教職の魅力発信を通じて教員志願者の増加につながる取り組みをしたいと申し上げました。
3.大学生や高校生へのメッセージ
5月以降、県内の各大学で教職を目指す大学生に「教職の魅力」という内容で話をしました。高校も順次訪問し、学年集会などの時間を一部いただいて高校生に話をしています。大学生や高校生には、おおむね次のような話をしました。
(1)大学における教員採用選考検査説明会でのあいさつ
新緑の季節を迎え、大学生の皆さんは、本来なら学生生活における様々な活動が一層活発になる時期ですが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で昨年から一年以上もの長きにわたり多くの活動が制約を受けています。社会に出る前の自由で貴重な時間が奪われ、たいへん残念な思いをされていることと思います。
さて本日は、教員採用選考検査の説明会にご参加いただき、ありがとうございます。本題に入る前に私から、教職の勧めという内容でごあいさつ申し上げます。といっても私自身は今年3月高校教員を退職するまで全てが順調だったわけでなく、正直のところ教職以外の仕事が魅力的に見えて仕方ない時もありました。
しかし毎日の生活の中で子供たちと共に学びあう教職という仕事を、他の仕事と同列に比較はできません。私は、教職は生活そのもの、人生そのものとまで言ってしまいたいです。教職という仕事が限りなく私生活と重なっているところに、教員の多忙化対策、働き方改革の困難さがあるのではないかとも考えます。
教員は学校での自分と学校以外の場での自分を明確に区別できません。学校教育に対する様々な要望には、先生は大人の誠実な生き方を背中で示し自然体で導いてほしい、という子供や保護者の願いが潜んでいます。その願いを汲(く)み取ることができるのならば、皆さんは、ためらわず先生になってほしいと思います。
一方、採用試験の結果が先生になる意欲を左右してしまうとしたら残念です。一年ごとの任用として期間採用、また出産・育児や家族の介護で一時的に職場を離れる先生の代替など、教員の任用形態は様々です。自分の人生だからこそ、ゆとりや余裕をもって見つめてください。だんだんと先生になる、ということです。ためらわず、そして、だんだんと先生になる。これが私の最も訴えたいことです。
情報化社会の私たちは、前もって安心できる十分な情報がないと一歩を踏み出せない、そういう傾向が強くなりました。何かをする勇気は思い切って飛び越える壁の向こう側にあります。皆さん、まず一歩を踏み出してください。そしてそこから一歩ずつ。これは、踏み出すその道が教職かどうかには関係ありません。
多くのことを知りたい、人のためになりたい。本来、人はそういう意欲を持ち、自分に対する信頼(自己信頼)をもって生きていける存在です。自分の信じる道を一歩ずつ進み、自分の人生を味わうために生まれてきたのです。しかし現実は子供も大人も生きる意欲をどこかに置き忘れ、自己信頼を見失いがちになりました。
教職とは、自己信頼を子供たちに取り戻させる仕事です。大人も子供を指導する中で自らの自己信頼を確立してほしいと思います。しかし派手な自己信頼は不要です。静かな自己信頼こそがふさわしいのです。静かな自己信頼の確立に向け、皆さんの学生生活の更なる充実を心からお祈り申し上げ、あいさつとします。
(2)高校における学年集会でのあいさつ
〇〇高校〇年生の皆さん、こんにちは。本日は貴重な時間をいただき、ありがとうございます。生徒の皆さん、そして先生方におかれましては、新型コロナウイルス感染防止の対応で、本当にたいへんな毎日をお過ごしのことと思います。ご苦労をお察し申し上げます。これから7分間のメッセージを聞いてください。
私は高校世界史の教員で、今年3月退職し、4月から山梨予備校に校長として勤務しています。本日は予備校の話ではなく、県の非常勤職員として参りました。ここ数年、全国的に教員志願者数が伸び悩んでいますが、その対策の一つとして本県では、高校生の皆さんに「教職の勧め」という話をさせていただいています。
学校の先生の仕事について皆さんは、日頃すぐ目の前に見ていてよく知っていると思います。優しい先生、厳しい先生、時々優しく時々厳しい先生、様々な先生がいます。様々なタイプの先生がいるからこそ、様々な個性を持つ生徒と一緒に過ごす学校生活が自然に充実するのです。先生という仕事に関心がある人も無い人も、教職は自分の特性を生かせる仕事だと、まずイメージしてください。
さて教職とは何でしょうか。私たちが、〇〇について知りたい、〇〇ができるようになりたい、などの欲求を抱くのは、人間が自分を越えた自然の力、生命の力に促されて生きている存在だからであります。私たちは本来、生きる意欲を備え、生きて生活していく上で根源的な迷いや疑いを持つことはないはずでした。
未知のことに挑戦する、これはわくわくする経験であると同時に、自分を信じて生きる普通の姿でもあります。私たちはそのようにして自分の人生を味わうために生まれてきたのです。しかし現実は、人との比較や競争の中で生きる意欲をどこかに置き忘れ、自分を信じることも難しくなっています。教職とは子供たちに生きる意欲を取り戻し、自分への信頼を回復させる仕事だと考えられます。
そうかといって教員は、このことをいつも意識して生徒と接しているわけではありません。生徒とのかけがえのない毎日を大切に過ごすという、ごく当たり前の学校生活を送る中で、それと意識しなくても目標に向かっているのだと思います。意識しないからこそ目標に近づける、ともいえます。目標を意識しすぎることは、その過程としての具体的な一日一日を貧しいものにしてしまいます。
さて皆さんは、自分の進路について様々に考えていると思います。進学や就職の場面で、判断に迷ってジグザグの道、時に回り道をすることもあるでしょう。しかしどんなに迷っても、いつか将来振り返ると、自分の歩んだ道は一本のまっすぐな道になっていると思います。将来の皆さんが、その道を懸命に歩んでいるかつての自分を見て、その健気(けなげ)な姿に励まされる。そうなってほしいと思います。
未来を見つめ、目標を持って生きる、これは前向きな感じで、私も高校では生徒にそう言ってきました。しかし実感としては、過去を見つめて生きる、と言う方が好きです。あの時の私は悩みながらも私なりに頑張っていた、今の私も負けてはいけない、と考える方が生きる力が湧いてくるように思えるからです。未来のことを案じ、爪先立って生きるより、過去に励まされて今の自分をしっかり生きるのが人生なのだろうと思います。
ところで、私事になりますが、なりたいものが特になかった大学時代の私は、卒業後も東京で生活することは気が進まず、できれば山梨に戻りたい、戻るなら教員もいいかな、本もたくさん読めそうだし、と漠然と考え、教員免許状は一応とっておくことにしました。実際に教員になろうと考えたのは大学4年時のことで、教育実習で母校〇〇西高校の生徒が温かく接してくれたからでした。
先生は生徒からちやほやされて楽しそうだ、という勘違いからスタートした教職人生。転職ということを考えたことも正直ありますが、今振り返ると一本の道になっていて、他の道を歩いている自分は想像すらできません。勘違いであってもなくても、真剣に考え、思い切って飛び込み、フラフラしながらもその世界で頑張る、これが人生なのではないかと、この年になってつくづく思います。
皆さんが自分の進む道を決心するきっかけは不意に訪れます。進む道を早くから限定せず、広く構えていてほしいと思います。大学に進学する人は教職課程に登録し、教員免許状を取得することをお勧めします。教職は人の人生につきあう仕事です。教員免許状を取得することは、人生について勉強し考えることです。決して無駄にはなりません。山梨県の教員採用試験は59歳まで受験できます。県外で就職し、将来山梨に戻る時、教職を考えるのもいいと思います。教員免許状はずっと有効ですが、教職に就く際に免許更新講習を受講する必要はあります。
教職についての詳細は、秋以降に開催予定のフォーラム「山梨県で学校の先生になろう!」で説明します。現在教壇に立って活躍している若い先生方のパネルディスカッションや教員採用検査の具体的な内容などが中心です。後日詳細な案内を大学や高校に配布します。会場参加かオンライン参加のいずれかになりますが、お隣やご近所、お誘い合わせの上、奮ってご参加ください。
ここまで「教職の勧め」について申し上げて参りました。教職は、たくさんの職業の中の一つです。皆さんの前にはたくさんの道が開けているのですが、人生を道に譬(たと)えるのではなく、人生とは私そのものである、と考えるとどうでしょう。私こそが人生であり、私と人生は区別することができなくなります。人生に目的がなければ、とか、人生に後悔したくない、とかの心配は無用になります。自分の人生は、自分を信じて生きていくこと。それ以上でもそれ以下でもないと思います。皆さんの奮闘を心より願い、メッセージを終わります。ご清聴いただき、ありがとうございました。
4.先生自身が教職の魅力を実感してほしい
大学生や高校生にこのように語りかける一方で、現在教職にある先生方にもご協力をお願いしています。中堅教諭等資質向上研修や初任者研修などの研修会の時間の一部をいただいて、学校で教壇に立っている先生方に話をするのですが、教員志願者が増加するためには、子供たちと長い時間を学校で一緒に過ごす先生方が教職の魅力を実感し、教職に誇りを持ち、溌溂(はつらつ)と子供たちの指導にあたっている、そういう状況にあることが最も力強い土台になると思います。
5.結びに~教職とは生きる意欲と自己信頼を取り戻させる仕事
教職とは生きる意欲と自己信頼を子供たちに取り戻させる仕事である、と思います。先生方が子供たちとの一日一日を大切に過ごし、子供たちは時に悩み、苦しみ、それでもいつか笑顔を取り戻し、生きる意欲と自分に対する信頼を取り戻す。これは学校教育が目指す、普通の姿です。学校教育の王道です。この学校教育の王道を極め、子供たちが過ごす学校生活がますます充実する、このことが結果として将来の教員志願者の増加につながる最も確実な道だと思います。