音楽を通じたまちづくり
毎日新聞No.622【令和4年9月4日発行】
雄大な富士を望む河口湖ステラシアター(山梨県富士河口湖町)でピアニスト・辻井伸行氏の演奏を聴いたのは昨秋のこと。4日間にわたる富士山河口湖ピアノフェスティバル(富士河口湖町音楽のまちづくり実行委員会主催)の皮切りのコンサートだった。印象的だったのは珠玉の演奏だけではない。そろいの黒いTシャツを着た会場のスタッフたちだ。気持ちのよい応対、てきぱきとした動き。聞くとほぼすべてがボランティアだという。
この“プロ意識”漂うボランティア集団のルーツは、2002年に始まった富士山河口湖音楽祭だ。河口湖ステラシアターなどを舞台に、地域住民をボランティアスタッフとして運営に組み込んだ。役割を5層まで細分化し、ベテラン層は新人の指導、育成も担う。作業の手順だけでなく音楽祭の理念まで共有することで、皆でつくりあげる実感が生まれた。
河口湖ステラシアターの野沢藤司マネジャーは「音楽を通じたまちづくりの第一歩でしたね」と音楽祭のスタート当時を振り返る。地域で盛り上がる音楽イベントと言えば、今年30周年を迎えた長野県のセイジ・オザワ 松本フェスティバル(旧サイトウ・キネン・フェスティバル松本)を思い出す方も多いだろう。ボランティアのかかわり方は、スタッフを派遣するなどしてここから多くを学んだという。
一過性の集客イベントで終わらせない。まちづくりの理念にもつながる「仕掛け」として老若男女がかかわれる事業にする。こうした考え方が、音楽祭の流れをくむピアノフェスティバルにも生かされている。多くの地方自治体にとっても、持続可能な地域おこしのヒントになるのではないか。ちなみに人口減少社会においても富士河口湖町の人口(2万6082人・20年国勢調査)は15年に比べ3.0%増えている。ロケーションのアドバンテージがあり直接的な要因とは言えなくとも、音楽祭のような取り組みが住民の参画意識と文化度を上げ、町のイメージ形成に寄与していることは間違いない。
「次は国際音楽祭です。これからも音楽を通じて町の魅力を上げていきたい」と野沢氏の夢は尽きない。富士山河口湖ピアノフェスティバルは、今年も9月22日からの4日間、辻井伸行氏をピアニスト・イン・レジデンスに、多彩な演奏家を迎えて開催される。
(山梨総合研究所 主任研究員 渡辺 たま緒)