Vol.280-1 デジタルジャカード技術で進化する郡内織物


山梨県産業技術センター富士技術支援センター
主幹研究員  五十嵐 哲也

1.はじめに

 富士吉田市を中心とした郡内地域は織物産地として古い歴史を持っていますが、業界の外での知名度はとても低い産地です。しかし近ごろでは世界文化遺産となった富士山だけでなく、織物の街をテーマにした「ハタオリマチフェスティバル」といったイベントが生まれ、小さな織物工場の活躍が新聞をにぎわすようになってきました。

図1 ハタオリマチフェスティバル2021の様子

 今回のニュースレターでは、古くからの郡内織物産地が伝統を継承しながら新しく生まれ変わり進化していくその一場面を、山梨県産業技術センターの活動とともに、「ジャカード織物」という切り口から掘り下げて紹介したいと思います。

 

「甲斐絹」のDNAを受け継ぐ産地

 2021年大河ドラマ「青天を衝け」の舞台となっている明治時代、絹糸と絹織物は近代国家を目指す日本の輸出産業の主役といっていい存在でした。
 山梨県でも盛んに養蚕と絹織物の製造がおこなわれており、今から約100年前の大正8年の工業統計表を見ると、工業生産額の97.2%を染織が占め、そのうち9割が絹糸だったそうです。山梨県は全国でも有数の絹糸産地であり、また織物では「甲斐絹(かいき)」という、今でいう産地ブランドが日本中に知られていました。
 その頃の山梨県の代表的な織物「甲斐絹」は、主に羽織の裏地に使われた薄手の絹織物でした。その用途上、薄くて丈夫な生地とするために細い絹糸を高密度に織ることが求められ、また見えないところの装いに価値を見いだす「裏勝り」「底至り」といった美意識から、裏地でありながら多色に染め分けてから織る先染め技法のほか、絣(かすり)や経糸捺染(たていとなっせん)など柄を出す染色方法を駆使し、図案にも工夫が凝らされ、色とりどりの美しい織物が続々と作られていました。

図2 絣甲斐絹 K002
西暦 1914 年[ 大正 3 年] 南都留郡谷村町 製作者: 平井国太郎
http://www.pref.yamanashi.jp/kaiki/kaiki_museum/kaiki-sample/k/k002.htm
図3 絵甲斐絹 E131
西暦 1913 年[ 大正 2 年] 南都留郡
http://www.pref.yamanashi.jp/kaiki/kaiki_museum/kaiki-sample/e/e131.htm

 

 当時の山梨の織物産業の強みは、このような凝った絹の裏地を生み出すために必要な織りと染めの高い技術と、クリエイティブな図案を生み出すデザイン力だったといえるでしょう。
 戦後になると、残念ながら洋装文化の浸透とともに甲斐絹は消失してしまいました。しかしいわば甲斐絹のDNAである技術やデザインは服裏地や座布団地、洋傘地などに活かされ受け継がれていきました。
 そうした時代、甲斐絹の技術に加えて産地の得意分野として新たに加わった新技術がありました。それが「ジャカード織機」を駆使する技術です。ジャカード織機は山梨へは明治30年頃に移入され、それから半世紀後、生産数量が最大となった高度経済成長期の頃には、郡内織物産地の強力な武器に成長していました。それまでの甲斐絹が織り方そのものは平織りという最も単純なものだったことを考えると、技術的に大きな飛躍と言えます。

図4 郡内織物産地で織られるジャカード織

 

3.ジャカード織物とは? ~コンピュータの母、ジャカード織機~

 ここで、ジャカード織物について説明したいと思います。誰もが聞いたことはあっても、意味がよく分からない言葉ではないかと思います。
 ジャカード織物というのは、織るときに経糸を複雑に操作できる「ジャカード織機」によって作られた織物です。何のために経糸を複雑に操作する必要があるかというと、経糸と緯糸(よこいと)の織り方(織物組織)を部分的に変えて柄を表現するためです。
 生地の表面を単純一様に織るのではなく、塗り絵や世界地図のように領域を分割し、領域ごとに異なる織物組織で織ることで、生地の上に模様が現れます。こうした織りによる柄の出し方は、古くは「紋織」などと呼ばれ、紀元前に中国で誕生したとされます。
 下の写真は、生地の織り方が一様なものと、場所によって異なるジャカード織物の生地の例を示したものです。

図5 織り方が一様な織物の例
図6 場所によって織り方を変えて模様を作っている織物の例

 

 紋織をするには何百、何千本もの経糸を操る複雑な操作が必要ですが、それは紀元前からの長いあいだ、人の手によって行われてきました。しかし1801年にフランスのジャカールという発明家が、ついにパンチカードを使った経糸操作の自動化に成功し、ジャカールの織機は一気に世界に広まっていきました。現在の日本でも彼の名を英語読みしたジャカードは紋織の代名詞として用いられています。

 

図7 ジャカード織機にかけられた紋紙(富士吉田市内)

 

 ジャカールが220年前に実用化した織機のパンチカード(紋紙)は、驚くべきことにほぼ変わらない姿で現代の織物工場でも使われています。
 紋紙は織機の織り方を穴の有無で記録したものです。穴がある(=1)なら経糸を上げる、穴がない(=0)なら上げない、という織り方の二値情報は、デジタル信号と同じ。つまり紋紙は、人類史上はじめて誕生したデジタルメモリーと言えるでしょう。
 ジャカールの発明から数十年後、イギリスの数学者チャールズ・バベッジはジャカード織機の紋紙に着目し、情報を記録する媒体としてこれを用いた「解析機関」を19世紀半ばに構想、これがのちのコンピュータにつながったとされます。このことから、ジャカード織機はコンピュータのルーツといわれています。

 

4.郡内織物産地の苦悩と挑戦

 高度経済成長期の頂点を過ぎると、現代にいたる半世紀のあいだに、郡内織物産地の生産数量は7分の1にまで減少しました(1969年と2019年の比較)。その主たる要因は、海外への生産拠点の移行と、輸入品の増加でした。山梨で織物業が存続するには、高級ブランドに採用されるような品質の良いものを、なるべく安く早く製造すること、そのために分業化・零細化していくこと、さまざまな品目に特化していくこと、そして時勢を見極めて製造品目を次々に変化させていくことが必要だったようです。産地工場の歴史をひもとくと、問屋~座布団地~裏地、というように業態や品目が世代ごとに変化する例が多く見られます。
 そうした流れの中で郡内織物産地は全国でも珍しい多品種産地となり、技術は高いけれど知る人ぞ知る(つまりほとんど一般に知られていない)下請け産地となっていきました。
 そんな郡内織物産地の工場の存続を阻んでいたのが、販路が縮小してしまったことと、生地単価や製造工賃が容易に上げられず、生産額や利益率が確保しづらいこと、これによる後継者の少なさです。これは現在でも大きな課題ですが、明るい兆しも見られます。
 それは、下請け産地から脱皮しようという後継者たちの挑戦によって、企画・デザイン力を高める取り組みや、ファクトリーブランド(自社商品群の開発と販路開拓)の立ち上げが進んでいることと、産地と消費者の関係を強化する活動が活発化していることです。

 山梨県産業技術センターでは技術的な支援と並行して、産地工場のそうした活動を支援してきました。商品開発のための研修、学生とのコラボ事業の支援、展示会への出展支援、産地の魅力を業界や消費者に伝える情報発信、デザイナーとのマッチングバスツアーの開催、産地工場グループのアンテナショップの立ち上げ支援など、この十数年に取り組んださまざまな活動が積み重なり、産地の知名度向上や新市場の開拓が少しずつ実を結び始めました。
 2021103031日に開催された『ハタオリマチフェスティバル』で産地のファクトリーブランドが軒を連ね、それらを求めて県内外から多くの来場者が訪れている風景からは、そうした成果を実感することができました。

 

5.デジタルジャカードの誕生

 上記のようなデザインや情報発信の支援とともに、山梨県産業技術センターでは独自の研究開発でもファクトリーブランドの商品開発を支援しています。そのひとつが、本稿のタイトルにもあるジャカード織物の新技術開発による商品化支援です。この節ではその技術開発の内容をご紹介します。

 ジャカード織機がコンピュータのルーツになったという19世紀の出来事から100年余り。1980年代になるとジャカード織物の設計にコンピュータが本格的に導入され始めました。

図8 コンピュータを使った現在のジャカード織物のデザイン・設計(宮下織物(株)

 

 ほとんどの場合、コンピュータは既存の手法の省力化と高速化に用いられましたが、同時にコンピュータがなければ生まれなかったような新しい織物がデジタルジャカード、コンピュータジャカード、写真織などと名付けられ国内外で開発され始めました。
 その多くは写真そっくりに見えるような織物を目指したものでした。技術的には非常に面白いものですが、いま私たちの身の回りにそういう商品がほとんど見当たらないことを思うと、まだコストと需要が見合うような使い方が見つかっていないのかもしれません。

 ただ写真のように織れるだけでは商品開発に役立てそうにないという現状を考慮し、私が取り組んだデジタルジャカード技術は、産地工場で役立ててもらえるものにするため、主に次の点に特化して技術開発を進めました。

①スムースなグラデーションがきれいに織れる技術
②細かい模様を高解像度に織れる技術
③高い明暗コントラストで織れる技術

 これらの技術を説明するため、次にデジタルジャカードの基礎について紹介します。

 

6.グラデーションを織るにはどうするか

 織物組織は経糸と緯糸の交差がどのように分布しているかのパターンです。既存のジャカード織物は、模様がくっきりと塗り分けられた塗り絵のように、領域ごとに同じパターンが繰り返されています。ではグラデーションを織りたいときにはどうすれば良いでしょうか。図9にそのコンセプトを図解しましたのでご覧ください。
 図中にあるように織物組織を白黒のマス目であらわしたものを組織図といいます。最も経糸(黒)が多く見えている状態(図9A)と、逆に緯糸(白)が主に見えている状態(図9 B)を両極端として、ABの中間段階では黒く描いた点、「組織点」の数を変化させていくことで、織物上にグラデーションを表現することができます。

図9 織物組織図とその応用によるグラデーションの作り方

 

 大きな面積のグラデーションでは多数の組織点が必要になり、人の手では非常に困難な作業となりますが、コンピュータの自動計算で行えば面積の制約を受けず、写真のような複雑な陰影を織物にすることができます。そのため、コンピュータジャカード、デジタルジャカードというのは写真をモチーフにすることが多く、写真織とほぼ同義として扱われています。人の手とコンピュータどちらによってでも、きれいなグラデーションを織るためには、途中段階の組織点をどのように決めていくかがポイントになります。

 

7.グラデーション画像を織物組織に変換するには

 ここから説明をさらに一歩進めて、開発した独自技術の基本的な原理をご説明したいと思います。
 先に書いた①スムースなグラデーションがきれいに織れる技術、②細かい模様を高解像度に織れる技術、の二つは、途中の組織点の埋め方を独自に工夫した新技術です。この技術は山梨県産業技術センターで私が開発し特許を取得したものをベースに、山梨大学の茅・豊浦研究室(当時)との共同研究として行われ、さらに二つの特許を山梨県・山梨大学共同出願により取得しています。

 この技術の重要なキーワードが「閾値(しきいち)」と「二値化(にちか)」です。聞きなれない言葉ですが、受験でたとえてみると「合格ライン」が「閾値」で、「合格か不合格か」という2通りの結果を出すことが「二値化」です。閾値を使って幅広い値を持つデータを二値化することを、二値化処理といいます。織物の場合の「二値」というのは、1本の経糸と1本の緯糸が交差するとき、どちらが上か、という2通りの状態を示します。

 次の図10では開発した技術による画像の二値化処理の原理を示しています。
 まず、再び受験の例で説明しましょう。Aは座席に受験生が並び、それぞれの得た点数が書いてあると思ってください。Dは合格ラインが全員共通の128点であることを示します。Eは合否の結果、0は不合格、255は合格です。
 同じように、開発した技術のプロセスをABCに示しました。Aは画像の輝度データ(0255)、Bのステッピングディザマスクは閾値で、Cは二値化した結果です。受験の合格ラインと違うのは、Bの閾値が一定ではないことです。

図10 ステッピングディザマスクによる閾値処理

 

 さまざまな異なる閾値が配置されたBを使ってAを二値化すると、Cのような結果が得られます。受験で例えると合格ラインが一定ではないので、点数が低いのに合格したり、逆に高い点数を取ったのに落ちたりする受験生がいることになります。個々の学力を正しく反映していないので、一人一人の受験生の視点からみるととんでもない結果です。
 しかしCを全体として見てみると、合否の結果だけしか見えないEとくらべて、二値化したあとにもかかわらず学生たちの取ったAの点数のグラデーションの濃淡が少し反映されているのが分かるでしょうか。
 このような結果が得られるのは、合格ライン(=閾値)の配置と値がきれいに散らばっているので、白と黒の分布や出てくる割合が元のデータに従って決められ、全体として中間調を表現できるためです。
 このように閾値の配置と値を意図的に散らばせることで、二値化処理後にも中間調が表現できるようにする方法を、画像処理ではディザリングと呼びます。印刷でも白い紙に黒いインク1色で白黒写真のようなグレースケールを表現するときに用いられます。
 ステッピングディザマスクと名付けたBは、織物に特化したディザリングをするために特別に設計した閾値の配置パターンです。本稿で紹介している独自の技術開発というのは、つまり閾値をどのように配列すれば美しい織物になるかを突き詰めた結果の技術といえます。
 「ステッピング」というのは階段状という意味で、図11Cのように、閾値は横に見ると周期的に上り下りする階段状の値を持っていることを表しています。最も暗い「0」の配置は、Aの織物組織パターンに準拠しています。またBの閾値は0255以外はすべて均等に散らばせた異なる値を持っています。これら三つの性質によって、どんな画像データでも、陰影を忠実に再現しつつ、織物組織として成り立つ二値化結果を得ることが可能になります。

図11 ステッピングディザマスクの構造
図12 ステッピングディザマスクを使った織物組織パターン

 

8.より美しいものを実現するために

 ここまでが研究のスタート地点です。ここからの研究で一番大事なところは、Bの0255以外の閾値を、どういう風に並べれば一番望ましい結果が得られるか?という点です。実はBのステッピングディザマスクは、その意味では未完成で質の悪いものでした。何が悪いかというと、図11Dのように541の近接した8個の閾値の並び方は、上が小さく、下が大きいという偏りがあることが分かります。これがあると二値化結果にも偏りが生まれ、図13のように意図しないパターンが模様として生じてしまいます。

図13 好ましくない二値化結果の例
Bは一見すると微妙な濃淡を二値化処理後も反映できているようだが、品質を評価するためガウス処理(ぼかし)を加えると縞模様のような繰り返しパターンが発生してしまい、閾値の配置に偏りがあったことがわかる。

 以上のようなわけで、スムースなグラデーションをきれいに織るために、閾値の偏りによるパターンが見られず、最も美しく織り上がるようなアルゴリズムの開発を行いました。
 「②細かい模様を高解像度に織れる技術」の方では、①の方法を基準にしつつ、画像データに微細な変化があったときには、それを優先して組織点に反映させるアルゴリズムを開発しました。その結果は、図14のとおりです。

図14 細部の再現性を高めた処理の試織結果

 

 三つ目の「③高い明暗コントラストで織れる技術」では、下の図15に示した「スティーブングラフ」と呼ばれる100年以上前のフランスの織物がヒントになりました。

 

図15 スティーブングラフ作品「Le Printemps」の全体像及び部分拡大

 

 スティーブングラフ(stevengraphs)は、19世紀後半にイギリス、コヴェントリーのリボン織物業者Thomas Stevensが考案した絵画調のジャカード織物で、肖像画、ポストカードなどの形で商品化されました。同様の織物は多くの織物業者により19世紀後半から20世紀中葉にかけて製造され、それらを総称してスティーブングラフと呼ばれています。
 写真に示したのはフランスのNeyret Frères社によるスティーブングラフの作品「Le Printemps」で、その製作年代は1899年、もしくは1908年とされています。
 この作品の特筆すべき点は、光の当たる明るい白い箇所と、黒い影の明暗コントラストのすばらしさと、豊かな中間調の表現力です。この織り方を解析した結果に、これまで開発した技術を導入することでデジタル化し、階調の再現性をさらに高める新しい技術開発に結び付きました。これをデジタル・スティーブングラフと呼んでいます。

 

9.誕生した商品群

 ご説明したような研究開発を行いながら、開発したデジタルジャカード技術を郡内織物に導入し、ファクトリーブランドの開発やオリジナルの生地商品の開発に役立てるための支援を行っています。
 何より重要だと思って取り組んだのは、従来からあるような写真そっくりな織物ではなく、何を織ればその織物工場の良さを生かしつつこの技術が新しい商品に結び付くかという、技術の使い方を見いだすことでした。

(1)晴雨兼用傘「こもれび」

図16 こもれび
発売:2018年5月
製造・販売:(株)槙田商店(南都留郡西桂町)https://www.makita-1866.jp/

 

 八ヶ岳のすそ野に広がる美しい雑木林の風景をイメージして、傘に落ちる木漏れ日の光と影を、なめらかなグラデーションで表現したシリーズです。これまでのジャカード織物と違うのは、柄のすべてがグラデーションのみで作られていることです。これによって開発した「①スムースなグラデーションがきれいに織れる技術」の特徴がふんだんに生かされています。写真のなかのベージュ色は経糸、グリーンが緯糸で織られています。
 柄は「カエデ」「ブナ」があり、それぞれ4色展開しています。写真はカエデのグリーンです。

 

(2)「やまなし縄文シルクスカーフ」

図17 やまなし縄文シルクスカーフ
発売:2020年1月
製造・販売:(株)前田源商店(富士吉田市)https://www.maedagen.co.jp/

 

 このスカーフのデザインのもとになったのは笛吹市で出土し、 山梨県立博物館に所蔵される縄文土器「大型深鉢(渦巻文)土器」です。その図案は山梨県産業技術センターで立ち上げたインターネット上の『山梨デザインアーカイブ』でも閲覧することができます。
 立体的な文様を自然な陰影で織り上げるために「①スムースなグラデーションがきれいに織れる技術」が使われています。遠目には無地調ですが、近くで見ると繊細な陰影が浮かび上がるデザインです。商品はベージュ、ピンク、ネイビーの3配色で、写真はベージュです。

 

(3)晴雨兼用傘「星降る森」

図18 星降る森
発売:2021年6月
製造・販売:(株)槙田商店(南都留郡西桂町)https://www.makita-1866.jp/

 

 八ヶ岳の森で見上げる夜空をイメージした夕空を描いた傘で、暗い夜空と明るく輝く星をくっきりと表現するために「③高い明暗コントラストで織れる技術」であるデジタル・スティーブングラフが使われています。写真のように見えますが、恒星の観測データを元にマッピングして画像を作成したもので、実際の星座がいくつも描かれています。柄は夕空を描いた「Twilight」、真夜中を描いた「Midnight」の2種類、写真はMidnightです。

 

(4)ブランケット「Visual Dictionary Blanket

図19 Visual Dictionary Blanket
発売:2021年10月
製造・販売:(株)前田源商店(富士吉田市)https://www.maedagen.co.jp/

 

 テキスタイルデザイナーのYUMI YOSHIMOTOさんがデザインを担当して一緒に開発した商品です。コロナ禍で外出がままならない中、室内でも自然が感じられるように、というコンセプトで作られました。花の写真をもとにして、印刷の版のように色分解した二つの画像を重ね合わせるようにして植物図鑑のイラストのような柄を表現しています。自然な陰影を描くために「①スムースなグラデーションがきれいに織れる技術」が使われています。色はサニーフォレストとセピアブラックの2配色があり、写真はサニーフォレストです。

 

(5)さまざまな生地

図20 宮下織物(株)によるジャカード織物
製造・販売:宮下織物(株)(富士吉田市)
http://www.miyashita-orimono.jp/

 

 

 (1)~(4)で紹介したのはファクトリーブランドの商品で、自社のオリジナル商品として製造販売されているものです。上の2枚の写真は、オリジナル生地としてファッション業界向けに販売される生地商品です。
 左のぼんやりした凹凸の柄は「①スムースなグラデーションがきれいに織れる技術」、右の細かい柄は「②細かい模様を高解像度に織れる技術」が使われています。
 ここで紹介している2点はどちらも宮下織物(株)のものですが、現時点で計6社の織物工場がこのデジタルジャカード技術に関する特許実施契約を結んで生地開発を進めており、その成果が市場に出始めています。

 

10.まとめ ~クリエイティブな未来都市へ~

 郡内織物産地は、長い歴史と伝統を継承しつつ、創意工夫とともに形を変えながら存続してきました。織物組織としてみれば最も単純な平織りによる甲斐絹から、複雑極まりないジャカード織を取り入れて使いこなすような柔軟性こそが、もしかしたら受け継いだ伝統技術の神髄なのかもしれません。
 甲斐絹が失われたあとも、高度経済成長期から平成にかけて高級ブランド品のOEM生産のなかで難題に応える技術力や応用力が鍛えられ、現在の旺盛な新商品開発力に進化したともいえるでしょう。そうした挑戦の姿は次第に共感を呼び、これまで産地であまり姿を見ることのなかった消費者や若いクリエイターが次第に街に集まり始めています。
 郡内織物産地が甲斐絹の技術とデザイン力をこのようにして過去から現在、未来につないでいく先には、クリエイティブな未来都市といえる場所が広がっているのではないでしょうか。私たち山梨県産業技術センターの職員も産地の職人たちに寄り添いつつ、独自の技術開発でサポートしながら産地の進化を今後も支援していきたいと考えています。


参考文献

シケンジョテキ/甲斐絹ミュージアムより#
甲斐絹ミュージアム
「ジャカードという表現」/阿久津光子/総合文化研究所年報
ハタオリマチフェスティバル
ハタオリマチのハタ印
フジヤマテキスタイルプロジェクト
ヤマナシハタオリトラベル
Stevengraph silks
Stevengraphs Bookmarks & Postcards Etc.
シケンジョテキ/こもれび誕生!
山梨デザインアーカイブ
シケンジョテキ/誕生!やまなし縄文シルクスカーフ!
シケンジョテキ/『星降る森』誕生!