Vol.288-1 多文化共生社会における対人援助と山梨のいま


NPO法人国際活動市民中心(CINGA
理事・コーディネーター  新居 みどり

 

1.はじめに

 いま、山梨における多文化共生は大きな広がりを見せています。この多文化共生という言葉は、2006年に総務省[i]によって「国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的ちがいを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと」と定義されています。今回は、山梨県における多文化共生に関連する最近の動きをご紹介しつつ、社会福祉領域など地域の対人援助の現場で役立つ外国人対応のポイントを、外国人支援を行ってきたNPOの視点から説明します。
 当会は2004年に設立されたNPO法人で、外国人相談事業と地域日本語教育事業を中心に、全国の自治体や国際交流協会等と協力して活動してきました。山梨県への関わりは、2019年にやまなし外国人相談センター[ii](図表1)が開所した際に、相談対応体制の構築支援を行ったことにはじまります。そして、本年度は県がすすめる「地域日本語教育の総合的な体制づくり推進事業」[iii]の一環で、地域日本語教室で活動する日本語学習支援者(パートナー)研修会の開催に協力しています。

 

図表1 やまなし外国人相談センターポスター


 2.日本における外国人受け入れ施策の動向

 2018年に、出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律が成立しました。この改正法によって、在留資格「特定技能」が創設されました。この在留資格創設の目的は、生産性向上や国内人材の確保のための取り組みを行ってもなお人材を確保することが困難な状況にある産業分野において、一定の専門性・技能を有し、即戦力となる外国人を受け入れていくため[iv]とされています。
 この入管法改正によって、日本は外国人の受け入れに大きく舵(かじ)を切ることになり、日本に暮らす外国人への支援政策の拡充が求められました。これに呼応して、2019年、出入国在留管理庁が設置され、外国人支援を行う政府の拠点として、法務省、外務省、厚生労働省、経済産業省の4省庁合同の「在留外国人支援センター(FRESC フレスク)」が2020年に東京四ツ谷にオープンしました。
 このような動きを背景に、日本に暮らす外国人数は年々増加し、2019年で293万人となりました。新型コロナ感染症拡大によって外国人数は大幅に減るかと思われましたが、202112月時点で、日本に暮らす外国人数は276万人[v]となっています。
 2021年のミャンマーやアフガニスタンなどの政情不安や、2022年のロシアによるウクライナ侵攻とそれに伴う避難民や難民の海外流出など、この数年、世界規模でも人の移動は変容を見せています。世界規模での人の移動にも今後注視していくことが必要となります。

 

3.山梨県における現状

 山梨県には2021年時点で17163人の外国人が暮らしています。新型コロナ感染症拡大の影響も受けて在住外国人が減少した県があるなか、山梨県に暮らす外国人数は大幅な減少はなく、むしろ増えています(図表2)。

 

図表2 山梨県内の外国人数推移
出典:法務省「在留外国人統計」

 

 その背景をみると、山梨県に暮らす外国人の半数以上が、永住者や定住者など安定して長く日本に暮らすことができる在留資格の人びとであることが分かります(図表3)。山梨県の総人口に対して、外国人の割合は2.12%となっており、50人に1人が外国人ということになります。そして、その出身の国と地域の上位は、中国、ベトナム、ブラジル、フィリピン、韓国(図表4)となりますが、全体としては97[vi]の国と地域の出身の人びとが暮らしています。

 

図表3 在留資格別一覧
出典:山梨県「空白地域解消を目的とした日本語教育機関と連携する体制づくり」資料(2022年6月発表)
図表4 山梨県における在住外国人の国籍別割合 
出典:法務省「在留外国人統計」

 

 山梨県では、2007年に多文化共生推進指針として、県としての取り組みの方向性と各主体が実施している取り組み事例が体系的に整理され、20192月には、県の基本的な考え方と中期的な取り組みの方向性を示す「やまなし外国人活躍ビジョン」が策定されました。
 そして本年度、「やまなし多文化共生社会実現構想委員会」が設置されました。この委員会の目的は、多文化共生社会のあるべき姿に関する検討を行い、外国人の課題解決に向けた取り組みが着実に実施できるよう、また、外国人住民が地域社会に円滑に溶け込める仕組みづくりを示すこととされています。今回の構想委員会は、施策実施に当たっての心構え(理念)を検討し、今後、県が施策展開していく上での土台として位置付けられています。

 

4.転換期にきた外国人支援

 外国人支援は転換期に来ていると思います。従来は、自治体の国際課や外国人相談窓口など、一部の特定の部署や組織が、専門的に外国人支援を、一手に行うことがメインでした。しかし、新型コロナ感染症の拡大とそれを受けたさまざまな対応策が展開される中で、状況は大きく変わりました。「外国人支援」という考え方から「支援対象者の中には外国人もいる」という視点への広がりです。
 その一例が、自治体による新型コロナ感染症のワクチン接種の対応です。地域全体の安全向上を確保するためには、その地域内に暮らす住民一人でも多くにワクチン接種をしてもらう必要があります。住民の中には外国人の人も多くいます。その人たちにもスムーズにワクチン接種をしてもらうため、ある自治体はワクチン接種券の入った封筒に、この手紙は大事なお知らせであり、開封してほしいことを多言語で印字して配布しました。また、ある自治体は接種会場に多言語対応のタブレットを配置して、予診や接種がスムーズにできるようにしました。
 「地域住民の中には外国人もいる」という視点で考えるとき、一つの部署だけで対応できるものではなく、自治体などが行う行政サービスにかかわるすべての部署で、外国人住民への対応を行う必要があります。住民の中には外国人もいる、日本語が母語ではない人もいる、その人たちへの合理的配慮として、多言語対応や母文化への配慮など、行政全体で対応しなければならないという視点へと変化してきたのです。
 また、この視点の広がりは行政だけではなく、各自治体の社会福祉協議会などの現場でも起こっています。コロナ感染拡大を受けて、多くの人が仕事をなくしたり、減ったりして生活困窮に陥りました。そのため色々な支援対策が打たれました。その支援を受けるため多くの外国人住民も対応窓口を訪れました。その一例が、社会福祉協議会が窓口となって対応している生活福祉資金の「緊急小口資金」の特例貸し付けです。
 社会福祉協議会の窓口には、次から次に、日本語がほとんど話せない外国人がやってきて、生活苦を訴え、緊急小口資金の貸し付けの申し込みをしました。その対応に、自動翻訳機を片手に対応したある職員は、これだけ多くの外国人が地域に暮らしていると初めて知った、外国人住民を今までほとんど意識したことがなかった、全く見えない存在だったと語っていました。
 この経験から、現在、山梨県内の社会福祉協議会などでは、在住外国人の抱える問題や支援に関する基礎知識、対応方法などを学ぶ研修や学習会などが積極的に行われています。そして、この動きは、同じく多くの外国人住民のコロナ感染対応を行った保健医療領域でも広がっています。

 

5.対人援助職が知っておきたい外国人対応のポイント

 地域において対人援助職で働く人に、外国人特有の課題や対応のための基礎知識を学んでもらうことが大切です。地域の現場で、外国人対応もできる人を増やしつつ、同時に、専門的な支援を行う「やまなし外国人相談センター」の相談対応機能を高めるなど、両輪で対応することが重要となってきます。ここでは、地域の対人援助領域で外国人住民にかかわる際に知っていてほしい、いくつかのポイントをご説明します。

 

(1)三つの壁

 外国人相談の現場から考察すると、外国人の「困った」の背景には三つの障壁があると思います。それは「法律・制度の壁」「ことばの壁」「こころの壁」です。
 法律・制度の壁とは,在留資格(図表5)による制限です。日本に住む外国人の多くは、在留資格をもって日本に暮らしています。この在留資格によって就労できる領域や時間、また資格によっては住む場所さえも決められます。外国人住民にはこのような在留資格による制限という“壁”があります。対人援助で働く人に、外国人住民は在留資格をもって暮らしており、それによっていろいろな住民サービスの制限などを受けるということを、知ってほしいと思います。

 

図表5 在留資格一覧
出典:出入国在留管理庁

 

 例えば,家族滞在という在留資格をもっている外国人高校生がいたとします。その高校生が大学進学をするために、日本学生支援機構の奨学金を借りたいと思っても、家族滞在という在留資格の人は貸与をうけることはできません。あるいは,外国人調理師で、技能という在留資格を持つ一家が,家族の薬代にも困るほど生活が困窮していても、生活保護を受けることは基本的にはできません。
 外国人住民は、在留資格による制限によって困難に陥るということもありますが、それ以上に大きな問題なのは、外国人の法律・制度的な背景の知識が少ない対人援助職が対応にあたることによって、その問題がより長期化、複雑化してしまうことにあります。そのようなことを防ぐためにも、対人援助職の学びが必要です。
 しかし、在留資格制度の運用は複雑なこともあり、すべてを理解するのは難しいと思います。だからこそ、外国人住民に関する困りごとがあった際には自治体が設置している外国人相談センターなどの専門機関に相談してほしいと思います。これらの専門機関は外国人本人からだけではなく,日本人からの相談にも対応しており、山梨県においては、やまなし外国人相談センターがそれに当たります。

 

(2)ことばの壁

 二つめのことばの壁とは、日本語に起因する障壁です。外国人住民の多くは、日本語を体系的に学習する機会に恵まれず、生活のなかで耳から聞いて日本語を学ぶことが多いといわれています。ゆえに、日常会話なら何とかできるが、読み・書きができないという人が多くいます。読み・書きができない大人が日本で暮らしていくのは困難なことです。
 また、学校も役所も大切なお知らせは文書で出されることが多いのです。例えば,先に例に出した新型コロナウイルス感染症のワクチン接種についても、接種券は案内の文書とともに封筒に入れられて郵便ポストに届きます。その封筒を受け取って開封したとしても、日本語が読めない人がその内容を理解し、行動することはできないことのほうが多いのではないでしょうか。これがことばの壁です。

 

3)こころの壁

 外国人相談の現場にいると、こころの不調を訴える人に数多く出会います。その背景には,異文化のストレスや、外国人ゆえに感じる差別というものがあると思われます。潜在的にストレスがある状態で、解雇や離婚、交通事故などの大きな困りごとに直面すると、こころのバランスを壊しやすくなります。地域のなかで気軽におしゃべりをしたり、ちょっとしたことを尋ねたりできる人間関係がないと訴える外国人住民も多くおられ、これが三つめのこころの壁となっています。

 

6.コミュニケーション方法としての「やさしい日本語」

 対人援助職の学びの重要性とともに、もう一つ、外国人とのコミュニケーションをとるために「やさしい日本語」を知っておくとよいと思います。
 地域にはいろいろな言語背景を持った外国人住民が暮らしています。多様な母語をもった人とコミュニケーションをとるときに有用なのは、英語ではなく「やさしい日本語」です。
 「やさしい日本語」とは、難しい言葉を言い換えるなど、相手に配慮したわかりやすい日本語のことです。阪神淡路大震災をきっかけに広く普及しました。日本語を母語としない方、高齢者、障がいのある方など、さまざまな方に用いられます。

 

図表6 「やさしい日本語」を話すときのポイント
出典:「医療×やさしい日本語研究会」資料

 

 「やさしい日本語」を話すときのポイントをいくつか示します。これらのポイントを押さえて、簡単、明瞭に話そうと心掛けるだけで,「やさしい日本語」を話すことができるようになります。
 また、書き言葉のやさしい日本語について、出入国在留管理庁と文化庁が「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」[vii]を出し、行政などの役所の文書などについて易しく書き換えるためのガイドラインを示しています。

 

7.おわりに

 多文化共生の捉え方も刻々と変化しています。近年は、日本人と外国人が共に生きていくという捉え方だけではなく、日本人も外国人も同じ地域に暮らす住民として共に地域をつくっていく、という意識に広がってきています。
 2019年以降、政府は全省庁横断的な「外国人受入れのための総合的対応策」を毎年閣議決定しており、2022年度は、中長期的な取り組みを行うためのロードマップが示されるとともに、ライフステージにあった支援の重要性が示されました。外国人の中にも、高齢者もいれば、妊産婦もいるし、子どももいるのです。今後、より中長期的な視点に立ち、横断的な視点で活動ができる対人援助職の存在が重要になっていきます。
 山梨においても、官民を問わずさまざまな主体が、多文化共生に係る取り組みを展開してきたところですが、2019年度に「やまなし外国人相談センター」が設置されるとともに、「やまなし外国人活躍ビジョン」が策定され、以後、外国人が円滑に地域社会に溶け込める仕組みづくりに多くのリソースが割かれるようになりました。
 いま、山梨県は「やまなし多文化共生社会実現構想委員会」を立ち上げ、多文化共生社会の実現に向けた協働の在り方や人間関係づくり、各主体の心構えを示す「やまなし多文化共生社会実現構想」を策定しています。これらの動きを加速させ、山梨に暮らす人びとが、日常的なコミュニケーションや協力関係の構築による人間関係づくりを進めることができたならば、外国人も含めて一人ひとりを温かく包摂する社会が実現することでしょう。


[i] 総務省 「多文化共生の推進に関する研究会 報告書(2006年3月)」https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/chiho/02gyosei05_03000060.html

[ii] やまなし外国人相談センター https://www.yia.or.jp/wordpress/?page_id=1905

[iii] 「空白地域解消を目的とした日本語教育機関と連携する体制づくり」https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kyoiku/todofuken_kenshu/r3_annai/pdf/93510701_11.pdf

[iv] 「特定技能の在留資格に係る制度の運用に関する基本方針について」(2018年12月25日閣議決定)

[v] 法務省 市区町村別国籍・地域別在留外国人https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00250012&tstat=000001018034&cycle=1&year=20210&month=24101212&tclass1=000001060399&result_back=1&tclass2val=0

[vi] 法務省 市区町村別国籍・地域別在留外国人https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00250012&tstat=000001018034&cycle=1&year=20210&month=24101212&tclass1=000001060399&result_back=1&tclass2val=0

[vii] 在留支援のためのやさしい日本語ガイドラインhttps://www.moj.go.jp/isa/support/portal/plainjapanese_guideline.html