Vol.278-2 山梨ならではの豊かさ


公益財団法人 山梨総合研究所
理事長 今井 久

1.はじめに

 公益財団法人山梨総合研究所の目指すところは、地域の価値を再認識し、地域と連携しつつ地域社会の発展に貢献していくことである。
 地域の価値とは、そこにもともと存在する自然や、社会的に構築された地域、場所、空間などの「違い」や「意味」であり、地域のストーリーなども含まれる。簡単に言うと、山梨固有の地域資源である。例えば、健康寿命が日本一長いことや、エコロジカル・フットプリントによる環境負荷が日本一低いことが挙げられる。その他にも、世界文化遺産である富士山に象徴される自然に恵まれていることや、製造業の特化係数(付加価値額)が日本のトップクラスであること等々、数え上げたらきりがない。それぞれが地域の価値であり、これらは地域の豊かさと深く関係している。
 「都道府県幸福度ランキング」は、地域社会に生きる人々の幸福を考えるきっかけをつくることを目指して、2012年から2年ごとに(一財)日本総合研究所が発表している。この調査では、地域の社会的状況や構造を示す五つの基本指標(人口増加率、一人あたり県民所得、選挙投票率、食料自給率、財政健全度)と、人々の幸福感を具体的に評価する尺度として、健康、文化、仕事、生活、教育の5分野・50指標を設定し、合計75指標を総合して、都道府県別の幸福度ランキングを算出している。
 最新の2020年版では、山梨県は総合7位にランキングされた[1]。前回は6位だったが、前々回の14位からここ数年で順位を上げてきている。特に、健康分野は全国で1位であり、健康の現行指標のひとつである健康寿命は1位である。
 ここでは、山梨県の幸福度に寄与している健康に関して、特に、健康寿命に関して分析、考察する。具体的には、山梨県が健康寿命日本一である要因を探る。また、日本総合研究所が設定した指標の中には入っていないが、ここ数年注目が集まっている環境に関しても取り上げる。具体的には、エコロジカル・フットプリントによる環境負荷の低さにおいて、山梨県が日本一であることに関して分析、考察する。

2.健康寿命の長さ日本一

 都道府県別の健康寿命が日本で初めて報告されたのは、1999年、厚生省(現在の厚生労働省)の橋本修二研究班によってである[2]。この研究では、都道府県別の性・年齢階級別要介護者割合が推計され、平均自立余命期間(平均自立期間)が計算された。自立期間とは、介護認定の2以上にならない健康状態である期間であり、この平均自立期間を健康寿命と定義している。結果であるが、山梨県は、男女共に長い平均自立期間を有することが確認された。特に、女性に関しては、調査されたすべての年齢層(65歳以上、70歳以上、75歳以上、80歳以上、85歳以上)において、全国で最も長い平均自立期間が確認された。
 この結果を受けて、山梨県では「健康寿命実態調査分析研究会」が設置された。委員長には、山梨大学大学院医学工学総合研究部保健学Ⅱ講座(現在の社会医学講座)の山縣然太朗教授があたり、私も委員の一人であった。
 その後、2010年、2013年、2016年に都道府県別の健康寿命が厚生労働省から発表されている[3]。これらにおける健康寿命の算出は、前述した1999年の研究とは異なり、国民生活基礎調査のデータが使用された。具体的には、国民生活基礎調査における質問「あなたは現在、健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか。」に対する「ある」の回答者を日常生活に制限ありと定め、その割合を性・ 年齢階級別に集計し、健康寿命を計算している。
 結果は、2010年においては、山梨県の男性は全国で5位、女性は12位、2013年においては、男性は1位、女性も1位、2016年においては、男性は1位、女性は3位と報告されている。これらの報告から、山梨県の男女は長期にわたり、全国でトップクラスの健康寿命を有していると言える。
 上記した「健康寿命実態調査分析研究会」は、(1)疾病構造、(2)保健、医療システム、(3)社会的ネットワーク、(4)健康経済、(5)伝統的な生活習慣(食文化等)等の五つの視点で調査・研究を行った[4]。健康寿命実態調査報告書では、それぞれの視点での考察が行われているが、社会的ネットワークと伝統的な食文化に関する考察が興味深い。
 社会的ネットワークは社会との関わりや人間関係を意味するが、ボランティア活動や仕事をすること、友人や近所の人と会う機会を多くすることが健康寿命を延ばすことが確認された。
 社会的ネットワークは、その後ソーシャルキャピタルとして注目されるようになってきた。ソーシャルキャピタルとは、信頼や規範、ネットワークなど、社会や地域コミュニティにおける人々の相互関係や結びつきを支える仕組みの重要性を説く考え方のことである。アメリカの政治学者ロバート・パットナムは、『信頼・規範・ネットワークが重要な社会的仕組みの中では、人々が活発に協調行動をすることによって、社会の効率性を高めることができる』とし、それがソーシャルキャピタルの概念となった。東日本大震災の復興において、絆という表現でソーシャルキャピタルの重要性に注目が集まったのは記憶に新しい。
 山梨における「無尽」もソーシャルキャピタルの一つと考えられている。地域や仲間とのつながりをもつことで、健康に関する情報収集ができ、また、お互いの健康を把握できる。さらには、困ったときに支援を受けやすい。無尽はソーシャルキャピタルとしてのメリットを多く有している。報告書では、仲間と健康の話をしたり、いろいろな話をして人間関係を楽しんだりすることが健康寿命の延長につながることが確認されている。
 食生活も健康寿命の重要なキーワードの一つである。報告書ではスローフードの重要性が指摘されている。一例として、山梨県の郷土料理である「ほうとう」がとりあげられ、ほうとうと健康寿命との関係も確認された。ほうとう自体というより、スローフードの食習慣が重要であると考えられる。
 2016年の「社会生活基本調査」では、1日の生活時間の配分の中で、山梨県民が食事に費やす時間が全国の都道府県で一番長いことが確認された[5]。社会生活基本調査は5年に一度行われているが、山梨県の食事時間は、2001年以降、4回連続で全国一であった。山梨県において、スローフードと健康寿命との関係を裏付けるデータであると考えられる。
 報告書では、就業率と健康寿命との関係も指摘されており、就業率の高い県ほど健康寿命が長いことが確認された。2017101日時点の高齢者の有業率(全国平均は24.4%)を都道府県、男女別にみると、男性は長野県及び山梨県(共に41.6%)が最も高かった[6]。このことは、山梨県において、高齢者の就業と健康寿命との関係を裏付けるデータであると考えられる。

山梨が「健康寿命」で全国トップクラスにあることの要因と、自立期間を延ばすために大切なことは何かを山梨大学大学院の山縣然太朗教授ら専門家から聞いた特集記事(2019年2月8日、山梨日日新聞社提供)

 

3.エコロジカル・フットプリントによる環境負荷の低さ日本一

 2021年3月、総合地球環境学研究所は、都道府県別のエコロジカル・フットプリントを発表した[7]。結果は、47都道府県の中で、山梨県のエコロジカル・フットプリントが最低で、東京都が最高であった。換言すると、人口一人当たりにおいて、山梨県の環境負荷が日本で一番低く、東京都が一番高かった。
 エコロジカル・フットプリントとは、人間の活動において、地球環境にかけている負荷の大きさを表す指標である。人間が使用する資源を再生産するための土地の面積と、廃棄物の浄化に必要な土地の面積の合計を表している。環境に負荷をかける要因としては、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出や、森林伐採などによる資源の利用、魚を過剰に捕獲することなどがある。
 そして、その単位としては、グローバル・ヘクタール(gha)が使われている。グローバル・ヘクタールは「資源を再生産する能力、及び廃棄物を浄化する能力の世界平均値を持つ陸地水域1ヘクタール」と定義されている。
 よって、実際の土地の面積とグローバル・ヘクタールとには乖離がある。例えば、土地が牧草地の場合、牧草地の生物生産力が低いことから1ha1ghaとならず0.49ghaと評価されている。一方、1haの農耕地の場合は生物生産力が高いことから、2.21ghaと評価されている。そして、この単位は、大きさだけでなく、色、美しさ、味、においといった物事の総合的な価値までをも含んでいる。生物生産力とは、簡単に言うと、一定地域内で、一定時間に有機物を作る能力のことである。
 エコロジカル・フットプリントに関して、世界自然保護基金(WWF)は、以下のような計算式を紹介している。

エコロジカル・フットプリント=人口×1人あたりの消費×生産・廃棄効率

 総合地球環境学研究所による都道府県別のエコロジカル・フットプリントの算出方法であるが、先ず日本全体のエコロジカル・フットプリントが推計された。
 総合地球環境学研究所による論文では、2014年のデータが使われ、日本の1 人当たりのエコロジカル・フットプリントは4.7ghaであった。バイオキャパシティの世界1人当たり平均 1.7ghaで割ると、2.8倍利用していることがわかる。換言すると、もし世界中の人々が日本と同じ暮らしをすると、地球が2.8個必要になる。バイオキャパシティとは、現在の形態の土壌管理および抽出技術を使用して、人間が直接的または間接的に生成した廃棄物を吸収する可能性である。
 また、論文では、日本全体のエコロジカル・フットプリントのうち68%を家計部門が占め、さらに、家計部門全体を100%とした場合に、食、住居、交通の3カテゴリー合わせて75%を占めていることが確認された。
 このことから、都道府県別のエコロジカル・フットプリントの算出には、家計部門の、食、住居、交通の3カテゴリーが使われた。具体的には、それぞれのカテゴリーにおいて、各都道府県で一人当たりどのくらいの支出があるかを計算し、各都道府県の支出総額によって、都道府県別のエコロジカル・フットプリントを推計している。一人当たりの支出総額の大きい都道府県は、エコロジカル・フットプリントが大きくなり、支出総額の小さい都道府県は、エコロジカル・フットプリントが小さくなっている。
 「食」においては、お米やパンや麺類といった穀物、野菜、果物、魚介類、肉類、乳製品、アルコール類以外の飲み物などへの支出金額を集計している。「住居」においては、実際の家賃、帰属家賃、修繕費、水道料金、電気料金、ガス料金などの経費を、そして「交通」においては、車の購入費、車の維持管理費、公共交通機関への出費などを集計している。
 都道府県別のエコロジカル・フットプリントは支出額によって推計されているので、支出金額が少ないことが、環境負荷が少ないことに繋がっている。ただし、所得は調整されているので、食、住居、交通における少ない支出金額は、経済的な暮らしやすさを表していると言える。
 1人あたりのエコロジカル・フットプリントは、山梨県が最も低い4.06グローバル・ヘクタールである一方で、東京都が5.24グローバル・ヘクタールと最も高かった。これは、東京都の暮らしは山梨県の暮らしよりも29%環境への負荷が大きいことを意味している。また、山梨県のエコロジカル・フットプリントは、日本の平均より約13%小さかった。
 環境負荷の側面から、具体的には、食、住居、交通における経済的な暮らしやすさの側面から、山梨県は日本の中で一番暮らしやすい場所であると言えるのではないだろうか。

 

4.おわりに

 山梨県の豊かさに影響していると考えられる健康と環境について考察してきた。健康に関しては、山梨県の健康寿命が日本一である要因を探った。
 まず、無尽に代表されるソーシャルキャピタルが醸成されていることが要因の一つであると報告されていた。山梨県は、豊かな人間関係によって健康が、特に高齢者の健康が保たれているのではないだろうか。
 また、スローフードの食生活が健康に影響を及ぼしている可能性も示唆された。山梨県は、2001年以降、食事の時間が日本一長いことが報告されている。例えばほうとうのような郷土料理を、家族団らんでゆっくり食する文化が根付いていると考えられる。ゆっくり食事をすることは健康にいいことが検証されている。具体的には、肥満になりにくかったり、糖尿病になりにくかったり、更にはダイエット効果も期待できる。かむ回数が多いことは脳の活性化にもつながり、認知症になりにくいことも報告されている。そして、食事の時間が長いということは、コミュニケーションの時間の長さにもつながり、豊かな人間関係が構築されやすい。このような食文化によって健康が、特に高齢者の健康が保たれていると言っても過言ではない。
 さらには、高齢になっても働き続けているライフスタイルも健康に影響を及ぼしている可能性も示唆された。働いていることが健康につながっているのか、それとも、健康だから働くことができるのか、それとも、その両方なのか。このことは検証できていないが、高齢になっても働き続けることは、山梨県のライフスタイルの特徴であり、このようなライフスタイルが健康に繋がっているのではないだろうか。
 環境面でいうと、山梨県のエコロジカル・フットプリントが日本で最低であり、山梨県は環境負荷が日本で一番低い県であることが報告されている。都道府県別のエコロジカル・フットプリントの算出には、食、住居、交通の3カテゴリーの総合的な支出額が使われた。このことから、山梨県は、経済的に見て、日本で一番暮らしやすい県であると言える。
 私は現在山梨学院大学で教壇に立っているが、学会や会議などで全国各地から本学を訪れる教員は少なくない。ある時、本学を訪れていた教員の方から「この大学で学ぶ学生たちは幸せですね。」と声をかけられた。お世辞もあっただろうが、キャンパスの景観や施設など、学びの環境を褒めていただいた。しかし、当の学生はというと、それほど本学のキャンパスを高く評価してはいない。不満は少ないと思うが、他の大学と比較しないと、その良さは実感できないのである。
 山梨県民の意識も同じようなところがあり、上記したライフスタイルに由来した豊かさや、経済的な暮らしやすさを、日本一であるにもかかわらず、それほど感じていないのではないだろうか。
 最近では、県外から山梨に移住してきた人たちが山梨の良さを発信することが多くなったり、SNS等で山梨の魅力が発信されてきたりしているので、山梨県民も山梨の良さをより意識するようになってきている。実際、ブランド総合研究所による「地元愛が強い都道府県ランキング2020」によると、山梨県は25位であったが、前年の33位から順位を上げてきている[8]
 今後も、地域の価値を検証し、更にはそれらを発信することにより、実感できる地域の豊かさの向上につなげていきたいと考えている。


References

[1] 日本総合研究所(編)(2020)「全47都道府県幸福度ランキング2020年度版」東洋経済新報社
[2] 橋本修二他(1999)「保健医療福祉に関する地域指標の標準化と妥当性に関する研究」平成10年度厚生科学研究費助成金報告書
[3] 「健康寿命における将来予測と生活習慣病対策費用対効果に関する研究」厚生労働科学研究費補助金
[4] 「健康寿命実態調査報告書」(2004)山梨県、平成16年3月
[5] 「社会生活基本調査」(2016)総務省統計局
[6] 「統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんでー高齢者の就業」(2018)総務省統計局
[7] Kazuaki Tsuchiya, Katsunori Iha, Adeline Murthy, David Lin, Selen Altiok, Christoph D.D. Rupprecht, Hisako Kiyono, Steven R. McGreevy(2021)”Decentralization & local food: Japan’s regional Ecological Footprints indicate localized sustainability strategies” Journal of Cleaner Production
[8] 「地元愛が強い都道府県ランキング2020」(2020)ブランド総合研究所