Vol.291-2 あらためて見つめる山梨の魅力


 公益財団法人 山梨総合研究所
研究員 宇佐美 淳

1.はじめに

 株式会社ブランド総合研究所が、202210月、「地域ブランド調査2022」の結果を公表した[1]。調査[2]は、認知、魅力、情報接触、観光意欲、居住意欲等の計89項目を基準に、都道府県と市区町村とで別々に魅力度ランキングが示され、都道府県では調査が開始された2009年から14年連続で北海道が1位となった。山梨県は27位で、昨年の25位から順位を二つ落とした。魅力に関する項目で見た場合、北海道は「とても魅力的」が56.0%、「やや魅力的」が34.5%となっている一方、山梨県は「とても魅力的」が7.1%、「やや魅力的」が32.9%となっており、魅力を始めとした他の項目と併せて全体的に低いことが中位に位置している要因として考えられる。
 なお、市区町村では昨年から2年連続で札幌市が1位となっており、上位5位の中には、3位の函館市(昨年2位)や5位の小樽市(昨年4位)と北海道の自治体が名を連ねている。山梨県内の市町村は上位50位内には入っていない。
 では、山梨県には魅力が少ないのか。そもそも山梨の魅力とは何なのか。ここでは、山梨県及び県内市町村が持つ魅力的要素について取り上げるとともに、それらを通して山梨の魅力についてあらためて見つめてみたい。

 

2.魅力的要素

(1)山梨県及び県内市町村の名所・特産品等

 山梨県は、県庁所在都市であり中核市の甲府市を始め1386村の27自治体から構成され、いずれの市町村においてもさまざまな名所や特産品等があり、県内はもとより県外、さらには国外にまで知られているものも多く存在する(図1)。

 

※一部複数の市町村に重なっている名所・特産品もある。
出典:各市町村で公開している情報を基に筆者作成

図 1 山梨県内の市町村と名所・特産品等

 

  一見しただけでもこれだけの名所・特産品等があり、これらはいずれも山梨県及び県内市町村が持つ魅力的要素と言える。例えば、県内の大規模な産業集積地の一つでもある甲府市では、貴金属・宝石製装身具(ジュエリー)製品製造業(以下「ジュエリー製造業」という)が盛んであるほか、甲州市勝沼町のぶどうや、笛吹市一宮町のももを始め、県内各地にはワイナリーが点在し、ワインの醸造が盛んに行われており、中でも「甲州」ワインは、今や世界でもその名が浸透しつつある。また、富士山や八ヶ岳、南アルプスを周囲に抱え、その雪解け水による水資源が豊富であることから、ミネラルウォーターとして広く国内外に出荷されている。他にもさまざまな名所や特産品等があるが、ここでは代表例を挙げるにとどめたい。

 

(2)代表的産業としてのジュエリー製造業

 山梨県には、第1次産業としての農林業から、第2次産業としての工業、そして第3次産業としてのサービス業まで幅広い事業者が数多く存在する。中でも代表的な産業の一つに、ジュエリー製造業が挙げられる。
 県内には、2020年現在で、ジュエリー製造業の事業者が90社あり、事業所数は全国の36.9%を占めるとともに、同年の出荷額は、2652658万円と全国の19.5%を占め、全国をリードする産業の一つである(図2)。

 

※事業所数では、東京都が38社で第2位、埼玉県が23社で第3位となっている。
出典:経済産業省大臣官房調査統計グループ構造統計室(2021)「2020年工業統計表 地域別統計表」より「2.都道府県別産業別統計表」を基に筆者作成

図 2 都道府県別の貴金属・宝石製装身具(ジュエリー)製品製造業の出荷額及び事業所数

 

 こうしたジュエリー製造業の発展について、現在では景勝地としての価値が認められ、日本遺産に認定されている、県庁所在都市の甲府市と隣接する甲斐市とにまたがる昇仙峡は、かつて水晶の産出で賑わい、その研磨や販売による同産業を起点に、現在のエレクトロニクス産業やそこでの精密加工技術に活かされている(渡邉201646-47)。
 この先の県内産業の将来像を想像してみると、東京・名古屋間を通るリニア中央新幹線に山梨県駅(仮称)が設置され、同駅周辺には東京方面と長野・名古屋方面を結ぶ中央自動車道のスマートインターチェンジ(SIC)設置も想定されており、周辺整備においてさまざまな産業の集積が期待される。
 また、2002年に一部開通した、太平洋を望む静岡県と日本海を望む新潟県とを結ぶという壮大な計画に基づく中部横断自動車道は、当初の計画から建設期間が延び、20218月に山梨県と静岡県を結ぶ区間が全線開通し、今後は長野県方面の接続が待たれるところであるが、こうした交通網の整備は、更なる県内産業の発展を約束してくれるだろうし、いずれも山梨県の大きな魅力的要素の一つである。

 

(3)世界に誇る農作物

 山梨県民が普段何げなく口にしているぶどうやもも、すももは、東京都を始め首都圏に出荷されると高級品として専門店に並んだり、レストランで提供されたりする。県内で最も収穫される果樹農作物はぶどうで、2021年の年間収穫量は40,600tと全国の24.6%を占めている。次いで収穫量が多い長野県と岡山県の3県で実に全国の約半分を占めている(図3)。ぶどうに次いで県内で多く収穫される果樹農作物はももで、2021年の年間収穫量は34,600tと全国の32.2%を占めている。ももにいたっては、次いで収穫量が多い福島県と長野県の3県で、ぶどうより更に多い、全国の約6割を占めている(図4)。それらぶどうとももに次いで県内で多く収穫される果樹農作物はすももで、2021年の年間収穫量は6,680tと全国の35.5%を占めている(図5)。

 

出典:農林水産省大臣官房統計部(2022)「作物統計調査 令和3年産日本なし、ぶどうの結果樹面積、収穫量及び出荷量」を基に筆者作成

図 3 都道府県別のぶどう収穫量

 

出典:農林水産省大臣官房統計部(2022)「作物統計調査 令和3年産もも、すももの結果樹面積、収穫量及び出荷量」を基に筆者作成

図 4 都道府県別のもも収穫量

 

出典:農林水産省大臣官房統計部(2022)「作物統計調査 令和3年産もも、すももの結果樹面積、収穫量及び出荷量」を基に筆者作成

図 5 都道府県別のすもも収穫量

 

 これら三つの果樹農作物は、その収穫量でいずれも全国一であり、ぶどうとももの一大生産地である甲州市・笛吹市・山梨市で構成される峡東地域は、20173月に日本農業遺産に、20224月には世界農業遺産にそれぞれ認定されている。夏と冬との寒暖差が激しく、そうした気候がぶどうやももの栽培には向いており、それが次に取り上げるワイン醸造にもつながっている。

 

(4)世界に誇る「甲州」ワインと豊富な水資源

 長い歴史の中で培われてきた県内の日本ワイン[3]醸造は、2021年現在のワイナリー数92場や製成数量4,334kℓという数字からもその発展が読み取れる。これだけ多くのワイナリーに囲まれ、日常生活の中にワインの存在がある県は他にはないのではないだろうか(図6)。
 山梨県は、ワイン以外にも酒類の製造が盛んで、日本酒、ウイスキー、地ビールなどさまざまな酒類が各地でつくられているが、こうした醸造の各過程において不可欠な原料の一つに水が挙げられる。水資源の豊富な山梨県では、冒頭でも触れたとおり、急峻(きゅうしゅん)な山々に囲まれ、その雪解け水等による水源地も多い。県北東部に位置する小菅村と丹波山村は、神奈川県と東京都を流れる多摩川水系の水源地であり、道志村は横浜市への水の供給地である他、富士山や南アルプスの雪解け水はミネラル分を多く含むことから、飲料水として国内外に出荷されている。
 そうしたミネラルウォーターの出荷額について、2020年の年間出荷額で、山梨県は68,183千円と全国の38.2%を占めている。次いで出荷額の多い静岡県や鹿児島県に大きな差を付けているのも特徴的である(図7)。

 

※ワイナリーについては、奈良県、佐賀県、沖縄県を除く44都道府県に存在する。
出典:国税庁課税部酒税課(2022)「酒類製造業及び酒類卸売業の概況(令和3年調査分)」47、53-55頁を基に筆者作成

図 6 都道府県別の日本ワイン製成数量及びワイナリー数

 

 

※僅差で長野県が第4位となっている。
出典:経済産業省大臣官房調査統計グループ構造統計室(2021)「2020年工業統計表 品目別統計表」より「1. 製造品に関する統計表」を基に筆者作成

図 7 都道府県別のミネラルウォーター出荷額

 

 先に取り上げたぶどうやもも、すももの畑を始め、地域に古くから根付いているワイナリーや、豊かな水資源を与えてくれる富士山や南アルプスの存在は、いずれも山梨県民にとっては日常生活に溶け込んだ見慣れた景色であるが、それらのいずれもが世界に誇れる資産であり、魅力であることを忘れてはならないと実感する(古屋201692)。

 

(5)移住希望

 ここまで取り上げてきたさまざまな山梨県の魅力の効果もあってか、認定NPO法人ふるさと回帰支援センター(東京)が2011年から毎年行っている移住希望地に関するアンケート調査結果で、山梨県は一部の年を除き頻繁に上位3位内に入っている(表1)。同センターのアンケート調査結果によると、移住希望者は特定の世代に限らず、UIターンの若者世代もいれば、定年退職後の高齢者世代も見られる。

 

※本ランキングは、認定NPO法人ふるさと回帰支援センター(東京)が、毎年、窓口利用者を対象に実施しているアンケート調査結果を基にまとめられている。
出典:認定NPO法人ふるさと回帰支援センターホームページ<https://www.furusatokaiki.net/>で公開されている情報を基に筆者作成

表 1 ふるさと回帰支援センター(東京)による移住希望地ランキング

 

 山梨県全体の人口動態について、2012年から2021年までの9年間の自然増減、社会増減の推移から見てみると、出生数の減少と死亡者数の増加による自然減が進んでいることが分かる。また、転入者は2019年まで増加傾向にあったものの、同時に転出者数も増加傾向にあったことから、この間社会減も続いていた(図8)。
 状況が変わったのが、2019年の年末から2020年の年始に掛けて拡大が始まった、新型コロナウイルス感染症による影響である。特に国内で最初の緊急事態宣言が出された2020年は、転出入ともに減少し、翌2021年には、転出者30,470人に対し転入者31,154人となり、684人の転入超過となった。

 

出典:総務省による各年(1月1日から12月31日まで)の「住民基本台帳人口・世帯数、人口動態(総計)」をもとに筆者作成

図 8 山梨県の人口動態の推移

 

 この山梨県全体における転入超過の背景には何があるのか。国内で新型コロナウイルス感染症が蔓延拡大していった2020年から2021年にかけて、東京都だけでなくそこに埼玉県、千葉県、神奈川県を含めた東京圏でも転出超過が相次いだことが大きな要因として挙げられる。では、なぜ、それら東京圏で転出超過が相次いだのか。その背景には、コロナ禍におけるリモートワーク導入の拡大やサテライトオフィスの整備、ワーケーションの推進により地方への移住が進んだことや、多くの大学におけるオンライン講義の定着により、大学の近くに引っ越す必要がなくなったことが挙げられる。
 冒頭で取り上げた「地域ブランド調査2022」の魅力度ランキングのうち上位50位には入っていないものの、前年と比較して魅力度の伸びが大きい市区町村の5位に山中湖村が挙げられている(同率5位には北海道の美瑛町が挙げられている)。また、同調査からは、全国的な傾向として、20代で最も魅力度の平均点が高くなっており、60代と70代で前年よりも魅力度の平均点が大きく上昇していることが分かっている。
 高齢者の移住増加の背景には、特に自治体による高齢者誘致戦略の影響が大きい。例えば、北杜市では、20076月に、「長期滞在型リトリート[4]の杜」宣言を行い、高齢者世代の誘致戦略を展開している。その影響もあり、20代の転出超過が激しい一方、60歳以上の転入超過は県全体の転入超過の4割を超える状況となっている(表2)。

 

※超過については、「+」が転入超過、「ー」が転出超過を示している。
出典:総務省「住民基本台帳人口移動報告参考表(2021年実施)」

表 2 2021(令和3)年の山梨県及び北杜市の転入及び転出状況

 

 ただし、そうして移住した高齢者の多くが、郊外の過疎地域や無住地域に新たな住宅を構える傾向にあり、地域コミュニティの形成が困難なことに伴う互助機能の欠如や、公共交通網から外れたところに移り住むことに伴う移動手段の確保が今後の課題として挙げられる(藤波201515-16)。
 こうした諸課題に対し、北杜市では、元気な高齢者を増やし、高齢者が活躍できる地域づくりを目指して、地域の身近な場所で住民同士が気軽に集まり、参加者が一緒になって活動内容を決め、「仲間づくり」「介護予防」「生きがいづくり」の輪を広げ、人と人とのつながりにより支え合う地域となることを目指す活動を支援している(図9)。
 また、地域全体で高齢者を見守り、支え合う地域づくりを目的に、日常生活に支援が必要となった高齢者に対し、さまざまなサービスを提供している高齢者にやさしいお店等を紹介した情報誌『ふくろうの宝箱』を発行し、高齢者と高齢者にやさしいお店等をつなぐ役割において支援を行っている(図10)。

 

出典:北杜市ホームページ

9 北杜市高齢者通いの場立ち上げ・運営ガイドブック

 

出典:北杜市ホームページ

10 高齢者にやさしいお店等の情報誌『ふくろうの宝箱』

  

3.おわりに

 少子高齢化に伴う人口減少について、河合雅司は、人口減少が進み国全体が言わば小さくなったとしても、小さくなったなりに豊かな国であり続けるため、国を挙げてイノベーションを起こし、日本を新たなブランドとして確立していくことが求められるとする(河合2017197-198)。また、河合は、今の日本には、そうした人口減少を前提として、それでも「豊かさ」を維持できるよう産業構造をシフトさせていくことも求められるとする(河合201912)。
 河合は国レベルでの問題提起をしているが、これは自治体レベルでも同じことが言えるのではないだろうか。全てが全て同様に言えるわけではないが、例えば、経済的側面はもとより、精神的側面も含めた上での「豊かさ」を維持していくためには、従来通りのやり方だけに頼っていくことも限界があり、そこには新たなブランドを確立していくことも必要となってくる。
 ここまで取り上げてきた山梨県及び県内市町村の各魅力的要素は、山梨県全体の魅力につながる要素であり、それは山梨県がいかに暮らしやすいかという地域的優位性を確保していくためにも重要な視点となる(澁谷201620)。
 山梨県では、ここまでに触れた、甲府市や甲州市、笛吹市の他、リゾート地としても有名な山中湖村や北杜市が、言わば“目に見える形”でその魅力を発揮している一事例であるが、地域の魅力は決して“目に見える形”だけのものには限らない。例えば、北杜市の事例では、人と人とをつなぐ場の設定や人とお店とをつなぐ仕組みづくりのほか、市全体で「健幸北杜」として健康づくりに取り組んでおり、それによって維持される健康も魅力の一つと言える。そうした魅力全体にひかれた結果の移住希望者の増加なのではないだろうか。
 それら“目に見える形”での魅力も“目には見えない形”での魅力も併せて、山梨の魅力全体を形成しているのであり、それは“もの”に限らずそこで暮らす“人”にも当てはまるものである。
 今回は、そうした山梨の魅力について、幾つかの切り口からあらためて見つめ直そうと試みた。人が感じる魅力は個々違うものであり、単に数値化できるものだけに限られるものでもない。今回の調査を通して、山梨の魅力とは何か、あらためて見つめる機会としていただければ幸いである。

 

4.山梨総研創立25周年記念出版について

 当研究所は、創立25周年を迎え、それを記念して、本年11月(販売は12月上旬予定)に、当研究所の今井久理事長と当研究所の編著として『山梨ならではの豊かさ~地方が注目される時代へ~』と題した書籍を、㈱ぎょうせいから出版予定(予定定価2,500円(税込))である(図11・図12)。

 

11 『山梨ならではの豊かさ』の表紙(未確定)

 

※未定稿のため章構成等につき変更の可能性あり

12 『山梨ならではの豊かさ』の目次(予定)

 

 本書は、山梨県が持つ魅力的な資産に基づく「豊かさ」について、幅広いテーマから捉え直そうと試みているものであり、本書が県内外の多くの方に読まれ、幅広い世代の方に山梨県に興味を抱いてもらうきっかけとなることを期待したい。


参考文献等

[1] 以下、株式会社ブランド総合研究所ホームページより「第17回Tiiki Brand Survey 地域ブランド調査2022」のページ参照

[2] インターネット調査で、全国1,000の市町村(全792市+東京23区+185町村(地域ブランドへの取り組みに熱心な町村)と47都道府県)を対象に、2022年6月22日~7月4日の期間で実施され、20~70代の消費者を男女別、各年代別、地域別にほぼ同数ずつ回収されている。

[3] 日本ワインとは、日本国内で栽培されたぶどうを100%使用して日本国内で醸造されたワインのこと(日本ワイナリー協会ホームページより「日本ワインの基礎知識」ページ

[4] 仕事や日常生活を離れ、自分だけの時間や人間関係に浸ってリフレッシュするという意味で、北杜市では「癒しの空間」と位置付けている(北杜市ホームページより「「長期滞在型リトリートの杜」宣言」のページ参照