Vol.289-1 これからの習い事と山梨県における部活動の地域移行
子どもの習い事メディア「SUKU×SUKU(スクスク)」編集長
西村 良介
1.はじめに
「これまでどのような習い事に通われましたか?」
そう問い掛けると、ほとんどの方からスイミングスクールやピアノ教室、そろばん教室、英会話スクールなどといった、主に小学生の時まで通っていた習い事がかえってきます。
なぜ習い事は小学校までなのかー。その答えは簡単で、一般的に中学校以降は部活動と、受験対策の学習塾だけを継続する場合がほとんどで、それ以外の習い事は小学校卒業と同時に退会してしまうケースが大半だからです。
実際に私が編集長を務める子どもの習い事専門のWebメディア〈習い事SUKU×SUKU(スクスク)[1]〉でも、そうした背景から「0歳~12歳までのカリキュラムを開講する教室」を対象に展開しており、山梨県に限らず、全国的にお子さんの習い事を探される保護者の多くが、幼児~小学生の子をもつ方々です。
余談ではありますが、私自身、幼少の頃から父の手ほどきで野球を続けていましたが、中学校では、同じく幼少から習っていた剣道の部活動に入部したこともあり、大好きだった野球からは離れてしまいました。高校を卒業し、山梨学院大学への進学を機に、ソフトボール部に入部する形で再びグローブをはめてプレーすることが実現できました。ちなみに山梨県が全国トップクラスのソフトボール王国ということを知ったのは、それからだいぶ後のことでした。
しかし今、そうした「学校と習い事の在り方」が、大きく変わろうとしています。
2.過酷な労働環境!?学校教員の実態
「学校と習い事の在り方」について触れる前に、まずは学校で働く教員の労働環境について見ておきたいと思います。
結論から言うと、学校の教員を取り巻く労働環境は過酷で、文部科学省「教員勤務実態調査」(2016年実施)によると小学校教諭の33.4%、中学校教諭の57.7%が週60時間以上勤務、つまり月80時間以上の時間外労働をしており、これは過労死リスクが高まる過労死ラインを超えていました。特に中学校・高校では、部活動の負担も大きな要因といえます。
山梨県の公立学校教員の状況については、山梨県教育委員会による以下の調査結果(図表1)があります。平成29年当時の調査で見ると、1週間の学内総勤務時間が60時間を超えている中学校教諭は半数を超える状況で、ここでも過労死ライン(月80時間以上の時間外労働)を超えている割合が高いことが分かります。中学校教諭の平日一日当たりの平均勤務時間は11時間30分となっています。
こうした状況を改善するため、平成29年3月には山梨県教育委員会として「教員の多忙化改善に向けた取組方針」が策定され、その後も「やまなし運動部・文化部活動ガイドライン」(平成30年3月策定)、「山梨県立学校の教育職員の在校等時間の上限等に関する方針」(令和2年度施行)等が出され、教員が児童生徒一人ひとりと向き合う時間を確保し、山梨県の教育の質を高めることを目的とした教員の多忙化改善に向けた取り組みを進めていることがうかがえます。さらに令和3年3月には文部科学省の動向も踏まえた、新たな「山梨県の公立学校における働き方改革に関する取組方針」(令和3~6年度)が策定されています。
図表3~5をご覧いただくと、前述した「中学・高校の部活動による教員の負担」について、この数年で特に改善されてきていることが分かります。
〈働き方改革 主な取組の成果〉
〈部活動における教員の負担軽減の状況〉
〈部活動における教員の負担軽減の状況〉
〈部活動における教員の負担軽減の状況〉
3.部活動は「学校」から「地域」へ
図表2~5を見ると、部活動における教員の負担軽減の状況は、徐々に解消されつつあることが分かりますが、その鍵となるのは「部活動の地域移行」です。
今回、その実態を少しでも把握するため、山梨県教育委員会の担当者に直接お話をうかがう機会をいただきました。
取材を通じて、山梨県では「令和5年度以降の休日部活動の段階的な地域移行」に向けて、昨年から南アルプス市立櫛形中学校と八田中学校の2校において、すでに実践研究が進められていたことを知りました。
櫛形中学校では剣道、卓球、弓道、女子バスケットボール、女子ソフトボールの部活動において、そして八田中学校では陸上、女子ソフトテニス、野球の部活動において、それぞれ土・日曜の部活動を地域の指導員に移行することによる、課題や成果等を取りまとめた「休日部活動の地域移行に向けた実践研究事例集~令和5年度以降の休日部活動の段階的な地域移行に向けて~」が令和4年3月に作成されました。
以下はその実践研究で得られた櫛形中学校と八田中学校を合わせた生徒、保護者アンケートの一部です。
4.持続可能な取り組みに向けて
試験的に始めた地域の指導員による休日の部活動について、アンケート結果を見ると、当事者である生徒たちにはおおむね好意的に受け入れられていることが分かります。しかし保護者の声を聴くと、技術面や費用面、また、平日の教員による部活動との連携等に不安を抱く面もあることが分かります。
取材をした県教育委員会の担当者からは、ほかにも「地域における新たなスポーツ環境の在り方」として、生徒の「競技を極めたい」というニーズと、それに相対する「競技を楽しみたい」というニーズにどう応えていくかという点や、過疎地に住む生徒への対応など、持続可能な取り組みにするための今後への細かい課題なども聞かせていただきました。
また、他の自治体でも課題となっている地域に移行した部活動の指導員の採用方法や謝金などの調整、指導する際の施設の利用(営利団体への利用を制限する条例もある)などについても、今後も多岐にわたって議論を進める必要があるとのことです。
義務教育の中で何十年にもわたり築いてきたシステムを変えるということは、現場の教員の意識改革も含めて、相当なハードルであることが想像できます。改革を主導する県教育委員会の担当者からは、「最終的にはすべて地域に」という国の方針に基づく対応に留まらず、働きやすく魅力のある職場環境に改善することで、山梨県の教員志望者の減少に少しでも歯止めをかけたいという強い思いを感じました。
「先生不足」という課題は、実は民間の習い事業界も同様に抱えており、拘束時間(就労時間)の長さ、保護者対応による負荷、業務内容や他の職業に比べて賃金が低い問題等による先生志望者の減少傾向は、中堅・大手企業においては生徒募集に優先して先生募集を最重要課題に掲げるほどです。
5.これからの習い事をどう決めるか
さて、ここまでは学校の部活動が地域に移行されるというテーマでお話ししてきました。では、そうした背景を踏まえて、今後の習い事を検討するときには、どういった判断で決定するのが良いのか、もしくはどのようなジャンルの習い事教室に通うのが良いのか、気になる方もいらっしゃると思います。
習い事メディアの編集長としてそうした質問をいただくことはとても多いのですが、私は決まって「なるべくお子さん自身が好きな習い事、お子さん自身が選んだ教室に通うべきだと思います」とお答えします。そう言われると身も蓋もないように聞こえるかもしれませんが、実際に当メディアにおいても過去に1101人の保護者を対象に全56ジャンルの習い事に対する満足度調査を実施したところ[2]、それぞれのジャンルに対する保護者の満足度の要因として「本人が楽しんで通っているから」という項目が上位にきていました。
これは、どの習い事ジャンルにおいても「スキル向上」や「目標達成」のためには「継続することが重要」だということを保護者の皆さんも認識しており、継続するにはお子さん自身が主体的に取り組む必要がある、ということもまた認識されていることの表れだと思います。とはいえ、楽しんで通っている習い事も中学校入学と同時に退会されるケースが一般的でしたが、冒頭に述べた通り、今後の習い事環境は大きく変わろうとしています。
学校部活動が地域に移行する今後の流れにおいては、民間教育の果たす役割も増え、一線を画していた部活動と習い事の距離はより一層近くなることが想像されます。課題も多くありますが、例えばスポーツ庁では教員の休日労働の問題などから、日本中学校体育連盟に対して全国大会の見直しを求め、今年3月に全日本柔道連盟(全柔連)が行き過ぎた勝利至上主義を防ぐために小学生の全国大会を中止する判断を下した流れを踏襲する動きを見せています。
運動部活動も文化部活動も、少子化や教員の働き方の改善により、大きく変わっていくことは間違いないとみられます。もしかしたらこれまでは勝利至上主義により敬遠されていた競技種目が、より親しみやすくなることで、取り組む生徒が増えるケースもあるかもしれませんし、楽しんで通っていた習い事を中学以降も継続して部活動に置き換えて通い続けることが一般的になるのかもしれません。
また、働き方の改善でいえば学校教員以上に、民間企業ではさまざまな取り組みが展開されています。従って「親子で過ごす時間」も時代とともに増えてきている中で、習い事のジャンルによっては「親子で参加して楽しめるカリキュラムやコース」もあり、SNSや動画コンテンツの普及などで個別のスマホ利用時間が増え、親子で会話する時間が減少しつつある現代では、子どもだけが楽しむ習い事も良いですが親子で一緒に楽しめる習い事を選択することも有意義ではないでしょうか。
6.おわりに
私が参加している団体に、日本民間教育協議会があります。民間教育の各分野を代表する事業者団体等が集い、各分野の垣根を越えてさまざまな議論を重ねつつ、おもに公教育と民間教育の連携推進を目的に2018年に設立されました。大まかな言い方をすると、今回取材した「学校部活動の地域移行」というテーマを、壁を挟んで民間側から推進しているわけです。子どもたちの未来に関わるテーマということもあり、毎回、とても熱量の高い話し合いが行われますが、私はこれまでの数年間は、この団体を通した「民間側からの視点」で、公教育と民間教育の連携推進を少しずつ確実に進めていく様を見てきました。
そして今回、山梨県教育委員会を取材させていただき、同じ熱量で想像以上の取り組みが既に公教育側でいくつも動いていることを知り、とても驚いたというのが正直なところです。そして官民双方の熱量を肌で感じた私からすると、間に存在している、目には見えない大きな壁が、教育に関わる双方の人たちによって壊される日も、そう遠くはないと感じています。
少子化の中での子ども達の未来が明るく輝くように、私自身も地域に住む保護者の一人として、今後も主体的に取り組んでいきたいと思います。
[1] 習い事SUKU×SUKU(スクスク) https://sp-sukusuku.jp/
[2] 【2021年度版】子どもの習い事《満足度》を1101人の保護者に聞いてみました! https://sp-sukusuku.jp/5000000020-2/