Vol.282-2 視覚障害者の就労状況
公益財団法人 山梨総合研究所
研究員 廣瀬 友幸
1.はじめに
2021年に行われた東京パラリンピックを契機に、年齢、性別、障害の有無、国籍などを問わず誰もが個性や持てる能力を存分に発揮でき、分断や差別のない世界(共生社会)の実現が期待されている。人口減少と高齢化が進み、労働人口の減少や地域活力の低下といった影響が出ている現代社会において、その解決には多様な人々が活躍できる職場や地域づくりが重要と考えられる。
東京パラリンピック後、色がぼんやりわかる程度の弱視の女子高生がヒロインとなるドラマ『恋です!〜ヤンキー君と白杖ガール〜』(2021年10月~12月)が放送された。ヤンキー青年と視覚障害者の女子高生の恋愛物語の中では、障害による生活の中での生きづらさに加え、自分のしたい仕事と障害による叶えづらさとの葛藤や、職場において視覚障害者のためにしたことにより職場全体の雰囲気がよくなったり意欲の向上に繋がったりなどといった、視覚障害者の就労事情についても描かれていた。
筆者はパラリンピックやこうしたドラマを通じ、視覚障害者の活躍の場、特に就労に関し興味を抱き、視覚障害者の就労状況について調査を実施した。
2.障害者数
(1)全国の障害者数
「障害者雇用の促進について(厚生労働省、令和2年2月)」によると、全国の身体・知的・精神障害者の総数は約964万人となっている。うち一般に生産活動に従事しうる生産年齢人口(18歳以上65歳未満)の在宅者は、約377万人となっている(表1)。
表 1 日本全国の障害者数
また、「平成28年生活のしづらさなどに関する調査(厚生労働省)」によると、身体障害別にみた障害者数(実数、在宅者)のうち、視覚障害者数は312千人と、全体の7%となっている(表2)。
一方、「平成18年身体障害児・者実態調査(厚生労働省)」の「障害の種類別にみた外出の状況」によると、視覚障害者のうち約4割(月に2~3回・年に数回外出、外出なしの合計)はほとんど外出しておらず、他の障害よりも比較的その割合は高くなっており(表3)、日常生活の中で、視覚障害者に出会う機会が少ないと思われる。
表 2 身体障害別にみた障害者数(実数)
表 3 身体障害別にみた障害者数(内訳)
(2)全国の障害者雇用の状況
「障害者雇用の促進について(厚生労働省、令和2年2月)」によると、令和元年 6月1日現在、全国の民間企業の障害者雇用者数は56.1万人(身体障害者35.4万人、知的障害者12.8万人、精神障害者7.8万人)となり、16年連続で過去最高を更新している。また、障害者雇用促進法では、事業主に対し、常時雇用する従業員の一定割合(法定雇用率、民間企業の場合は令和3年2月28日まで2.2%、令和3年3月1日から2.3%)以上の障害者を雇うことを義務付けているが、令和元年6月1日現在においては、実雇用率が2.11%、法定雇用率達成企業割合が48.0%に留まり、障害者雇用は伸びている一方で、法定人数を満たしていない企業の割合が高い状況にある。
図 1 全国の障害雇用の状況
(3)部位別の身体障害者雇用者数の割合
「平成30年障害者雇用実態調査(厚生労働省)」によると、企業に雇用されている身体障害者のうち、視覚障害者の割合が4.5%となっており、平成30年度の身体障害者雇用者数423,000人に乗じると視覚障害者雇用者数は19,035人となっている。
仮に、表2の平成28年の身体障害者数(実数、在宅)に対する雇用の割合を算出すると、視覚障害者は6.1%と、他の部位より比較的低く、雇用が進んでいない。
表 4 部位別にみた身体障害者雇用者数
(4)山梨県における障害者手帳の交付者数
「やまなし障害児・障害者プラン2021(山梨県、令和3年3月)」によると、令和2年3月31日現在、山梨県内における障害者手帳の交付者数は49,960人であり、内訳は身体障害者35,220人、知的障害者6,739人、精神障害者8,001人となっている。
また、同じく「やまなし障害児・障害者プラン2021」によると、表5のとおり、視覚障害者は2,268人おり、身体障害者の合計(35,220人)に対する割合は6.4%となっている。また、山梨県の令和2年国勢調査人口809,974人に対する割合は、0.3%である。
表 5 山梨県における身体障害別にみた障害者数(令和2年3月31日現在)
*内部障害:心臓、じん臓、呼吸器、ぼうこう、直腸、小腸、ヒト免疫不全ウイルスによる免疫、肝臓の機能の障害
(5)山梨県における障害者雇用の状況
「山梨県における令和3年障害者雇用状況集計結果(山梨労働局)」によると、令和3年6月1日現在、山梨県内における障害者雇用数*は2,008.0人、実雇用率は2.16%、法定雇用率達成企業の割合は57.3%であり、雇用者のうち、身体障害者は1,171.5人、知的障害者は485.0人、精神障害者は351.5人となっている。
なお、部位別の身体障害者雇用者は、筆者が調査した限り公表されていなかった。
*障害者雇用数:重度障害者については法律上、1人を2人に相当するものとしている。重度以外の身体障害者及び知的障害者並びに精神障害者である短時間労働者については法律上、1人を0.5人に相当するものとしている。
3.視覚障害者の雇用状況
(1)視覚障害者が従事している職業
「調査研究報告書 No.149視覚障害者の雇用等の実状及びモデル事例の把握に関する調査研究(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター、2019年3月)」の調査によると、全国における視覚障害者が従事している職業は、調査対象者1,174人に対し、あん摩マッサージ指圧師(32.4%)が最も多く、次いで ビル・建物清掃員(7.3%)、総合事務員(6.3%)、工場労務作業員(4.0%)、施設介護員(3.3%) となっており、この他にも、調理・食品加工、プログラマー、薬剤助手等、多岐に及んでいる(図2)。
図 2 全国の視覚障害者の職業の割合
(2)あん摩マッサージ指圧師が多い理由
図2「全国の視覚障害者の職業の割合」の通り、視覚障害者の職業ではあん摩マッサージ指圧師の割合が比較的高くなっている。この要因は「一般社団法人神奈川県鍼灸マッサージ師会」によると、江戸時代以前から鍼、灸、マッサージ指圧は視覚障害者の職業として発達してきた経緯にある。日本人の繊細でデリケートな感受性にマッチした、細い鍼を用いた技術である「管鍼方」を江戸時代に視覚障害者である杉山和一が研究開発し、かねてより、技術が確立し、普及していた鍼、灸、あんまマッサージ指圧とともに、現在、全国の盲学校、その他国立の機関や大学で、職業教育として視覚障害者に教え、国家免許を取得するための受験資格が得られるようになっているためである。
また、「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(昭和22年法律第217号)」の第19条において、あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設において、視覚障害者以外の定員制限が設けられていることも一因と考えられる。
「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(昭和22年法律第217号)」第19条 当分の間、文部科学大臣又は厚生労働大臣は、あん摩マッサージ指圧師の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合、あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合その他の事情を勘案して、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるときは、あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設で視覚障害者以外の者を教育し、又は養成するものについての第二条第一項の認定又はその生徒の定員の増加についての同条第三項の承認をしないことができる。 |
(3)視覚障害者の見え方
あん摩マッサージ指圧師を含め、視覚障害者が仕事に就くにあたり雇用する側にさまざまな配慮が求められるが、そのためには、雇用する側が視覚障害者について知る必要がある。そこで、職場での視覚障害者への配慮事項を述べる前に、視覚障害者の見え方について、「マニュアル、教材、ツール等No.62目が見えなくなってきた従業員の雇用継続のために(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター、2019年3月)」をもとに以下の通り整理する。なお、これらは見え方の一例であり、個人によって障害は多種多様である。(写真:同マニュアル)
〇障害のない人の見え方
〇Aさんの見え方 視野の一部に障害があり、右下の自転車が見えない
〇Bさんの見え方 視野の中心部の視力はあるが、周辺部が見えない
〇Cさんの見え方 視野の周辺部の視力は保たれているが、視野の中心が見えにくく普段見たいものが見えにくい
〇Dさんの見え方 物の色や形は認識できないが、明暗がわかり、音、香り、触覚や風などの感覚を使って周囲の状況を認識する
(4)職場での視覚障害者への配慮事項
(3)視覚障害者の見え方にて述べた通り、見え方の状況はさまざまであることから、視覚障害者が就労するにあたっては、職場において個々人にあった視覚障害者への配慮が求められる。
職場での困った事例と解決方法について、「マニュアル、教材、ツール等No.62目が見えなくなってきた従業員の雇用継続のために(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター、2019年3月)」の記載内容を以下にまとめる。
〇社内を歩く際の困った事例と解決法
- 屋外の日光の下から、屋内の蛍光灯の下に移ると見えにくくなり、階段を踏み外しそうになった。(Bさん)
⇒階段や通路の照明を明るくし、階段の段差に目印をつけた。 - 廊下に置かれた、書類が入ったダンボールに気づかず、ぶつかって転倒してしまった。(Dさん)
⇒通路からダンボールを撤去した。
〇紙の文字を読む際の困った事例と解決方法
- 書類の文字の見落としが多かった。(Aさん)
⇒タイポスコープ*を製作し、用いた。
*タイポスコープ:黒い紙の長細い窓を通して文章を1行ずつ読むもの。
- まぶしさを感じ仕事に支障があった。(Bさん)
⇒室内用の遮光眼鏡*を購入して用いた。
*遮光眼鏡:特定の波長の光のみを遮断して、まぶしさを軽減し、コントラストを上げる特殊な眼鏡。屋外用と、屋内(事務)用との両方を用意することが有効な場合がある。 - 視界全体に薄く白いモヤがかかっているように見え、 紙やパソコンの文字が読みづらい。(Cさん)
⇒室内用の遮光眼鏡を購入して用いた。パソコンの画面を白黒反転に設定し、文字表示を大きくした。紙の文字は、デスクライトを近づけて照らし拡大ルーペ*とタイポスコープを併用して読むようにした。
*拡大ルーペ:携帯用の凸型レンズで、対象物が大きく見える。レンズは、ロービジョンケアの眼科医に相談し、その人の見え方に合う倍率の処方を受けて購入する。スマートフォンや携帯電話のカメラを使っても同様の効果が得られる場合がある。 - 紙の文字やパソコン画面の文字がまったく読めない。(Dさん)
⇒画面読み上げソフト*を購入して使用できるようにした。
*画面読み上げソフト:パソコンの文字を音声で読み上げるアプリケーション。パソコンや携帯端末などの購入時にテキストファイルを読み上げるソフトが付属されているがインターネット、メールソフト、表計算ソフト等の画面も読み上げることができるソフトが市販されている。
〇文字を書く際の困った事例と解決法
- 手書きは困難。パソコンでの文書作成で入力ミスが多かった。(Bさん・Cさん)
⇒手書きにはタイポスコープと拡大読書器*を併用した。パソコンのショートカット機能を覚えるとともに、手元を見ずにキーを打てるようトレーニングした。画面読み上げソフトを併用し、誤字の確認をしながら仕事を進めることができるようにした。
*拡大読書器:手元に置いた文書や図書をカメラがとらえ、大きいディスプレイに拡大される市販の機器。文字の背景や色を変えて表示でき、長時間効率よく文章を読むのに適している。文書を置く台に日光が直接当たらない設置場所が必要。購入前に、設置場所、用途に応じ、実際に読みたい文書を使い、複数の機種を試してみるのがよい。画面までの距離でよく見えるよう調整したメガネやコンタクトレンズの併用が有効な場合がある。
〇素早くメモをとる際の困った事例と解決法
- 手帳のページを見返しても、必要な情報を探せなくなっていた。(Bさん)
⇒マイナスルーペ*でページの全面を見てから、次に細かく見るようにして、探せるようにした。
*マイナスルーペ:携帯用の凹面レンズで、縮小ルーペとも呼ぶ。目の視野が狭くなる病気の人も、狭くなった中心の視力が残されていれば、裸眼では見えてない視野の外側の景色全体を、このルーペで圧縮して見ることができる。文書を読む時は、まず全体をこのルーペで概観し、次にルーペを外して、読むべき箇所を集中的に読むとよい。スマートフォンや携帯電話のカメラを使っても同様の効果が得られる場合がある。
このように、仕事を遂行する上での技術的な配慮事項を述べたが、「視覚障害者の雇用等の実状及びモデル事例の把握に関する調査研究(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター、2019年3月)」の調査によると、視覚障害者(364人)が申し出た配慮事項のうち最も多かったのは、「出勤時刻・休暇・休憩に関し、通院・体調に配慮してほしい」(19.2%)で、次いで「他の従業員に対し、障害の内容や必要な配慮等を説明してほしい」(11.8%)、「職場内の机等の配置、危険個所を事前に確認させてほしい」(11.3%)、「拡大文字、音声ソフト等により業務が遂行できるようにしてほしい」(10.7%)等となっている(図3)。
図 3 視覚障害者が申出た配慮事項
4.おわりに
職場環境への配慮やさまざまな機器の使用により、あん摩マッサージ指圧師以外の事務作業等への従事も可能となってきている。ただし、機器の使用は、目に負荷もかかるため、図3の視覚障害者からの申し出のとおり、出勤時刻・休暇・休憩に関し、通院・体調に配慮する必要があるなど、見ることに対する配慮だけでなく、勤務条件について、視覚障害者と職場で話し合うことにより、相互理解し、協力しあっていく必要がある。
また、社会全体の人口に対する視覚障害者の割合が小さく、外出の機会が少なく、触れ合うことがないことも、視覚障害者への理解や雇用が進まない一因とも考えられる。こうした状況において、視覚障害者に対する理解を進めるためには、まずは、視覚障害者の見え方などについて知る機会の創出が必要と感じた。
視覚障害者の仕事はあん摩マッサージ指圧師など限られているため、理解を進めることにより、就労の機会・可能性を広げ、視覚障害者誰もが自身の望む仕事に就けるような社会が実現することを願う。