Vol.278-1 山梨の気候の特徴と気候変動、災害への備え
日本ネットワークサービス(NNS)気象情報室長
保坂 悟
1.はじめに
この夏も、ちょっとおかしな夏だった。梅雨が再来したかのような天候が、暑い盛りの8月のお盆の頃に現れ、急きょ盛夏が冷夏に様変わり。まさかの長雨が、農作物が成長する大事な時期の農家を直撃した。6月から9月上旬までの旬別の最高気温、日照時間、降水量を、甲府を例にグラフにしてみた。

ご覧のように、7月上旬、8月中旬、9月上旬が平年から大きく凹んでいるのが分かる。8月中旬の凹みは、梅雨最盛期の7月上旬に匹敵する急変ぶりで、「梅雨もどきのお盆」だったことがよく分かる。9月上旬も、カレンダーの月めくりをした途端の急変。どうにも天気が荒々しい。
冒頭の「この夏も」の「も」は、昨年に続いての夏の異変を意味している。昨年は梅雨の異変と8月の暑さの異変が背中合わせだった。台風が来たわけでもないのに、県内の梅雨期の総降水量(アメダス10地点合計)は、データが比較できる43年間で飛び抜けて多かった。長かった梅雨が8月1日に明けた途端に猛暑となり、甲府を例にすると、月の最高気温、最低気温、平均気温、猛暑日、熱帯夜といった暑さのデータが軒並み1位記録更新という極端な暑さだった。
最近は天気が荒ぶることが多い。結果として気象災害が多発する時代になっている。さまざまな対策を講ずる人間の「抵抗」をあざ笑うかのように、その対策を上回る荒ぶり方だ。その背景にあるのが地球温暖化、気候変動。地球規模の変化だが、山梨の気候にも影響しているのは言うまでもない。
ゴーギャンの代表的な絵の一つ「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」になぞらえ、まずは我々が住んでいる山梨の気候が、どこから来ているかを振り返る。
2.「四方に関ある」山梨の気候
俳人の飯田龍太さんは、山梨の秋の風景を「水澄みて四方(よも)に関ある甲斐の国」と詠んだ。十七文字で山梨の地形、気候を見事に表現していて、出会った瞬間から頭に染みている。また、身近な人からある時、「山梨は日本の中庭」という表現を聞いて、思わず「なるほど」と頷(うなず)いた。山梨の地理、地形を簡潔にピタリと表現している。
山梨の気候を考える場合、山梨の地形、山梨が置かれている日本列島の中の位置、つまり地理がとても重要になる。山梨の気候を、この切り口から眺めてみる。
まず地形。ご存じの通り、県境を山に囲まれた見事な山国である。その真ん中に甲府盆地。衛星画像からは三角形の窪地が中庭のように見える。山梨自体も日本のほぼ中央。その中庭は、まさに日本の中庭と言って差し支えない。取り巻く山々の中でとりわけ、西の県境を走る南アルプスがポイントになる。3000㍍級の山々が並ぶ「日本の屋根」の一つだ。
天気は西から変わる。日々の空模様は単純に西からとはいかないが、空間や時間のスケールを大きく捉えると「天気は西から」はその通りとなる。中緯度に位置する日本の上空には年間を通じて偏西風という地球規模の風が吹いていて、空気は常に西から東に動いている。空気が上下して高気圧や低気圧が生まれ、含まれる水蒸気が雲や雨となって天気が変わるわけだから、偏西風によって、天気は西から変わることになる。山梨は、その西に南アルプスが屏風のようにそびえている。

空気が対流して天気が変化する大気の層は対流圏と呼ばれ、日本付近では1万㍍から1万2000㍍くらいの厚みがある。その中の3000㍍級の壁は障害物となる。西から流れてきた空気は、山の風上側で上昇気流となり、風下側で下降気流となる。山梨はどっぷりと風下側に入る。下降気流は晴天をもたらす。とりわけその影響が大きい甲府盆地は、日照時間が長く、降水量が少ない気候になる。
南アルプスは北西風、西風、南西風の西寄りの風をブロックする。このため、南西風が多い春一番は、関東平野では吹くが山梨では吹きにくい。夏に西寄りの風が吹くと、フェーン現象が起きて空気は昇温、甲府盆地を焦がす。冬の季節風は北風。南アルプスに関係なく八ヶ岳の両脇から入ってくるため、八ヶ岳おろしとなって盆地を吹き荒れる。
山に降った豊富な雨は、花崗岩などに磨かれ澄んだ水となって盆地を潤す。澄むのは水に限らず、大気も澄み渡り、目が覚めるような青空が広がる。水も大気も澄む、四方の関に囲まれた山国。山梨の地形、気候は飯田龍太さんの句に集約される。
次は地理。海に面していない県は内陸県と呼ばれる。内陸性気候と言えば、一年の気温較差、一日の気温較差が大きく、雨も少ないというのが特徴で、甲府盆地は端的にその特徴を備えている。47都道府県のうち、内陸県は山梨をはじめ栃木、群馬、埼玉、長野、岐阜、滋賀、奈良の8県しかない。このうち、太平洋に最も近いのが山梨となる。内陸県でありながら太平洋に近い。この位置も山梨の気候を特徴づけている。例えば南岸低気圧。
晩冬から早春、南岸低気圧により太平洋側は雨が降り、寒気が残ると時に大雪となる。特に東海、関東が影響を受ける。山梨も内陸県ながら影響は大きい。南岸低気圧でしばしば大雪になる。2014年2月の1mを超す積雪も南岸低気圧によるもので、この年の甲府は、全国の県庁所在地比較で、並み居る豪雪地帯の都市を抜いて1位となった。夏は度々40℃を超す酷暑、冬は1mを超す大雪の記録。国内でもなかなかそんな土地はない。

山梨でも静岡に近い峡南地域は太平洋気候の影響が強く、雨の降り方は内陸というより海洋性に近い。富士北麓も海からの空気が入りやすく、甲府盆地や県東部の気候とは違ってくる。富士北麓は日本最高峰であり巨大な独立峰である富士山の存在が大きく、南からの暖かい空気をブロックして北麓を高冷な気候としている。富士山がなければ、この地域の気候はもっと温暖になっているはずだ。
地理、地形から山梨の気候をざっと振り返ったが、甲府地方気象台は県内の地域を1次細分として中・西部、東部・富士五湖の二つに、2次細分として、中・西部をさらに中北地域、峡東地域、峡南地域に、東部・富士五湖を東部地域、富士五湖地域に分け5地域を設定しているが、背景にはこうした地理、地形による気候の違いがある。

こうしてもたらされた山梨の気候が、今の山梨の風土や産業を生み出している。「我々は何者か」といえば、こうした気候のなか、果実王国として栄え、ミネラルウォーター生産日本一となり、山紫水明の観光資源で潤っている。甲州人気質と呼ばれるものも、こうした地理、地形、気候からきているのかもしれない。
さて、こうした我々の気候は「どこへ行くのか」。ここが今、大きな問題になっている。
3.山梨の温暖化、気候変動
地球温暖化が問題となり、世界中が将来の気候はどうなるのかを心配している。温暖化が進み世界の平均気温が高まると、極端な気象が多発し、気候が変動し、生態系や農業への深刻な影響などいろいろな方面で危機的な状況が生まれるからだ。既に世界各地から異常気象や極端気象による気象災害の報告が後を絶たない時代になっている。もはや気候危機のレベルとも言える。その原因が人間活動の影響であると、8月9日に公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書(自然科学的根拠)は言い切っている。「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」。
2015年に合意されたパリ協定では、産業革命以前(1850年~1900年平均)と比べて気温の上昇を1.5℃以下に抑える努力目標が示された。残念ながら既に1.1℃上昇しているので、1.5℃に抑える目標は、徳俵にほぼ足がかかっている状況だ。温暖化の主要因とされる二酸化炭素の排出を実質ゼロにする取り組みが、日本をはじめ世界から聞かれるのは、そうした背景がある。
世界の潮流はそれとして、日本の、山梨の温暖化がどうなっているのか、その結果どんな事態が起きているのかを大掴(づか)みに振り返りたい。地域住民とすれば、足下の変動を押さえたうえで、世界の潮流に接しないと落ち着かない。
まず、大気の気温上昇。世界の年平均気温、日本の年平均気温の年別変化(いずれも基準値と比べた偏差のグラフ)だが、グラフが右肩上がりなのははっきりしている。2020年は日本も、世界も1位記録を更新した。2000年以降、上昇が少し落ち着いてきたような感じもあったが、ここにきて、一段階、ステージを上がったかのような上昇ぶりだ。


山梨はどうか。甲府地方気象台のデータで、甲府の1920年からの年平均気温をグラフにして見ると、気温上昇ははっきりしている。100年あたりの上昇率2.1℃は日本の平均値より高いペースだが、これは都市化の影響も加わっている。

暖まっているのは大気だけではない。日本周辺の海の温度も上がっている。大雨の増加傾向を考える場合、海の水温上昇は大きなポイントになる。気象庁の日本近海の海面水温の変化グラフを見ると、大気と同様に、年々上がっている。全体平均では100年で1.14℃の上昇。エリアごとの100年の上昇具合を見ると、日本海や東シナ海、四国沖あたりの上昇が大きい。

海水が暖まると、海面からの水蒸気量が増える。風呂で日常に見かける現象と同じだ。海も大気も暖まることで、海面からの水蒸気の供給が増え、大気に含まれる水蒸気の蓄積も増える。理論上、気温が1℃上昇すると飽和水蒸気量が7%程度増加することが知られている。
地球上の水循環は、海から水蒸気が大気に供給され、大気に蓄積された水蒸気は雲となって雨を降らせ、降った雨は地上から川や地下水となって海に帰ってくるサイクルとなっている。海からの水蒸気の供給量が増え、大気中の水蒸気の蓄積量が増えれば、雲からの雨量が増えるのは当然の流れだ。経験のない大雨の多発には、そんな背景がある。

1時間に50㍉以上降る雨は滝のような非常に激しい雨だが、気象庁のアメダス観測では全国のその回数の合計が、1980年頃に比べて、2010年頃は1.4倍になっている。山梨はどうか。甲府の1時間50㍉以上の雨のデータを見ると、過去約120年の観測の中でわずか9回しか記録されていない。山梨ではめったに降らない豪雨だ。しかし、その9回のうち、1978年以降の40年間に7回発生していて、しかも、2000年以降に4回と、だんだんと期間が短くなっている傾向が見られる。

大雨の極端気象で最近注目されるのが線状降水帯だ。この現象は昔からあったが、観測技術が向上した結果、その姿を捕らえられるようになった。多くの豪雨災害には線状降水帯が伴っている。山国の山梨は、地形的に線状降水帯は発生しにくいと見られていたが、2017年8月7日、都留から大月にかけての桂川沿いに線状降水帯が発生した。
これは、非常に動きが遅い台風5号の外側の雲列(アウターバンド)が、南から県東部に流入し、都留から大月にかけての桂川沿いに積乱雲の列が形成された。猛烈な雨が降り続き、大月のアメダスでは午後2時から午後6時までで244.5㍉の雨量を観測した。大月の8月1カ月の平年雨量は216.2㍉。わずか4時間で平年の1カ月分を上回る雨が降った。あちこちで土砂崩れが起きたが、どれも山の中で人的被害が出なかったのは奇跡的だった。
既に触れた、2014年2月の豪雪や、昨年の梅雨期の記録的な降水量など、県内でも極端気象の足音は大きくなっている。その背景にあるのは、山梨も、日本も、世界も温暖化が進み、海も暖まり、大雨や豪雨が起こりやすい気候になってきていることがある。
山梨は幸いにも、最近は多くの人的被害を伴う大規模な水害に見舞われていないが、国内に目を転じると、毎年どこかで悲惨な災害が起きている。年々、治水整備が進み、天気予報の精度も向上、防災情報もいろいろと工夫してきているにもかかわらず、である。2020(令和2)年の防災白書にある風水害による全国の死者行方不明者データをグラフにして見ると、死者行方不明者が100人規模の年も多くあって、傾向を現す点線は右肩上がりになっている。原因は複合的なものだが、雨量が極端に多かったり、強かったりしている気象現象も、その一つにある。

経済的被害という点で見ると、日本損害保険協会が公表している、過去の主な風水害による保険金の支払額のトップ10が参考になる。2020(令和2)年3月の公表データでは、1位はついに1兆円を突破。1970(昭和45)年からの統計だが、トップ10はすべて平成以降の風水害。しかも、2018(平成30)年、2019(令和元)年、2020(令和2)年の3年で半分の五つを占めているのは注目される。

4.山梨の気候の将来、備え
山梨の将来の気候はどうなるのか。「山梨県の21世紀末の気候」という資料が、2018(平成30)年5月に甲府地方気象台から公表されている。IPCCや気象庁などの研究をベースに最も温暖化が進んだ場合として、山梨の気候が20世紀末に比べて21世紀末にどうなるかを紹介している。
それによると、山梨の年平均気温は100年で4℃上昇すると予測。ちなみに甲府の年平均気温が4℃上昇した場合、今の鹿児島県屋久島にほぼ相当する。内陸と海洋という気候特性の違いは大きいが、相当、南に移動した気候となる。
暑さの予想では、20世紀末に比べ、甲府で猛暑日が約40日、熱帯夜が約70日も増える。降水の予想では、滝のように降る雨、つまり1時間50㍉の非常に激しい雨の回数が県内で約2倍に増える一方、雨が降らない日も増加すると予想している。つまり、降る時は大量に降り、降らない日も増えるという、降り方が極端化する見通しだ。

5.おわりに
こうした予測に基づけば、気象災害がより増えてくるリスクも当然高くなる。山梨は自然災害が少ないという指摘をよく聞くが、災害に直面するというのは、災害発生の確率の問題ではない。発生確率が小さかろうが、災害は遭うか遭わないかの二つに一つである。たまたまその時、その場に遭遇すればアウトである。発生するリスクが高まれば、遭遇する可能性も高まる。温暖化が進み、気候が変動する時代、そのリスクは年々高くなる。
最近の防災では「自分の命は自分で守る」ことが強調されている。経験のない大雨が降る時代。ハードの整備だけで対処できず、避難の呼び掛けも十分な効果が発揮できていない。行政の努力だけではなく、自分の身を自分で守る意識を高めてもらうという流れだ。
そのためには、防災の知識、気象の知識をそれなりに身につけ、自然災害に備えるしかない。地形のリスクはハザードマップで、地域の災害の歴史は資料や言い伝えなどで知っておきたい。気象情報の読み取り方も、気象情報にふだんから接し、慣れておくのも大事だ。気象台や、手前味噌ながらNNS気象情報室の公式サイト「山梨の空もよう」など、気象専門のホームページを見てどんな情報が発信されているかを確認しておきたい。何よりふだんから空を眺めて天気を楽しみ、季節の移ろいを楽しむことをお勧めしたい。