Vol.298 山梨県民の収入・所得環境~県民は、豊かになったか~


公益財団法人山梨総合研究所 専務理事 村田 俊也

1.はじめに

 新型コロナウイルスの感染拡大から既に3年以上が経過する中で、今年5月8日、重症化リスクが下がってきたことやワクチン接種の普及などを背景に、位置づけが従来の2類から5類へと引き下げられた。社会では「ウィズコロナ」への順応が進み、経済活動は感染拡大前にかなり戻ってきた様子であることから、企業業績も回復傾向である。反面、経済活動の活発化とともに人手不足は深刻化し、物価上昇も顕著となってきたことを反映し、今春の全国における賃上げはほぼ 30 年ぶりとなる高水準となった(連合発表)。

 

図表 賃上げ状況(連合結成以降の推移)

出典:連合 プレスリリース

 

 このように、収入・所得を巡る環境は、全国レベルでは物価上昇を考慮した実質額はともかく少なくとも名目額としては多くの統計で伸びているが、山梨県の状況はどうであろうか。
 経済成長や企業業績の回復度合い、人手不足の実態など様々な要因が絡んでくる一方で、収入(雇用)の問題は居住地の選択にも関わる生活における重要な条件であり、人口流出に対する歯止め、外部からの移住者の定着にも大きく関係する。
 ついては、今回、山梨における収入・所得環境について、統計データを中心に現状を整理してみたい。

 

 

2.被雇用者側データからの整理

 まずは、家計調査のデータから収入についてみてみる。

 

(1)勤労者世帯の実収入(家計調査)

 家計調査では、抽出世帯を対象に、様々な世帯形態別に収入・支出等の調査を行っているが、今回は二人以上世帯のうち勤労者世帯の1世帯当たり1カ月間の実収入の推移をみてみる。実収入とは、いわゆる税込収入を表し、勤め先からの収入のほか、事業・内職収入、財産収入、社会保障給付、仕送り金などが含まれる。
 2001年度から2021年度までの推移をみると、山梨県は42.5千円、7.0%減少し、順位も9位から37位に下げている。この間、全国平均では、54.1千円、9.8%増となっており、全国平均との格差は広がっている。
 たたし、家計調査は調査対象数が少なく、二人以上世帯のうち勤労者世帯のデータは、山梨県の場合50世帯弱の集計である。このため、前期期間(20012010年度)と後期期間(20112011年度)の平均値で改めて確認すると、後期は前期と比べて11.0千円、2.1%増加しているものの、全国平均の17.9千円、3.4%増と比べると下回っており、順位も26位から30位に下がっている。また、全国平均との格差も若干ながら広がっている。

 

図表 二人以上世帯のうち勤労者世帯の1世帯当たり実収入(月間)(家計調査)


 

(2)勤労者世帯の実収入(全国家計構造調査)

 世帯単位の実収入は、家計調査以外に全国家計構造調査(旧全国消費実態調査)でも調査が行われている。全国家計構造調査は5年ごとの実施であるが、山梨県の調査対象は家計調査と比べると多い。
 同調査での二人以上世帯のうち勤労者世帯の1世帯当たり1カ月間の実収入(230世帯の集計)について2004年から2019年までの推移をみると、山梨県は26.6千円、5.5%増加し、順位も28位から25位に上げている。ただし、全国平均では、29.3千円、5.8%の増加となっており、全国平均との格差はわずかに拡大している。
 一方、家計調査と同様に2004年と2009年の前期期間と2014年と2019年の後期期間の平均値で改めてみると、後期は前期と比べて25.4千円、5.3%増加している一方、全国平均は19.9千円、4.1%増となっており、格差は若干縮小している。なお、順位は、前期の26位から後期は25位となっており、ほほ変わっていない。

 

図表 二人以上世帯のうち勤労者世帯の1世帯当たり実収入(月間)
(全国家計構造調査)

 

 家計調査、全国家計構造調査とも、調査対象数が少なく年ごとの変動が大きいため、前期、後期という単位でみたほうが実態を示していると想定されるが、こうした見方では金額的は増加しているものの、都道府県の順位はほぼ変わらず、全国平均との格差も変わっていないといえるのではないか。

 

(3)課税対象所得

 このように、実収入のデータは調査対象数が少ないことから変動が大きく、やや信頼性が低いことから、家計関連調査以外の統計データから納税義務者1人当たりの年間課税対象所得を確認する(出典:市町村税課税状況等の調)。
 課税対象所得とは、収入から必要経費などを除いた“所得”から、基礎控除や配偶者控除などの各種所得控除の合計を引いた金額で、納税義務者1人当たりの課税対象所得とは、この課税対象所得を納税義務者数(所得割)で割ったものである。
 2001年から2021年までの推移をみると、山梨県では2013年まで低下が続き、その後回復傾向にあるが、20年間で258千円、7.6%の減少となり、順位も17位から22位と低下している。一方、全国平均は、128千円、3.5%の減少と山梨県と同様に減少しているが減少幅は小さく、全国平均との格差は広がっている。

 

図表 納税義務者1人当たりの課税対象所得(年間)

 

3.雇用者側データからの整理

 ここからは、企業など雇用者側からのデータについて、整理する。

 

 (1)雇用者報酬

 まず、県民総生産(県民所得)の観点から確認してみる。
 県民所得は、個人の所得だけではなく、企業や自治体の所得も含んでおり、雇用者報酬、財産所得、企業所得の3つの項目で構成されている。このうち、雇用者報酬は事業主から支払われる全てのもの(給与・賞与・退職金・諸手当など)を含んでいることから、収入として1人当たりの年間雇用者報酬について確認する(出典:県民経済計算)。
 2006年度から2018年度までの推移をみると、山梨県では2009年度まで低下が続き、その後回復傾向にあり、12年間で105千円、5.4%の増加となっているが、順位は20位から22位と低下している。一方、全国平均は、165千円、8.0%の増加となっており、金額では増加しつつも全国平均との格差は広がっている。

 

図表 1人当たりの雇用者報酬(年間)

 

(2)現金給与総額(毎月勤労統計調査)

 次に、現金給与総額についてみてみる。
 現金給与総額は、所得税、社会保険料、組合費、購買代金等を差し引く以前の給与の総額のことで、時間外手当や賞与等も含まれる。ここでは、事業所規模5人以上の集計結果を確認する。
 2001年から2021年の推移をみると、山梨県では2012年前後まで減少傾向にあったものの、その後はおおむね回復傾向にある。この間、順位は21位から19位へと上昇しているが、31.3千円、9.6%減少しており、全国平均でも31.9千円、9.1%の減少と同様の動きとなっていることから、全国平均との格差はほぼ変わっていない。
 年毎に増減があるため、前期期間(20012010年)と後期期間(20112021年)の平均値で改めてみると、前期から後期にかけて山梨県は20.4千円、6.6%減少しており、全国平均では14.9千円、4.5%の低下にとどまっていることから、全国平均との格差は広がり、順位でも22位から25位に低下している。

 

図表 1人当たり現金給与総額(事業所規模5人以上)(月間)

 

 

(3)初任給

 初任給については、大学新規学卒者の初任給(男性)の金額を確認する(出典:賃金構造基本統計調査)。
 2001年度から2019年度の推移をみると、年度により相当大きな増減があるが、山梨県では2012年度まで減少傾向にあったものの、その後はおおむね上昇傾向にある。この間、12.1千円、6.3%増加しているが、全国平均では、14.5千円、7.3%上昇と全国平均との格差は若干広がっている。なお、順位としては20位から22位と後退しているが、推移でみると一けたの順位の年もあり、期間全体としては後退といえるか判定しにくい。
 このため、前期期間(20012010年度)と後期期間(20112019年度)の平均値で改めてみると、前期から後期にかけて山梨県の増加額、増加率は5.4千円、2.8%、全国平均は6.2千円、3.1%となっており、やはり全国平均が上回っているが、全国平均を100とした指数では前期、後期とも97であり、格差は変わらない。順位では、前期15位、後期17位である。このように、全国平均との格差は変わらず、全国順位もほぼ変化がないのは、特に若年層で売り手市場の傾向が強まる中で、大学生は全国規模の争奪戦となっているため、大学生の初任給は県外動向を意識した金額設定にせざるを得ないことが一つの要因と考えられる。

 

図表 大学新規学卒者の初任給(男性)

 

 

(4)最低賃金

 最低賃金は、最低賃金法に基づき国が定める賃金の最低限度で、地域別最低賃金及び特定最低賃金の2種類がある。ここでは、産業や職種にかかわりなく、都道府県内の事業場で働くすべての労働者とその使用者に対して適用される地域別最低賃金を確認する(出典:地域別最低賃金の全国一覧)。
 2002年から2022年の推移をみると、一貫して上昇しており、山梨県では20年間に251円、38.8%増加しているが、全国平均では、298円、45.0%上昇と山梨県を上回る上昇を示している。このため、全国平均との格差は広がっており、順位も14位から20位と後退している。

 

図表 最低賃金(時給)

 

4.金融資産

 ここまで、県民の収入・所得に関する直接的な指標について確認してきた。
 次に、収入・所得水準に関係する資産について整理することとし、ここでは二人以上世帯の1世帯当たり貯蓄現在高について確認してみる(出典:全国家計構造調査(旧全国消費実態調査))。
 2004年から2019年の推移では、2009年にピークとなり、その後は減少している。この間、1,248千円、9.6%減となっているが、全国順位は34位で変わっていない。一方、全国平均も1,060千円、6.8%減となっているが山梨県の減少幅の方が大きく、全国平均との格差は広がっている。
 これを前期期間(20042009年)と後期期間(20142019年)の平均値で改めて確認すると、山梨県は1,848千円、13.0%減、全国平均は311千円、2.0%減となっており、やはり格差は広がっているが、順位は31位から32位とほぼ変わっていない。 

 なお、貯蓄現在高から負債現在高を引いた純貯蓄現在高でみると、傾向が異なる。前期期間(20042009年)と後期期間(20142019年)の平均値でみると、山梨県は1,507千円、18.0%増、全国平均は394千円、4.2%増となっており、全国平均を100とした場合、前半の89から後半は101と格差が縮小し全国並みとなる。
 ただし、山梨県は950世帯の合計であり、借入単価が大きい住宅ローンの有無で世帯当たりの平均負債現在高が大きく変動することを想定すると、保有する資産の観点からは貯蓄現在高データのほうが信頼性が高いのではないか、と想定される。

 

図表 二人以上世帯の1世帯当たり貯蓄現在高

 

5.山梨県民の収入・所得は増えているのか

 以上、いくつかの観点から、山梨県民の収入・所得およびその結果としての金融資産に関する統計データをみてきた。整理してみると、金額としては直近約10年間をその前の期間と比べると増加を示す指標が多く、全国順位も20位台前半が中心で水準として決して低くないといえる。この結果は評価したいと考えるが、全国平均との格差をみると、「不変」から「下方へ拡大」している指標が多くなっており、山梨県民の収入・所得は他都道府県と比べると、必ずしも順調に伸長しているとはいいにくい、と想定されるのではないだろうか。 

 では、なぜ全国並みの伸長ができていないのか、全国との格差が広がってしまっているのか。ここからは、想定されるいくつかの要因について、確認していきたい。

 

図表 山梨県民の収入・所得に関する統計データ(まとめ) 

 

 

6.要因~工場立地件数

 想定される要因の1つめは、「賃金水準の高い大手企業の県内進出が減っており、県内全体の賃金水準の引き上げ圧力が弱まっているのではないか」ということである。ついては、工場立地件数、雇用予定従業者数を確認する(出典:工場立地動向調査)。
 本調査は、工場を建設する目的で1,000 ㎡以上の用地を取得した製造業、ガス業、熱供給業、電気業の事業者を対象に実施されているが、2002年から2021年の推移を前期期間(20022010年)と後期期間(20112021年)の平均値でみると、前期期間は13.0件、375人、後期は11.7件、314人と後期の方が工場進出、新規雇用とも減少している。しかし、いずれも山梨県は全国平均より減少幅は小さいことから、この要因の可能性は低いと想定される。

 

図表 工場立地件数(年間)

 

図表 雇用予定従業者数(年間)

 

 

7.要因~有効求人倍率

 想定される要因の2つめは、「雇用のひっ迫感が比較的弱く、賃金上昇の圧力が弱いのではないか」ということである。ついては、有効求人倍率について確認する(出典:一般職業紹介状況)。
 2001年度から2022年度の推移をみると、基本的に景気変動に連動するため、倍率自体は大きく動いているがおおむね2009年度まで低下傾向を辿り、新型コロナウイルスの蔓延期を除けば、その後は改善基調にある。山梨県はこの間0.70ポイント上昇したが、全国平均では0.73ポイントとさらに上昇しており、順位は10位から27位に後退している。
 前期期間(20012010年度)と後期期間(20112021年度)の単純平均値でみると、前期期間は山梨県0.69倍、全国平均0.63倍、後期期間は各々0.98倍、1.10倍といずれも上昇しているが、山梨県は全国平均より上昇幅が小さくなっている。
 これをみると、「雇用のひっ迫感が比較的弱く、賃金上昇の圧力が弱い」という可能性はありうる、といえる。

 

図表 有効求人倍率(年度平均)

 

8.要因~雇用者報酬の割合

 想定される要因の3つめは、「企業収益は増えているものの、賃金等への配分が増えていないのではないか」ということである。ついては、県民所得の水準とその内訳である雇用者報酬の割合という2つの指標から確認する(出典:県民経済計算)。
 県民所得は、前述の通り個人の所得水準を表すものではなく、企業の利潤なども含む各都道府県経済全体の経済規模、経済力を示すものであり、人口で割った1人当たり県民所得は、人口など地域の規模の大きさに左右されない経済力の深みを示すものといえる。
 1人当たり県民所得は、2006年度から2018年度では2009年度まで低下が続き、その後ゆるやかに回復傾向にあり、2018年度を2006年度と比べてみると、351千円、12.5%の増加となっている。この間、全国平均でも107千円、3.3%の増加となっているが、全国平均との格差は縮小し、順位も22位から13位と上昇している。
 前期期間(20062010年)と後期期間(20112018年)の単純平均値でみると、前期期間は山梨県2,680千円、全国平均3,053千円、後期期間は各々2,821千円、3,145千円といずれも上昇しているが、山梨県は全国平均より上昇幅、上昇率とも大きくなっている。 

 同様に、2006年度から2018年度の雇用者報酬の割合の推移をみてみる。雇用者報酬の割合が高い場合、企業が生み出した付加価値のうち労働者に支払われる報酬の割合が高くなり、低い場合、企業の内部留保や株主への配当などに充当される割合が高くなる。
 山梨県では、年度により変動はあるものの、おおむね低下傾向にあり、2018年度を2006年度と比べてみると、4.3ポイント減、順位も14位から35位と低下している。この間、全国平均では、2.9ポイント増となっており、2006年度では全国平均を上回っていたが、2018年度では下回る状況となっている。
 前期期間(20062010年)と後期期間(20112018年)の単純平均値でみると、前期期間は山梨県69.8%、全国平均67.0%、後期期間は各々66.9%、66.1%といずれも低下しているが、山梨県は全国平均より低下幅が大きくなっている。
 好況期では雇用者報酬の割合は下がる傾向にあるともいわれており、山梨県の1人当たり県民所得が全国を上回る上昇を示していることを考えると、雇用者報酬の割合が全国より大きな低下となることもあり得るが、1人当たり雇用者報酬が全国平均と比べて伸びていないということは、もう少し雇用者報酬の割合を増やす余地はあるのではないかと思われ、「企業収益は増えているものの、賃金等への配分が増えていない」という可能性はありうる、といえる。

 

図表 1人当たり県民所得(年間)

 

 

図表 雇用者報酬割合(年間)

 

 

図表 要因に関する統計データ(まとめ)

  

 9.終わりに

 今回は、山梨県民の収入・所得環境を統計データの面から調査し、その要因の一端を推定してみた。
 整理すると、金額としてはここ1520年間に増加を示す指標が多く、全国順位も20位台代前半が中心で水準として決して低くないが、金額で全国平均との格差をみると、「不変」から「下方へ拡大」している指標が多くなっている。その要因の一例としては、他都道府県と比べて相対的に「雇用のひっ迫感が比較的弱く、賃金上昇の圧力が弱い」ことや「企業収益は増えているものの、賃金等への配分が増えていない」ということが挙げられる、ということになろうか。

 では、どうしたら、全国平均を超えるような伸びが実現できるか。根本的に他の都道府県との比較(競争)となるが、経済成長や企業収益の好転だけでなく、収益分配に関する雇用側の考え方、自己のスキルアップや職業観など被雇用者側の意識、企業誘致や産業振興、定住などに関わる行政の地域政策など様々な要因が関わってくる。何かひとつ良い方向へ変わっていけばよいというものでもなく、県民の収入・所得環境の改善が企業経営にも、地域の活性化にも寄与することを信じて、多角的な活動、施策が実施されることを期待したい。