Vol.285-1 やさいバス山梨でおいしいコミュニティー構築をめざす


(株)エムスクエア・ラボ代表取締役
やさいバス(株)創業者・代表取締役 加藤 百合子

 

1.はじめに

 2021年2月、公益財団法人山梨総合研究所主催のアジアフォーラム21「新時代の企業経営と地方創生~withコロナ、afterコロナの事業の行方~」がJR甲府駅北口のベルクラシック甲府で開かれました。私は山梨総合研究所から講演者依頼を受け、基調講演Ⅱで「地域はイノベーションの宝庫!やさいバスが創る地域OSの行方」と題してお話しし、その後のシンポジウムでは「新時代の企業経営と地方創生とは」をテーマに、常日頃からアドバイスをいただいている一般財団法人日本経済研究所の鍋山徹専務理事と、その後、山梨総合研究所理事長に就任したコーディネーターの今井久山梨学院大学経営学部教授と意見交換をさせていただきました。コロナ禍ではありましたが、会場には私の夫の大学時代の友人も含め30人、そのほかリモート参加者もあり、活発な意見交換や有意義な時間が共有できました。
 その時に紹介したやさいバスがいよいよ、山梨でも発進する運びになり、今回、山梨総合研究所のNewsletterに、あらためてやさいバスとはどういった取り組みなのか、ご紹介させていただきたいと思います。
 私は1974年に千葉県で生まれ、東京大学農学部を卒業し、英国クランフィールド大学で修士号を取得しました。その後、産業用機械の研究開発に従事したのちに、2009年にエムスクエア・ラボを設立、2017年にやさいバスを創業しました。夫は山梨大学工学部の出身で、イギリスへ留学していた際に知り合い、以来、私も山梨に足を運ぶ機会が増えています。

 

2.地域の生産者と地域の購買者をつなぐ新しい流通の仕組み・やさいバス

 農産物のつくり手とつかい手をつなぐ流通プラットフォームやさいバスは2017年3月に静岡で創業しましたが、始まりは10年前です。農業者にヒアリングして回ると、一番多い課題は「思うように価格が付かない」、「美味(おい)しい、不味(まず)いなどの評価が返ってこないので改善しようがない」ということでした。
 そこで、青果流通を紐解いていくと、農業者からJA(農協)や市場、商社を経て、スーパーや加工業者へという多段階な商流であることが見えてきました。また、量を確保するために、AさんのナスもBさんのナスも混ぜられて出荷されることで、頑張っても、頑張らなくても、価格は同じということも分かりました。さらに、物流面では、ハブ&スポークという物流視点のみの合理化が図られたため、静岡で生産されたものは一度東京へ行き、売れ残りを静岡や各地方へ戻すというような無駄なことがいまだに続いています。これは、カーボンニュートラルへ向けた世界的な流れにも逆行しています。
 そこで、生産者が直接取引すればいいと考えましたが、生きた商品であること、天候や社会情勢に影響を受けやすいことから、一生産者が安定供給を約束することはほぼ不可能です。EC(電子商取引)や直売所・直売コーナーでの直接販売は、量や価格の決定権が生産者にありますが、一般消費者が相手となり、需要が不安定で荷造りに手間がかかります。食品加工会社と産地(JAなどの出荷組織)の直接契約が主流になっていますが、一軒の生産者では大変苦しいという結果から出荷組織での対応が多くなったという経緯があります。結局、生産―出荷梱包―運送―加工―販売・営業、という一連の作業をだれが行うことが効率的かによって、流通の合理化とリスク分散が図られることになります。

 

各流通方法による価値分配比率(当社調べ)

 

 また、食は全員が関わる大変重要な生活の礎であるという観点からも考えました。評価が返ってこないので、誰がどう食べているのかもわからず、何のために生産しているか分からなくなるということ。消費者もまた、誰がどういう思いで作っているか分からないが、無条件に信じて購入し、食べている。これでは、食材の価値を上げようがありません。例えば、二つのキャベツが並んでいて、一つが100円、もう一つが200円で売られているとします。何の情報もなければ、多くの人が100円の方を購入するでしょう。しかし、200円のキャベツに「このキャベツは、日本一きれいな水が湧く地域で栽培しています。」と書かれていたらどうでしょうか。さらに、その生産現場に行けたら、ファンになってしまう人が多いのではないでしょうか。
 そこで、まず取り掛かりとして、作り手と使い手に直接会ってもらい、相互の信頼関係を直接的に醸成する活動「ベジプロバイダー」を始めました。2012年のことです。

ベジプロバイダーは、つくる人・つかう人・たべる人をつなぐ


 幸運にも同年6月に、同事業にて日本政策投資銀行の第1回女性ビジネスプランコンペティションにて大賞を受賞しました。この受賞により地域からのサポートが格段に受けやすくなり、経済界とのつながりを拡大する機会に恵まれました。
 静岡での小さい活動でしたが、同じことを地域で行いたいという方々との全国的なつながりもできて、事業として順調に進めることができました。一方で、EC取引増に伴う宅配数の急増や人手不足を背景に、物流コストが上昇し続け、ベジプロバイダー事業も生産者の皆さんの利益の圧迫が深刻になっていきました。そこで、ベジプロバイダーという人による信頼醸成の方法から、物流効率化も踏まえた仕組み化をしようと考え、やさいバスが誕生しました。

 

3.やさいバスとして仕組み化

 まずは、受発注をファクスや電話から解放し、情報が我々を通さなくても済むようにEC化しました。そして、物流費を削減するために地域循環するバスのような物流網の構築とシステム化を行い、両者を融合した商物一体化を図りました。
 半径約40km範囲の配送エリア内に10程度の野菜の集荷場を設け、その拠点を冷蔵トラックが巡回します。トラックの到着予定時刻に合わせて、農家は最寄りの拠点へ生産した野菜を持ち込み、利用者もまた最寄りの拠点まで出向いて野菜を受け取るというシンプルなシステムです。共同配送することで、高騰する物流コストを節約することができます。

 

 開始直後は「なんでわざわざWEB登録しなければならないのか、電話の方が早いよ」と言われました。しかし、一度使い始め、精算の月末がやってくると評価は一変し、「こんなに便利なんだ」と評価されるようになったのです。70歳以上の方でも「これを機にパソコンを習うわ」と勉強し始めた方もいらっしゃいます。今では、3000件以上が登録し、うち約900件が生産者です。

 

4.青果流通でスマートコミュニティーを構築

 やさいバスという青果流通のプラットフォームで、なぜスマートコミュニティーが構築できるのか。まず、スマートコミュニティーを、「無理なく・楽しく・美味しく」地域で過ごせる状態と定義づけしています。農業者が生活もままならないのに作り続ける、物流事業者が業務過多のまま走り続ける、作物からしても遠回りさせられて美味しく食べてもらえない、そのような状態はいくらロボットやIT(情報技術)が進化したところでスマートとは言えません。人が生まれて赤ちゃんから死ぬまでお世話になるのが食材であり、それを産出するのが第一次産業です。全員がかかわるからこそ、コミュニティーの課題は食の視点から検討すれば、解決への糸口が見えてくるのです。やさいバスもあくまで「場」でしかなく、それを活用してスマートな地域に進化させるのは地域の人の力にかかっています。そのため、当社社員はあくまで場づくりを役割とし、地域の方々に運営をお任せしていきながら実装していきます。

 

5.コロナで静岡から各地へ展開

 静岡で仕組みのベースができ、さあこれから静岡県内の利用者を増やそうという矢先にコロナ禍に巻き込まれ、外食の参加が多かったために大打撃を受けました。一方で、1年半ほど前から、それまで取り組むことの少なかった小売業との協業が進み、さらに、他県からの進出依頼もいただくようになったのです。現在では、静岡、茨城、千葉、広島で小売業連携が進んでおり、今年は、大阪、滋賀、愛媛、香川、兵庫、北海道、そして山梨も準備に入っています。
 背景として、スーパーは効率化と低価格化に注力するあまり、付加価値が上がらず消耗戦になり続けてきたところを打開したいと考えるようになりました。市場任せで店舗の差別化ができない仕入れではなく、品揃えよりも地域密着型でスト―リーのある青果を扱う必要があると気づいたということです。また、各地の行政や地域をけん引する企業も、移動が制限される中で、地域の価値を見直し、その価値を循環することの意味にあらためて気づいた、そのような意識改革が起きたと感じています。

 



6.事例)やさいバス広島

 やさいバス広島の事例を紹介します。
 20年8月末に、農業者、購買者、物流事業者などを集めた説明会を開催したところからスタートしました。やさいバス広島のリーダーとして、地元食品卸業のアクト中食(株)の平岩専務に担っていただき、地域の情報や人のつながりをサポートいただいてきました。初回の事業説明会から1カ月後の10月には、そごう広島の青果売り場にやさいバスコーナーを開設。道の駅から市内の職場へ、トラックやJRバスの貨客混載を活用した流通トライアルを実施しました。同じ広島県内とはいえ、頻繁には行けない山側のものが職場に届き、新鮮でおいしいことやリーズナブルに手に入れられることなどでご好評をいただきました。21年度には、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、ビッグデータ等の最新のテクノロジー活用により広島県内の企業が新たな付加価値の創出や生産効率化に取り組めるようなオープンな実証実験の場である「ひろしまサンドボックス事業」に採択され、中山間地に点在する産地と広島中心部をつなぐ仕組みができました。広島電鉄などバス運行会社各社との貨客混載、そごう広島での売場拡大、販売動向分析ツールの開発など、地域の資産を共有し、データを共有することで、地域のつながりを強めています。

貨客混載便がつなぐ中山間地と広島中心部

広電バスに生産者が野菜を積み込む様子

 

7.やさいバス山梨

 山梨では、実は20年10月から魚の事業で連携を始めています。21年8月末に中部横断自動車道の全線開通を前に、静岡県庁、静岡県漁連、沼津4漁協とタッグを組んで、鮮魚、水産加工品の販売イベントをJA全農やまなしの直売所「たべるJa(ん)山梨」にて月1回の開催頻度で始めました。その後、甲府の湊與(みなよ)グループ、入兆(青果卸)と出会い、21年10月から、静岡県庁、南駿河湾漁協(御前崎)と連携して、甲府の湊與グループの水産仲卸、(株)湊輿へ朝獲れの地魚をお届けする実証を毎週木曜日で実施中です(現状、コロナ禍で不定期になっています) 。
 21年2月に山梨総合研究所アジアフォーラムでの講演とシンポジウムの後、同年12月には、山梨県庁からご依頼をいただき、「女性農業者リーダー育成セミナー」で登壇させていただきました。自身の農業事業を発展させたい、もしくは、始めてみたい方々が対象で、地域で力を合わせることが大切であるとお伝えしました。
 山梨県内での共同配送はこれからになりますが、やさいバス山梨の立ち上げについては、地域営業を一般社団法人富士地域商社、地元物流会社が担う体制が整いつつあります。すでに、スーパーや出荷者より参画のご希望をいただいています。
 中部横断自動車道の開通で、静岡と山梨、そして、長野や新潟との往来は約1時間短縮され、何より運転の疲労感がかなり軽減されました。やさいバス山梨の開始により、南北の連携が進展し、それぞれの特徴ある美味しいものが行き交うと思うと楽しみでなりません。

 

8.今後の展望

 やさいバスはこれからも「スマートコミュニティー構築」を真ん中に置いて活動していきます。ビジネス視点からすれば、地域でのコミュニティーづくりなどに時間を割かず、取扱高を一刻も早く向上させる方法を採ればいいのにと思われるかもしれません。しかし、広島が好事例ですが、それぞれができることを持ち寄りながら食の供給方法を考え、実行していくことで、自立したコミュニティーとしての持続可能性が高まることが見え始めています。やさいバス山梨の立ち上げに際し、山梨の美味しい食材を山梨の方々が日々味わうことで、食の価値が地域で循環し、そのことが地域外へと価値が伝わる強さになると確信しています。つくる人・つかう人・たべる人、また、サポートする人など、多くの皆さんにご参画いただけるよう進めて参りますので、よろしくお願いいたします。