Vol.295-2 子どもの視力低下
公益財団法人 山梨総合研究所
研究員 山本 陽介
1.はじめに
視力の低下は、QOL(生活の質)に大きな影響を与える。WHO(世界保健機関)基準では失明の定義を「良い方の眼が視力0.05未満 or 中心10度以内の視野」としているが、そこまで進行していなくても、物が見えにくいだけで日常生活がいかに不便になるかは、実感として理解できる方も多いのではないだろうか。加齢とともに、近くの物にピントを合わせるのが難しくなるいわゆる『老眼』は誰にでも起こる一般的な視力の変化だが、近年はまだ成年にも達していない児童・生徒の視力低下が著しく進行している。ただ視力が下がるだけであれば眼鏡やコンタクトレンズで対応すればよいという考え方もあるが、そもそも近視とは眼球がだ円に変形してしまうことにより起こるものであり、この変形により網膜や視神経に負担がかかり、網膜はく離や緑内障、黄斑部の病気など、失明につながる病気のリスクが高まってしまうことが明らかになっている。
本稿では、子どもの視力低下の現状と原因を探り、将来に向けてどのような対策を講じていくべきなのか、考えてみたい。
2.子どもの視力低下の現状
図表1に示したとおり、令和3年度学校保健統計調査の結果を基に、運転免許証取得時の「眼鏡等」の基準となる「裸眼視力0.7未満の者」の割合をみると、年齢が上がるごとに割合が上昇し、高校生(15歳~17歳)では実に6割前後の生徒が裸眼視力0.7未満となっている。
同じく、裸眼視力0.7未満の者の割合について過去からの推移をみてみると、小学校・中学校・高等学校いずれも増減はあるものの、全体的には右肩上がりに推移している。図表2は3年ごとの推移をまとめたものであるが、平成27年から令和3年にかけての上昇幅がそれ以前に比べて大きいことも気になる点である。
これまで紹介してきたデータは学校保健統計調査の結果であるが、従来から実施してきた視力検査は「円の切れている方向を言う」といった主観的な申告に基づくものが中心であった。文部科学省は、より科学的で正確性の高いデータを把握するため、専用の機器を用いて眼軸の長さを測定する[1]と同時にアンケート調査も行うことにより、近視の正確な実態を把握する「児童生徒の近視実態調査」を令和3年度に初めて実施した。
当該調査で計測した年齢別の平均眼軸長は図表3のとおりである。眼軸の長さは成人平均で約24mm前後とされているが、学年が上がるごとに長くなり、小学校6年生で成人と同程度、中学校3年生では成人を上回るような長さとなっていた。これは、子どもの近視化が進行していることを示すデータのひとつであり、従来の視力検査が一定程度正確に現状を把握していたことを裏付ける資料でもあるといえる。
3.子どもの視力低下の要因として考えられる要素
子どもの視力低下が進行していることがデータにより明らかになったが、その原因は何なのだろうか。著者の感覚では、視力低下は遺伝の要素が強くどうしようもないといった認識が広く一般に浸透しているように感じる。遺伝がどの程度関係しているかの検証は極めて困難であるが、当然のことながら両親が近視でなくても、子どもが近視になる場合もあるし、その逆に両親が近視であっても、子どもは近視にはならない場合もある。
視力低下の要因は遺伝要因の他にも生活環境などの環境要因が大きく影響することが明らかになっており、逆に言えば遺伝により近視になりやすい素因を持って生まれてきた人ほど、その後の生活の仕方が重要になるということである。
これまでの研究により、近視発生に関わる環境要因としては近業(近くを長時間みること)や屋外活動が少ないことの関与が示されている。また、睡眠は最も重要な目の休養であり、睡眠時間が短くなると毛様体筋をはじめとする眼の周りの筋肉がほぐれないまま、翌日にまた目を酷使するという悪循環に陥ってしまう。
こうした研究成果を踏まえ、以下では、日常生活において子どもの視力低下の要因として考えられるいくつかの要素について整理してみたい。
(1)インターネット利用時間の増加
令和3年度に実施された「青少年のインターネット利用環境実態調査[2]」の結果をみると、青少年(小学生(10歳以上)、中学生、高校生)のインターネット利用率は97.7%に上っている。インターネットを利用するということは、当然何らかの電子機器を使用しているということであり、使用している機器としてはスマートフォンやゲーム機が上位となっている。
小学生、中学生、高校生ごとに近年の推移をみてみると、高校生はほぼ100%に近い状態であるため変化はないが、小学生、中学生はともに上昇しており、特に小学生はここ数年で大きな伸びをみせている。
次に、1日あたりの平均利用時間をみてみると、学年が上がるごとに利用時間は長くなり、高校生の直近の数字は330分という驚くべき数字となっている。また、四角マーカーで右軸に示した値は総数における3時間以上の割合だが、こちらも近年にかけて急増しており、近業時間の全体的な長期化が見て取れる。
長時間にわたる電子機器の使用は目を酷使することにつながり、ブルーライト[3]の影響なども相まって子どもの視力低下の大きな要因となっていると考えられる。
(2)学校教育のICT化
政府は、Society 5.0時代を生きる子どもたちに相応しい、誰一人取り残すことのない公正に個別最適化され、創造性を育む学びを実現するとして「GIGAスクール構想」を掲げ、その取り組みの一環としてすべての児童生徒への1人1台端末配置等のICT環境の整備を進めている。
児童生徒への1人1台端末の配置は、新型コロナウイルス感染症まん延の影響もあり、急速に整備が進められ、「義務教育段階における1人1台端末の整備状況(令和3年度末見込み)(文部科学省初等中等教育局公表資料)」によると、令和4年度にはすべての小・中学校で1人1台端末の整備が完了する予定となっている。
教育現場のICT化は、従来の一斉学習から個人に最適化された学習環境へ移行するために必要不可欠なものであり、多大なメリットがあることは間違いないが、視力という観点でいえば家庭でのスマートフォンなどの利用時間が増加する中、学校現場でも電子機器のモニターを見る時間が増えることになり、その影響が心配されるところである。
(3)睡眠時間の減少
少し古いデータになるが、日本小児保健協会が1980(昭和55)年・1990(平成2)年・2000(平成12)年に行った幼児期の睡眠習慣に関する調査によると、1歳6カ月児・2歳児・3歳児・4歳児・5~6歳児のすべてにおいて、22時以降に就寝する割合が増加しており、子どもの生活リズムが年々、夜型傾向となっていることが明らかになっている。共働き家庭の増加、通塾率の増加やインターネット環境の整備浸透など、子どもの就寝時間が遅くなる要因は近年ますます増加しており、それと反比例して子どもたちが眼を休める時間は減少していると推測される。
(4)外で遊ぶ時間の減少
社会環境の変化(インターネット利用環境の整備、公園利用ルールの厳格化など)に伴い、子どもたちが外で遊ぶ時間は減少し続けてきた。遊びたくても遊ぶ場所がなく、近年はテレビゲームやスマホゲームでも他人とつながることができるため、そちらに没頭するという流れが増えてきたが、新型コロナウイルス感染症のまん延がその傾向に拍車をかけている。株式会社Ampusが令和3年3月に未就学児の子どもをもつ母親400名を対象に行ったアンケート調査によると、『新型コロナウイルス感染拡大前と比較して、子どもが動画をみたりゲームをしたりする時間に変化はあるか』との質問に対し、半数以上の58%が「増えた」、「やや増えた」と回答している。また、8割近くが「運動不足が気になる」と回答しており、さまざまな要因により子どもが運動不足気味になっている現状を親が心配していることが分かる。
詳しくは後述するが、日光を浴びるだけで近視になりにくくなる効果があるという海外の研究結果がある。視力や健康などの面で多くのメリットがある外遊びの減少には、歯止めをかける必要があるだろう。
4.現在行われている対策
上記に挙げた要因は、すべて密接に関わり合っている。学校や家庭で朝から晩まで電子機器のモニターを凝視し、外で遊ぶこともなくインターネットに没頭し続けて夜更かししてしまう…このような生活スタイルでは視力が低下していくこともある意味当然といえる。
こうした現状に対し、政府や医療関係者はどういった対策を講じているのか。以下にいくつか例を紹介する。
(1)目の健康に関する啓発活動
電子機器などの画面を見る際には、「姿勢を正して画面と目を30cm以上離す」、「30分に1回は、20秒以上遠くを見て目を休める」の2点が特に大切であると言われている。文部科学省では、児童・生徒や保護者向けに学校や家庭での注意点を分かりやすくまとめた『タブレットを使うときの5つの約束』というリーフレットを作成しているほか、教育現場でのデジタル教科書導入に関する教育者向けの事例集を作成し、教室の明るさや画面の映り方に配慮することを始め、眼や身体への負担軽減のために姿勢をよくして十分な視距離を確保するよう指導することなどを求めている。また、日本眼科医会では『ギガっこデジたん!』というキャラクターを作り、目の健康啓発マンガや動画、リーフレットをHP等で発信することで、子どもの目の健康に関する情報発信を行っている。
(2)目の健康に関するデータ収集
正しい施策を推進するためには、少しでも多くの適切なデータが必要となる。政府は、「2.子どもの視力低下の現状」で紹介した「児童生徒の近視実態調査」について、今後も継続的に実施してデータを収集していく意向を示しており、調査結果などを踏まえ、新たな知見が得られれば速やかに学校関係者に伝えるとともに、専門家らの指摘を踏まえ、家庭でのルール作りも含めてケーススタディをQ&Aで示すなど、取り組みを進めていきたいとしている。
また、文部科学省が作成した『学習者用デジタル教科書の効果的な活用の在り方等に関するガイドライン』においては、「必要に応じて、眼精疲労の有無やその程度など心身の状況について、児童生徒にアンケート調査を行うことも考えられる」としており、客観的なデータと現場の生の声を組み合わせて、適切な施策を推進していくこととしている。
(3)医学的アプローチ
その他、近視の進行を抑制する医学的なアプローチとしては、オルソケラトロジーやアトロピン治療などがある。
オルソケラトロジーとは、就寝時に特殊な形のコンタクトレンズを装用することで角膜のカーブの形状を変化させ、近視や乱視を矯正する視力矯正治療の一つで、子どもの角膜は成人と比べて柔らかいため、オルソケラトロジーによる近視進行予防効果が優位に作用することが期待されている。
アトロピン治療はアトロピンという目薬を100倍に薄めてさすという治療で、近視の進行を平均40%軽減させるという海外の研究データもある。
ただ、これらの治療はいずれも近視の進行を抑制するためのものであり、近視の進行を止めたり、低下した視力を元に戻したりするようなものではない。こうした治療はあくまで対症療法のひとつであり、根本的な原因への対処が必要であることに留意すべきだろう。
5.今後実施していくべき対策
ここまで、子どもの視力低下の現状と要因、そして現在行われている対策について整理してきたが、ここでは今後実施していくべき対策について考察してみたい。
(1)目の健康に関する意識啓発
まずは、児童・生徒、保護者が少なからず持っている「近視はただ単に目が悪くなるだけであり、眼鏡やコンタクトレンズを使用すれば何の問題もない」という認識を改める必要がある。具体的には保健体育の授業などで教師が合併症のリスクなどを説明するのはもちろんのこと、例えば中途失明者の方に登壇して話をしてもらったり、眼の病気にかかった時の見え方を端末で見て学んだりするなど、視力の大切さが体感できるようなカリキュラムを、短時間でもいいので組み込んでみてはどうだろうか。
また、保護者の認識も非常に重要であることから、例えば三者面談などの場を活用してリーフレットを配布するなどして、視力低下の重大性・危険性を周知していく必要がある。
(2)屋外活動の推奨
「3.子どもの視力低下の要因として考えられる要素」で少し触れたが、日光を浴びることで近視を予防する効果があるとされている。これまでの研究により、太陽光に含まれるバイオレットライトが近視の進行を抑える可能性があるとされ、政府や日本眼科医会の啓発資料でも、明るい屋外で遊ぶことが推奨されている。
屋外で体を動かして遊ぶことは子どもの成長にとってさまざまな有益な効果をもたらすものであり、近視予防だけではなく、あらゆる観点から推奨されるものである。学校や家庭での教育により、子どもが自発的に外で遊ぶような生活習慣を確立することが最も重要であるが、それに加え、こういった分野でこそ政府が主導的な役割を担うべきと考える。例えば、休み時間や体育の授業での屋外活動は現在でも行われているだろうが、それに加えて「週に何回かでも給食を屋外で食べる」、「屋外で活動する授業の枠を月に1回でも増やす」などの方針を打ち出すことで、屋外活動の機会について一気に大幅な増加とはいかないまでも、増加への第一歩となるのではないだろうか。屋外での給食などは、準備や衛生面の問題で乗り越えなければいけないハードルも多いと考えられるが、まずは日光を浴びることの重要性を認識したうえで、少しでも現状を変えていこうという意識改革が必要ではないだろうか。
(3)技術開発への支援
学校教育におけるICT化など情報化が進む現代社会において、子どもに限らずすべての人にとって視力低下や目の酷使は大きな問題となっている。現在、世界各所でブルーライト低減に関する技術的な研究が進められているが、例えば国内におけるブルーライト低減のための開発に対し、政府として援助するといった施策も、結果的には子どもの視力低下問題への対策につながるといえるのではないだろうか。今後も社会全体でICT化が進む中、子どもを含むすべての人の視力低下をいま以上に社会的問題としてしっかりととらえ、中長期的な対策を検討していくべきだろう。
6.おわりに
現在、レーシックやICL(視力矯正手術)などの外科的手術を行う以外に、失った視力を回復する方法は確立されていない。視力低下によるQOLの低下や近視の進行による失明につながる合併症の危険性の増加などを考えると、子どもの視力低下は引き続き対策を講じなければならない重要な課題である。
一方で、日常生活においてスマートフォンなどはもはや必要不可欠なものになっており、教育現場においてもICT化が国の施策として推進されている。つまり、スマートフォンやゲームそのものの是非を問うべきではなく、際限なくやり続けてしまうことで健康に影響を及ぼすことが問題ということであれば、QOLの観点からいかに適切に利用していくかについて議論を進めていくべきだろう。
子どもの視力低下は、何か対策を講じたからといってすぐに改善するものでもないし、すぐに歯止めがかかるような問題でもない。だからこそ国民に目の健康の大切さを地道にかつ堅実に伝えていくことは何よりも重要であると考えられ、現在行われている周知活動を継続し、さらに発展していく必要があるだろう。
筆者としては、政府には思い切って方針を示すといった部分は大胆に、国民への周知活動などは繊細に、きめ細かな対応を期待したい。そして、本稿が読者の方にとって少しでも子どもや自分の視力低下に関する問題提起となり、何か考えるきっかけとなっていただければ幸いである。
[1] 近視は多くの場合、眼球の長さが延び、明るさや色、形などを感じ取る網膜の手前でピントが合ってしまうことで起きるため、眼軸長が長いほど近視の度合いが強いとされる。
[2] 青少年のインターネット利用環境実態調査:本調査の対象となる小学生は「満10歳以上」である点に留意
[3] ブルーライト:太陽光はもちろんのこと、LEDを使用したパソコンやテレビ、スマートフォンなどの液晶画面からも多く放射され、最近の研究では、ブルーライトを長時間目に入れると、視界のちらつきや目の疲れに加え、体内リズムを崩し睡眠障害を引き起こすという報告もされている。