Vol.283-1 山梨県の障がい者就労の現状と雇用創出の新たなチャレンジ
KEIPE株式会社 代表取締役
赤池 侑馬
1.はじめに
「もしも今日をきっかけに障がいを抱えたとしたら、どのように生きていきますか?」
病気や事故により、みなさんの心身に何らかの変化を来したとしたら、日常生活や働く環境、人間関係は、どのように変化するでしょうか。
「障がい」と聞いて、あまりなじみのない方が多いかもしれませんが、実際は日本の人口の7.4%にあたる約940万人に障がい者手帳が発行されています。また、うつ病などで精神科に通院している方やひきこもり、性的少数者(LGBTQなど)、ホームレスなど「社会に対して障がい」を抱えている方を含めるとさらに多くの方々が障がいを抱えていることになります。実は「障がい」とは、現在は健康である人にとっても常に隣り合わせだと言えます。
現代では、ダイバーシティー(多様性)やインクルージョン(包摂)などという言葉の広がりとともに、多様な人が社会に参画し、個性を認め合い、活かし合う考え方が少しずつ浸透してきたように感じます。同時に、世界規模では人口増加が加速していますが、言うまでもなく日本では少子高齢化による人口減少に伴い、消費者のマーケット縮小と働き手が不足していくことによる地方の衰退が加速しています。山梨県においても、さまざまな業界で企業の働き手の確保が難しくなり、今後はさらに多様な人の働き方に企業が柔軟に対応していかざるを得ない状況に変化していくと考えています。
これは、世界的には早いタイミングで成熟社会を迎えた日本においては、新たなライフスタイルやカルチャーが生まれる大きな機会と捉えることもできます。
2.障がいのある人の就労を取り巻く環境
今回は、自治体において障がい者手帳が発行されている人(知的障がい・身体障がい・精神障がい・難病)について主に取り上げていきます。
山梨県の障がい者手帳発行の総数は、令和2年3月31日時点で54,606人となっており、山梨県民の6.8%が障がいを抱えていることになります。障がい種別ごとの増減の推移を示すデータは、次の通りです。
①身体障がい
令和2年の身体障がい者手帳の交付者数は、35,220人です。平成22年の40,375人に比べると12.8%減少しており、平成24年をピークに減少傾向にあります。
②知的障がい
令和2年の知的障がい者手帳の交付者数は、6,739人です。平成22年の5,267人に比べ27.9%増加しています。
③精神障がい
令和2年の精神障害者保健福祉手帳の交付者数は、8,001人です。平成22年の4,871人に比べ64.3%増加しています。
④難病
令和2年の特定医療費(指定難病)受給者証の交付者数は、4,646人です。平成22年の3,161 人に比べ 47.0%増加しています。
各障がい別にデータを見ていくと、合計人数は平成22年から大きな差異が無いものの、知的障がい、精神障がい、難病の障がい者手帳交付数は伸びていることが分かります。特に精神障がいの増加率は年々高まっており、さまざまな要因から精神を患う人が増えてきていることが、数字から見ても読み解くことができます。
なお、冒頭で国内の障がい者の総数について少し触れましたが、詳しくは2022年1月の山梨総研のニュースレター(Vol.282-2 視覚障害者の就労状況 | 山梨総合研究所)でも取り上げていただいていますので、併せてご覧ください。
障がいのある人が山梨県も例外ではなく、身近な存在であり、年を重ねるごとに増えているという事実もご理解いただけたと思います。
では、実際に地域で障がいのある54,606人のうち、どれほどの人が企業で就労しているかというと、令和2年6月1日時点で1,888人(身体1,156.5人・知的436人・精神295.5人)となっています。つまり、山梨県内において障がい者就労は一般的にはまだまだ推進されておらず、誰もが働きがいを持ち、地域で生活をしていくことができる状況ではないと考えています。
※数字は、民間企業のうち常用労働者数が45.5人以上の規模の企業のみの算出です。
3.障がい者雇用や定着率の向上における課題
障がい者就労は、現状は多くの課題を抱えていますが、特に誰もが年齢に関わらず発症し得る精神障がい者の就労の実態については、私自身も大きな問題であると認識をしています。その中でもとりわけ課題であると認識している点として、就職後の定着率を挙げています。全国の統計データで障がいのある人が就職した後の定着率を見てみると、精神障がいのある人の1年後の定着率が49.3%と、他の障がいの定着率である60.8%~71.5%と比較して低い値となっています。
現在、私たちは働きづらさを抱えながらも働く意思のある人の社会復帰を促すための、障がい者就労支援事業「KEIPE〈ケイプ〉」を運営していますが、利用するメンバーの70%程度は精神障がいのある人であり、精神疾患者を受け入れたりフォローできたりする企業が非常に少ない現実を私たちも目の当たりにしています。
そのような中で、利用者に就職に関するアンケートを実施したところ、就職の希望がありながらも求人情報などへのアクセスは低いことが分かりました。
また、「どのような求人を見ているか?」という別のアンケートでの回答の多くは、ハローワークやチラシ求人などの紙媒体かつ限られた情報で就職先を探していることが分かりました。つまり「働きやすさ」を重視していながら、「働きやすさ」を確認しないまま面接や紹介を受けて就職をした結果、定着率が落ちているのではないか―と仮説を立てました。
一方、企業へのヒアリング調査の中でも、「一度障がい者雇用に挑戦したがうまくいかなかった」「どこへ出向けば出会えるのか分からない」「法定雇用率もあり採用を進めたいが誰に相談して良いか分からない」「人手が足りないので障がいの有無を問わず採用をしたいが、一歩踏み出せない」といったさまざまな悩みや課題が出てきました。調査の中で分かったことは「双方が情報を持ち合わせていない」ということでした。この情報の行き違いを解消することで、当事者と企業双方の課題解決やニーズを満たすことにつながるのではないかと考えています。
4.業界を越えた地域ネットワークの構築が雇用者数と定着率向上のカギ
そこで今回、山梨総合研究所のお力もお借りしながら、企業と当事者の情報格差をなくすためのマッチングプラットフォーム「やってみ」の開発に着手しました。
さまざまな業種業界の良い企業(定義はさまざまありますが、今回はダイバーシティー推進や地域貢献企業と定義)のインタビューを行い、その企業が大切にする価値観や文化、実際に働くチームメンバーや上司の個性、どのような業務で誰のために存在する仕事であるのか? など、通常の紙媒体の求人では掲載しない情報を障がい当事者に届けていきます。
また、「やってみ」の特徴は、通常の求人媒体や人材紹介のようにいきなり雇用するのではなく、ミスマッチの確率を最大限減らすために、お仕事体験を通じて企業と働きたい人がしっかりとマッチするかどうかを見極めるための場となっていることです。そのため、双方にとってフラットな立ち位置を明確に示すために、企業も働きたい人も完全無料でプラットフォームを利用できる仕組みにしています。
この取り組みは、まだ社会実験の段階ですが、障がい者雇用に前向きな企業と障がいのある人の相互理解が十分に高まった状態で仕事をスタートすることで、障がい者雇用件数が増え、1年後、3年後の定着率が改善されていく地域のモデル事例になることを願っています。
5.おわりに 〜私たち一人ひとりができること〜
「障がい」とは、特別なものなのだろうか?
テクノロジーの発展や価値観の変容が起こる中で、「障がい」に対する捉え方も変化してきているように感じます。パラリンピックでは、健常者よりも高いスコアを出す人が出てきたり、自閉症や発達障害の診断を受けた人がさまざまなプロダクトを開発したり、eスポーツで活躍したり、有名なアート作家になっています。仮想空間では、もはや障がいという概念は消えつつあります。
このような事例はごく一部ではありますが、徐々に分断されてきていたものが溶け合うような世界に向けて動いているような感覚になることもあります。当然ながら、重度の病気や障がいのある人の就労についてもまだ多くの課題が残っているものの、その人だからこそ伝えられる・感じられる世界もあり、成熟社会において「お金を稼ぐことができる」という意味での生産性の高い人のみが評価される時代からの転換期であるという見方もできます。
このような事実を体験を通じて見ていく中で、実は「障がい」とは自分が勝手に創り出していたものであると気づきました。
私たち一人ひとりが、障がいの有無や国籍、性別に関わらず、自分らしく生きることができ、お互いの違いを認め合える温かい社会。私たちは、そんな社会を目指して、これからも活動を続けていきたいと考えています。
※ 参考資料
お仕事体験プラットフォーム「やってみ」:http://yattemi.work/
KEIPE HP:https://keipe.co.jp/
KEIPE note:https://note.com/keipe