Vol.284-1 山梨県の学校において、いかにして女性管理職を増やすか? ~ジェンダーに配慮した初任者教員研修プログラムの提案~
1.山梨県の女性管理職の割合、全国ワースト
2020(令和2)年度の文部科学省『学校基本調査』によると、山梨県の学校現場における女性管理職の割合は、全国の自治体の中でも非常に低いことを示しています。たとえば、公立小学校における女性校長の割合は7.2%でワースト、公立中学校では3.8%と下から5位となっています。近年、山梨県教育委員会は、「女性活躍推進法」に基づき、女性の活躍を推進するための特定事業主行動計画を策定するなどして、さまざまな努力を重ねてきています。しかしながら、学校現場における女性管理職の割合の低い状況が続いています。
このような現状を踏まえて、山梨大学教職大学院の大学院生を中心とする私たちの研究チーム(以下、チーム・ストロング)は、「Starting Strong for SDGs(SSS)―教職キャリアの始まりこそ強く」というスローガンを掲げ、教育実践研究プロジェクトを始めました。
山梨県における女性管理職の少なさを、山梨大学教職大学院の講義科目「教育政策の理論と実践」で問題提起したのは、学校マネジメント分野に、現職教員として県教委から派遣されてきた青木英明さん(南アルプス市立若草南⼩学校教諭)です。そして、教職大学院の講義科目をともに担当してくださっている清水徳生先生(山梨大学教育学部客員教授)と、受講生の有志で構成される私たち「チーム・ストロング」は、研究と教育実践を社会へ還元するという目的のもとに、講義室を飛び出し、2月16日にオンラインイベントを開催しました。
2.「進学男女差 山梨が最大 四年制大学1.33倍」
そもそも山梨県は、ジェンダーの観点から見ると、どのような状況にあると言えるでしょうか。またもや暗いニュースが続きますが、2022年2月13日山梨日日新聞に「進学男女差 山梨が最大 四年制大学1.33倍」という記事が掲載されています。
私の専門分野は比較教育学という外国の教育と日本の教育とを比べて、よりよい教育を考える分野です。この比較教育学の観点から見ると、山梨県の状況は国際的なトレンドに逆行していると言えます。世界の多くの国々では、大学への女性の進学率は年々増加しており、最近では女性の数が男性の数を上回る、高等教育の「リバース・ジェンダー・ギャップ」現象が見られるほどになりました[1]。
私が、25年近くフィールドワークで訪れてきた、東南アジアのマレーシアという国では、女性が男性よりも多く公立大学に通っています。一般的に、公立大学は、マレーシアの人々にとって狭き門であると言われてきました。日本の国立大学をイメージいただくとよいかと思います。それにもかかわらず、マレーシアでは、女性の方が公立大学に多く進学しています。しかも、マレーシアはイスラーム社会であると申し上げると、さらに驚かれるのではないでしょうか。
こうしたリバース・ジェンダー・ギャップ現象を生じさせる背景や要因については、私自身、最新の知見によりながら、全国の大学に所属する比較教育学研究者とともに研究を進めているところで、現時点では簡単に説明することはできません。ただ、先のオンラインイベントにおいて、大学院生の発表に対して有識者の立場から講評してくださった、鈴木賀映子先生(帝京大学准教授)のお話によると、中南米のメキシコでも、マレーシアと同じようなリバース・ジェンダー・ギャップ現象が見られるそうです。
さらに、マレーシアやメキシコにおいて教員になる女性が多いという点は、日本とも共通しています。言うまでもなく、教員に占める女性の割合が高いということは、世界共通ではないかと思います。しかしながら、管理職に占める女性の割合が高いか否かは、国によって大きく異なるようです。OECD(経済協力開発機構)が実施している国際教員指導環境調査(TALIS)[2]によると、マレーシアでは単に女性の教員が多いだけではなく、中学校の校長先生に占める女性の割合も男性と拮抗していることが報告されています。つまり、女性の大学への進学率と学校管理職に占める女性の割合には何らかの相関関係があるのではないかと、私は考えています。
さて、話を山梨県に戻しましょう。前述した山梨日日新聞「進学男女差 山梨が最大 四年制大学1.33倍」(2月13日)によると、山梨県の四年制大学進学率を男女で対比した時に、男性の進学率は女性の進学率の1.33倍あるそうです。これは、全国で最も男女差があると言えます。読者の皆さんの中には、県外の大学に進学する女性の多いことが、こうした格差を生む原因のように思われるかもしれません。この記事を見た当初、私もそのように思いました。ところが、この数値は、山梨県の高校を卒業した男女を分母として、どの都道府県の大学に進学したかは問わずに算出しています。そのため、純粋に山梨県の高校を卒業した生徒の中での、四年制大学進学率の男女差を示しています。このことから、やはり山梨県では、四年制大学進学の面で、ジェンダー・ギャップ(男女間格差)があると言ってよいと思います。
加えて、四年制大学の教育学部は、女性にとって人気の高い進路です。教育学部卒業後の進路として考えられる教員全体の割合において、女性が上回っている学校種もあります。したがって、四年制大学進学率の男女差に象徴されるように、山梨県には、女性管理職の割合が少ないという現象を生じさせる土壌が、高校卒業後あるいは大学の入り口の段階からあるように思われます。
こうした点に関して、オンラインイベントの冒頭で、古家貴雄先生(山梨大学教育学部学部長)から、「(女性管理職の数が少ないという)問題の原因はどこにあるのか。日本という国の社会的な問題か、文化的な問題か、教師という狭い社会の問題か、それとも山梨という土地柄が関係しているのか。これらは議論に値する問題です」というメッセージをいただき、この問題に取り組むことの重要性を確信しました。
3.なぜ、女性管理職か?―学校の景色を変えよう―
このような山梨県の現状を踏まえて、私たちチーム・ストロングは始動しました。チームのメンバーの多くは30代から40代の現職教員(教職大学院生)と大学教員及び研究者です。結婚や子育てなどのライフ面とワーク面でのそれぞれの経験を踏まえて、山梨県内で女性管理職が増えることの意義について考え、講義内外で議論してきました。その結果、その意義を次の5点にまとめています。
- 女性教員にとって選択肢が増える
- 学校経営において意思決定の多様化が進む
- 子どもにとってロール・モデルが増えることは進路選択上よい影響を及ぼす
- 職場の環境が変わることによって、すべての教員の働きやすさにつながる
- 男性教員にとっても選択肢が増える
ただし、これらの5点は先行研究や科学的根拠に基づくというよりは、私たちの「実感」によるものが大きいという点をあらかじめお断りしておきたいと思います。そして、その根拠については、これから丁寧に調べていきたいと考えています。
先のオンラインイベントで、山梨県の教員研修の中核を担っている県総合教育センターの鷹野美香次長も、これら五つの点に賛同してくださいました。さらに、鷹野先生から「学校は社会の理想の形であるべき」「女性管理職は多様性の象徴、なくてはならないもの」という力強いご意見もいただきました。私も、鷹野先生のご意見に大いに賛同しています。私たち大人が見せる学校の景色が多様ではなく、管理職がどちらかの性別に偏ったものであると、子どもが描く未来はどのようになるでしょうか。子どもにとってのロール・モデルが、ある性別に偏っているということは、子どもが多様な未来を描きにくくなることにつながり、そのことはやはり問題であると思われます。
4.山梨県における学校管理職の現状と初任者研修プログラムの提案
随分と前置きが長くなりましたが、講義室を抜け出して実施したオンラインイベントについて、あらためてご紹介します。この研究プロジェクトは、次の二つの目標を掲げています。
- 山梨県内の学校現場における管理職の現状と課題を分析する。
- 地域の要望に応えるような、県内の教職員を対象とする初任者研修プログラムの策定を目指す。
これらの目標の下で、イベントでは、まず、青木英明さんが「女性の管理職登用促進に向けての提言―山梨県における現状を踏まえて―」と題して、県内の現状と課題について説明しました。青木さんは、山梨県の女性の政治参画の状況と何らかの関係があるのではという仮説を提示するとともに、先行研究に学びながら、「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」に気付くことの重要性を強調しています。
続いて、山梨大学教職大学院の大学院生4人(渡邊克吉さん、久留康裕さん、京島健⼀さん、⻘⽊英明さん)が、「初任者研修におけるワークライフキャリア形成―ジェンダーに配慮した初任者研修プログラムの提案―」をテーマに、仕事と生活の将来設計を考えるための発表をしました。この発表の一つの目玉は、岐阜県の教育委員会が実施している先駆的な事例を参考に作成した、「ワークライフキャリアプランシート」の提案にあります。このシートは、山梨県の教員育成指標にも依拠しながら、渡邊さんたちが考案したものです。
また、この発表では、「まずは知ることが大事」というコンセプトのもとで、アンケートフォームを用いながら、幾つかのワークを実演しました。
特に、ワークライフキャリアという言葉には、私たちチーム・ストロングのこだわりがこめられています。それは、生活面にも重きを置く必要があるというこだわりです[3]。キャリアと一口に言うと、ともすれば仕事にばかり重きを置いたニュアンスが強くなってしまいがちですが、ワークもライフも両方頑張るというこだわりをもって、男性4人の現職教員が初任者研修プログラムを発表しました。
5.報告書の配布と私たちチーム・ストロングのこれから
これらの発表や提案に対して、イベントにご出席いただいた方々から多くの意見や感想が寄せられたため、意見や感想を反映させたパンフレット型の報告書を作成しました。せっかくの機会ですので、このパンフレット型の報告書を、初任者をはじめとする県内の先生方や、これから教員を志す学生・院生、教員養成に携わる大学の先生方にも手に取っていただきたいと考えています[4]。
さて、女性管理職の問題について、学術面では、日本全国の女性の教職管理職に関する研究(木村育恵他2015、木村育恵2016、河野銀子編2017)の蓄積があります。また、実践面では、山梨県小中学校現職退職女性管理職の会(若葉会)が、女性管理職の登用に向けて長年取り組んでこられたと伺っております。さらに、イベントでは、谷口利律先生(早稲田大学特別研究所員)から、アメリカにおいては女性の管理職を増やすために、女性が気軽に相談できる窓口としてメンターという制度があることを紹介していただきました。今後、国内外・県内外を問わず、これらの研究や教育実践の豊かな蓄積に学びながら、チーム・ストロングはさらなる歩みを進めたいと考えております。具体的には、実践論文の執筆に向けてすでに準備を進めています。
最後に、私たちチーム・ストロング唯一の管理職経験者である清水徳生先生から発せられた、「単に女性管理職比率を上げることが目的ではなく、そのことで何が変わり、何が改善できるのかを考えることが大切である」という総括を、ここに書き留めて共有したいと思います。
折しも、山梨県は、今後5年間で実施すべき男女共同参画に関する施策を「第5次山梨県男女共同参画計画」(素案)としてまとめ公表しました。こうした県の動きを支えるような、今後の私たちの歩みに、ぜひとも注目してください。
*このイベントは、令和3年度科学技術人材育成費補助事業ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(牽引型)事業の一環として開催しました。文部科学省科学研究費 基盤研究(B)(19H01644)及び 基盤研究(C)19K02525)の助成による研究成果の一部です。
参考文献
- 河野銀子(2017)『女性校長はなぜ増えないのか:管理職養成システム改革の課題』勁草書房。
- 木村育恵、河野銀子、田口久美子、村上郷子、杉山二季、池上徹(2015)『学校管理職登用・システムにおける「見定め」―県立学校数と女性校長比率を手掛かりに―』北海道教育大学紀要(教育科学編)第65巻 第2号, pp. 103-115。
- 木村育恵(2016)『都道府県立学校管理職の登用・選考をめぐる現状分析―管理職選考試験の受験資格と女性校長比率の関係を中心に―』北海道教育大学紀要(教育科学編)第67巻 第1号, pp. 61-70。
- 国立女性教育会館(2021)『令和2年度「学校教育における男女共同参画の推進に関する調査研究」初等中等教育における管理職に占める女性の割合の現状 「学校基本統計」および「公立学校教職員の人事行政状況調査」をもとに』。
[1] たとえば、鴨川明子(2021)『マレーシアの公立大学における「リバース・ジェンダー・ギャップ」―進む女性の高学歴化、その光と影』長沢栄治監修、服部美奈、 小林寧子編著『イスラーム・ジェンダー・スタディーズ第3巻 教育とエンパワーメント』明石書店に詳しく説明しています。
[2] 教員環境の国際比較を行っている国際調査ですが、「教員の多忙化」に関わる文部科学省の各種政策や施策の根拠にもなっています。
[3] 私は、学術面で、ワークライフキャリアという概念を使って、東南アジアの事例をもとに比較教育研究を進めています。たとえば、鴨川明子・服部美奈(2022)『東南アジア島嶼部における女性の高学歴化とジェンダー ―マレーシアとインドネシアの比較教育研究―』(山梨大学教育学部紀要 第32 号, pp.1-21)に研究成果の一端をまとめています。よろしければ次のリンクを参照してください。https://yamanashi.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=5100&file_id=22&file_no=1
[4] パンフレット型の報告書をはじめ最新の情報は、山梨大学教育学部幼小発達教育コース比較教育学研究室ホームページにてご確認ください。http://kamolabo.yamanashi.ac.jp/