Vol.294-2 リスキリングを取り巻く現状と今後の課題


 公益財団法人 山梨総合研究所
調査研究部長 佐藤 文昭

1.はじめに

 最近、ニュース等でもよく耳にするようになった「リスキリング」。英語で「Reskilling」と書くとおり、再び(re)スキルを身に付けること(skilling)、つまり新たな能力・スキルを身に付けるための学び直しを意味する。来年度以降、国が大規模な予算を投じることが予定されるこのリスキリングについて、その背景と山梨県における取り組み、またその中での課題などについて考えてみたい。

 

2.リスキリングの背景

 経済産業省が、2030年、2050年の産業構造の転換を見据えた今後の人材育成・確保の方向性と、今後取り組むべき具体策を示すものとして、20225月に「未来人材ビジョン」を公表した[1]。これは、DX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)が進むことにより大きく変化する今日の社会において、雇用、人材育成と教育システムを一体的に検討することにより、今後身に付けるべき能力やスキルの方向性を提示する必要性があるという問題意識からスタートしている。例えば、2020年から2050年の変化についてみた場合、農林漁業従事者や建設・採掘従事者といったAIやロボットで代替しやすい職種において雇用が減少する一方で、生産工程従事者や専門的・技術的職業従事者などの代替しにくい職種については雇用が増加すると推測されている。このように求められる職種が変化していくことにあわせて、それに必要となる能力やスキルも変化していくことが前提となっている。

 

出典:「未来人材ビジョン

1 主な「職種」ごとに必要となる労働者数の相対的変化(高成長シナリオ)

 

 将来さまざまな職種に対する需要が変化する中で、それに応じた新たな能力やスキルの習得が必要となるが、そのためには、これまで以上に人財に対する投資が求められる。こうした中、厚生労働省は、企業主導による人材開発(人への投資)の抜本的強化を図るため、「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」を公表した[2]。この中では、経営者側が経営戦略・ビジョンとそれに伴う人材開発の方向性を労働者側に提示し、身に付けるべき能力やスキル等を明確化しながら学び・学び直しの方向性を共有するなど、労使が「協働」して取り組むことが必要と示されている。
 この考え方は、経済産業省による「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」(通称「人材版伊藤レポート」[3]に示されている経営戦略と人材戦略を連動し、現状(As Is)と目指すべき将来の姿(To Be)とのギャップを把握しながらリスキリングなどの人的資本への投資を行っていくことなどとも対応しているといえる。
 このように人的資源経営の重要性が注目される中で、日本企業における人材マネジメントの一番の課題は、人事戦略が経営戦略に紐付いていないことであると指摘されている[4]。したがって、企業における学び直しを推進することとあわせて、経営戦略と人事戦略を一体的に取り組む企業文化を醸成していくことも求められている。

 

出典:「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書(人材版伊藤レポート)」

2 人材戦略に求められる三つの視点・五つの共通要素

 

3.将来求められる人材像

 リスキリングが求められる背景や課題を踏まえ、果たして今後求められる人材像とはどのようなものなのだろうか。
 英国オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授が2017年に発表した論文「The Future of Skills Employment in 20302030年におけるスキル雇用の未来)」によると、雇用との相関関係からみた2030年に必要とされる能力(上位10位)は以下の通りとなる。

 

1位 Learning Strategies(戦略的学習力)
2位 Psychology(心理学)
3位 Instructing(指導力)
4位 Social Perceptiveness(社会的洞察力)
5位 Sociology and Anthropology(社会学・人類学)
6位 Education and Training(教育・訓練)
7位 Coordination(調整力)
8位 Originality(独創的な発想力)
9位 Fluency of Ideas(発想の豊かさ)
10位 Active Learning(能動的な学習力)

 

 同様に「未来人材ビジョン」では、2015年における能力等の需要に対して2050年に求められる能力は、以下の通り、広くさまざまなことを正確に、早くできる基盤スキルから新たなモノ、サービス、方法を創り出す革新性へとシフトすると考えられている。

 

出典:「未来人材ビジョン」

3 各職種で求められる56の能力・スキルに対する需要(2015年⇒2050年)

 

 いずれにも共通することは、求められる能力・スキルとは、作業をより早く効率的に行うためのものというよりも、不確定な状況の中で、「なぜ」、または「何」をすべきかを自ら考え、判断し、行動するための能力である。そのためには、私たちが働く上での姿勢やマインドにも変化が求められているといえるだろう。

 

4.山梨県の現状と取り組み

 こうした国の動きを受けて、山梨県においても企業の人材育成に関する動きが始まっている。山梨県は令和4年度に、企業収益と労働環境の向上の持続的な循環関係の構築に向けた課題について議論する「豊かさ共創会議」設置した[5]。その論点として、人的投資⇒生産性の向上⇒適正配分⇒新たな価値創造(企業価値の向上)という「成長と分配の好循環」を生み出すために求められる能力・スキルについて議論が行われてきた。

 

出典:第1回豊かさ共創会議資料

4 「成長と分配の好循環」モデル(イメージ)

 

 同年9月に県が公表した「山梨の豊かさ共創基盤構築に向けた産業人材ニーズ調査 中間報告書」[6]によると、県内の労働者の職種タイプ別分布では、全国と比較して非定型業務となるイノベーター(知識労働者)とコミュニケーター(対人サービス労働者)の割合がやや低く、定型業務・労働集約型となるフィールドワーカー(身体的作業労働者)の割合が高くなっている。製造業や卸売・小売業従事者の割合の高い本県の産業構造の特徴を反映した結果であると考えられるが、今後、多くの定型業務がAIやロボットに代替されることが想定される中で、定型業務・労働集約型人材の新たな雇用ニーズに合わせたスキルシフトを促進することが、本県における重要な課題のひとつとなる。

 

出典:「山梨の豊かさ共創基盤構築に向けた産業人材ニーズ調査 中間報告書

 図 5 山梨県内労働者の職種タイプ別分布

 

 それでは、今後具体的にどのような人材が求められるのだろうか。同報告書では、今後、本県において注力すべき七つの重点産業と、これらの産業を創造し収益を上げていくために必要性が高まると考えられる以下の六つの人材タイプを挙げている。
 「DX推進人材」は、全ての産業において、DXを企画・実行する上で必要となるスキルを持った人材である。「現場改革人材」と「ホスピタリティ・共感力人材」は、それぞれ本県の基幹産業である製造業や観光サービス業の効率化や高品質化による付加価値向上を牽引する人材といえる。また、「新産業プロデュース人材」と「イノベーター人材」は、それぞれプロデューサーとプレイヤーといった違いはあるものの、ゼロからイチを生み出す能力を持つ人材であると考えられる。さらに「経営戦略人材」は、経営者として新たな経営戦略を立案するとともに、人事戦略と紐付けながらそれを実行していくためのマネジメント人材である。
 このように捉えると、DXといった新たな時代の潮流を背景に、それを活かした既存事業の高付加価値化に向けた企業経営戦略を打ち出すとともに、それを具体化できる企画力・実行力を持つ人材を育成していくという全体像が見えてくる。さらに、革新的な技術やアイデアによる起業や多様な資源のマッチングによる新たな事業創発など、地域における新たな産業を生み出していくための創造的人材を育てていくことも目指していると考えられる。

 

1 今後山梨県において需要が高まる人材

出典:「山梨の豊かさ共創基盤構築に向けた産業人材ニーズ調査 中間報告書

 

5.今後のリスキリングに向けた課題

 以上のリスキリングを取り巻く国や山梨県の動きを踏まえ、最後に今後のリスキリングの推進に向けた課題について考えてみたい。

 

(1)「マインドセット」の必要性

 先行きが不透明な時代において地域経済の付加価値を高めていくためには、新たな技術やニーズに合わせた能力・スキルを持つ人材を育てていくことが不可欠である。一方で、将来求められる「戦略的学習力」や「問題発見力」といったものは、人材タイプに共通する、言わばメタレベルの能力・スキルである。それは、現場で直面する課題の全体像から解決すべき問題の本質を把握し、創造的な解決策を導き出すために必要となる能力・スキルを自ら積極的に学ぶことや、多様な人材と協働しながらそれを実行し成果を出していく柔軟性や変化への対応力であり、こうした能力を身に付けることも重要である。そのように考えると、ここに挙げられる六つのタイプは、現時点からみたひとつの答えであるもの、将来の変化に応じてこうしたタイプを柔軟にシフトしていくことや、各企業や各個人が新たな「タイプ」を創り出していくことも必要であろう。そのためには、タイプ別人材育成の前提となる個々の「マインドセット」、つまり固定観念や思考・行動パターンを変革していくことも必要となるのではないか。しかし、仮にこうした深い学びよりもスキルの習得が優先されてしまうとするならば、将来の変化に対応するための「戦略的学習力」や「問題発見力」が十分に醸成されないということが危惧される。
 一方で、個々のマインドは、これまでの人生経験や学び、社会人としてのキャリアなどによって形成されてきた価値観や仕事観と深く結びついていると考えると、そこに変化をもたらすことは決して簡単なことではないだろう。その意味で、社会人の「学び直し」だけで取り組むのではなく、幼少期から続く学校や家庭、地域社会などにおけるさまざまな「学び」と連携しながら、人生を通じて主体的に考え行動するマインドを醸成していくことも考える必要があろう。

 

(2)学びの「風土」の醸成

 実際の仕事の現場からみた場合、従業員が新たな解決策を提案し実現していくためには、そのための権限や意志決定のプロセス、またそれを評価する人事制度等の仕組みも必要である。特に中小企業の場合、人材育成に十分な予算や時間を割くことが難しい場合もある中で、まずは経営者が中長期的な視点からリスキリングの必要性を認識し、従業員の学び直しに理解を示すとともに、不確実な時代に対応できるしなやかな経営のあり方について考えていくことも必要である。
 さらに、今後転職や複業など、人材の流動化や働き方の多様性が進むことや、新たな価値を生み出していくために異業種との連携が求められる中で、経営者のみならず、個々の従業員が企業や業種などの枠を超えた多様なつながりを得ることは、個人や企業の可能性を広げる上で重要である。これまでもさまざまな異業種交流会などが行われているが、リスキリングという学びの場やその中でのより深い対話を通じて、お互いの問題意識や価値観を共有・共感する中で、これまでにはない多様な社会人の深いつながりを築いていくことも大切である。さらに、そこから事業化につながる新たなアイデアを生み出していけるような共創の場づくりを行うことも、学びの重要な役割のひとつと考えられる。こうした個々の企業や業種の枠を超えた、自由で柔軟な学びの風土を醸成していくことが、リスキリングを推進していく上で重要な視点のひとつとなるであろう。

 

(3)内発的な学びの重要性

 子どもの頃、何かに夢中になった経験は少なからずあるだろう。そこには、「なぜだろう」とか「おもしろそう」といった興味関心や好奇心、そして何かを見つけた時の喜びなどがあったのではないか。一方で、今日の「リスキリング」には、必ずしもこうした内発的な動機付けがあるわけではなく、将来の経済活動を維持していくためのスキルシフトといった外発的な要因が強いように見受けられる。
 私たちは、日々携わる仕事の中でさまざまな疑問、または興味関心を持つことがあるだろう。しかし、日々の忙しさに追われる中で、かつて私たちが持っていた「なぜだろう」とか「おもしろそう」といったマインドが失われているのではないだろうか。リスキリングを考える上で、日々の仕事の中にこうした感性を育むゆとりを持つことも、変化の激しい時代の中で、一人ひとりがやりがいを持ちながら働いていく上で大切なことではないだろうか。


[1] https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220531001/20220531001-1.pdf
[2] https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/newpage_26443.html
[3] https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_1.pdf
[4]未来人材ビジョン」、51p
[5] https://www.pref.yamanashi.jp/seisaku/yutakasakyousou/yutakasakyousoukaigi.html
[6] https://www.pref.yamanashi.jp/sangyo-jin/documents/chuukannhoukoku.pdf