Vol.285-2 全国学力・学習状況調査から山梨県内小中学生の姿に迫る


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 鷹野 裕之

1.はじめに

 小学校6年生と中学校3年生を対象にした全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)[注]419日に行われ、今年の結果は7月末ごろ公表される。毎年、この調査をめぐっては、主に学力テストの正答率の向上や低下、全国平均正答率との差について報道されることが多く、学力の部分ばかりが取り上げられがちだが、山梨県内の小中学生の特徴はむしろ「学習状況調査(質問紙調査)」に表れ、全国トップレベルの指標が数多く見られることが全国の教育関係者からも注目されている。近年、山梨県、山梨県教育委員会(以下、県教委という。)は「山梨の小中学生は、自己肯定感の高さを示す指標で全国トップレベルである」ことを前面に出し、本年度から全国に先駆けて小学2年生にも拡大した25人学級などと併せて、一人一人にさらに寄り添った教育を進め、山梨の人づくりの特長として伸ばしていきたい考えである。自己肯定感が高いことがどのような指標から読み取れるのか、また自己肯定感が高い、低いことによってどのような影響が考えられるのか、そのとらえ方について専門家の意見も紹介していく。令和3年度の全国学力・学習状況調査結果等から見えてくる県内の小中学生の姿に迫ってみたい。

 

2.「自分には、よいところがある」 県内中学生が全国2

 県教委(県総合教育センター)が作成した令和3年度全国学力・学習状況調査に基づく結果の分析「質問紙結果リーフレット」では、児童生徒を対象にした質問紙調査において「小中全国トップレベル」の項目として「自分には、よいところがある」「失敗を恐れないで挑戦している」「やると決めたことはやり遂げる」といった自己肯定感、自己有用感などの指標となる項目、「人が困っているときは、進んで助けている」「いじめはいけない」「地域や社会をよくするために何をすべきか考える」等の規範意識の項目などが取り上げられている。県教委は調査の概要として「学習への興味関心・規範意識・自己有用感に関する項目について、全国平均と比べて引き続き高い傾向にある」と分析している。

 

令和3年度全国学力・学習状況調査 質問紙結果リーフレット 出典:山梨県総合教育センターホームページ

 

 これらを項目ごとに見ていこう。

 自己肯定感を最も測りやすい「自分には、よいところがある」と答えた県内の小学生は80.0%で全国6位。トップは秋田県の84.0%で、以下、2位青森県82.1%、3位福井県80.6%、4位群馬県80.4%、5位長崎県80.1%に次ぐ。全国平均は76.9%だった。同じ項目で県内中学生は80.8%であり、トップの秋田県の82.9%に次いで2位となっている。小学生と同じ80%台の数字だが、中学生は小学生と比べて相対的に自己肯定感がやや下がる傾向にあるなか、県内中学生は県内小学生より高い数字を示し、順位は全国トップに続いた。ちなみに全国平均は76.2%で、最も低かった都道府県の数字は小学生が72.6%、中学生が71.6%だった。

 

令和3年度全国学力・学習状況調査児童生徒質問紙「自分には、よいところがあると思いますか」
出典:山梨県教育委員会資料から山梨総合研究所が作成

 

 次に自己肯定感や自己有用感を見る「将来の夢や目標を持っている」と答えた県内小学生は83.6%(全国平均80.3%)に上り、全国4位、県内中学生は72.8%(同68.6%)で全国8位だった。県内小学生と中学生を比較すると、中学生の方が10.8ポイント低くなっているが、全国平均を比較すると、中学生の方が11.7ポイント低くなっていることから、年齢とともに低下するのは全国的な傾向といえる。

 

令和3年度全国学力・学習状況調査児童生徒質問紙「将来の夢や目標を持っていますか」
出典:山梨県教育委員会資料から山梨総合研究所が作成

 

 この児童生徒質問紙の項目に呼応する、学校質問紙の「調査対象学年の児童に対しては前年度までに、将来就きたい仕事や夢について考えさせる指導をした」と答えた県内小学校は90.8%(全国平均85.3%)で全国10位、県内中学校は98.8%(同97.9%)で全国11位だった。県内中学校は100%に近い高率で「将来就きたい仕事や夢について考えさせる指導をした」ととらえているものの、小学生と比べて、「将来の夢や目標を持っている」生徒の割合が全国同様、10ポイント以上も低下していることは、思春期という問題もあるものの、生徒指導の難しさを浮き彫りにしている。「考えさせる指導」が実際に生徒の胸に響くものになっているかどうかを学校側は省みる必要があると思われる。

 

令和3年度全国学力・学習状況調査学校質問紙「将来就きたい仕事や夢について考えさせる指導をしましたか」 
出典:山梨県教育委員会資料から山梨総合研究所が作成

 

3.「失敗を恐れないで挑戦している」「人が困っているときは、進んで助けている」 県内小中学生が全国2

 続いて「難しいことでも、失敗を恐れないで挑戦している」についてみてみよう。この質問に肯定的に回答した県内小学生は77.8%(全国平均70.9%)、県内中学生も72.4%(全国65.9%)でいずれも全国平均を5ポイント以上上回り、全国2位だった。これは「失敗は成功のもと」ということわざがあるように、失敗したことを厳しく叱責するのではなく、チャレンジする心を育てている教育が定着しているととらえることができる。全国トップは小学生が81.1%、中学生が76.6%のいずれも秋田県となっている。

 

令和3年度全国学力・学習状況調査児童生徒質問紙「難しいことでも、失敗を恐れないで挑戦していますか」
出典:山梨県教育委員会資料から山梨総合研究所が作成

 

 また、「人が困っているときは、進んで助けている」と答えたのは県内小学生の92.2%(全国平均88.7%)、県内中学生の92.1%(同88.5%)に上り、いずれも全国2位となっている。

 

令和3年度全国学力・学習状況調査児童生徒質問紙「人が困っているときは、進んで助けていますか」
出典:山梨県教育委員会資料から山梨総合研究所が作成

 

 さらに、「自分でやると決めたことは、やり遂げるようにしている」と答えた県内小学生は89.5%で、秋田県(91.0%)に次いで全国2位、県内中学生は89.2%で、秋田県(90.4%)、岩手県(89.5%)に次いで全国3位となっている。こちらも全国平均を5ポイント以上、上回っている。

 

令和3年度全国学力・学習状況調査児童生徒質問紙「自分でやると決めたことは、やり遂げるようにしていますか」
出典:山梨県教育委員会資料から山梨総合研究所が作成

 

 自己有用感の指標となる「人の役に立つ人間になりたい」と答えた県内小学生は96.5%(全国平均95.5%)で、全国3位、県内中学生は95.8%(全国平均95.0%)で順位こそ19位と中位だったものの、1位の秋田県(97.4%)と1.6ポイントの差だった。
 また、「家で自分で計画を立てて勉強をしている」と答えた県内小学生は79.0%(全国平均74.0%)で全国8位、県内中学生は69.1%(全国平均63.5%)で全国4位となっている。全国1位は小中学生とも秋田県で小学生89.0%、中学生74.8%だった。

 

令和3年度全国学力・学習状況調査児童生徒質問紙「家で自分で計画を立てて勉強をしていますか」
出典:山梨県教育委員会資料から山梨総合研究所が作成

 

 これらの項目から山梨県内の小中学生は自己を律し、高い規範意識を持っていることがうかがえる。

 

4.「学習規律を維持した」県内小学校は全国単独トップ

 次に各学校の教員が回答する学校質問紙の中で、全国平均よりも肯定した率が高かった項目や、小中学生の自己肯定感、自己有用感などに学校の指導面で特に影響を与えそうな項目についてみてみよう。
 「調査対象学年の児童(生徒)に対して、前年度までに、学習規律(他の人が話をしている時はしっかりと聞く、授業開始のチャイムを守るなど)を維持した」県内小学校は100.0%(全国平均96.9%)で全国単独トップ。県内中学校は、順位は全国22位となったものの、98.8%(同98.8%)で100%に近い高率であった。中学校では山形、茨城、富山、滋賀、山口、徳島、愛媛の6県が100%だった。

 

令和3年度全国学力・学習状況調査学校質問紙「学習規律を維持しましたか」
出典:山梨県教育委員会資料から山梨総合研究所が作成

 

 このほか、「調査対象学年の児童生徒に対して、前年度までに、学校生活の中で、児童一人一人のよい点や可能性を見つけ評価する(褒めるなど)取組を行った」と答えた県内小学校は99.4%(全国平均98.7%)に上り、全国9位。県内中学校は98.9%(同98.6%)の全国22位で、かろうじて全国平均を上回った。

 

5.「朝食を毎日食べています」県内小学生は全国トップ

 このほか、子どもたちの生活習慣で見逃せないのが、「朝食を毎日食べている」と答えた県内小学生が96.9%(全国平均94.9%)で全国トップだったことである。中学生は全国19位と中位に甘んじたものの、93.9%で全国平均(92.8%)を上回っている。朝食に関しては、文部科学省が「早寝早起き朝ごはん」運動として推進し、2007年には山梨を含む全国7カ所で全国フォーラムが開かれるなど、山梨でも特に熱心な取り組みが行われた経緯がある。

 

令和3年度全国学力・学習状況調査児童生徒質問紙「朝食を毎日食べていますか」
出典:山梨県教育委員会資料から山梨総合研究所が作成

 

 朝食や生活習慣については興味深い山梨日日新聞の記事がある。令和3年度調査でも、児童生徒の質問紙で上位に数多く県名が上がっている秋田県についての記述である。
 2015年、教育に新聞を活用する方策を探る「NIE全国大会」の秋田大会に関する山梨日日新聞記事によると、秋田県は文科省が実施する全国学力テストで成績上位の常連だが、その理由について県知事は、「『早寝早起き朝ごはん』といった、規則正しい生活習慣が身に付いているから」と答えている。
 「朝食を毎日食べている」と答え、規則正しい生活を送っている県内の小中学生が多かったことは、今後の成長が大いに期待できると言えるのではないか。

 

6.県は25人学級を小学2年生にも拡大

 県教委は4月1日、県内の公立小学2年生に25人学級を導入した。昨年度、全国に先駆けて導入した小学1年生の25人学級導入に続く取り組みで、13市町村の23校が制度を利用して教員と学級数を増やした。少人数学級を巡っては、長崎幸太郎知事が中学生まで段階的に拡大することに意欲を示し、県教委は小学3年生以降への少人数学級の導入について、年度内に可否を検討することとしている。
 長崎知事は41日の知事訓示で「山梨県の教育の最大の特徴であり、そして最大のプラスのポイントというのは、やはり全国で最も自己肯定感の高い子供を育てていること。この25人の少人数学級は、さらにこの自己肯定感を高め、子供たちが、今後、彼ら彼女らの人生において、苦難や厳しい場面に直面したとしても、必ずや山梨の子どもたちは、これによって乗り越えていけるだろうと思う。そういう足腰の強い子ども、さらに言えば、社会の役に立とうという思いが強い子ども、これを全国で最も強く育てている山梨の教育の良さというものを、今後さらに伸ばしていきたい」と強調している。
 4月に就任した手島俊樹県教育長は「子どもたちには、自分に自信を持ってさまざまなことにトライし、たとえ失敗しても、そこから何かを学び、自分を成長させていって欲しいと思っている。もしかしたら自分は別のことに興味や適性があり、頑張れるかもしれない。こうした『気づき』を与えることが、教育者の最も大きな役割ではないか。子どもたちが自分の可能性に気づき、自己肯定感や志、挑戦する姿勢を持てるよう、教育の充実に努めていきたい。学力・学習状況調査における『自分には、よいところがある』とか『失敗を恐れないで挑戦している』といった考えや姿勢をもつことは、自己の可能性を広げ、主体的に社会を生きていくうえで大事なものと考えている」と話している。小学2年生にも25人学級を導入したことに象徴される少人数教育、教員の働き方改革、ICT(情報通信技術)教育の推進に引き続き力を入れていく考えで、そのことが「子どもが持つ個性や資質、能力、興味、関心に応じた手厚い教育や、一人一人に寄り添った丁寧な指導の実現につながるもの」と説明している。

 

7.「自己肯定感」至上主義には注意も必要

 自己肯定感や自己有用感に影響を与えるのは学校の指導だけではなく、家庭や社会のかかわり、スポーツ少年団やサークル活動、習い事などあらゆる場面での経験が関係してくるだろう。
 「山梨の子どもたちが前向きに物事に取り組んでいることは評価できるが、あまり自己肯定感や成功体験にこだわりすぎることは、おすすめできない」と指摘する専門家もいる。『自己肯定感ハラスメント~必要なのは自己肯定感ではなく、自己○○感』の著書もあるスポーツドクターの辻秀一氏(FCふじざくら山梨メンタルアドバイザー兼スポーツコンセプター)は「自己肯定感というキーワードが日本社会に浸透し始めてから、自己肯定感至上主義がまん延し、やみくもに自己肯定感を高めなければと思い込み、それがかなわず、苦しんでいる人が急増している」と指摘する。
 「自己肯定感中毒に陥り、まわりの人とのコミュニケーションやSNSなどで、マウンティングし合う状況になったり、一方的に誹謗中傷したり、されたり、何かと正義を振りかざしたり、かざされたりして、苦しんでいるという現状がある。このようなメンタル面における社会的な課題の大きな原因の一つは、この『自己肯定感至上主義』社会にある。必要なのは、むしろ『ただ自分であればいい』という『自己存在感』だと考える。この二つは似て非なるものであり、自分の心身を健康的に保つために重要なキーワード」という。「山梨県の子どもたちの強みに関しても『自己存在感』というとらえ方をしていくと、よりよく成長していけるのでは」と指摘している。

 

8.むすびに

 私たちは、これまで、全国学力・学習状況調査で科目の設問の正答率が上がった、下がったという議論が中心となり、そこに一喜一憂していなかったか。むしろこれからの社会を背負って立つ子どもたちの将来を見るには、学習状況調査のような、人としてどう生きるかというような項目にこれからも注目していくことが大切だといえるのではないか。子どもたちの健やかな成長を願う。


[注]  全国学力・学習状況調査
 児童生徒の学力を把握して学校現場の指導改善につなげることを目的に2007年度に始まり、小学6年生と中学3年生の全員が対象となっている。国語と算数・数学の2教科が基本で、3年に1度は小学校、中学校ともに理科が加わり、中学3年生は英語を同程度の頻度で実施する。児童生徒や学校に学習意欲や生活習慣、指導上の工夫などを尋ねる質問紙調査もしている。
 前々回20年度は新型コロナ感染症の感染拡大により中止。21年度は実施日を4月から1カ月繰り下げ、527日に2年ぶりに実施し、831日に結果を公表した。結果の集計対象は、小学校が1万9038校の1005600人、中学校が9680校の932995人で、県教委によると、県内は公立小中学校248校(小学校163校、中学校85校)の児童生徒約12150人が参加した。
 22年度は419日に行い、国語、算数・数学に加え、4年ぶりに理科を実施した。