利他と健康寿命


毎日新聞No.638【令和5年5月28日発行】

 2020年、東京工業大学に科学者や技術者ではなくリベラルアーツ系の研究者が集められ、「未来の人類研究センター」が設立された。なぜ東京工業大学にと思われる人も少なくないだろうが、理工系の大学ならではの問題意識からであった。これまで発展し続けてきた科学技術であるが、科学技術が人間にもたらす変化や守るべき価値等について多角的に研究することが必要だと考えたからである。
 そして、最初のテーマが「利他」である。現代は競争社会とも言われている。数値に置き換え可能なものばかりが評価され、そうでないものは切り捨てられる傾向にある。殺伐とした世の中だからこそ、「利他」という視点が重要だと考えた。自分のためではなく、他人のために行動する。一見不合理に思える考えに、未来の人類のヒントがあるのではと考えた。

 そこで今回は、利他と健康寿命について考えてみたい。都道府県別の健康寿命が最初に報告されたのが1999年であり、山梨県は男女とも、日本のトップクラスであることが示された。その後も上位に位置し続けている。2003年には「健康寿命実態調査分析研究会」が設置され、私も研究員の一人として加わった。
 山梨県の健康寿命が高い理由の一つとして、無尽に見られるような、人と人との繋がりが報告された。キーワードは「ソーシャルキャピタル」である。ソーシャルキャピタルとは、「社会や地域における、人々の信頼関係・結びつき」を意味する概念である。
 これまで、ソーシャルキャピタルと健康との関係は数多く報告されている。様々な指標でソーシャルキャピタルを捉えているが、その一つに「周りにケアしてくれる人がいる」という項目がある。周りにケアしてくれる人がいるということは、健康への有意な影響が報告されている。そしてもう一つ、「周りにケアする人がいる」という項目も、健康への有意な影響を示しているのである。
 他人をケアするということは「利他」の考えに通ずるものであろう。その考えや行動が、無尽に見られるような山梨県独自のソーシャルキャピタルに裏付けされているとするならば、利他も山梨県における健康寿命の高さの理由と考えられる。

 まだ仮説の段階ではあるが、利他と健康、更には利他と豊かさの関係を研究していきたいと考えている。

(山梨総合研究所 理事長 今井 久)