タイパ至上主義って?


山梨日日新聞No.23【令和5年4月24日発行】

 Z世代(1990年代半ば~2000年代半ば生まれ)はタイパ至上主義といわれている。タイパとは、タイムパフォーマンス(時間対効果)の略だ。
 その世代から遠く離れた筆者も、必要な物をネット通販で探し、動画視聴は倍速再生、書籍は概要版を読んだり、ランニング中にオーディオブックで倍速再生したりとタイパ獲得に慌ただしい。料理もカット野菜や「混ぜて焼くだけ!」商品を使っての時短である。
 ちまたでは映画やドラマはサブスクが勢いを増し、ヒット曲にはサビから始まる曲が多い。コロナ禍もタイパにつながるサービスを後押しした。ウーバーイーツのような宅配サービスが普及し、オンライン会議は今や日常茶飯事だ。

 最近はChatGPT (米新興企業が開発した対話型ソフト。人工知能の一種で、自然言語処理によって人と会話できる。GPT は「Generative Pre-trained Transformer」の略)が急速にユーザーを増やしている。筆者も先日、効果的なアイスブレイク(研修の前などに場の空気をつくる手法)をChatGPTに「相談」した。回答に示された「簡単で楽しい自己紹介ゲーム」は大いに参加者を盛り上げた。
 ChatGPTは利用の可否が企業や大学などさまざまな場所で議論されているが、カギとなるのはそこから生み出される価値ではないか。いくら賢く便利だといっても、研究論文の執筆のために利用するとオリジナルの論考ではなくなる恐れが生じるうえ、AIが示した情報群の信ぴょう性への不安や、その後の研究への支障を考えれば、必ずしも成果に結びつくとは限らない。また、企業にとっては作業の時短につなげるための補助ツールとしては役立つだろうが、それに傾倒すれば企業の存在意義がゆらぎかねない。要はバランスだ。
 タイパを追求すればするほど、いつも時間に追われているように感じてしまう。それはタイパの追求が、実は価値を生み出すことにつながっていないからなのではないか、と感じ始めている。
 仕事上、参考文献としたい資料は概要版だけのチェックでは支障があり、結局、詳細まで調べることになる。倍速再生はその時だけ分かった気分で記憶に残らない。時短料理で済ませた我が家には、「おふくろの味」と胸を張れる品があるのか自信がない。ネット通販で買った衣類はサイズが合わずに返品-。
 一方で、時間をかけたからこそ得られる価値もある。自分の足で見つけた美味しい店には愛着が生まれる。店頭で出合った洋服を10年も着ている。映画を何度も細部まで見たら思わぬ発見があった、等々。

 タイパ、コスパ重視の風潮は地方移住を後押しした。総務省の住民基本台帳人口移動報告によると、2022年の山梨県への転入者は16,157人、転出者は15,453人で転入超過数は704人と、2年連続の転入超過になった。コロナ禍でリモートワークが進んだこと、東京から近いことなどのタイパ部分、生活費が安価などのコスパ部分で、2拠点居住や移住の対象として山梨が選ばれたのだろう。
 しかし、この先は時間をかけることで価値を生み出す地域という部分も見過ごしてはいけない要素だ。例えば、家庭菜園は野菜を手に入れるという意味ではタイパが悪いが、そのプロセスが生きがいや健康づくりにつながる。受け入れられるまでに諸々時間がかかるという意味ではタイパが悪いが、その分濃い人間関係ができ、それが豊かさや幸福度につながるなどだ。
 山梨はまだ不便な部分も多い。デジタル化によるタイパ向上の推進は必須だ。一方で、時間をかけることの価値が理解される県にならなければ、この地に住む良さも半減するだろう。バランスの取れた県でありたい。

(公益財団法人山梨総合研究所 主任研究員 渡辺 たま緒)