Vol.297-2 山梨県自治体における合計特殊出生率の現状とこれからの少子化対策に向けて


公益財団法人山梨総合研究所 元研究員
都留市役所 総務部 企画課長 中野 一成

1.はじめに

 筆者は、平成172005)年の春、都留市役所から山梨総合研究所へと出向辞令が出され、2か年にわたって各種研究活動に従事させていただいた。この期間中、研究員としてプロジェクト業務に関わる傍ら、この「News Letter」の執筆をはじめ、いくつかの拙文を寄稿させていただいた。当時はこれらレポートを作成するにあたり、毎回テーマについて頭を抱えていたことを思い出す。今回、山梨総研OBとして17年ぶりの「News Letter」への寄稿依頼があり、快諾してみたものの、はて、何を書いたものか…と再び悩ましく、しかしどこかで心躍らせながら、書いてみたいテーマを自問してみた。
 研究員当時、興味を惹かれたトピックスとして、「人口問題」があった。そのきっかけは、平成17年、我が国では人口動態調査の開始以来、初めて死亡数が出生数を上回り、これから我が国は本格的な人口減少社会に突入する、というショッキングな出来事があったことによる。こうしたことから、「News Letter」では、「山梨県の人口推移」として明治121879)年実施の甲斐国現在人別調や国勢調査結果などを用い、本県の過去から現在までの人口の動静や比較について論じてみた。また、YAFOメールマガジンの「気になる数字」では、「40年後」と題し、平成18年当時公表されたばかりの国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口結果を基に、将来的な人口減少社会への懸念について取り上げてもみた。
 あれから早17年。これまでの間、平成262014)年には人口減少・少子高齢化、そして東京一極集中という問題が大きくクローズアップされ、これらを是正するための「まち・ひと・しごと創生」が国の主導で打ち出された。当時、若年女性人口の減少と合わせ、人口全体の流出が継続するまちの行きつく姿の一つの可能性として、「消滅可能性都市」という言葉がセンセーショナルに取り上げられ、世間を大いに賑わせたのも記憶に新しい。そして折しも、今年年頭の岸田文雄首相の記者会見において、出生率を上げる打開策として「異次元の少子化対策」なる政策が掲げられ、現在もこの関連予算や実施施策などについて大きな議論を巻き起こしているところである。
 我がまち都留市においても、今後のまちのあり方を議論する上で、出生数及び出生率の減少は非常に大きな問題として受け止められている。今回、これら今までの流れと問題意識を踏まえる中で、17年ぶりの本稿テーマと位置付けるものとして、素人ながらも人口動態に関わる出生率についての統計などを見ながら、ああでもない、こうでもないと考える機会にしてみたいと、ここでようやく自答に至ったというわけである。

 

2.合計特殊出生率

 少子化対策の議論において、良く取り上げられる指標として合計特殊出生率がある。これは1549歳の全女性の年齢別出生率を合計したもので、一般に「女性が一生のうちに生む子どもの数」を指すといわれる。また、①期間合計特殊出生率と②コーホート合計特殊出生率の2種が知られ、よく報道等で聞かれる「令和4年の○○県の合計特殊出生率は…」の場合は、①にあたり、②は1549歳における特定の世代の出生率について数年にわたって積み上げたもので、世代間の出生率比較をする場合などに用いられる。本稿では、これらの違いを取り上げる際以外は、単に「合計特殊出生率」と呼称することとする。
 算出に用いられる各種統計の出典としては、特に定められたものはない(国では使用統計が統一されているが)ため、分母となる女性人口の出典統計(国勢調査、住民基本台帳人口、推計人口など)によっては、同年の結果であっても数値が上下することがある。このため、出典を確認しながら比較検討を行うことが望ましい。これに加え、率を示す数値のため、本県の市町村に見られるような、人口規模がそれほど大きくない自治体においては、年ごとの若干の人口や出生数の変動によって数値が上下することがあるということも留意すべき点である。
 さて、国勢調査が実施された令和2(2020)年の本県の合計特殊出生率は、人口動態統計によると1.48と発表されている。本県は順位的にほぼ全国の中位で、全国での数値は1.33であり、最高値は沖縄県の1.83、最低値は東京都の1.12となっている。この本県数値は全国数値を超えてはいるが、この数値をどう見るべきか。
 合計特殊出生率には、「人口置換水準」というものがある。これは、人口レベルを維持するための基準であり、簡単に言えば2人いる両親から生まれる子どもの数は、2人、つまり合計特殊出生率2.00程度であれば、次世代の人口は減少もせず増加もせず、そのまま置き換わる、というものである。これに我が国の死亡水準を考慮し、概ね2.07が我が国の人口置換水準として位置づけられている。となると、本県の合計特殊出生率は決して高いものとは言えないことがわかる。それどころか、最高値である沖縄県においても、人口は減少する傾向にあるということになる。では、本県の各市町村の状況はどうであろうか。まず、次項では、本県各市町村の合計特殊出生率について見てみたい。

 

3.本県と市町村の合計特殊出生率

 今回、国勢調査と人口動態統計を基に、独自に令和2年における各市町村の合計特殊出生率算出を試みた(図表1)。

 注意として、この図表の山梨県数値が前項における人口動態統計の結果と若干違うことについては、コーホートの出生率算出において、国は各歳別統計を使用していることに対し、筆者は5歳階級別統計を使用している点についてご承知おきをいただきたい。また、以下の図表等においてもこれは同様である。
 さて、この算出結果として、県内では忍野村の2.15から丹波山村の0.71まで幅広く出生率が分布している状況が見えた。特に、忍野村では人口置換水準を超え、全国でも有数であろうと言えるほどの高い出生率となっている。一方、13市で比較すると、甲斐市の1.79から上野原市の1.02までの間に各市が位置する結果となった。いずれの市も、人口は減少する方向性のようだ。
 この年次だけの結果を見ると、忍野村の2.15は全国でも有数、一方で丹波山村では0.711.00を切っており、非常に地域差が大きい状況と言えそうだが、この2村については前項で述べた通り、人口規模の要因から「恒常的に出生率が高い」「恒常的に出生率が低い」と言い切れるのかどうかは、この単年のデータだけからは読み取れない。
 では次に、各市町村の合計特殊出生率を経年的に見てみよう(図表2)。これは、平成7(1995)から令和2(2020)年までの25年間にわたり、5年ごとの数値を表にしたものであり、市町村の欄ごとに合計特殊出生率の高い年次になるほど色を濃く塗っている。

 一点、この中で、平成172005)年の合計特殊出生率が全体的に低くなっていることに気付くかと思う。この年は我が国の合計特殊出生率の底を打った転換点にあたるのではないか、という研究報告が近年複数出されている状況であるが、その評価などはまだ定まったものがない。いずれにしても特異な年である可能性が高いと言えるだろう。
 しかし、この年を除いたとしても、データ全体として複数の市町村において合計特殊出生率は年を追うごとに低下している傾向がうかがえる。
 そして、この推移データの中で前述の忍野村については、ほぼ恒常的に合計特殊出生率が高い状況を維持していることが確認できた。一方、丹波山村においては年次ごとのばらつきが大きく目立つ。これが、人口規模の小さいことによる年次ごとの数値のブレである。傾向を捉えるためには、図表2のデータを補完する年次のデータを用いるなどして、観察する必要があろう。
 次に、この合計特殊出生率を母親となる女性の出生世代別・年齢層別に見ていきたい。図表2と同じデータについて、コーホート合計特殊出生率の一部として比較をしてみた(図表31)。

 各市町村の各女性世代が2529歳を迎えた時を出生世代ごとに比較すると、昭和411966)年~451970)年に生まれた女性世代は、昭和511976)年~551980)年に生まれた世代と比較して多くの子どもを出産していることがわかる。一方、3539歳を迎える頃になると世代間の出生率は逆転し、昭和511976)年~551980)年に生まれた女性の方が多くの子どもを出産し、この傾向は、女性が4044歳になっても継続している。
 これは、女性の出生世代が若くなるにつれ、出産時期が後ろズレする「晩産化」を示すものであると言えよう。世界的にはこの傾向について2000年代より厚生労働白書などでも取り上げられていたが、本県各市町村といった基礎自治体レベルにおいてもこの傾向が如実にみられるということが今回の統計分析により明らかとなった。
 この晩産化が進む一つの要因としては、一般に晩婚化が挙げられる。この晩婚化・晩産化が進むと、一世代前の女性が第2子や第3子を出産する年齢に第1子を出産することとなり、少子化の要因の一つになっている、とも言われる。
 また、この母親となる女性の25歳~44歳までの出生率を、世代別にコーホート合計特殊出生率の一部として比較したものを見ていただきたい(図表32)。比較する女性の出生世代は、図表31と同じ3世代である。表の最下部に、各市町村のコーホート合計特殊出生率を平均したものを示しているが、女性の出生世代が若くなるにつれ、出生率が減少していることがわかる。この状況からも、晩婚化・晩産化などの進展による影響が、少子化という形で表出していることが窺えよう。

 では、こうした晩婚化・晩産化が進む現状において、有配偶率(婚姻状態にある人の率)と合計特殊出生率の関係性はどのようになっているのであろうか。

 

4.有配偶率と合計特殊出生率の関係性

 令和2年国勢調査より、1549歳女性の人口に対する有配偶率と合計特殊出生率をグラフ化してみた(図表4)。

 わかりやすいように全国数値にラインを入れるとともに、合計特殊出生率も全国数値とあわせて比較できる図としてみたが、中でも忍野村の有配偶率と合計特殊出生率が飛びぬけて高い。また、13市の中でも合計特殊出生率の高い富士吉田市、南アルプス市、甲斐市、笛吹市なども有配偶率が全国数値を超えている。この結果からは、「婚姻状態の女性割合の多い地域と出生率の高さ」は一定の正の相関があると言えそうな印象を受ける。例え晩産化が進んでいたとしても、やはり婚姻というものが出生率向上には必須なものなのであろうか。
 しかし、ここで見ていただきたいポイントが一点ある。合計特殊出生率1.45と、出生率が飛びぬけて低いわけでもない我が都留市について、有配偶率が県内最下位、加えて極端に低くなっているのだ。そして、図表の右側に棒グラフの色を変えてまとめてあるが、前述の合計特殊出生率の全国最低値である東京都、全国最高値である沖縄県についての、1549歳女性の人口に対する有配偶率と合計特殊出生率の関係性も見ていただきたい。
 これをみると、東京都については、有配偶率と合計特殊出生率の正の相関関係が見て取れるが、沖縄県については有配偶率が全国平均を下回り、東京都とほぼ同じ状況で、全国トップの出生率となっている。データとして示してはいないが、この沖縄県は、データ取得が始まった昭和501975)年より一貫して全国トップの合計特殊出生率を維持している一方、前回国勢調査時(2015年)、前々回調査時(2010年)の国勢調査結果を見ても、この世代の有配偶率は全国数値を下回っている状況である。また逆に、県内においては、有配偶率は全国数値を上回る状況で、合計特殊出生率が同等もしくは下回っているというような自治体も見られる。
 これらのデータから、有配偶率と合計特殊出生率については一定の「正の相関関係」が見られるため、出生率を向上させる一要因としては考えられるものの、例外も見られることから、必ずしも出生につながるという「因果関係」ほどの強い関係性はない、ということが言えるものと考える。この「結婚する人が増加することが必ずしも出生率上昇につながるわけではない」という事実は、ともすれば「出生率向上を目論んだ婚活支援」といった施策について、実施主体の思惑に沿わない結果となる場合もある、ということである。
 ちなみにここで、都留市民の一人として、都留市の有配偶率の低さについて一言説明をさせていただきたい。これは、都留市の人口の8~9人に1人が有配偶者となる可能性の低い大学生であるということに加え、これら大学が都留文科大学、健康科学大学看護学部といった、女子学生割合の高い学校であるという特殊な地域特性によるものと考えられる。
 では一体、出生率向上につながる大きな要因にはどのようなものがあるのだろうか。平成2(1990)年の1.57ショック[1]以降、これまで様々な施策が打ち出され、30年以上も好結果につながっていない現状においては非常に難題であると言えるが、次項以降では、そのヒントとなりうるかもしれない事例紹介と考察を行ってみたい。

 

5.伊藤忠商事株式会社における合計特殊出生率の向上事例

 さて、この項では、特定の広範な地域を取り上げたものではないが、ある取り組みによって合計特殊出生率を向上させた1事例を紹介したい。
 令和4(2022)年4月、伊藤忠商事株式会社は働き方改革を進めた成果の指標として、令和3(2021)年度の女性社員の合計特殊出生率を公表した。平成172005)年当時では、0.60であったものが、1.97にまで上昇したという(図表5)。この間、社内託児所の設置から始まり、朝型勤務の導入や在宅勤務の導入など、複数の働き方改革の導入を行ってきたが、中でも合計特殊出生率向上の大きなきっかけとなったのは、平成252013)年の「朝型勤務の導入」だったとのことである。これは、午前5時から8時までに就業し、午後8時以降の残業を原則禁止とするもので、残った仕事は翌日の早朝勤務時に実施するものとし、早朝勤務は深夜残業と同じ割増賃金を支払うものだという。この朝型勤務を導入したことにより、社員一人ひとりが適切なワークライフバランスを取れるようになり、出生率が向上したと発表されたのだ。


 具体的には、定時より早く退社でき、可処分時間が増えたことにより、保育園や幼稚園などのサービス利用がしやすくなったことや、夫婦間で働く時間帯のズレが生じたことによって、夫婦による子育ての役割分担がしやすくなったといったことなどが挙げられよう。また、これに加えて、生産性の向上にも大きくつながったという報告がされている。朝型勤務の導入後、連結純利益÷単体従業員数による労働生産性は、5.2倍にも跳ね上がったということである。
 この伊藤忠商事株式会社の合計特殊出生率などの向上は、先に述べたような「有配偶率を上げるための取り組み」の結果ではないことはもちろんのこと、「朝方勤務という勤務時間帯」による効果でもない。この事例の本質については、「子育て世代に対して時間の融通を効かせる裁量を与えたこと」がこの結果につながったものと捉えるべきであろう。男性であっても女性であっても、年間を通してかなりのハードワークが求められるイメージのある総合商社において、こうした好状況が生まれたということは、今後の少子化克服施策について一つのヒントになり得るのかも知れない。

 

6.まとめ

 著書『子育て支援の経済学」や、『「家族の幸せ」の経済学』で知られる東京大学大学院経済学研究科教授の山口慎太郎氏は、財務総合政策研究所の「人口動態と経済・社会の変化に関する研究会報告書」の第4章「少子化対策のエビデンス」(令和3年6月)において、「最近の経済学研究によると、女性の子育て負担軽減につながるような政策が、費用対効果に優れた少子化対策であるとの議論が進められており、そうした主張には一定の実証的根拠もある」としている。
 子育て世代、特に女性に対して時間融通の裁量が与えられ、自律的なリズムでの生活が可能となり、さらに男性との子育てにおける役割分担が進むということは、女性の子育て負担軽減と言い換えることができるのだと思うが、どうであろうか。
 また、統計にはほぼ表れないが、東京都における合計特殊出生率の低さと、沖縄県における高さについても、これらに共通して説明ができるような状況がある。
 東京都では、「一極集中」という言葉が示すように、地方から若者が流入している。子育て時期に入ると、東京においては様々な経済的負担もあることに加え、親や祖父母はもちろんいない。保育園などはいっぱいで、待機児童となっても子どもの人口に見合うだけの一時預かりなどの保育サービスも十分ではない。夫婦で分担したとしても、子育てにおける母親の負う部分は、やはり未だ大きい。こうした状況は、女性の子育て負担や役割を割り振るアテがないということに他ならない。
 一方、沖縄県では、「子どもは宝」という価値観が浸透しており、子育ての過程においては親族でなくともコミュニティとして喜んで手を貸すという文化が定着している。子どもは地域が看る、育てる、ゆいまーる(結い廻る=人との結びつきが順に巡る)の精神。こうした地域福祉的風土が女性の負担を軽減させ、子どもを産み育てることのハードルを大きく下げていると言えるのではないだろうか。そして、こうして生まれた子どもたちの兄弟姉妹が多い環境に身を置く女性であれば、自分自身も2人目、3人目という意識が自然なものとなるのだろう。思えば、かつての我が国のコミュニティは、まさにこのような形であったに違いない。
 こうした中、4月からこども家庭庁が発足した。出生率の向上や子育て支援に対し、国は本格的に注力していくこととしたのである。国の示す「伴走型支援と経済的支援の一体的実施」については、子育てが始まる方や始まった方を中心に、経済的支援やプッシュ型情報提供などをパッケージ化したものが主となりそうである。
 もちろん、こうした経済的支援策などは子育て世代から求められているものであって、その必要性は十分理解できる。なので、支援の方向性が違う、とは決して言わないが、これまで各地方自治体が長年にわたって独自に実施してきた保護者負担軽減などの各種経済的支援策や、情報発信施策の結果としての現状を鑑みれば、「これから子どもを持つかどうか」「2人目、3人目をどうしようか」という視点に立った時、必ずしも強いインセンティブとして十分な効果を発揮し、出生率向上に大きくつながるものである、とは言い切れないだろう。
 出生率向上を見込んだ少子化対策として打ち出すのならば、同じくこの4月から開始される一定規模以上の企業への「男性の育児休業取得率の公表義務化」を起点として発展的に展開し、ジェンダー平等(=子育て負担の平準化)をさらに推し進めていくこととあわせ、地域も含めた「協働」による子育てのあり方を踏まえた一人ひとりの意識的変容と、それに基づく行動などを促していくことが重要であろう。こうした数々の施策があざなうことによって、さらに多面的に女性を支え、出産~子育ての負担軽減につながる施策として色濃く形づくられていく。これが将来に向け、出生率向上という大きな効果を生むことにつながっていくのではないだろうか。


<出典・参考資料>
国勢調査 総務省
人口動態統計 厚生労働省
日本経済新聞ホームページ「伊藤忠商事、働き方改革で出生率2倍 生産性も向上」(20221031日)
「人口動態と経済・社会の変化に関する研究会」報告書 財務総合政策研究所(2021年6月) 

[1] 1.57ショック:平成2(1990)年、前年の合計特殊出生率がそれまでの過去最低であった「ひのえうま」(昭和411966)年)の1.58を下回ったことが判明し、少子化の進む現状に対し、国内において衝撃が走った際のことを指す。