Vol.281-2 地域内の連携によるカーボンニュートラルに向けた取り組み ~J-クレジット制度を題材に~
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 櫻林 晃
1.はじめに
近年、カーボンニュートラルという言葉をよく耳にするようになった。世界中で地球温暖化に対する問題意識が高まっており、2015年に気候変動問題に関する国際的な枠組みであるパリ協定が採択され、世界の120カ国以上が2050年に二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることを目標として掲げている。日本でも、2020年10月に政府が2050年までの温室効果ガス排出実質ゼロにすることを宣言している。
山梨県においては、2021年2月に全国初となる県内全市町村共同による「やまなしゼロカーボンシティ宣言」が行われた。また、自治体、団体、企業などがパートナーシップを構築しながら、2050年までに県内の温室効果ガス排出量実質ゼロの達成に向けて取り組むための組織として、知事や市町村長、各界のトップで構成する「ストップ温暖化やまなし会議」が設立された。カーボンニュートラルに向けた取り組みは、県内のあらゆる主体が検討しなければならない重要な課題となっている。一方で、自治体や企業が地域においてどのような取り組みを行うべきか、模索している段階にあると筆者は考える。
本稿では、温室効果ガスを削減のための政策手法の一つであるカーボンプライシング、特に国が運営するクレジット制度である「J-クレジット制度」に着目して、地域におけるカーボンニュートラルに向けた取り組みについて考えてみたい。
2.カーボンプライシングとクレジット制度
(1)カーボンプライシングとは
カーボンプライシングとは、炭素の排出量に価格を付けて、排出者である企業等に対してCO2削減につながる設備や研究開発への投資、脱炭素型のビジネスモデルへの転換等の行動変容を促す経済的手法である。
カーボンプライシングを導入することで、CO2の削減が環境価値として顕在化することになり、企業における低炭素技術への投資意欲が刺激されてイノベーションが促進されることや、低炭素関連の技術やサービス、再生可能エネルギー等に対する需要が喚起されることが期待される。
(2)クレジット制度とは
カーボンプライシングに関する制度には、CO2の排出量に比例した課税を行う「炭素税」、企業間で排出枠の超過分と余剰分を売買する「排出量取引」、CO2の削減量や吸収量をクレジットと認証して売買する「クレジット取引」等がある。
「炭素税」について、国内では2012年に地球温暖化対策のための税(地球温暖化対策税)が導入されており、化石燃料に対してCO2の排出に応じた税率が上乗せされている。また、「排出量取引」はEUや中国などの諸外国では導入されているところもあるが、国内では東京都などの自治体を除いて排出量取引制度は導入されていない。
「クレジット取引」は、CO2の削減量に価値を付けて市場ベースでやり取りをするものであり、国連や各国政府が運営する政府主導のクレジットと、民間が自主的に運営するボランタリークレジットがある。国内で運用されている代表的なクレジットとしては、「非化石証書」、「グリーン電力証書」、「J-クレジット制度」等が挙げられる。
今回は、カーボンプライシングの手法の中でも、国が運営する制度であり、参加事業者に制限がなく、取引量が拡大している「J-クレジット制度」について、制度の概要や活用事例等を深掘りしてみる。
3.J-クレジット制度の概要
(1)J-クレジット制度とは
J-クレジット制度は、CO2などの温室効果ガスの排出削減量や吸収量を「J-クレジット」として国が認証する制度である。2008年度に開始した国内クレジット制度[1]とオフセット・クレジット(J-VER)制度[2]を発展的に統合した制度で、2013年度から国(経済産業省・環境省・農林水産省)によって運営されている。
J-クレジットの認証は「ベースライン・アンド・クレジット」という考え方に基づき、ベースライン排出量(対策を実施しなかった場合の想定CO2排出量)とプロジェクト実施後の排出量との差である排出削減量を評価してクレジットとして認証される。省エネルギー化に貢献するボイラーや照明設備の導入、木質バイオマスや太陽光発電などの再生可能エネルギー等の導入、適切な森林管理による植林や間伐等のプロジェクトを実施することで、J-クレジットを創出することができる。参加事業者に制限はなく、大企業、中小企業、地方自治体、地域コミュニティなど、あらゆる主体が申請することができる。
創出したJ-クレジットは、企業活動等で排出されるCO2をクレジットで埋め合わせするカーボン・オフセットや、地球温暖化対策推進法に基づく排出量報告の調整、企業が自らの事業の使用電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを目指す「RE100」の達成などの用途に活用することができる。また、J-クレジットの創出や活用を行うことで、温暖化対策に積極的な企業としてアピールすること、社内の意識改革などにつながるなどのメリットが挙げられる。
J-クレジットはCO2排出量を削減した創出者と削減したい購入者の間で売買することもできる。創出者はクレジットを売却した利益を新たな設備投資等に充てることができ、購入者は直接的なCO2削減の活動が行えなくても購入したJ-クレジットを活用することによって、間接的に地球温暖化対策に貢献することができるため、J-クレジット制度は資金循環を生み出すことで環境と経済の好循環を促進することが期待されている。
図 1 J-クレジット制度の概要
(2)J-クレジット制度の活用状況
J-クレジット制度の登録プロジェクト件数は2021年10月25日時点で374件となっており、国内クレジット制度とオフセット・クレジット(J-VER)制度からの移行を含めると872件となっている。内訳をみると、木質バイオマスやボイラー、太陽光発電設備の導入、森林経営活動のプロジェクトが多くを占めている。
また、J-クレジットは、大口活用者向けに入札販売が実施されており、直近で行われた2021年4月の入札平均販売価格は、再生可能エネルギー発電起源が2,536円/t-CO2、省エネルギー起源が1,518円/ t-CO2となっている。なお、J-クレジットは相対で取引することも可能であり、クレジットの売買価格と売買量を個別に決めることもできる。
図 2 登録プロジェクトの方法論別内訳(移行含む)
4.山梨県内の取り組み
J-クレジット制度を活用した地域におけるカーボンニュートラルに向けた取り組みについて、まずは山梨県内の活用事例について整理する。
本県では、山梨県および南アルプス市がJ-クレジット制度の前身であるオフセット・クレジット(J-VER)制度を活用して、全国でも先駆的なプロジェクトとしてクレジットを創出・売却している実績がある。一方で、J-クレジット制度のプロジェクト申請件数は少なく、J-クレジット制度の活用はあまり進んでいないのが現状である。
①山梨県「やまなし県有林活用温暖化対策プロジェクト」
山梨県では、県有林における森林整備、環境保全活動、持続可能な森林経営を推進するため、2010年度に間伐によるCO2の森林吸収(温暖化対策プロジェクト)を行う「やまなし県有林活用温暖化対策プロジェクト」を実施し、オフセット・クレジット(J-VER)制度を活用して森林認証による国内第1号のプロジェクトとしてカーボンオフセットクレジットの発行を行った。
2011年度より県ホームページでクレジット購入者の募集を行っており、売却したクレジットの販売益を県有林内の森林整備に活用している。
図 3 「やまなし県有林活用温暖化対策プロジェクト」概要
②南アルプス市「小水力発電導入による温室効果ガス削減事業」
南アルプス市では、2010年2月に小水力発電を行う「金山沢川水力発電所」を整備し、発電した電力のうち芦安山岳館等(公共施設)で消費した電力相当分について、系統電力からのCO2排出を削減したものとして、オフセット・クレジット(J-VER)制度を活用してクレジットを創出している。水力発電からのオフセット・クレジット(J-VER)創出は全国で第1号であり、クレジットの販売益を新たな温暖化対策の事業の財源に充当している。
図 4 「小水力発電導入による温室効果ガス削減事業」スキーム
5.全国の取組事例
次に、全国で行われているカーボンニュートラルに向けた取り組みのうち、J-クレジット制度を活用して様々な主体が連携している先進的な取組事例を紹介する。
(1)鳥取県日南町の取り組み
①日南町「日南町有林J-クレジット」
鳥取県にある日南町は人口約4,000人の小規模な自治体であり、面積のうち約90%が森林である。
同町では、2013年度より日南町有林の間伐地を対象にクレジット(日南町有林J-クレジット)を認証取得しており、カーボン・オフセットを実施する企業や団体にクレジットを販売し、売上を林業振興や生態系保全に活用している。
図 5 「日南町有林J-クレジット」スキーム
②道の駅にちなん日野川の郷「1品1円の寄付型オフセット」
日南町にある道の駅にちなん日野川の郷では、CO2排出ゼロを掲げ、施設運営の電力使用等に伴うCO2全量を日南町が創出する日南町有林J-クレジットを購入してカーボン・オフセットしている。
また、道の駅で販売するすべての商品に1品1円のクレジットを付与した寄付型オフセット商品を販売しており、寄付の累計金で日南町有林J-クレジットを購入することで、道の駅の来訪者が買い物を通じて環境貢献に参加できる仕組みを構築している。
図 6 道の駅にちなん日野川の郷 森林支援の取り組み
③山陰合同銀行「J-クレジット地域コーディネーター」
山陰合同銀行では、日南町などの自治体等が発行するJ-クレジットの仲介を行う「地域コーディネーター制度」を創設し、J-クレジット制度の普及と取引先企業の付加価値向上のためのカーボン・オフセットを推進している。
同行は自治体等とJ-クレジット販売コーディネート契約を締結し、コーディネーター(仲介者)として取引先企業にJ-クレジットを活用したカーボン・オフセットの実施提案を行っている。また、J-クレジット売買契約時には、プレスリリースを行うとともにディスクロージャー誌等で情報発信するなど、J-クレジットの購入企業の活動の見える化とJ-クレジット制度の普及促進に取り組んでいる。
図 7 「山陰合同銀行J-クレジット地域コーディネーター」スキーム
(2)香川県の取り組み
香川県では、2021年度より「かがわスマートグリーン・バンク(太陽光発電)」の取り組みを実施している。このプロジェクトは、香川県内の住宅に設置された太陽光発電設備で消費した電力のCO2削減量を県が取りまとめ、J-クレジット制度でクレジット化するものであり、県民は太陽光発電設備の設置によりJ-クレジットの創出に貢献することができ、県は創出したJ-クレジットを売却して得られる収益を県内の環境保全活動等に活用することができる。
なお、J-クレジット制度の登録形態として、一つの工場や事業所等における削減活動を一つのプロジェクトとして登録する「通常型」と、家庭の屋根に太陽光発電設備を導入するなどの複数の削減活動を取りまとめて一つのプロジェクトとして登録する「プログラム型」があり、自治体等が「プログラム型」のプロジェクトで地域の主導的な役割を果たすことで、各家庭で行う小規模な削減活動においてもJ-クレジットを創出することが可能となっている。
図 8 「かがわスマートグリーン・バンク(太陽光発電)」フロー図
6.地域内の連携によるカーボンニュートラルの推進
山梨県内では、J-クレジット制度の前身であるオフセット・クレジット(J-VER)制度を活用し、森林経営や水力発電によるクレジット創出のプロジェクトが全国に先駆けて実施されてきた。一方で、全国的にJ-クレジット制度の申請件数が増加する中、山梨県内ではJ-クレジット制度へのプロジェクト申請はほとんど行われておらず、制度の活用が進んでいないのが現状である。山梨県は県土の約78%が森林となっているほか、日照時間が長いという特徴があるため、様々な主体がJ-クレジット制度を活用してカーボンニュートラルに向けたプロジェクトの推進を、より活発に行えるポテンシャルを有していると考えられる。
また、全国の先進事例では、地域で創出したJ-クレジットを様々な主体が連携して地域内で循環させる仕組みや、自治体が主導して市民が行うカーボンニュートラルに向けた取り組みを取りまとめるプロジェクトなどが行われていることを紹介した。これらの取り組みから、地域におけるカーボンニュートラルの推進を活性化させる方法として、次の項目について自治体・団体・企業・市民の各主体が積極的に検討する必要があると筆者は考える。
- カーボンニュートラルおよびJ-クレジット制度の理解を深めること
- J-クレジットの創出や活用に関心を持つこと
- J-クレジットを地域内で循環させる仕組みを検討し、参画すること
7.おわりに
本稿では、カーボンプライシング、とりわけJ-クレジット制度を活用した地域のカーボンニュートラルの推進について考えてみた。
カーボンニュートラルは世界の共通課題であり、自治体・団体・企業・個人のあらゆる主体が自発的にできることを考えて、実際に行動していくことが重要である。そのため、カーボンニュートラルの実現には、カーボンプライシングだけでなく、再生可能エネルギーの積極的な活用や技術イノベーションなど、様々な取り組みが必要となる。
筆者も山梨県内でできるカーボンニュートラルの取り組みについて積極的に考え、地方からカーボンニュートラルに貢献できる取り組みの推進を図っていきたい。
[1] 中小企業等の低炭素投資を促進し、温室効果ガスの排出削減を推進するため、中小企業、農林水産業、民生部門(業務・家庭)、運輸部門等が行った温室効果ガス排出削減量を国内クレジットとして認証する制度。経済産業省・環境省・農林水産省が2008年10月から開始し、2013年にJ-クレジット制度に統合している。
[2] 国内における排出削減・吸収の取り組みを促進するため、国内プロジェクト由来の排出削減・吸収量をオフセット・クレジット(J-VER)として認証する制度。環境省が2008年11月から開始し、2013年にJ-クレジット制度に統合している。