「おいしい!」の向こう側
山梨日日新聞No.11【令和4年10月22日発行】
フルーツ王国・山梨を実感するのはいつかと聞かれ、皆さんはどう答えるだろうか。
近年はカフェで地元産フルーツをふんだんに使ったスイーツを食べる時、という方も多いのではないか。
「富士大石ハナテラス」(富士河口湖町)内の「葡萄屋kofuカフェ」でも、提供する季節のスイーツは人気メニューとなっている。パフェ2千円、フルーツプレート3千円は多くの人にとって気軽に手を出せる金額ではないかもしれないが、今シーズンは過去最高の売り上げを記録したという。
「農家が命を懸けて育てた果物を適正価格で買い取り、商品を作る労働の対価を適正に出したらこの値段になった」と話すのは、運営する「葡萄屋kofu」オーナーの古屋浩氏(株式会社プロヴィンチア代表取締役)だ。「私たちのゴールは、山梨の生産者や果物の価値を本来あるべき姿に戻すこと」とし、「きれいごとだけで生きていく」を経営ビジョンに据える。
では古屋氏はビジネスや地域資源にどう向き合い、現在に至っているのか、少しひも解いていきたい。
同社を立ち上げる前の古屋氏は、菓子材料の商社に勤務していた。安く買い、高く売る。市場原理の真ん中でわき目もふらずに働く中、転機となったのは他県への出張の際、羽田空港から遠くに富士山を目にした時だったという。自然と涙があふれ、「価格競争の渦にいては自分がダメになる」と会社を辞めた。
その頃の新たな出会いも転身を後押しした。峡東地域での「ワインツーリズム」を立ち上げた笹本貴之氏らである。眉間にしわを寄せ、地域活性化について真剣に話し合う彼らの姿は「不思議でもあり、羨(うらや)ましくもあった」。
古屋氏はまず、ブドウ農家の“お母さんたち”にスポットを当て、男性(夫、義父、実父)の陰に隠れがちな女性の仕事が評価される舞台を作ろうと、学校給食に提供するレーズンパン作りに奔走。後に看板商品となる「レーズンサンド」の原型となった。
その後に進出したカフェ事業。地元だからとフルーツを安く仕入れようとはしない。「転職前と同じやり方を繰り返すつもりはない」と言っているようにも見える。手間のかかった農作物を、さらに手間をかけて魅力的なスイーツメニューにする。あとは、その価値を消費者がどう判断するかである。
言葉だけの「付加価値」や「地域活性化」ではない。古屋氏の話から見えてきたのは、ただひたすら良い農産物を作ろうと努力する生産者と、その“姿”を消費者まで届けることを使命とし、商品提供している人たちだ。
フルーツプレート3千円と聞いた際、筆者は不遜にも「高すぎて手が届かない人を置きざりにするのか」と問うた。「それでもその価値に共鳴してもらい、お客さまに商品を求めてもらうまでやり続けるしかない」と古屋氏。「商品の価値に見合った金額を支払う覚悟はあるか」と逆に問われているようでもある。
同社創設当初は1日の売り上げが2千円だった日もあったという。あの日、胸に抱いた「きれいごと」を貫くために「やせ我慢」もたくさんしてきたのだろう。
「映える」見た目や旬の味覚にひかれたからでもいい。少し背伸びをして「おいしい!」と叫びたくなる果物を存分に堪能する。そこからその商品の向こう側にいる人たちが見えてくる。これが消費する側の価値創造であり、消費者にとっての「きれいごと」だ。この両者の「きれいごと」が循環した時、農産物や人的資源が守られ、豊かな地域づくりが可能となるのではないだろうか。
次回の地元企業の魅力発見サロンは11月24日。ゲストは(株)丸正渡邊工務所 代表取締役社長 渡邊 正博 氏。詳細は山梨総合研究所HP(https://www.yafo.or.jp/2022/10/27/17987/)まで。
(山梨総合研究所 主任研究員 渡辺 たま緒)