Vol.293-1 新たな地域とコミュニティづくりに取り組む労働者協同組合
日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会
理事長 古村 伸宏
はじめに
本年10月1日、「労働者協同組合法」が施行されました。日本ではまだ、なじみの薄い労働者協同組合(ワーカーズコープ)ですが、世界的には150年余の歴史があり、日本での法制化は先進国の中で最も遅れたものになりました。
1986年に新卒で労働者協同組合に入職した筆者は、日本では未知の協同組合の実態づくりに取り組んできました。その実践は、①労働者協同組合の組織と運営の実態を探求する、②労働者協同組合の事業活動領域を拓く、③労働者協同組合の社会的認知と賛同を広げる、というものでした。首都圏、東北地域で現場の中で格闘し、神奈川、東京本部で役員・マネジメントの立場から三つの実践を進めてきました。
2000年から法制化の取り組みが始まり、20年の月日を費やし実現した「労働者協同組合法」の内容は、前史の1970年代からの実践が色濃く反映され、これからの地域づくりに重要なコンセプトを提起するものとなりました。一般的に協同組合は「共益」の組織と位置付けられます。しかし労働者協同組合は、さらに「公益」の性格を併せ持ち、とりわけ地域・コミュニティづくりを使命としています。本稿では、労働者協同組合の歴史から特徴を見いだし、労働者協同組合法の内容にどのように反映し、今後どのような活用が構想されているかをお伝えしたいと思います。
1.労働者協同組合(ワーカーズコープ)とは~その歴史と特徴
労働者協同組合とは、働く人たちが出資して組合員となり、一人一票の議決権(共益権)を有しながら、組織・経営・事業のあり方を対話によって共同決定し、みんなで働く組織であり、こうした参加のあり方・働き方を「協同労働」と呼んでいます。株式会社における株主・経営者・労働者という分業構造に対し、労働者協同組合は組合員全員が資本形成・経営・労働を行うというフラットな一体構造です。労働者協同組合というしくみと協同労働という考え方は、働くことと人間のあり方、そしてコミュニティの本質を問い直すものと言えます。
日本の労働者協同組合は、1970年代の失業者自身による仕事づくりから始まっています。主な活動領域は、自治体や協同組合との連携による環境保全(ビルメンテナンス、緑化、廃棄物処理)や物流倉庫業務からはじまり、21世紀に入り、ケアの領域(介護、子育て、若者・障害者・困窮者支援など)が拡大し、公共サービス(公共施設の指定管理者など)や1次産業(小規模な農業や林業)、福祉と環境を連携させる森のようちえんや農福連携などの領域で実践が進んできました(年間事業高372億円、就労者約15,000人)。
こうした事業領域の拡大は、「失業者をなくす」「仕事の意味を探求する」「働く仲間の得意や特性を生かす」「社会的課題を克服する」といった組織の使命や探求テーマから生まれました。また、「人と地域に役立つよい仕事」を志向する中で、「一人ひとりが主人公」というテーマを大切にしてきました。資本形成や経営を誰かに委ねるのではなく、一人ひとりに主権があるという組織文化が、このテーマの基本要件でした。また、主体性は働く仲間の関係の中から育まれてきました。効率や画一的な優劣ではなく、お互いが理解し合い、違いを認め合い生かし合い、「ともに働く」という職場文化の形成なくして、よい仕事につながる主体性は生まれませんでした。こうした職場における「協同の関係」「よい仕事」づくりは、職場をコミュニティと呼び得る場へと耕してきました。戦後日本の企業文化は、終身雇用や年功序列といった独自の雇用システムを伴い、コミュニティ性を有していました。しかし、バブル経済崩壊後、共に生きていくことを保障するこうした日本的雇用は崩壊の過程にあり、非正規雇用が広がり続けています。これは、職場コミュニティの崩壊と捉えられます。考えてみれば戦後企業のコミュニティ性は、上(経営の側)からの保障であり、本来のコミュニティの特性である共同体的な相互扶助のしくみではなかったと言えます。
また労働者協同組合における職場のコミュニティ化は、仕事を通して利用者や地域とのつながり方も変えてきました。提供・利用の関係を超えて、働く人・利用者・地域の人が「協同の関係」を築きながら、一つひとつの仕事を双方向・多方向の立場から「よい仕事」へと高めるための対話を重視し、その仕事を公共(みんな)のテーマにしてきました。それは今日の「地域」「コミュニティ」づくりを考える重要な普遍性を示していると言えます。
2.労働者協同組合法の概要
「労働者協同組合法」の特徴は、その第1条(目的)に集約されています。ポンチ絵にある通り、第1条は三つの構造からなっています。
まず、労働者協同組合法の必要性を、今日の労働をめぐる二つの課題から見いだしています。第1に労働と生活の調和という「ワークライフバランス」の課題であり、第2に一人ひとりの個性や特性、能力に応じてその人らしく働くという「ディーセントワーク」をめぐる課題です。とりわけ「ディーセントワーク」は世界的に国際労働機関(ILO)が提唱しているテーマであり、今日多くの人たちを覆う働きづらさや生きづらさといった職場・社会における環境と関係のあり方、そして教育や多様性などへと連なる課題です。したがって労働者協同組合は、生活と労働を人間らしく・自分らしく営むという課題を解決するために法制度化されたと言えます。
その労働者協同組合のあり方は、法文上では明記されていませんが、「協同労働」と呼ばれる働き方(参加の仕方)を組織の「基本原理(組合員による出資・意見反映・従事)」として定めています。出資は一人ひとりの主体性の証しであり、協同組合においては出資の額に関わらず「一人一票」の原理が採用されます。すなわち、出資した金額による権限の大小ではなく、人格に対して平等な権限が付与されます。協同組合が資本の結合体ではなく、「人の結合体」と評されるゆえんです。また意見反映という原理は、全組合員による経営と同義であり、そのために対話を重視し、組合員相互の理解と信頼の関係を重視する原理と言えます。一見、非効率と言える「みんなで話し合って決める」この原理は、協同労働の中核的な特徴ですが、広く捉えれば「民主主義」の実践とも評価でき、法律の中では定款に「意見反映のあり方」を明記することが義務付けられています。ただし、「意見反映」はしくみだけでは充実せず、「一人ひとりの違いを生かし合う」職場文化の形成が必須です。また、こうした職場づくりは試行錯誤とスクラップ&ビルドの繰り返しによって深まっていきます。その意味では、失敗さえもこの文化の深みにつながることがあります。
そしてこの基本原理に従って運営する労働者協同組合は、「多様な」就労機会と仕事を創り出し、「持続可能で活力ある地域づくり」を具体的な目的として事業活動を行うこととなっています。この目的こそが、「共益(組合員の利益)」と「公益(地域づくり)」のかけ合わせと言える特徴であり、組織内で働く基本原理は、地域に向かって仕事を通してその意味が理解され広がる中で、地域づくりにおける「住民参加」「市民自治」「当事者主体」といった原動力を育てていくものとも捉えられます。
その他、同法の主な特徴は以下の点があげられます。
- 労働者(組合員)は組合と「労働契約」を結び、労働者として法的保護を受ける
- 営利を目的に事業を行ってはならない(出資配当はできない、従事分量に応じた配当は可)
- 剰余金から就労創出等積立金5%以上を積み立てる
- 事業制限なし(第1条の目的に適う事業、但し労働者派遣事業は禁止)
- 要件を満たし登記すれば法人格が付与(準則主義、3人以上の発起人)
3.労働者協同組合のインパクトと可能性
労働者協同組合の法制化というインパクトは、労働のあり方を起点に、より普遍的で様々なテーマへと波及していくことを想起させます。その基盤となるのは「住民参加」「市民自治」「当事者主体」といった価値の創造です。同時にこれらの価値創造は、「共生」「多様性」という地球全体を覆う原理を回復させることと軌を一にしていると考えられます。
労働者協同組合は、その中心理念である「協同労働」の提起・実践を通じて、「労働」のあり方にインパクトを与えるものです。使用・従属の関係をこえて「ともに働く」しくみは、働くことの意味や、そこから生まれる可能性を問い直します。人間の営みとしての「働く」、人間の生き物としての「働き」を捉え直すということです。
このインパクトは、さまざまなテーマへと波及していくことになります。例えば、労働が集約される企業とその経営のあり方を、利益追求一辺倒の呪縛から解き放ち、地域の持続やその可能性を高め、人々の幸福度を追求していく企業・経営理念を提起し、中小企業をはじめとする多くの企業の生存条件・生存理由となります。またそれら企業活動と地域生活の融合の先には、グローバル化一辺倒の経済から、ローカルな循環を志向する経済を喚起することになるでしょう。これは経済が持っていた本来の相互扶助的性格を取り戻す方向といえます。また、こうした労働・経営・企業・経済のあり方を変えることは、その主体の多様な登場を必要とします。これまでの「お任せ」や「代行」を超え、直接参加し・関わり・行動する多様な主体の形成とそのまとまりが不可欠です。この主体のあり方は、「民主主義」を探求し体現することといえます。そして、人間のコミュニティとは何のために形成され、どのように変質してきたのか、を再考することにつながります。人間のコミュニティは、自然の脅威や他の生き物との関係性の中から生まれた、人間の生存戦略といえます。コミュニティは絶えず自然との関係を前提とし、個のあり方はコミュニティの中で確立されてきました。しかし、自然から人間のコミュニティが離陸し、コミュニティの中から個の存在が離陸して今日を迎えています。その結果が、気候危機をはじめとした持続可能性の危機であり、多くの人々を孤立感と生きづらさが覆う今日の様相といえるのではないでしょうか。協同労働と労働者協同組合の事業・活動は、個とコミュニティを結び直し、コミュニティを自然の原理の中に再着陸させる役割を有しているといえます。人間が地球と様々な生命・生物の雇用者のごとく支配的に振る舞い、その所作は人間同士の関係にも影を落としている中で、もう一度共存・共生の意味と価値を捉え返し、進化の歯車を回し直すことへのインパクトともなり得ると思えます。
4.地域を舞台に多様なコミュニティとネットワークを形成する
時代と社会を俯瞰し、労働者協同組合法のインパクトを推察してみましたが、労働者協同組合法の目的に埋め込まれた価値観は、「多様性」「持続可能性」「活力」に収れんしていると読み取れます。そのいずれもが不可分の関係にあります。そしてこれらをつなぐ目標としての「よい仕事」「一人ひとりが当事者・主体者」という意味も深まっていきます。その舞台が、人々の足元の地域・コミュニティです。
これらへの実践的なアプローチとして、法が定めた基本原理をベースに今、「拠点(コミュニティ)」と「ネットワーク」づくりに取り組んでいます。
労働者協同組合法の成立と同時に、この活用を呼び掛ける中から、学習や懇談の機会が恒常的なつながりを目指す「ネットワークづくり」として進んでいます。私たちはこのネットワークを「協同労働推進」のためのものとして、まず都道府県単位で呼び掛けています。山梨県においても、自治体との懇談を通じた各庁内での勉強会や、山梨総合研究所による第3回地方自治体に関する課題研究会「地域における新たなコミュニティのカタチ~ワーカーズコープの取り組みを中心に~」(2022年10月4日)が行われるなど、徐々に関心を持つ人たちとのつながりと検討の場がはじまっています。
労働者協同組合とこの動きをさらに波及させ、ローカルで実践レベルの連携に深めていく、基礎自治体レベルでのネットワーク化も志向しています。これらネットワークは、協同労働の実践主体のほか、ここから生まれる事業・活動を利用・支援しようとする人々や、連携を進めようという人々まで多様です。当面主体の形成が中心課題となりますが、「持続可能で活力ある地域づくり」を共有目標とし、その大事な原動力として協同労働を育てていくネットワークへ発展させていくことになります。こうした動向に合わせ、既に協同労働を地域づくりに活用する政策を展開している広島市や京丹後市などを中心に、「協同労働推進自治体ネットワーク」の結成も射程に入ってきました。
裾野の広い多様な「協同労働推進ネットワーク」が全国的に結び合い、他のセクターや協同組合との関係をつなぐ、重層的な協同労働市民組織の形成が展望されます。山梨県においては、労働者協同組合による果樹農家の継業をテーマとした取り組みが具体化に向かっており、JAフルーツ山梨・生協パルシステム山梨と連携した助け合い活動の実践も始まっています。こうした小さな連携も、ネットワークづくりの重要な出発点となっています。
地域・市民レベルでのネットワークのカウンターパートとして、既にある「協同労働推進議員連盟」と「自治体ネットワーク」、厚生労働省をはじめとする省庁との関係を実践的につくり広げる段階に入っています。
こうしたネットワーク構想を実践的に生み育てる機能が、「総合福祉拠点(みんなのおうち)」構想です。人々の多様な交流と、多様な分野・事業の連携の具体化を目指すこの拠点は、協同労働のプレーヤーが育つ場でもあります。その主体の広がりが、法の活用と事業の幅を本格的に広げていくことになり、その集積が「小さな全体」としての地域・コミュニティ形成の礎となると期待しています。
また、全国の自治会などの地域組織が弱体化する中で、労働者協同組合づくりや協同労働の原理を活用し、再生に取り組む機運が高まっています。すでに沖縄県宮古島市の狩俣地区では、自治会が基盤となって労働者協同組合が設立され、地域に必要な事業を担い、近隣の地域との人的・経済的な交流という、自治会ではなし得なかった地域と地域をつなぐ触媒の役割を果たそうとしています。
あるいは三重県四日市市では、個人事業主の方などが集まってNPO法人をつくり、市所有の荒廃した山林を借り受けて野営キャンプ場づくりに取り組み、このキャンプ場の運営のために労働者協同組合法人を設立し、ハイブリッドで運営しています。ここで見られる新しい特徴は、本業を「稼ぎ」としながら、副業的な「生業(なりわい)」を労働者協同組合で営むという人々の登場です。今日的な百姓とも呼び得る一人ひとりの多様な仕事であり、労働者協同組合においては、生きがい・楽しみ・喜びなどに価値をおく「働き」が始まっています。また、キャンプ場の運営に仕事として関わる人々からなる労働者協同組合と、ボランティアなどの形態で関わる人々も包含したNPO法人の掛け合わせも特徴です。公有地という性格も相まって、地元住民も含む市民参加型の地域づくりへと進んでいます。
5.労働者協同組合の課題から可能性を見いだす
労働者協同組合のしくみは、その実践を通して絶えずブラッシュアップが求められます。労働者協同組合の難しさや弱点は、まず知られることと実践の数が絶対的な課題です。またこの協同組合は、組合員が働く者に限定されています。しかし、支援・利用する人々も主体性を発揮し、協同の関係を縦横に広げることが労働者協同組合とよい仕事の力の源泉です。こうした人々の参加の方策は法の外にあり、その意味で宮古島市や四日市市で立ち上がった例は具体的な可能性と言えます。
ハイブリッドな活用方策は、他の協同組合や法人の中でも労働者協同組合への関心が高まり、活用の検討が起こっています。農協においては、農業や農村の担い手づくりや地域課題へのアプローチなどが具体的な検討課題となっています。生協においては、組合員活動の活発化と事業化が出始めており、これらの課題解決として労働者協同組合が注目されています。また、労働者福祉団体の中で地域課題の解決を図る労働者協同組合づくりが興り、社会福祉協議会においては、区市単位で住民立の協同労働組織の立ち上げが実践されており、その全国化の協議・交流も始まっています。
大きな課題は、世界の労働者協同組合が経験してきた「資本形成力」です。それを支える自治体による財政的な支援や政策を実現する方策は必須です。一方で地域の中のファンドレイジング(資金調達)も労働者協同組合の広がりに欠かせません。その点では、労働金庫における労働者協同組合の支援スキームが検討されており、信用金庫の中にも同様の動きが始まっています。これらは地域のお金・意志あるお金の地域循環を喚起する可能性があり、ふるさと納税や地域通貨の試みなども相まって、地域経済の好循環の可能性も見通せます。
最後に
労働者協同組合法の施行は、協同労働を探求する時代の本格化を意味します。法律はしくみでしかありませんが、そこに命を吹き込むのは探求者たちです。その中から、私たちの中に眠る「人間性」の目覚めを呼び起こし、命の尊さとそのつながりを感じ、生存の危機の時代を突き破る力を生み出す可能性を秘めていると感じます。持続可能性の危機に加え、その具体的課題として起こっているコロナ禍やウクライナの戦火から広がる戦争の危機が突き付けられる今、人間の生きざまが問われる時代にいることを痛感します。一人ひとりの中にある「人間性」を回復させ、「人間をあきらめない」地道で実感を伴った「ともに生きる」経験の一つとしての「協同労働」を、多くの生存条件を取り戻す可能性として受け止める人々の輪を広げ、労働者協同組合法の目的をお飾りで終わらせない決意を、多くの人々と共有していきたいと念願しています。
<参考文献>
協同ではたらくガイドブック《実践編》/発行・制作 一般社団法人 協同総合研究所
〈必要〉から始める仕事おこし 「協同労働」の可能性/岩波ブックレット/日本労働者協同組合連合会 編