Vol.281-1 山梨と書道文化の歩み


日展準会員 山梨県書道会理事長
玄遠書道会会長 大橋 洋之

1.はじめに

 山梨と書道の関わりは誠に深いものがある。たとえば身延町西嶋では甲州手漉き和紙が地場産業として歴史を重ね、市川三郷町でも製紙業が盛んである。旧六郷町では古くより印章業が栄え、手彫り印章の技術は連綿と受け継がれている。昨今ではふるさと納税で手彫り印章の受注も着実に増えてきているという。また早川の支流の雨畑川で採石された良質な蒼黒色の石は古くより雨畑硯として全国で名を馳せている。書道にとって何より恵まれた環境に山梨は置かれている。そんな環境も一因であろうか、山梨の書道熱というものを以前より感じていた。

 

2.全国でもまれな歴史ある1万人規模の席書き大会

 この書道熱は、特に指導者の熱意と子どもたちや書道愛好者の頑張りが大きいのであるが、加えて山梨各地で催される、主に児童生徒を対象とした書道展もこの書道熱の一助となっている。市川三郷町の「大門碑林全国書道展」、「三珠文殊県下書道展」、身延町の「西嶋和紙の里蔡倫書道展」、甲斐市の「山縣大弍書道展」。また「JA書道コンクール」や「教育祭書初め」、玄遠書道会主催「玄遠書道全国書道展」、山梨県書道会主催「教育書道展」等々。

市川三郷町などによる大門碑林全国書道展には全国から応募があり、展示も壮観(2021年11月10日付、山梨日日新聞社提供)
山県大弐にちなんで毎年開催されている山県大弐書道展(2019年9月18日付、山梨日日新聞社提供)

 

 そして、年度の締めくくりとして開催される、今回82回大会を数える「山日YBS席書き大会」の存在は大きい。一昨年は山日YBS席書き大会は第80回の記念の大会を開催し、私も大会運営委員長として大きく関わらせていただいた。その山梨日日新聞特集号に次の一文を寄稿した。

 2020年、山日YBS席書き大会は、本年80回の大きな節目となる記念の大会を迎えました。戦前昭和11年より始められた大会は一時の中断こそあれ、長きにわたる大会の継続は多くの先達や関わってこられた全ての方々の力の結集に他ありません。近年書を取り巻く環境が変わる中、大会関係者の智恵と尽力により大会は継承され大きく発展してまいりました。大会は各々の会場に会し、1万人の人々が席書き方式で作品を完成させます。恐らくこれほど歴史の長い大きな大会は全国でも希有(けう)なことでしょう。
 今大会も大勢の方々にご尽力いただいています。会場を提供していただいた県下51校の小学校、申込受付会場の方々、大会をスムーズに運営する監督の先生方。特別会場として席書き大会の主旨にご賛同いただいた幼稚園、保育園、高校芸術書道の先生方、また県外より北は栃木、茨城から南は沖縄までの指導者の先生方、一般参加の書道サークルの皆さん、そして支援学校や養護老人ホームの関係者の皆さま。また、昨年8月より長期間にわたり、大会運営に力を尽くされた事務局の先生方とスタッフの皆さま。そして何よりご参加いただいた全ての皆さまに深甚なる敬意と心よりのお礼を申し上げます。(中略)
 私の祖父も父もそして子供たちも大会に携わり、大きく育てられて参りました。皆さんのお父さま、お母さま、おじいさま、おばあさま方も過去の大会に参加してくださった方も多くいらっしゃると思います。また、1年に1度、家族皆でこの大会に参加してくださっているご家族も多くいらっしゃいます。そして、大会に向けて研鑽(けんさん)を積んだであろう、素晴らしい作品が毎年たくさん生まれ、展覧会場に陳列され表彰されています。これほど県民に多く親しまれ、こんなにも長く続く席書き大会の魅力は何でしょうか。そこには誰もが持っている美しい文字への憧れ、手書き文字の力、書の持つ大きな感動、そして練習を積み重ねた後、あの席書きという特別の緊張感の中で作品を書き上げる達成感があるからでしょう。今後も90回、100回を目指し、書道文化の向上発展とともに県民的行事として、歩んでいくことを期待して止みません。

 まさしく席書き大会は、何世代にも亘り人々が関わりながら、年初めの県民的行事に位置づけられている大会となっている。人材と環境、またさまざまな書道展、これらのファクターが結集して山梨の書道熱が結実されているように感じられる。

 

延べ1万511人が参加した、節目の第80回山日YBS席書き大会公開審査の様子を伝える新聞記事(2020年2月11日付、山梨日日新聞社提供)

 

3.先達の熱い思いを受け継ぐ

 私の祖父大橋堯山(明治30年〜昭和48年)は昭和6年、山梨書道会を創立し、初代理事長に就任。昭和10年、山日県下学生書初め大会を興した。これは山日席書き大会の前身である。昭和21年、山梨書道会は発展的に解消し、山梨書道協会と改名し理事長に就く。昭和25年、書誌『玄遠書道』を創刊。今日、202112月をもって864号を世に送り出す礎を築いた。昭和46年、小学校に書道の必修復活が叫ばれる中、大いに同志を糾合し、また門戸を広く開放し山梨県書道会を興しその顧問に推されている。昭和22年より個展を開催すること6回。まさに山梨の書道の草創期を中心となり、激動の時代とともに駆け抜けている。
 私の父大橋南郭(大正12年〜平成31年)は、書を文化勲章受章西川寧先生に、漢詩を身延町西嶋出身の日本漢詩壇総帥を務められた笠井南邨先生に師事。昭和44年、山梨県書道会設立に中心となり奔走。昭和48年、父堯山の意を継ぎ書誌『玄遠書道』を主幹、翌年、玄遠書道会会長に就任する。昭和50年、日展第五科書で県内初の特選を受賞。昭和60年、山梨県書道会2代目理事長に就いている。平成7年、山梨県文化功労者賞受賞。晩年は個展や漢詩集『渾元集』を出版。父は中央書壇の第一線で活躍し山梨に新風を送り込み、強力なリーダーシップをもって山梨の書道界を今日の隆盛に導いた立役者であった。祖父、父を始め書に携わる多くの偉大な先達の熱き思いが受け継がれ、今日の山梨の書道があるのである。

 

第8回日展(2021)「看脚下」 日展準会員  大橋 洋之(203×61)

 

 「看脚下」は私が第8回日展に出品した作品である。「看脚下」「脚下照顧」は、禅語で茶道の精神にも通ずると、長年、お茶に携わってきた母から聞いたことがあった言葉だ。即ち「自分の足元を見よ」「己の立脚するところを見失うな」「常に自戒せよ」といった意味である。日展に提出した作品解説では次のように記した。『「看脚下」の三文字を金文で縦に配した。一筆一筆を大切に一本一本の線の存在感と書より発する生命のエネルギーを念頭とした。躍動する筆線と重厚さ、そして新鮮な空間表現を目指し、文字内外の白が活躍するよう心掛けた』。
 私は第44回日展特選、改組新第3回日展特選を受賞し、現在、日展準会員として活動している。

 

4.書道におけるサスティナブル

 2020年の春先からの新型コロナウイルス感染拡大の波は、現在は感染状況が改善されているとはいえ、未だ収束を迎えることなく、季節は2度目の冬を迎えた。この閉塞感のある日々が長く続く中、書道展を始め多くのイベントやコンクールが中止された。しかし書道や文化に対する熱い気持ちや向上心などの欲求はなくなることはなかった。書道塾での先生方の指導もさまざまな感染症対策や工夫を凝らし、時にはリモート指導を行い、書道文化を繋いできた。
 コロナ禍という困難の中、書道における「サスティナブル」(持続可能な発展)も大いに考えていかなければならない課題である。日本人として四季の移ろいを感じ、詩句を書き、筆墨硯紙の道具に囲まれ、道具を大切に扱う。そして日本人としての美意識である余白を大切にする感性を磨く。平等で平和な空間を創出する書は「サスティナブル(持続)」していかなければならない文化であろう。
 文化庁は書道を生活文化の中に組み込み、この度、登録無形文化財に書道が認定された。いずれは皆の願いが叶い、書道がユネスコの無形文化遺産に登録されるであろう。
 持続という点でいうと、誰もが美しい文字を書きたいという欲求を持っている。この一生涯つきまとうであろう欲求に書道はどう手を差し伸べるか。例えばこれから書塾においても年齢や怪我、サスティナブルが肉体的に難しかったり、生活様式の変化等からじっと正座をしていられない子どもの割合が増えてきたりするであろう。
 既に行っている書塾もあるのだが、正座でなく、椅子を使ったお稽古も考えていかなければならない。また筆墨硯紙を作る伝統技術を承け継ぎ次世代に伝えていくことも重要である。書道は生活文化、そして芸術として自らの生活の質を高め、生活に潤いを持たすための方途として、さらにサスティナブルな社会をつくる一員として寄与していけるのではないかと思っている。

 

5.筆文字の持つ力

 活字が氾濫する今の世の中にあって、筆文字の持つ力、アピールする力も書道の大きな役割となっていくであろう。手前味噌で恐縮であるが、一昨年、甲府市の担当者より開府500年を記念して甲府駅駅名標を一新したいとの依頼を受け、セレオ甲府の南側に設置する「甲府駅」を揮毫。武田信玄公の威風堂々とした姿と、木簡の生命力溢れる躍動感をイメージし、力強く書き上げた。

「甲府駅」駅名標の揮毫をする筆者
甲府駅ビル・セレオ甲府の南壁に設置された「甲府駅」駅名標(大橋洋之氏揮毫)

 

 また、Wリーグ(バスケットボール女子日本リーグ)に所属する山梨クィーンビーズの本年のスローガン「凌駕」を書かせていただいた。東京2020オリンピックの女子バスケットボールの活躍は記憶に新しい。山梨クィーンビーズにおいても相手を凌駕する活躍を願うとともに、皆さんにもぜひ一層応援していただきたい。これも書の持つ大きな発信力の一つである。

 

Wリーグ山梨クィーンビーズの2021スローガン「凌駕」を揮毫する筆者
Wリーグ山梨クィーンビーズの2021スローガン「凌駕」の力強い筆文字(大橋洋之氏揮毫)

 

6.満足度の高い子どもの習い事

 本年9月1日に、ある雑誌のLINE記事の中で、「保護者1,101人に聞いた、満足度が高い子どもの習い事」TOP3が配信された。子ども向けの習い事は選択肢が多く、将来のためを思ったり、本人の特性などを考えたりすると、何を選んだらよいか迷うところである。
 記事によると全56ジャンルの習い事についてアンケート[1] を実施。子どもが現在通っている、また過去に通っていた習い事の満足度についての結果である。堂々の満足度第1位に輝いたのは、将来に役立ちそうな「書道・習字」であった。パソコン・スマホの普及で、手書きをすること自体が減りつつある現代でも、書道・習字は「満足度の非常に高い習い事」として回答者の97%が「満足」と回答している。
 その満足している理由として、①将来に役立ちそうだから、②本人が楽しんで通っているから、③先生のコーチの人柄が良いから、④月謝に対して見合っているから ⑤集中力がついたから、⑥礼儀・作法が身についたから、等となっている。記事は、社会人になり字がきれいに書けると、周囲に良い印象を与えること、自らの経験により「将来に役立ちそう」と考え、お子さんに習わせる保護者が多いように見受けられるとまとめていた。
 また「本人が楽しんで通っているから」「集中力がついたから」と回答が寄せられた一方で、「本人が前向きに通えていない」との回答も。一定時間、同じ姿勢を保ち集中力を要する書道は、お子さんの性格によって、向き不向きに分かれそうだとも。ちなみに第2位は「スイミング」、第3位は「ピアノ」であった。
 何とも我々の背中を強く押してくれそうな力強いアンケートである。書道は、アンケート結果にもあるように集中力や礼儀作法が身につく。それにも増して、感性や日本人としての美意識、文字を大切にする心が育ち、手書き文字、筆文字には活字にはない温かさ、力強さが備わると思っている。今こそおうち時間を大切にし、お子さんやお孫さん、そして我々も筆を持つ時間を大いに割いていきたいものである。

 

7.結びに

 結びに、山梨総合研究所には書道について寄稿する機会を与えられ、心の底から感謝申し上げたい。書の道は深遠で厳しく、書の本質の追求は、天地万物の生命を生み出す根源的なものの正体を探るが如き感がする。書道には到達点はないのだが、我々は書道の裾野を広げ、幼児や小学校低学年からの書道教育に努め、楽しさや書道による生活への豊かさ潤いを発信する使命がある。今後も皆と手を取り合い、知恵を巡らし、日本文化の根幹をなす書道文化の継承と発展のため力を尽くして参りたい。


1]【2021年度版】子どもの習い事《満足度》を1101人の保護者に聞いてみました! https://sp-sukusuku.jp/5000000020-2/ 「習い事メディアSUKU×SUKU