Vol.296-2 脱炭素社会の実現に向けて私たちができること


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 櫻林 晃

1.はじめに

 近年、豪雨や猛暑など気候変動の影響による自然災害の増加が世界的な問題となっている。気候変動問題は世界で協働して取り組むべき喫緊の課題であり、2015年には国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で気候変動問題に関する国際的な枠組みであるパリ協定が採択され、世界の120カ国以上が2050年に二酸化炭素などの温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることを目標として掲げている。日本でも、202010月に政府が、2050年までの温室効果ガス排出実質ゼロにすることを宣言した。
 山梨県は、全国に先駆けて2009年に「2050CO2ゼロやまなしの実現」を目指すことを宣言している。また、20212月には全国初となる県内全市町村共同による「やまなしゼロカーボンシティ宣言」を行い、2050年までに県内の温室効果ガス排出量実質ゼロの達成に向けた取り組みを推進することとしている。
 脱炭素社会の実現に向けた取り組みは、国、県、市町村だけでなく、あらゆる主体が取り組まなければならない重要な課題となっている。そのため、市民や企業が脱炭素化に向けて具体的な行動を実践していかなければならない段階にあると筆者は考える。
 本稿は、脱炭素社会の実現に向けて市民や企業が取り組むべきことについて、全国や山梨県内の状況を踏まえながら整理するものであり、それを通じて地域におけるカーボンニュートラルを推進していくことに貢献できれば幸いである。

 

2.山梨県の現状

(1)温室効果ガスの排出状況

 山梨県内における温室効果ガスの排出量は、近年では年間約600百万t-CO2で推移している。部門別では運輸部門の割合が最も高く、以下2020年度では、産業部門、業務部門、家庭部門の順となっている。また、排出される温室効果ガスの内訳は、二酸化炭素が大半を占めており、メタンや一酸化二窒素などその他の温室効果ガスも一定程度の排出が続いている。
 こうした現状の排出状況を踏まえると、山梨県がゼロカーボンシティを目指していくためには、まずは排出量の多い二酸化炭素の削減を部門ごとに進めていくことが課題となる。

 

出典:山梨県「2020(令和 2)年度 山梨県の温室効果ガス排出量について」より抜粋

1 山梨県における温室効果ガス排出量の推移

  

(2)山梨県における平均気温の変化と見通し

 気象庁が公表している「山梨県の気候変動」(「日本の気候変動2020」に基づく地域の観測・予測情報)によると、甲府市の年平均気温は過去100年で約2.2℃上昇しており、山梨県内においても温暖化が進行していることが分かる。また、将来の見通しとして、地球温暖化対策を実施してパリ協定が定める2℃目標(産業革命後の気温上昇を2℃以内に抑える目標)が達成された「2℃上昇シナリオ」においても、甲府市の年平均気温は21世紀末までに約1.4℃上昇することが見込まれており、追加的な対策を取らなかった「4℃上昇シナリオ」では約4.4℃上昇すると予測されている。さらに、平均気温の上昇以外にも、集中豪雨の発生回数や猛暑日等の増加も懸念されており、地球温暖化問題は世界や日本としての問題ではなく、山梨県においても地域の重要な問題として位置付け、対策に向けた取り組みを推進していく必要がある。

 

出典:気象台「山梨県の気候変動リーフレット」より抜粋

2 山梨県の気候変動

 

3.部門別温室効果ガス削減の取り組み

(1)産業部門・業務部門

 産業部門は、製造業、建設業、農林水産業等におけるエネルギーの消費や工業プロセス等の温室効果ガス排出量を対象としており、業務部門は、事務所、ビル、店舗、学校、ホテル・旅館、病院等における活動で排出される温室効果ガス排出量を対象としている。つまり、これらの部門は主に企業が取り組むべき部門であると言える。
 近年は、企業経営に気候変動対策の視点を織り込む「脱炭素経営」に取り組む企業が増えつつあり、企業活動の過程で発生する温室効果ガスの削減に取り組む動きが広がってきている。また、自社の脱炭素化だけでなく、原材料や流通等を含めたサプライチェーン全体での脱炭素化を進める動きも広がってきており、大企業だけでなく中小企業においても温室効果ガスの排出量削減が求められている。山梨県は全国でも中小企業の比率がトップクラスであるため、県内全体でのカーボンニュートラルを目指すためには、中小企業における脱炭素の取り組みを加速させることが特に重要となるだろう。
 企業が温室効果ガスの削減に向けて取り組むべき行動を検討するにあたって、環境省が公表している「中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック」(以下、「ハンドブック」という。)の内容が参考になるため、ここではハンドブックの概要を紹介する。
 ハンドブックでは、中小企業が脱炭素化に向けて計画策定を行う検討手順を事例とともに示しており、脱炭素化を図っていく上での重要な方向性として、①エネルギー消費量の削減(省エネルギー化)、②エネルギーの低炭素化(再生可能エネルギーの導入など)、③利用エネルギーの転換(燃料転換や水素エネルギーの活用など)を検討することを挙げている。特に温室効果ガス排出量の大幅削減を進めるためには、①の省エネルギー化や②の再生可能エネルギー導入などだけではなく、③の化石燃料消費の抜本的な見直しが必要になる場合が少なくないため、まずは③の長期的なエネルギー転換の方針を検討しながら、①の短中期的な省エネ対策の洗い出しや②の再生可能エネルギーの調達手段の検討を行い、削減対策を計画としてとりまとめることが望ましいとしている。
 筆者が県内の中小企業に脱炭素化に取り組むにあたっての課題をヒアリングしたところ、「脱炭素化に対する社内の認識が低い」という意見や「自社にとってどのような対策が有効であるか分からない」という意見が多く聞かれた。前者については、経営者や担当部署だけでなく、全社員に脱炭素化の意識を広く持ってもらえるよう、定期的な社内研修や事例づくり等による継続的な意識の醸成が不可欠になるだろう。また、後者については業界団体が公表している情報や専門家による省エネルギー診断等を活用しながら、自社にとって取り組みやすいものや効果があるものを模索・選択し、計画的に対策を企画・実施していくことが有効になるだろう。

 

出典:環境省「中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック」より抜粋

3 中小企業における温室効果ガス削減の方向性

 

(2)家庭部門

 次に、各家庭から排出される温室効果ガス排出量を対象としている家庭部門を取り上げる。家庭から排出される温室効果ガスの量や排出源は家族構成等によって異なるが、全国地球温暖化防止活動推進センターが公表しているデータでは、1世帯あたりの二酸化炭素排出量は約3.9t-CO2となっている。このうち、燃料種別では「電気」の使用による排出量が最も多く、次に「ガソリン」の使用のよる排出量が多くなっている。また、用途別では「照明・家電製品など」による排出量が最も多く、次に「自動車」の使用による排出が多くなっている。

 

出典:全国地球温暖化防止活動推進センター「家庭からの二酸化炭素排出量(2020年度)」

4 家庭からの二酸化炭素排出量(燃料種別・用途別)

 

 こうした状況を踏まえ、家庭において実施すべき取り組みについては、基本的には先述した企業における削減の方向性と同様に、①エネルギー消費量の削減(省エネルギー化)、②エネルギーの低炭素化(再生可能エネルギーの導入など)、③利用エネルギーの転換(燃料転換や水素エネルギーの活用など)を検討することが重要である。また、家庭部門については環境省が公表している「ゼロカーボンアクション30」が分かりやすいため、ここでは「ゼロカーボンアクション30」の概要を紹介する。
 「ゼロカーボンアクション30」は、脱炭素社会の実現に向けて国民のライフスタイルの転換を促すために一人ひとりができる取り組みをまとめたものになっており、大きく8つのカテゴリーに計30の具体的なアクションが定められている。

 

出典:環境省「脱炭素に向け私たちにできること」

5 ゼロカーボンアクション30

 

 「ゼロカーボンアクション30」のうち、先述したとおり家庭における温室効果ガスの排出源として「照明・家電製品など」と「自動車」が高いウエイトを占めていることを踏まえると、「照明・家電製品など」については省エネ家電の導入や省エネリフォーム等による使用エネルギーの抑制が効果的であると思われる。また、最近は自宅にスマートメーターを設置することで電力等の使用状況をリアルタイムで見える化することができるため、省エネをゲーム感覚で実践できることから、効果のある取り組みを楽しみながら実施していくことが考えられるだろう。
 一方、「自動車」については、スマートムーブと呼ばれる自動車以外の移動手段(徒歩、自転車、公共交通機関など)を積極的に選択することが効果的である。環境省のホームページ[1]によると、1人が1km移動する時の二酸化炭素排出量は、マイカーでは147g、バスでは56g、鉄道では22gとなっており、環境への負荷を考慮しながら状況に応じた最適な移動方法を選択することが望ましいとされている。特に、公共交通機関については、山梨県内でもデマンドバスが利用できる地域があるほか、路線バスは経路や時刻を調べることができるバス総合案内システム等を活用することによって円滑な利用や乗り継ぎ等ができるため、公共交通機関を利用するための工夫を積極的に行うことで、自動車の使用を減らしながら日々の生活を送ることが可能であると思われる。

 

出典:一般社団法人 山梨県バス協会「やまなしバスコンシェルジュ パンフレット」より抜粋

6 山梨県総合バス案内システム やまなしバスコンシェルジュ

 

4.部門を跨いだ取り組み

(1)再生可能エネルギーの活用

 温室効果ガスの排出を抑えるために、これまで企業や市民が個々で取り組めることについて述べてきたが、そもそも私たちが電気やガスを使わない生活を送ることは、もはや不可能と言っていいだろう。そのため、電気やガスをクリーンエネルギー(温室効果ガスを排出しない、もしくは排出量を抑えたエネルギー)に転換していくことが重要であることから、電気やガスを供給する側(電力会社やガス会社)の取り組みが重要となる。現在、電力会社では、2050年のカーボンニュートラルに向けてエネルギー供給由来の二酸化炭素排出実質ゼロを目指す動きが進められており、2030年に向けて再生可能エネルギー等を活用した低炭素化を推進している。
 また、山梨県は年間日照時間の長さが全国でもトップクラスであり、豊かな水資源や森林を有していることを鑑みると、太陽光、水力、バイオマスなどの自然エネルギーを用いて地域のクリーン電力を確保していくことが重要となるだろう。特に、近年は太陽光発電システムの技術進歩が目覚ましく、薄膜型でフレキシブルなソーラーパネルや、半透明のソーラーパネルの開発が進められている。これらはBIPV(建築物一体型太陽光発電)と呼ばれる分野であり、今後は技術革新が進むことによって家庭や企業で使用する電力を建物自体で賄えるようにもなってくる可能性があるため、技術の進歩に合わせた建物や設備を積極的に活用することにより、ゼロカーボン化に大きく貢献することが期待される。
 さらに、山梨県内では、水素エネルギーを活用した燃料電池の研究や、再生可能エネルギーの余剰電力を水素エネルギーに転換する「やまなしモデルP2Gシステム」の実証研究が世界に先駆けて実施されており、これらの地域ポテンシャルを生かしてグリーン水素[2]の利活用を県内外に推進していくことも期待される。

 

出典:山梨県「山梨県地球温暖化対策実行計画(令和5年3月改定)」より抜粋

7 工場等の熱需要の水素エネルギーへの転換のイメージ

 

(2)森林による二酸化炭素の吸収

 カーボンニュートラルは温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させることであり、排出量を抑えるだけでなく、吸収量を維持・拡大していくことも重要である。
 森林は二酸化炭素の吸収源として地球温暖化の防止に貢献している。山梨県は県土面積の約78%を森林が占めており、それによる二酸化炭素の吸収量が多いことから、山梨県がゼロカーボンを達成するためには、温室効果ガスの排出量を減らすとともに、吸収源となる豊かな森林を守り、育てていくことが重要である。
 ただし、森林は樹齢が長くなると二酸化炭素の吸収量が減少してくるため、森林や緑地を保全するだけでなく、森林が持つ二酸化炭素の吸収源としての機能を維持していくために、適切に管理や林業施業を実施することや、間伐・主伐によって生み出された木材を有効に活用することが重要である。そのため、私たちの暮らしの中でも、家庭や企業における緑化の推進や、県産木材を活用した製品の利用などを行っていくことが重要である。
 なお、森林を活用した二酸化炭素の吸収以外にも、大気中の温室効果ガスを回収して貯蔵したり二酸化炭素を素材や燃料として再利用する「カーボンリサイクル」の技術開発が進められており、将来的には温室効果ガスの吸収源対策についても技術の進展に即して選択をしていくことが求められていくことになるだろう。

 

5.地域課題の解決との両立

 ここまで脱炭素社会の実現に向けた取り組みについて論じてきたが、これらの対策を実際に具体的な行動に移していくことは容易ではないだろう。内閣府が2022年に実施した調査[3]によると、大半の非上場企業が脱炭素化に向けた取り組みに全く着手できていないという。中小企業においては、経営資源の限られる中で脱炭素経営に取り組むことの優先順位は決して高いとは言えないだろう。また、市民の取り組みについても、国土交通省が2022年に実施した調査[4]によると、日常生活において脱炭素に向けた行動を実施しているのは3人に1人に留まっているとされている。
 では、企業や市民が脱炭素社会の実現に向けて積極的に行動するためにはどのようなことを行えばよいのだろうか。それについて、筆者は脱炭素化に向けた取り組みと地域の課題解決を同時に実現するコベネフィット(共便益)の考え方を持って推進していくことが重要であると考える。
 企業にとっては、脱炭素化に向けた潮流を「成長の機会」と捉えて、取引の拡大や自社のサービスの拡大に挑戦することで、企業価値の向上や地域の産業振興につなげていくことが考えられる。また、市民の生活においても、省エネ行動による経済的な価値の創出や、再生可能エネルギーを活用した自給自足の生活の実現など、県民一人ひとりが豊かで安心して暮らせることにつなげていくことが考えられる。
 このように、脱炭素社会の実現に向けた取り組みを、経済社会システム全体の変革、すなわち、GX(グリーントランスフォーメーション)として推進していくことが必要である。

 

6.おわりに

 本稿では、脱炭素社会の実現に向けて市民や企業が取り組むべきことについて、全国や山梨県内の状況を踏まえながら整理してみた。カーボンニュートラルの重要性に関する理解は広まりつつあるものの、やはり脱炭素に向けて市民や企業が当事者意識を持って実際に行動していくことが重要である。そのためには、個々の温室効果ガスの排出状況や地域全体の現状を把握するとともに、削減に向けた取り組みが県内各所で行われることで、脱炭素社会の実現に向けた動きが広まっていくことを期待したい。
 なお、本稿で論じた内容は執筆時点での施策や技術等の動向を踏まえたものとなっているが、今後もカーボンニュートラルに関する分野は、再生可能エネルギーやカーボンリサイクル等の新たな技術の進展や、カーボンプライシング制度の導入といった規制・施策の動向等によって、市民や企業が取るべき行動が変わるものである。そのため、市民や企業は行政や業界団体等が発信する脱炭素分野の最新情報を収集するとともに、社会情勢等を踏まえて的確な行動を選択していくことが求められるだろう。
 最後に、脱炭素社会の実現に向けた取り組みは、温室効果ガスの排出量削減だけをゴールにするのではなく、脱炭素化の取り組みを通じて、持続可能な社会の実現や私たちひとり一人が豊かで幸福を感じられる社会の実現を目指していくことが重要である。そのため、私たちは脱炭素化を主要な課題の一つとして位置づけつつ、地域の課題解決に向けた取り組みと連動しながら脱炭素化に取り組み、私たちの幸せや豊かさを中長期的に築いていくことが望ましいだろう。


[1] 環境省COOL CHOICEホームページ「smart moveとは」より(令和4年度掲載時)

[2] グリーン水素:再生可能エネルギー由来の電力を使用して製造工程においても二酸化炭素を排出せずに作られた水素のこと。

[3] 調査の概要は、内閣府「カーボン・ニュートラルが企業活動に及ぼす影響について」参照。

[4] 調査の概要は、国土交通白書2022 第Ⅰ部第2章第2節3コラム「地域の生活環境と地域住民の生活の質」参照。