Vol.286-2 山梨と関西・中京圏との関係を考える~リニア新幹線開通によりどう変わるのか~
公益財団法人山梨総合研究所 元主任研究員
山梨県大阪事務所長 広瀬 信吾
1.はじめに
筆者は昨年4月に大阪に赴任した。コロナ禍の中で1年間を大阪で暮らし、関西都市圏での業務生活の中で、調べ、考えたことを書かせていただく。本来ならば、地元のリアルな声を拾い上げることが意味あるレポートだと思うが、コロナ禍であったため現場での十分なリサーチが行えなかったことを、最初にお断りさせていただく。
山梨にいると、東京都市圏という世界的な大消費地があるため、どうしても東に目が向きがちであるが、リニア新幹線開通によって、これまで遠かった関西・中京都市圏との時間距離が劇的に短縮される。間もなく身近な隣人となる、関西・中京圏が、どのようなポテンシャルを持っていて、リニア新幹線開通後に、どういった関係を築くことができるのか。それを考える上での材料を提供させていただくのがこのレポートの目的である。
2.変わる関西・中京との時間距離
図は、国土交通省による、リニア新幹線開通後の国土構想を検討する「スーパーメガリージョン構想検討会」における資料である。甲府を取り巻いている破線以東は、現時点で大阪から4時間で到達することができないエリアである。山梨県には新幹線がないため、大阪からの実際距離と比較して、所要時間がかかる地域であることが分かる。リニア新幹線開通後には、大阪から鉄路での4時間到達圏は甲府以西から、一気に盛岡にまで達することになる。
現在、新幹線駅と空港のいずれも持たない県は、全国で山梨のほか、三重県と奈良県だけである。リニア新幹線はこの3県をカバーすることから、リニア開業によって国内くまなく高速交通網が行き渡ることになる。

現時点のリニア新幹線建設計画では、品川・名古屋間が2027年に開通予定で、大阪までの開通は45年となっている。大阪開通はまだまだ先と思いがちであるが、最短で5年後となる名古屋開通時には、現在名古屋から新幹線で1時間ほどの関西都市圏との時間距離は2時間以内となる。
3.関西及び中京圏での大規模イベント・再開発事業
このように山梨と急速に時間距離が縮まる関西都市圏では、これから先、国際的なイベントが開催され、また大規模再開発事業が完成するなど、大きく変容しようとしている。時系列で見ていくと、24年に大阪駅北側の「うめきた2期」再開発事業の街開き、同年開業を目指している中之島の「未来医療国際拠点」、25年の「大阪万博」、そして28年の開業を目指し誘致を進めている「統合型リゾート(IR)」などである。
特に湾岸部において55年ぶりに開催される大阪万博と、国内最大級の不動産開発が見込まれるIR事業は、海外からの多くの誘客が期待されているため注視していく必要がある。
中京圏においても、リニア新幹線開業をにらんで、名古屋駅周辺再開発事業が進行し、また市内拠点エリアを結ぶ新交通「SRT」(Smart Roadway Transit)システムが構想されている。
4.関西(京阪神)及び中京都市圏の実力
ここでは、関西(京阪神)都市圏と中京都市圏を、東京都市圏と比較し、その経済的な実力を統計データから見ていく。切り口は「人口」、「域内総生産(GRP)」、「製造品出荷額」、および「京阪神、中京地域にある主な企業」、「年間商品販売額」、「観光入込数」である。
[人口]
総務省統計局が定義している都市雇用圏(中心都市への通勤率が一定割合ある周辺都市人口を合算した総人口)によると、通勤率1.5%で計算された都市圏人口は、東京都市圏では約3727万人となっている。これは世界でも最大の人口集積である。中国やインドでもこれほど固まった人口集積地域はない。同じ定義で大阪及び名古屋で人口を見ると、大阪を中心とした都市圏は1930万人、名古屋のそれは936万人となっている。ざっくりとらえると、東京には3700万人が、中京及び京阪神には、合わせて3000万人の人口集積がある。

[域内総生産(GRP)]
15年にアメリカのブルッキングス研究所が行った域内GRP調査からの引用になるが、東京の都市圏総生産は1兆6170億USドルであり、人口と同様世界一となっている。京阪神都市圏は6710億USドル(世界7位)、中京は3640億USドル(世界22位)となっている。ちなみに山梨の県民総生産は3400万USドルであり、名古屋都市圏の1/1000規模である。

[製造品出荷額]
工業の側面から比較すると、国内最大の製造品出荷額を持つ愛知県を有する中京(静岡県も加える)は、58兆6144億円で国内最大である。東京都市圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)は51兆1182億円、京阪神都市圏(大阪府、京都府、兵庫県)は38兆7808億円となっており、トヨタ自動車を中心とした輸送用機械関連産業の一大集積地である中京地域が現在の日本の製造業をけん引している。山梨県は2兆4185億円となっている。

製造品出荷額に関して各地域の特徴を見てみると、中京都市圏は自動車産業に代表される「輸送用機械」が圧倒的な比率を占めており、東京都市圏のそれはさまざまな分野が集積している。阪神地域は「化学」が特徴的のほか、京都に関しては「飲料」や、「食料品」の比率が高いのが特徴的である。山梨はいずれとも違い、「生産用機械」(半導体製造装置や産業用ロボット)と、それらを取り巻く「電子部品」の割合が大きい。
(大阪の主な企業)
大阪における主な企業を挙げると、昭和40年代設立という若い企業ながらも急成長し、近年時価総額でNTTを抜き、2位のソニーに迫るキーエンス(FAセンサー及び制御機器等)をはじめ、枠で囲った企業群が時価総額トップ200社(2021年)に入っている企業である。
最上段の伊藤忠商事など右上に東京都(イチョウ)のマークがついている企業は、東京と大阪両方に本社を置いている企業で、野村證券など下部の破線で囲った企業群は大阪にルーツがあるが東京に本社を移した企業群となっている。
左上にapple社及びテスラ社のロゴマークがついている企業は、先端的なテクノロジーの集約製品ともいえるapple社及びテスラ社の製品に部品等を提供しているサプライヤー企業である。パナソニックは両社に、住友電工、日東電工、積水化学、シャープ、住友化学などがapple社に部品を提供している。
大阪の産業で特徴的なのは、武田薬品工業や塩野義製薬、小野薬品工業、ロート製薬のほか、田辺三菱製薬、大日本住友製薬、アストラゼネカ社及びバイエル社の日本法人などの製薬メーカーの多くが大阪に本社を置いている点である。船場にある道修町(どしょうまち)にその多くが集中している。創業者が山梨県出身である医療機器メーカー(ディスポーザブル医療機器では国内2位)のニプロも大阪に本社を置いている。
大阪における化学メーカーは、繊維メーカーをルーツとする東レ(東洋レーヨン)や帝人、東洋紡、ユニチカなどがあり、現在はリチウムイオン電池分野や炭素繊維分野、バイオ・医薬分野などの高機能製品がメイン製品となっている。また石原産業や堺化学工業は無機化学分野の有力企業で、半導体産業に高純度な無機素材を提供している。
またスポーツメーカーも多く本社を置いている。ミズノやゼット、デサント、SSKなどがある。こうしたスポーツメーカーの集積は、大阪が元々「東洋のマンチェスター」と呼ばれるほど、繊維産業の集積があったことも理由のひとつである。堺に本社を置くシマノは自転車部品メーカーとして世界でもトップシェアを持つ企業である。山本化学工業はトライアスロン用のウエットスーツ素材の世界シェアが9割以上である。スポーツアイウェアブランドのスワンズを展開する山本光学や偏光レンズの専門メーカー、タレックス光学工業などもある。
エネルギー分野でも産業用ガス業界2位のエア・ウォーター社や、LPガス首位の岩谷産業があるが、燃料電池に関連してエア・ウォーター社は水素製造装置を、岩谷産業は水素ステーション拠点の整備を行っている。
パナソニックをはじめ、ダイキンやクボタ、ダイハツなど最終製品を造る実力あるメーカーも存在するが、これらの大企業を支える中小の工場も多く集積している。特に東大阪地域には、多くのネジ(螺)メーカーがあり、東京の大田地域、墨田地域と並んで大手メーカーに鍛えられた高度な要素技術をもつ企業が多く存在している。東大阪地域には「よこもち文化」という言葉がある。どんどん加工を加えて横に流していけばいつの間にか製品が完成するという、業種の多様性を表している。八尾地域における歯ブラシ産業も日本一のシェアとなっている。
前述のキーエンスはapple社などと同様に、いわゆるファブレス企業(工場を持たない製造業)であり、県内企業もサプライヤーとしての関係を築ける余地があるのではないだろうか。
大阪の柏原・羽曳野など中・南河内地域はブドウの栽培が盛んであり、ワイン醸造所も数社あって21年には日本で5番目となるGI(地理的表示)認証も得ている。

※ テスラサプライヤーは、マークラインズ社の情報サイトによる
(京都の主な企業)
京都の企業のうち、上段にある4社が時価総額200位以内の企業である。この中で電子部品メーカーの日本電産(HDD用モーターの世界シェア首位)、村田製作所(積層セラミックコンデンサの世界シェア首位)、京セラ(半導体用セラミックパッケージの世界シェア首位)のほかにも、ローム(カスタムLSI等)、NISSHA(タッチセンサーフィルム)などがappleサプライヤーとして高度な部品を提供している。これらの企業のほかにも、ATMや自動改札を開発したオムロン(医療機器等)やノーベル賞受賞者を輩出した島津製作所(計測機器等)、堀場製作所(計測機器等)、村田機械(自動化設備等)、スクリーン(半導体・液晶製造装置等)、鉛蓄電池の老舗で近年はリチウムイオン電池も展開するジーエスユアサなど高度な技術を持った製造業が集積している。
その他の業種として、任天堂はコンピューターゲーム機で世界的な知名度を持つ企業である。女性用下着のトップメーカーのワコールや、パチンコホール業界1位のマルハン、宅配便業界2位のSGホールディングス(佐川急便)なども京都に本社を置く。
分類別では京都の産業は「飲料」が製造品出荷額のトップシェアとなっているが、宝酒造(松竹梅)をはじめとした、酒どころ伏見の酒造メーカー(月桂冠、黄桜、英勲、松本酒造等17社)がけん引している。
京都の企業は、陶芸や織物、工芸品などの伝統産業から発展していったところが多いが、「その他」製造業が3番目に多いように、旧来の伝統産業が今もなお健在であり、雇用の受け皿となっている。
また、京都の企業は他の関西地域の企業と違い、会社が大きくなっても東京に本社を移さず京都に本社機能を置き続けていることがひとつの特色ともいえる。もうひとつ、京都の企業からの聞き取りによると、京都にはいわゆる一見(いちげん)文化があり、旧来の相互信頼を大切にしていて、一度取引を始めると容易に取引先を変えない風土がある(なので下請け企業はコスト削減に傾けるエネルギーを、改良や新規製品開発に振り向けられる)とのことである。
(兵庫の主な企業)
兵庫の主な企業のうち、枠内の5社が時価総額200位以内の企業である。総合金融のオリックスは大阪のIR事業者としてラスベガスのMGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)と共同応募している。シスメックスはいくつかの分野で世界トップシェアを持つ医療機器メーカー。モノタロウは事業者向け通販。神戸物産は「業務スーパー」を展開している食品小売チェーンである。apple社及びテスラ社両方に部品を提供しているAGC(旧旭硝子)は現在、東京に本社機能を移しているが、発祥は尼崎であり現在も工場がある。AGCと並んで世界的なガラスメーカーである日本板硝子(NSG)も関西(大阪が本社)の企業である。
沿岸部には製鉄の神戸製鋼所(KOBELCO)や総合重機メーカーの川崎重工業などの歴史ある企業が立地し、港湾運送最大手の上組や、海運3位の川崎汽船、関西食品卸の最大手である加藤産業などがある。また伊丹・灘五郷と呼ばれる地域は酒造メーカーが集積し、日本酒生産量は国内首位である。
明治時代にイギリスのダンロップ社が神戸に工場を構えたことから、ゴム産業も発達し、ダンロップを引き継いだ住友ゴムや東洋タイヤが本社を置いている。またゴム産業に関連してスポーツシューズメーカーのアシックスがあり、そのほか世界最大の消費財メーカーであるアメリカのP&Gは神戸に日本法人を置いている。
(中京地域の主な企業)
枠で囲んだ6社が時価総額上位200社企業である。時価総額で他社を引き離して国内トップであるトヨタ自動車とその関連企業、トヨタに部品を提供している企業などが名を連ねている。デンソーと豊田自動織機はテスラにも部品を提供している。また浜松地域にあるスズキやヤマハ発動機、東京に本社を移しているが本田技研工業などの車両メーカーも浜松を発祥としている。電動工具で国内シェア首位のマキタや、世界的な楽器メーカーであるヤマハや河合楽器製作所も浜松に本社を置くほか、四大工作機械メーカー(ヤマザキマザック、オークマ、DMG森精機、ジェイテクト)すべてがこの地域に本社(機能)を置くなど、まさに現在の日本の製造業をけん引している地域である。
このように輸送機械産業が発達している一方でAppleサプライヤーは、半導体パッケージ基板を造っている岐阜(大垣)に本社があるイビデンのみとなっている。
自動車産業が大きく変容しようとしている中で、現在の中京地域の産業的優位は予断を許さないものになっている。
[年間商品販売額]
商品販売額はやはり東京都市圏が多く、人口や経済規模との相関関係が見いだせる。人口問題に関する議論の中で、商業機会の増大を人口政策の論点にする意見もある。人口を増やせば商業が活性化する、だから人口増を政策ターゲットにすべきというロジックである。一見これは正しいように感じるが文脈の前後が違う。人口は総合的な地域の魅力によって増えるものである。つまり「結果」であって「目的」ではない。本当に目標にすべきなのは、「人口を増やす」という定量的なものでなく、「皆が住みたい地域にする」という定性的なものだと思う。
また、商業の質がリアル(地域密着)からヴァーチャル(通信販売など)にシフトしているので、人口と商品販売額の相関性も揺らいでいる。

[観光入込者数ほか]
観光庁が全国共通基準で行っている観光入込調査によると、宿泊を伴う当該地域の来訪者統計は、東京都市圏及び京阪神都市圏がほぼ同規模の集客力を持っている。中京都市圏は両都市圏の3分の1程度である。外国人観光客の比率は、東京及び京阪神と比べ中京都市圏は低い。
観光客を引きつける要素のひとつとして、美食があるが、その都市に存在するミシュランガイド(21年定期版)の星数を積み上げると、世界最大の美食都市は東京で星の総数は211個ある。2位は本家パリ(119個)であるが、3位と4位は京都(106個)と大阪(98個)であり、5位のニューヨーク(=NY、76個)よりも多い。神戸(兵庫)は定期的には発表されていないが、直近に発表された16年版だとNYを上回る91個あった。京都と大阪は掲載を断っている店が多いという話もあり、京阪神は東京を上回る美食の街ともいえ、国別で見ても日本は世界一の美食の国である。

[美食大国日本]

5.リニア新幹線によって変わる国土構想
これまで人口から、経済規模、産業の状況などを概観してきたが、リニア新幹線開通によって、個別に取り上げても、それぞれ巨大な三大都市圏が、より近接化することになる。国土交通省によるSMR(スーパー・メガ・リージョン)という構想があるが、三大都市圏を合わせると、経済規模こそボスウォッシュ(ボストン~NY~フィラデルフィア~ボルティモア~ワシントンDC)に譲るものの、人口規模では世界最大で、シリコンバレーや珠江デルタ(香港~深圳~東莞~広州~マカオ)とは、人口及び経済規模ともに両都市圏をはるかに上回るメガリージョンとなる。山梨はこの真っただ中に位置することになる。

6.では山梨はどこに向かう?
国(国土交通省)は、リニア新幹線開通によって、三大都市圏が一体化し、巨大経済圏が誕生、世界と互して戦う上での基盤となる国土構想を描いている。
しかしながら、東京と京阪神地域は航空路(羽田~伊丹)によって、すでに1時間で結ばれており、在来の新幹線も半世紀以上、安定的な輸送力を実現してきた。リニア新幹線の輸送内容は人流に限られており、陸路での時間短縮が、大都市圏である東京や大阪、名古屋にとって、どの程度のインパクトになるのかは未知数である。
しかし、これまで見てきたとおり、東京・京阪神・中京都市圏いずれもが、中規模の国に匹敵するレベルの「人口集積」、「経済規模」、「産業集積」、「成熟した商圏」、「世界からの集客力」を有している地域であり、これらの地域と短時間でつながることは、これまで空港や新幹線などの高速交通機関がなかった山梨にとって大きなインパクトとなり、チャンスであり一方でリスクでもある。
① 山梨の強みと弱み、チャンスとリスク
SWOT分析という周辺環境の分析手法がある。地域の「強み」(Strength)、「弱み」(Weaknesses)、「機会」(Opportunities)、「脅威」(Threats)を整理し把握するものである。ここでは特に産業分野(特に観光)に特化して山梨の強みと弱み、チャンスとリスクを考えてみる。
② クロスSWOT分析による戦略の方向性
SWOT分析によって、見える化された「強み」と「弱み」、「機会」と「脅威」について、マトリクスを構成し戦略的な方向性を示す方法としてクロスSWOT分析という手法がある。「強み」を生かして「機会」をとらえる戦略。また「弱み」や「脅威」に対して、それを克服したり、リスク回避したりするための戦略の方向性を考えるフレームワークである。
以下は特に観光に関連する分野にフォーカスして行ってみたものである。
まずは観光に関して、リニア新幹線の開業によって、これまで遠かった京阪神地域との時間距離が劇的に近くなる(5時間→2時間以内)。25年開催の万博には間に合わないが、28年に開業を目指している統合型リゾート(IR)には、世界からの集客が見込まれる。山梨にはワインをはじめ、高品質な果実や、豊かな自然環境があるので、都市型観光とは違った独自の強みを発揮できる可能性がある。
しかし半面で、甲府に着いた後の地域内交通の弱体化が現実にあり、沿線地域間の競争が想定される。また無秩序な開発へのリスク、それに伴って住環境が悪化し、かけがえのない貴重な山河の美を失ってしまう恐れもある。
製造業に関しては、現在好況な産業分野でも、取り巻く事業環境が変わるリスクはあるが、リニア新幹線によって、これまで遠かった京阪神地域との行き来がしやすくなることで、新たな取引関係が生まれる可能性がある。特に京都には電子部品の企業が集積しているため、電子部品に強みを持つ山梨は、敷居は高いが関係を模索するのが第一歩になるのではないか。先端産業だけでなく、京都のデザイン力、商品開発力と連携して、伝統的な工芸分野で素材などを提供したり、コラボレーションしたりしていくことも面白いと思う。また医薬品やスポーツに関連する企業が集積する大阪とは、ヘルスケア分野での連携が可能性としてあると思う。
ワインに関しては、街かど洋食文化がある大阪。洗練されハイカラな文化が根付いている神戸。イノベーティブな和食文化のある京都。独特で個性的な食文化を持つ名古屋と、それぞれ別のアプローチの仕方があると思う。
以下表中◎印は考え方や方向性、●印は具体的なアイデアである。
7.おわりに
米国でApple社が「iPhone」を発売したのは07年である。まだ15年しか経っていないにもかかわらず、スマートフォンは、ほぼ世界中の人々の生活様式を大きく変えた。YouTuberなど、数年前には想像さえつかなかった新しい職業が発生し、電子通貨はいつのまにか巨大化して、国家を基礎とした通貨制度さえも揺るがしている。
通信分野にとどまらず、次々と実用化されていく新しいテクノロジーは、困難な社会課題解決のための有力な手段ともなりえ、同時にこれまでの生活を根本的に変える可能性がある。
このレポートは、コロナ禍が一時、小康状態となった21年12月に甲府で行った勉強会での発表資料をベースにしている。
VUCA:「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の時代と言われて久しいのに、加えてコロナ禍となり、ますます世界は予測不能なものになっていく。と話してまもなく、年明けにはロシアのウクライナ侵攻が始まり、国際社会はさらに大混乱して、サプライチェーンばかりか、エネルギーや食糧の供給不安さえ現実化してきている。
世界中の政治・経済・産業が、コロナ禍と戦争によって地殻変動的な激震に見舞われている。このレポートは平和で安定的な社会を前提として書いているものなので、内容的にもためらわれたが、世界が再び平穏を取り戻すことを願いつつ雑感的ではあるがまとめとしたい。
テクノロジーが進化すればするほど、より人間的なもの、マインドフルなものの価値は上がっていくと思う。また世界から人が集まる場所は、優れたデザインがあり、洗練されたホスピタリティーがある。人はより本能に近い要素(食など)に引きつけられる。住んで楽しい場所、優れた生活文化を持つ場所こそ、人は訪れたいものだろう。自然環境は失われたら容易には再生しないものなので、その複雑性を深く知り、伝え、大切に守り育てることが重要である。優れた人材のいるところに企業はやってくる。短絡的に今、業績のよい企業の求める人材像ではなくて、地域の将来のかたちを見据えたうえで人材を育てることが大切となる。山梨から離れては存立できない産業にこそ、人材を含めた地域のリソースの多くを投入すべきである。
山梨は大都市圏に囲まれていても、まだ人を惹きつける自然的な要素を多く残している。歴史の中で育まれた、ワイン、ジュエリー、工芸品、織物、農畜産物、ミュージアムなどの素材は、さらに磨き上げ、組み合わせることによって新たな価値を創造していく。
激動の時代だからこそ、「静けさ」や「闇」などの価値を世界に向けて提案できればと思う。